全国実業団相撲選手権 ⑰
----【全国実業団相撲選手権・札幌大会】------
札幌アリーナ。男子と女子の同時開催のこの大会。女子団体戦は、【柴原総合病院女子相撲部】が初出場ながら見事優勝。稲倉映見の好調ぶりもさることながら、映見の青森の指導医でもある南条樹里が怒涛の快進撃で、【柴原総合病院女子相撲部】は、目標であった優勝を手に入れ舞台は無差別級個人戦に、【柴原総合病院女子相撲部】からは、稲倉映見と南条樹里が勝ち進み、決勝戦で当たることになった。と言うよりなってしまったと言うべきか・・・。
稲倉映見・南条樹里にとっては、実に複雑な思いである。稲倉映見にとっては、優勝し女子大相撲への特例入門資格を奪取すること、それは映見にとって最初で最後の女力士への最終関門。かたや、南条樹里にとっては、まとたないチャンス。医師として働きながらの実業団相撲選手は、けして、趣味の一環でという軽い気持ちではできない。歳を考えれば、団体での初出場ながら初優勝。個人無差別級で初の決勝進出。は奇跡でもあり、決勝の相手は、アマチュア女子相撲の女王であった稲倉映見。ここまできたら、優勝して団体・個人の二冠を取りたいと言う欲が出るのは当然ではある。ただ、稲倉映見には、この大会で優勝して大相撲入りを目指している、ましてや、同じ相撲部であり同じ医師である。
山下紗理奈が百合の花と青森にやってきて紗理奈との稽古後の風呂場での会話は、ますます、樹里の気持ちを複雑にしていた。
>「本気で決勝に行きたいか?」
「えっ?」
「私が稽古つけてやる、それと攻略法も、どうだい」
「紗理奈さん・・・でも」
「実業団選手権を突破できなければ、それで稲倉映見は終わる。今の実業団選手の上位じゃ映見には勝てない、それじゃ面白くないし映見のためにならない。樹里の実力なら勝てる可能性がある、そこに私のエッセンスを加えれば、少なくともいい勝負ができる」
「でも、もし・・・」
「その時は、映見の相撲の実力はまがい物だったてことだよ」
「紗理奈さん・・・」
この大会の前に、東京での講演と会議の翌日、樹里は秀男・紗理奈夫妻の葉山の別荘にある土俵で、紗理奈自ら映見の攻略方法を手取り足取り稽古することになったのだ。山の麓にある千坪超える敷地は木々に囲まれ外部からは見えない。そんな敷地の中に、相撲場がありそのうえ土俵の土に荒木田土をわざわざ埼玉から運搬させる凝りようと言うか何事も本物に拘るのが秀男の流儀だとか、紗理奈自身は呆れてはいるが、本音はそれをきっかけに秀男と相撲の話ができることとそれ以上にたのしいことがあるのだ。
「でもすごいですよね、自宅にこんな本格的な土俵があるなんて聞いたことがないですよ」
「相撲部屋かって感じよね?でも、二人とも部屋を持たなかったからその反動で何考えてんだか?」
「紗理奈さんが今でもあれだけ動けるのは、ここで鍛錬してるんですね、ところで稽古相手って、旦那さんですか?」
「あぁぁ・・・そう言うことになるかな・・・」
「見てみたいですね、鷹の里vs妙義山とか」と樹里はからかい口調で
「稽古用廻し締めて裸体でやるのよ、ここでしかできないでしょ?」
「うん?裸体?・・・って、紗理奈さんも裸ですか!?」
「裸よ。それが何?」
「裸って・・・・」
「じゃ、稽古するから裸になって」
「えっ?」
「えっ・・・えじゃねーんだよ!」
「・・・・・」
別室で廻しを締めあう二人、もちろん二人とも裸体である。樹里は紗理奈をを見ながら違う意味で気恥ずかしいと言うか、紗理奈の体はとても六十歳近い体には見えず、まるで現役女力士そのものと言うか、そもそも、現役女力士はおろか実業団力士も、風呂場以外で見たことはない、廻しを締めての裸体姿などあるはずがない。しげしげと紗理奈の裸体を上から下まで見てしまう。
「なに?」
「えっ、いや凄い体されてるなって」
「鷹の里に負けたくないんで」
「鷹の里って、旦那さんもなんとも・・・」
「変態夫婦だと想ってるでしょ?」
「えっ、いや、そんな風には」
「旦那が、高校生・大学生をここで指導することがあるのよ、彼も仕事があるから週末にね、そのための土俵なのよ、そのうちクラブでも作る気なのかと?」
