出世名は選ばれた者に宿る ①
全国実業団相撲選手権札幌大会個人無差別級は、本命、稲倉映見が優勝し、土俵上で表彰式が終わり映見が土俵下に降りると、マスコミ関係者との囲みのインタビューが始まる。
スポーツ新聞記者「お疲れ様です。快勝と言うところでしょうか?同門と言うのはやりにくかったと想いましたが」
映見「樹里さんの実力はわかっていますし、決勝まで勝ち上がってきたのはやっぱり来たかとはおもいました。まぁなんとか・・・・序盤の突っ張りからの叩きこみは、正直慌ててしまいましたが何とか凌げたのは、大きかったです。後半は十分巻き返せるなと相手は一つ下の階級の樹里さんですし楽勝かなって・・・いないよね」とわざとらしく言うと、ちょと離れた場所にいた樹里とばっちし目が合ってしまった。お互い笑いながらも、樹里が「ツカツカ」とやってきた。
「えっ何、楽勝だった?何偉そうに」と言いながらも笑いながら頭をひっぱたく樹里。
「何するんですかもう。と言うか恐ろしい程の地獄耳」と笑う映見
スポーツ新聞記者「南条さんが勝ったら大番狂わせでしたけどね」
樹里「ちょっとそれ失礼じゃない?それは何?私の実力は大したことないと?」
スポーツ新聞記者「あっ、参ったなそんなつもりで言ったわけじゃ」
そんな他愛無い会話が続き・・・・・。そんななか雑誌【女子相撲】の副編集長の中島京子が、今日の大会における最大の関心ごとを映見に聞いてきた。
中島「この後は、女子大相撲入りってことだと思うけど?小田代ヶ原部屋ってことが公然の事実と言うか?」
映見「正式な発表などを後でと言うことですけど、その線で進めていこうとおもっています」
中島「観客席から【葉月山】と言う声がかかってたけど、葉月さんとは連絡とかは取られてる?」
映見「いいえ、葉月さんはもう相撲界からは離れてらっしゃいますし、私の方から連絡をすることはないので、葉月さんには葉月さんの生活がありますし」
中島「そうですか・・・。女子プロアマ混合団体世界大会でのあなたの活躍が相撲ファンからすると、あの絶対横綱【葉月山】を彷彿させる取り組みが印象に残ってるんだけど、それ故にあなたに期待するところもある。二代目【葉月山】の誕生に期待するファンは多いと思うけど?」
映見「私は中学生の頃から【葉月山】さんの大ファンでしたし、あの大会で監督としての葉月さんの下で相撲ができたことは、少なからず女子大相撲を意識した大会でした。優勝してこの場にいることも運命かもしれません。とにかく、女子大相撲入りの件は改めて・・・」
中島「そういうことは、後輩の石川さくらさんと女子大相撲に同期で入門かつ幕下付け出しの直接対決がいきなりみられると、順調にいけば、夏場所の名古屋ってことになるわね?そのあたりのことは?」
映見「さくらは私の後輩ですし、すでに海王山部屋に出稽古に言っている記事も見ましたし、その意味では、さくらの方が準備万端というとこでしょうから私も遅ればせながら準備をしていくつもりです。ただ私も一応は研修医としての仕事もありますので、今年度いっぱいは研修医として全うしたいので、本格的始動は春以降と言うことになると想います」
映見と樹里から少し離れた場所にいた相撲部監督 南条美紀がそろそろ終わりと言う感じで
「そろそろ時間もあるのでこの辺でいいかな」
スポーツ新聞記者「監督は、稲倉さんの女子大相撲入りについてはどのように?」
監督「どのように?少なくとも女子大相撲入りの条件はクリアーしたわけですし、あとは本人の意向と相手である小田代ヶ原親方との話ですし、相撲部というより柴原総合病院としては、女子大相撲入りも視野に入れての採用ですし、クリアーできなければ、研修医として残ってもらうと言うのが条件でしたので、クリアーした以上は、その線で進めると言うことです」
スポーツ新聞記者「今回のことは、女子大相撲というか元理事長の初代【妙義山】さんの意向とも聞きましたが?」
