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女力士への道  作者: hidekazu
花道の先に見える土俵へ

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286/324

出世名は選ばれた者に宿る ②

---------小田代ヶ原親方・自宅---------------


「勝ったか」と小田代ヶ原親方こと瀬島小百合は、呟くように・・・・。


 小田代ヶ原親方は、リビングの大型モニターで『全国実業団相撲選手権』を観戦し映見の優勝をするところを大型のソファーベッドに座りながら見ていた。隣には夫であり整形外科医である隆一が、チタンのマグカップに注がれている、ノンアルビールの「アサヒゼロ」を飲みながらの観戦。


「順当ってところだろうけど凄いな彼女。一回限りのチャンスをものにする、ましてや優勝は間違えないというものをものににするのは相当なプレシャーだし、同門対決で相手が指導医とは、南条先生の想いもよくわからないところだけど」と隆一はつまみに素焼きのアーモンドを頬張りながら。


「順当と言えばそうかもしれないけど、南条さんのもろ手からの突っ張りは映見に勝てる可能性が高い取り口だった。映見が負けてもおかしくなかった。一発勝負の怖さと言うか・・・それでも、土俵際まで追い込まれても落ち着いて持ちこたえるところは、さすが映見ってところで安心した」と小百合は安堵の溜息をついた。本音は現地で見たかったが、監督の美紀に相撲だけに集中させたいと言う旨の電話をもらい結局、自宅で観戦することになったのだ。当然、現地に行けば、映見の小田代ヶ原部屋入門の件などで答えなければならないであったろうし、違う意味で大会を騒がすのは得策ではないからというのが真意なのだろうが?


「親方には不満だろけど、今度の大会はうちにとっても大事な大会だから、雑音は避けたいでんね、申し訳ないけど」電話の向こうの監督である美紀の声は、どことなく角が立っているような・・・。


「わかりました。多分、他の女子大相撲関係者は行くと想いますが、世界シニア女子相撲大会二位だった三和パークの霧島真美も女子大相撲を狙ってますし、本当は私なり映見にアドバイスしたいこともありますし、ここは絶対に優勝をして。そうしたら年内には部屋の方に入れて準備をしたいと・・・」


「親方には、無礼を承知で言わせてもらえば、今、映見は柴原総合病院の研修医なんですよ、三和パークの霧島真美は、優勝したら入門するとされている来島部屋にここのところ顕著に出稽古に行ってるらしいけど、うちはそんなことはさせない、稲倉映見がうちを使って、女子大相撲入りを目指すことに異論はないし、直接、名古屋まで行って誘ったのは私だからね、だからといって研修医としての仕事より女子大相撲入りを優先させるなんてないから、優勝したとしても、親方のところに入門させるのは来春だ!映見に少しでも医師としての経験を積ましておいてあげたいんだよ、親方には不満だろうけど・・・」


「言っていることはわかりますが、正直、ある程度の稽古量は積みたいし、夏場所の名古屋を考えれば年明け早々には・・・・元十和田富士さんならその点はご理解いただけるかと・・・」


「稲倉映見は柴原総合病院に勤務してるんだよ、そして、相撲部に所属しているんだよ年明け三月末まではね!」


「・・・・」


「私じゃ指導力不足なのは認める。でもね、私も一応は関脇まで行った元女子大相撲力士、百合の花関とは格が違うけどね、ここは、私を信用してくれないか?もちろん優勝できなければそれまでだけど・・・」と美香はけして声を荒げるわけでもなく、淡々と・・・。


「すいません。つい・・・」


「いや、当然だよ。稲倉映見という遅れてきた未完の大器を預かるんだ。小田代ヶ原親方からすれば、それ相応の役力士にできるだけスピード出世させたい。映見の年齢を考えれば時間は限らてる。当然だよ!」


「すいません美香さん。正直言うと、稲倉を預かることのプレシャーと言うか・・・」


「あの横綱【百合の花】らしからぬ発言だね」と美香は失笑気味に


「私、真剣なんですよ!本来なら葉月さんが部屋を持ってやるべきだったと」


「まだ、そんなこと言っているのかい?彼女は【百合の花】に女子大相撲を託した!自宅も部屋を持つために用意していた土地もあんたに格安で譲った。それに応えるのが【葉月山】にたいしての礼儀ってもんだろう今最も勢いがある小田代ヶ原の親方がそんな気構えでどうする!まぁ私が言える身分じゃないが・・・四股名は当然【葉月山】か?映見なんか言ってないのか?」


