全国実業団相撲選手権 ⑳
「両手を同時について合わせます。いいですね・・・・・はっけよい!」
もろ手から激しく突っ張る樹里!それを予想していた映見は右を固めたうえで突っ張りをはねのける映見だが、それでも狂ったようにさらに突っ張る樹里!樹里の勢いは映見を圧倒する!技巧派の樹里がまるで別人のように狂気じみた突っ張りに映見は防戦一方。徐々に後退せずにいられず早々土俵際まで追い込まれる展開に、樹里は準決勝での霧島真美線と同じく映見を叩きこむ。しかしそこは映見、体勢は崩れたものの簡単には落ちない、今度樹里は頭をつけ押し込んでいくと右差しを狙う。右差しが入り寄っていく樹里、映見はそこ冷静に、小手投げで対応するも樹里は下手投げで対応する。土俵際での投げの打ち合いになるが両者とも残すも、勢いは依然として樹里が果敢に攻める。右を差し左下手廻しをとった樹里はもろ差しに、さすがにこの状態は映見にとって苦しい!
『のこぉった、のこぉった、のこた』と審判の声が場内に響くと同時に、観客席からも声援が飛ぶ。その声援は、気持ち樹里にたいしてか?
観客のほとんどは、この大会で映見が優勝すれば、女子大相撲入りをすると言われていることは知っているし、それを期待しているものの、その映見にたいして、階級を上げ映見に挑戦してきた樹里にたいしては、一種の判官贔屓の一面もあり樹里にたいしての声援が多いような気もするのだ。
樹里がもろ差しになると艶風が巻き替えるように右を差し左も上手をひいている。それでも、樹里の勢いは止まらず、映見を攻め立てる。右四つ左上手で樹里が寄るも、映見は土俵際で持ちこたえる。樹里が必死に寄るも、映見を動かすことができない。その間に映見が左の上手をひいて万全の形に、最初の一撃で叩きこむことができなかった樹里にとっては、苦しい展開だ。なんとか、映見の上手を切りたいところだが、映見がじりじり寄り返す。
『のこぉった、のこぉった、のこた』と審判の声が場内の歓声にかき消されるほどに盛り上がる。
苦し紛れに内掛けを映見に仕掛け、なんとか持ちこたえるも苦しい状況に変わりはない。映見が樹里を土俵中央まで寄り戻し仕切り直し。
(くっそー!叩きこめなかったことで、勝負あったか!さすがに映見ね。正直、上手を取られたら映見の独壇場か悔しけど!)と樹里。樹里にとっては、あの叩きこみで決められなかったことがすべて。映見に組まれたら、そこからの逆転は、ほぼ不可能。あとは時間の問題か?
(正直、危なかった。あの叩きこみは予想はしてたけど、正直慌てた。樹里さんの怒涛の攻め、短期速攻での相撲。でも、自分でも驚くくらい冷静だった。それは、絶対に女子大相撲に行きたいからとではなく、純粋に真剣に相撲を楽しんでいる自分がいる。この大会はこれからの、自分の人生を決める大事な大会であるけども、今はどうでもいい!最後の相手が樹里さんでよかった。結果はどうであれ同じ医師として、相撲ができたことに!)と映見。研修医として言いながら、女子大相撲へ行くための仮の研修医ということに迷いがあった。今更何をと言う感じだが・・・。でも、研修医として僅か半年ではあったが、それは、濃密な半年間であった。まだ、決着はついていないが・・・・。
映見は、体勢を立て直し、樹里の上手を切りにかかる、必死にそれを阻止しようとあがく樹里ではあるが、万全の体勢の映見からすれば、どうにでもできる。映見がが上手を切って、そこからそのまま左から強烈な上手投げを喰らわす映見。なんとかこらえる樹里、しかし、体格で上回る映見の強烈なパワーの前には手も足も出ず、階級さが如実に出る形になり、映見の強烈な上手投げで万事休す。
観客席から、歓喜と溜息が入り混じる。土俵際でしりもちを付いて動けない樹里、呆然というよりはやれるだけのことはやったと言う充実感と疲労で動けないと言うのが本当のところ。映見は樹里に手を貸そうと想ったがその前に、自ら立ち上がり映見の正面に立つと疲れ切った表情ながらもやり切った感が全面にと言ったところか?