監督「意向と言うか、稲倉映見が唯一女子大相撲入りできる方法は、これしかなかった。それも、彼女は医師ですから、それを踏まえて私のところに打診があった。もちろん稲倉本人が女子大相撲入りを考えていなければ、女子大相撲側からのある意味での打診はなかったと想っています」
スポーツ新聞記者「初代【妙義山】さんとの関係で言えば、監督と言うか初代【十和田富士】さんとして因縁めいた事もありますが?」
監督「今、そんな話する必要ある?少なくとも初代【妙義山】と初代【十和田富士】と雲泥の差があった。因縁めいたと言うか巡り合わせよ、その意味では、二代目【妙義山】と二代目【十和田富士】が同じ土俵上で相撲をしていることが宿命だとしたらその方が因縁めいているんじゃないかしら、少なくとも関脇まで来たんだから大関昇進は果たして欲しいわ。・・・・あっ・・・まぁ余計な話になったけど、そこに、稲倉映見や石川さくらなどの次の世代が女子大相撲をもっと面白くしてくれると想う。私と【妙義山】いや、紗理奈さんとは同じ元力士として付き合っていますから、余計な詮索はご遠慮ください」と苦笑しながら頭を下げると映見と樹里を引き連れ会場を去る。
(私が、小田代ヶ原親方に来ないでくれってこういうことなのよ、娘のことなら構わないけど、紗理奈のこととかはね、そのことで色々突かれるのも嫌だし、私は女子大相撲のためになんてさらさらないけどね。稲倉映見をこの相撲部を使って大相撲入りさせるなんて、うまく使われたはまったく!それでも、紗理奈と違う意味で女子大相撲と接点が作れたのは感謝すべきなのかね)と美紀はついひとり笑い
「どうしたんですか急に?」と樹里
「うんなんか色々ね、ところで映見」
「あっ、はい」
「結果は出たけど、小田代ヶ原部屋から女子大相撲へってことでいいのよね?」
「はい」
「わかったわ。近々、小田代ヶ原部屋の方に挨拶に、一応私も行くつもりだから」
「わかりました」
「樹里、さすがってところだったけどね、残念だったわねと言うべきかしら?」と美紀は意地悪く
「ほっとしてらっしゃるんじゃないですか?私は本気で勝ちに行ったのに、色々映見の弱点を研究したんですが自力が違いました。完敗です悔しいけど」
「だってよ映見」
「・・・まぁ・・・当然の結果かなって・・・」と軽い冗談を飛ばす映見
( ー`дー´)キリッ「なんだってー!その一言は許せん!もう一回土俵に上がれ!!」と樹里は本気モード?
「えっ!?もう樹里さん本気なのか冗談なのかわからないから」
「わたしゃね!」と映見を睨みつけるが瞳の奥は笑っているかのように・・・。
そんな漫才めいたコンビではないが、樹里からすると本音は、映見がこのまま研修医を続けて一緒に相撲ができることを望んでいた。その望みを叶えるために無差別級個人戦にエントリーしたなんてさらさらないし、それは単純に映見との最初で最後の真剣勝負がしたかったただそれだけ・・・。樹里とてもし、映見と同じ立場なら女子大相撲に臨んだのだろうかと問われたら、多分明確な答えはできなかったろう?若さゆえの冒険を若いからさこそ青春だからこそ冒険の大空へ飛び立つことができるのだ。南条樹里、金城利治も、そんな冒険はできなかった。たとえ当時、特例制度があったとしても・・・。
-----全国実業団相撲大会五日前 青森 南条樹里自宅マンション----
リビングダイニングのテーブルには、リーデル ヴェリタス リースリング / ジンファンデルのワイングラスが二個。真ん中には、クリームチーズに乾燥した桜エビを和えたものが、ワインはアルザスの定番 Hugel Riesling Classic (ヒューゲル・リースリング・クラシック)の瓶が置かれている。
「先生が医大の学生にセミナーするなんて、意外と言うかそう言うの一番嫌いじゃないかと?」
「医院長のリクエストでね、やりたくはなかったけど、南条先生を助手に付けるならいいですよって」
「なんで私を?」
「技術的なものは絶対の自信があるんだけど、喋りはねぇーその点、樹里ならまぁ技術は並みだけど口はぴか一だから、うまくフォローしてくれるかなって?」