「いえ、美香さんには?」


「なにも」


「そうですか・・・。でも、葉月さんの事ですから映見には言ってるでしょうし」


「とにかく、大会で答えが出たら映見と一緒に、親方のところに伺いますので」


「わかりました」


---------小田代ヶ原部屋 相撲場---------------


 時計の針は午後九時を回っている。相撲場の小上がりの腰掛に座り土俵を見つめる親方である小百合。


            (答えは出た。あとは本人の意志と私の覚悟!)


 稲倉映見と言う遅れてきた大器を預かる事に、今になってその重さにビビっているのだ。ましてや、四股名に【葉月山】使うことは、力士として中途半端は許されない!最低でも横綱にさせなければならないと言うのが、この四股名に対するイメージであり、それは女子大相撲ファンからすれば【葉月山】の復活は喜ばしくも、絶対横綱【葉月山】に匹敵する力士でなければならないし、なれなければその時は、二代目【葉月山】は万死に値する、それほどまでの四股名なのだ。ただそれでも、遅れてきた大器の裏返しは、年齢的にどうなの?とやっかみ半分、他の親方連中に言われたりすることもある。三十歳が女子力士にとって一つの節目であることは事実。それは、小百合自身が31歳で引退したことも事実。それでも、小百合は十八歳から入門し十二年、たいして映見は二十四歳の後半で入門、其れだけでもハンディなのだ。そして、三十歳まで五年。


(五年の命・・・・か)


 >「稲倉は女子大相撲でやっていく気概があるの!」


「気概ですか?」


「三十歳を引退の節目にするって言ってたけどそれでいいの小百合!」


「えっ、まぁー・・・ただ、映見は医師の卵ですし、将来のことを考えればそれもしょうがないのかと・・・」


「しょうがない!?」


 苫小牧で会った葉月に言われたことに、あの時はそんなに気にはしていなかった。医師の卵であり本来なら、女子大相撲に来るなどと言う発想にはならないのが当然なのだ。しかし、現実として映見は、女子大相撲入りの特例条件をクリアーしてきた。そして、自分がその映見を預かることになったことに身が引き締まると言うか・・・。そんなことを考えながら、畳に置いてあるスマホを見ると着信表示が。


(えっ、さくら?)


 それは、意外な人物と言うか、女子プロアマ混合団体世界大会 以降、掛けたこともなければ掛かって来たこともないのに、着信履歴の表示は【石川さくら】の名前。着信時刻は八時四十五分。


(全然気づかなかった)


 あの大会以降、アマチュアの二人と顕著に連絡は取ることはなっかた。映見とはここ最近、連絡をとりあうことは多いが石川さくらとは皆無。すでに、女子大相撲入りを公言し、二代目絶対横綱【妙義山】を筆頭とする女子大相撲海王山部屋に出稽古にわざわざ月に一二回、岐阜から行っていることは、話題になっているし、そのことは、海王山部屋が往復の交通費を出してまでも東京に越さしているのは、石川さくらに対する期待の表れである。国内三冠・世界大会無差別級では優勝一回。大学以降は世界大会で表彰台を外したことはない堅実さは、稲倉映見に匹敵すると言うのが女子大相撲関係者の一致するところであり、その意味では、二代目絶対横綱【妙義山】を筆頭に、二十人の力士を要する名門海王山部屋に入ることは、その先の相撲人生にとって大きな意味を持つのだ。そんなさくらが、小田代ヶ原親方に電話を掛けてきた意図が正直わからないのだ。


(掛けるべきか?)と一瞬躊躇したが、掛けてみることに、女子プロアマ混合団体世界大会 で戦った同士であるのだから、そこで躊躇う理由もないのだ。小百合は着信表示のさくらをタッチする。しばらくの呼び出し音のあとに繋がるとさくらの方から喋りだす。