審判が二人を仕切り線の前に立たす。「勝者、稲倉映見さん」と東に手を上げる。「お互い、礼!」二人とも礼をすると、二人は土俵を下りると一旦控室へ戻る。二人に惜しみない拍手と声援が、その中に、「二代目【葉月山】」という声が飛んできた。一瞬その声で場内が静まると、あちらこちらから【葉月山】の声が飛び交う。映見はその声に応えることなく場外へ・・・。控室への通路で立ち止まり大きく息を吐く映見。試合が終わり緊張感が解けたはずなのに、観客から飛んできた【葉月山】の掛け声は、映見を極度の緊張状態にさせることに、観客席から【葉月山】の掛け声が飛んでくることなど想像もした事がなかった。
「二代目【葉月山】とか言われちゃってるし」と樹里は下から望み込むように、からかう気満々で・・。
「はぁ・・・あっあぁ・・・・」
「私、女子大相撲には、いきーーーーーーまぁーーーとかなるの?」
「それは、どっちの事言っているんですか?」
「どっちって、それは、あんたの話でしょうが、でもまぁ想像通り完敗か・・・あの叩きこみで勝負がつけられなかった時点で、勝負あったとおもったけどね」
「樹里さん」
「行くんだよね大相撲」
「結果はでましたから」
「観客席から声がかかってたね、【葉月山!】って、あの絶対横綱の名をあなたにかけるって」
「退路は断たれた。そんなところです」
「あなたの最後の相手が私と言うのもなんかね」
「えっ、どういう意味ですか?」
「私もずっと相撲をしてきたし、大学一年の時に全日本女子を勝ったとき、正直、女子大相撲も頭をよぎった。妙義山・三神櫻の両横綱が現役だった時代、でも、医大生だった私にその選択はなかった。でも、そのあとのモチベーション維持もできなくて、怪我や色々あって、女子大相撲に行くなどという関心もなくなって、あれから時が経って、勤務している病院にまさかの相撲部設立。そんでもって、ここの相撲部を踏み台に女子大相撲に行こうなどと言う奴まで現れ!!」
「・・・・・」
「なんかさ、真剣に相撲がしたくなった。正直、実業団全国大会団体優勝なんってそれも、創部2年目でなんて、もちろん映見の貢献度は大きいけど、それ以上に部員の看護師や私を含めた医師達が真剣になった。みんなそれぞれ相撲というか女子大相撲に思い入れがあるからね、映見の女子大相撲入りは、みんなの希望ではあるけど、多少なりとも妬みもね、でも、それは自分達が決断できなかったもしくは、行かない決断をしたんだから・・・」と苦笑気味言う樹里。
控室の入り口には、映見と樹里が戻ってくるのを部員達が待ち構えている。
「映見、青森帰ったら思いっきり可愛がってあげるから!楽しみねぇ」
「えっ・・・えぇ、今日は苫小牧に・・・・」
「ごめんね映見。青森行きの最終便のチケットとってあるから、あなたに選択はないのよ!」
「・・・・」
「病院で祝勝会してくれるんだって、患者さんも楽しみにしてくれてるし」
「病院で?」
「女子大相撲行っても、あなたは柴原総合病院の一員だから、特に、長期入院している患者さんにとって、あなたの活躍が生きることへの希望であり糧になる存在だから」
「樹里さん」
「相撲部の設立の最大の目的はそれだから・・・・はぁい!女王様のご帰還だよ!」と樹里は控室の入り口で腕組みをし待ち構えている部員達にひと言。
「押忍」と低い声でそれも笑みを浮かべながら待ち構える部員達
(押忍って・・・空手じゃないんだから!それに、なんでみんな笑顔なんですか!?どっか作り笑顔と言うか逆に怖すぎるんですけど!?)と映見の進境とは裏腹に、つい笑みを浮かべる映見である。
-------西経女子相撲部------
部員達は小上がりに腰かけながら、相撲場に置かれた。モニター画面でネット配信されていた全国実業団相撲選手権を見終わり映見の優勝で歓喜に沸いた。そんな部員達と大学近くでお茶をしたのち濱田瞳監督・石川さくらは、再度相撲場に戻ってきていた。二人しかいない相撲場は、静寂に包まれ土の香りが、二人の交感神経を否応なく刺激する。
「これで、女子大相撲への資格を勝ち取ったわけか」と瞳は自分のことのように
「さすがですね映見先輩」