「なんか・・・私は口だけの医者で技術は並みって、酷い!」
「僕の並みは、他の医師より基準が高いから誉めてんだよ、さすが柴原のEmpress!」と笑いながら
「何がEmpress!ですか、私にそんな力があったら、金城先生なんか顎で使ってやりますよ!金城君どうなのあの件はどうなった?うん?とか言いながら」
「まぁそれでも良いけどところでこのチーズも半額シールか?」といきなり言い出す金城利治。それを聞いていきなり笑いだす樹里
「ちょ、違いますよ!なんですかいきなり・・・・」と言いながら急に笑いだす樹里。
「病院の向かいのスーパーに昼飯の弁当を買いに行くのがいつも一時過ぎなのは、半額シール目当てだって?」
「いや、えっ・・・ちょっと!えっ!?」
「半額シールハンター 樹里!」
「いやいや・・・えっ・・・ちょっ・・・はぁ」と言いながらも笑いが止まらない
「いいじゃないか、なんかリアルな生活感で」
「いや、私だって、毎日半額シール目当てにあの時間に買い物いっているわけじゃないんですから」
「映見言ってたぞ、あぁできる女医は違うなぁーって」と利治も笑いが・・・。
「映見が?だめですよ彼女は話盛りすぎるから、全く!って金城先生そんなにウケますかこの話」
「いやいや・・・ゴメンゴメンいや、なんかツボにはまちゃって・・・いや・・・「半額シールハンター 樹里!」もうだめだ」と涙目の利治
「たっくもう、あの時間にならないと色々仕事があってですね、それに、倹約して色々海外の医学書とかエリス、スコットの「整形外科手術のマスターテクニック」シリーズの「足と足首、第 4 版」なんか五万五千もしたんですから、だから半額シールの弁当買うのは当然じゃないですか!お判りいただけましたか金城先生!えっ!」
「いや、なんで俺に切れ気味なのよ?」
「金城先生がくだらないこと言うからですよ!」
そんな駄話をしながら時は流れる。樹里にとっては、金城は研修医時代の指導医だったのだ。それに、男女の違いはあれ相撲をしていたもの同士、そこには相通じるものもあるのも当然だ。学生アマチュア相撲時代の成績は常に上位でタイトルも取ったことがある二人。当然、その先にあるのは、男女の大相撲の世界。しかし、研修医としての自分を捨ててまで行くことはできなかった。それは、当然の選択であり研修医としての立場を捨ててまではできなかった。あれから月日が流れ、二人の前に現れた稲倉映見は、特例を使って女子大相撲を目指すことに、二人の気持ちは?
「まだ監督にも言っていませんが、今度の大会の個人戦は無差別に出る予定です」と樹里
「無差別?それって映見とやるってことか?」
「どこまで行けるかわかりませんが」
「映見の女子大相撲入りを阻止する気か!?」
「それもありかと・・・・」
「なんで」
「研修医時代、先生に言われた言葉が今でも頭にあって」
「俺の?」
「女子大相撲入りができなかったのは、「相撲の神様に選ばれなかったただそれだけだ」って」
「映見の女子大相撲入りが気に入らないか?」
「私が研修医時代の映見とおなじ環境だとしても行く勇気はなかったと思います、それは、金城先生だって」
「そうだな。「幸運は用意された心のみに宿る」そもそも確固とした意志がなかったしね、好きだけじゃ大相撲ではやっていけないし、僕は夢よりも現実を選んだ。映見はリスクを取った。負ければそのリスクなく研修医としてキャリアを積めばいいだけだよ映見はただそれだけだよ、まぁ樹里は私の一番弟子だからね、映見とやるか・・・・勝てそうか?」と利治。顔は勝てるわけねぇーだろうって表情
「顔に出ちゃってますよ、勝てるわけねぇだろうって」と樹里。その表情はにこやかに
「あぁ・・・まぁ・・・半・・・半額シール・・・」ふと頭に浮かぶ『半額シール』またもやツボにはまる利治
「すいませんね、私、やることなすこと半額の女なんで!」と樹里。
「いや、いや御免。どうもさぁ・・・・はっ半額シール・・・ダメだもう」
「いい加減にしてください金城先生!!!」