「こんばんはです小田代ヶ原親方。あぁ・・・すいません間違えで掛けてしまいまして・・・」


「間違え?あぁ・・・あぁなるほどね」と苦笑する小百合


「すいません。ほんとうに」


「そんなに謝られちゃうとなんかね」


「あぁ・・・すいません」


「ほれ、また・・・」


 さくらとの久々の会話は、実に新鮮と言うかあの大会以降、さくらとの会話をほとんどなかったというのも不自然でもあるのだが、あの当時はまだ現役で力士として戦うも怪我に見舞われ自分の進退で迷いながらも、現夫の医師である隆一との出会いは、小百合の運命をあらゆる意味で決定づけた。そして、いまや女子大相撲部屋の親方として、小さいながらもっとも勢いがある新鋭の女子大相撲部屋の一つになったのだ。


「映見さん優勝しましたね、さすがです」


「えぇ、優勝しなくては話にならないしね」


「親方のところへ行くんですよね?」


「そういう事にはなると思うけど、ところで、海王部屋の出稽古はどう?」


「あぁ・・・なかなか緊張の連続というか、プロの洗礼というか」


「今からそんなこと言ってたら、本当に入門したらやっていけないわよ!まぁ厳しさでは、海王部屋が一番でしょうし強くなれる部屋だから、妙義山は相手にしてくれるの?」


「それはないです。私にとって妙義山関は雲の上の人ですし、お客さん相手の稽古をしても意味がないですし」


「そういう意識はあるんだ。やってけそう?」


「女子大相撲入りを公言して、海王部屋で出稽古の機会を与えてもらってあるわけですからもう後戻りはできません!映見さんは親方のところに出稽古に行ってないんですか?」


「映見には研修医としての仕事があるからね、優勝したからってその仕事を放棄して女子大相撲入りのためにって言うわけにもいかないから、早くて年明け、現実には新年度に入ってかしら、順調にいけば6月の名古屋かな、さくらもそうでしょう」


「海王親方からもそのように言われてますのでそのつもりです」


「そう・・・。そうするといきなりの映見とのライバル対決か」


「小田代ヶ原親方、映見さんは【葉月山】の四股名を受け継ぐんですか?」


「葉月さんと映見のことだから、何かしらの話はしてるだろうし、映見の性格からしたら継ぐことができるのなら多分ね・・・さくらは四股名の事親方とは?」


「まだ何も、ただ・・・」


「うん?」


「もし、映見さんが【葉月山】を使うのであれば・・・・絶対横綱【妙義山】関に前の四股名【桃の山】を使わせてもらいたいです!」


「さくら・・・あんた」


「映見さんが【葉月山】を名乗る資格があるのなら!」


「【妙義山】関に言ったのか?」


「月末に、東京に行くのでその時に直談判するつもりです」


「海王親方に相談するのが先じゃないのか?」


「映見さんは、小田代ヶ原親方に相談したんですか?」


「それは・・・・」



 稲倉映見と四股名の件で話したことは、この機に及んでも一度もなかった。映見からは一切触れてこないし、それは親方自身も触れてこなかった。表向きは実業団での結果も出ずして、四股名がどうだとか言うのは自分自身に対して愚の骨頂だと・・・。でも、本心は【葉月山】という偉大な四股名を預かるプレシャーというより、心のどこかに自分自身の四股名だった【百合の花】を継がせたいと言う想いもあったのだ。もし、映見が【百合の花】を継いでくれるのなら喜んで継がせただろうけど・・・。


「すいません。小田代ヶ原親方に言うべき話ではありませんでした。申し訳ありません」


「構わないよ、あの大会で戦った戦友なんだから、愚痴でもなんでも聞いてあげるから、いつでも連絡ちょうだいよ」


「ありがとうございます」


「それじゃ切るね、お休み」


「それでは失礼いたします。おやすみなさい」


 電話を切り、ふと、心の胸の内を開いてしまった。


(桃の山か・・・・)


 女子大相撲夏場所の名古屋に、妙義山・葉月山・桃の山の名が揃うかもしれないのだ。そのなかに【百合の花】がいないことに、なにか寂しさを感じていた小田代ヶ原親方なのだ。








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