「映見とさくらの第二巻かそれも女子大相撲で、なんか凄いことになったね」
「映見先輩とまた・・・」
「観客から映見に【葉月山】の声がかかってたね、もう既成事実になっちゃてるね」
「映見さんなら当然だし、入門すれば幕下付け出しのスタートですし」
「それは、さくらだって同じでしょ、映見が正式に女子大相撲入りを発表すれば、来年の春場所にいきなり激突ってことになるわけで、西経OGがいきなり激突なんて、ちょっと信じられないけど,私としてはちょと興奮するわ」
「興奮って・・・まぁそうなれば私も武者震いと言うか」
「なんか、西経揃い踏みというか【和花の舞】の江頭先輩も前頭筆頭まで上がったし、さくらや映見が来年あたり幕内にあがったら三人になる。凄いことになるわ」
「そうか・・・上がりたい」
「そう言えば、さくら、四股名とか決まってるの?」
「四股名ですか?あぁ・・・まだ」
「映見が葉月山なら、桃の山でしょ?」
「とっとんでもないです!誰かに言われたことがありましたけど、絶対横綱【妙義山】さんの前の四股名なんて」
「二代目【葉月山】VS二代目【桃の山】とか見たくない?」
「見たくないって、やるのは私達なんですから!勝手に二代目対決とかやめてくだい!」
「やるのは私達なんでって、やる気満々じゃん」
「えっ・・・って瞳先輩!勝手なこと言わないでください!まったく!」
「真奈美さんどう想ってるのかな?」
「来られませんでしたね」
「客員教授辞めて、父と一緒に福井生活だから、名古屋のマンションも処分してこっちに来ることは殆どなくなったから、一応は誘ったけどね」
「そうですか・・・」
「あんまり、二人の仲に首突っ込みたくもないし」
西経女子相撲部、濱田真奈美(旧姓 倉橋真奈美)。西経女子相撲部監督を瞳と交代後は、しばらくは客員教授の仕事を続けたのち、夫である濱田光が役員を務める企業である福井に完全移住。今は、濱田の秘書兼広報担当のようなものはしているのだ。それは、かつての若かりしき時のように、結局は二人は振り出しに戻ったような生活を楽しんでいる。もちろん、ビジネスであり遊びではない。それでも、あの時のように、ただ仕事だけのパートナー関係ではなく、夫婦としてであり、かけがえのない親友として、それぐらいの関係が、中高年を迎える二人にはちょうど良いのだ。そんな二人にとって、稲倉映見の去就がきにならないワケがなく。
----------福井県・勝山市 濱田夫妻の自宅-------
二人は、自宅リビングで試合を観戦し終えると、モニターの電源を落とす。,
「映見、凄いな。女子大相撲本当に行くのかね?」
「行くんでしょ?映見の事だから・・・私としては、医師のキャリアを積むべきだと想ってるけどね」
「素直じゃないね」と苦笑する光
「研修医とて医師なんだから、今できるキャリアを積んでいくのは当然じゃない」
「真奈美はどうだったのよ?」
「私!?」
「西経女子相撲部の監督にさせてしまった原因は俺だから偉そうなこと言えないけど、自分の大切な時間を女子相撲の監督に費やして・・・」
「今頃、そんなこと聞きますかね?全く。でも、稲倉映見と石川さくらを育てられたのは、私の監督人生で最高の喜びだけどね,もちろんOG全員だけどね」
「夜にでも映見にお祝いの電話かメッセージでも送ったら?」
「いいわよ」
「なんで?」
「映見も色々忙しいでしょうし、少し落ち着いてからするわ。ねぇ、まだ夕食まで時間があるから、ドライブがてら『礼二郎』でも行かない?」
「礼二郎?って郡上八幡のビストロだよな?」
「久しぶりだけど、予約してあるから」
「手回しいいね、まったく」
「映見の祝勝会も兼ねて」
「遅咲きの名馬、映見の本気はこれからだから、アマチュア相撲時代は序奏だから」
「・・・・遅咲きの名馬。アマチュア相撲は単なる序奏か・・・」
「車、出してくるわ」と言うと光は車庫へ
真奈美はふと物思いにふける。本当は札幌まで見に行きたかった。鉄板だと想った馬でも勝負に絶対はない。福井に生活の拠点を移してからも、映見の相撲は常に気にかけていた。もう自分の手元にはいなくとも・・・。