「いいじゃないですか、だったら紗理奈さんも?」
「冗談じゃないわよ」と言いながらまんざらでもない紗理奈。
稽古が始まると、裸体であることなど忘れて没頭する。稽古の様子は、通常カメラとハイスピードカメラで撮影される。裸でぶつかり合う絶対に女性相撲ではあり得ないことだが、肌と肌が直接ぶつかり合う衝撃と音は、明らかに相撲用レオタードを着ての相撲とは全く違うし、裸体であることがアドレナリンを以上なまでに分泌されてしまう。別名「闘争と逃走のホルモン」とはよく言ったものだ。
何本か取った後、カメラで撮った動画を紗理奈が解説を加えながら、攻略方法のヒントを樹里に話し出す。紗理奈は映見の相撲の形をコピーして稽古をしながらまずは樹里の相撲を試したのだ。
「さすが樹里と言いたいところだけど、スピードがいまいちと言うか、でも、樹里が狙っている相撲は私と同じかな?」
「映見と四つ相撲になったら、特に左を取られたら手も足もでませんから、それよりも、私の意図を先読みされてる紗理奈さんには完敗です。左を差して右に行きたいところ全くできなくて」
「一応、初代絶対横綱【妙義山】なんで、まぁ樹里が勝つとしたら、突っ張て行くしかない、まともに四つに組んだら勝ち目はない、だから、樹里の意図は間違っていない。問題は決勝進出したとして体力が残っているか?その一点だな、樹里がスピード勝負で映見につけ入る隙を与えず一気に決められれば勝てる可能性はある。でも、長引けば無理だ。映見に勝つには狂ったように突っ張て体勢崩して叩きこむ。それしかないだろうな、それでも下半身の安定感は抜群だから厳しいぞ」と言いながら紗理奈は樹里を見ながら笑みを浮かべ、まるで楽しんでるかのように・・・。
「映見ともし、決勝であたることがあったら、私はまともな相撲はとる自信が」
「樹里が勝てば、稲倉映見の女子大相撲入りは永遠に消滅する。それだけの話であり、そこに雑念を挟むのは、いかがなもんかな・・・そんなことされて、稲倉が女子大相撲力士になったところで、先はない!」
「別に私は!」樹里はつい強い口調になってしまう。
「情をかけたくなる気持ちもわからなくもないけど、かけられた方からすると一生残るもんだよ、映見はそんなの望んでいやしないし、それは、樹里だって・・・そうだろう」
「すいません。ついなんか・・・・映見の方が強いのになんか勝たせてあげたいみたいな何考えてんだが」
「映見を苦しめろ。それが樹里の映見への餞別だ」
「紗理奈さん」
その後は、紗理奈が仮想の稲倉映見になり、樹里に稽古をつける。数番終えるとビデをチェックと運動解析ソフトを用いての動作確認。樹里もこの手のソフトを知らなかったわけではないが、動作をスーパースロー映像で可視化して2次元及び3次元の運動解析によるフォームの精密な分析を実際にしてもらうのは、初めてである。
「樹里の相撲は、女子大相撲でも幕下なら十分通用する。ただ、心技体の体だけはどうしようもない」
「それは、仕方ありません。今思えば青森での全日本女子相撲選手権で野口さんを破った試合がピークだったんです、その意味では私には迷いはなかった。医大を中退して女子大相撲など選択はなかった。相撲もやめて・・・それが、まさかの復帰で職場に相撲部ができて、監督が元関脇【十和田富士】さんなんってありなのって、それでもって、アマチュア女子相撲の女王稲倉映見が研修医として来るときたら、否でも相撲魂が・・・」と樹里
「楽しくて仕方ないか」
「えぇ、あきらめていつしか忘れかけていた相撲の世界にもう一度あの頃に戻れたというか、引きずり込まれたと言うか」
「もし、決勝で映見と対戦することがあるのなら。それは忘れえない相撲にしないとな」
「もし、私が勝ったら」
「樹里が勝つのは冷静に考えても、十番やって一二番かね、逆に言えば一二番あるってことだよ。勝負は水物。ましてや、映見にとって本当の一発勝負!そこで勝つには、心技体そして運。絶対に勝てる勝負なってないからね、ましてや、相手が南条樹里。そこに私のアドバイスを加えれば、半分までもっていける。それでも稲倉が勝てれば良し。負ければその程度。樹里にその程度と言うのは失礼だけど」
稲倉映見を女子大相撲に入れたい。その思いは変わらないし、【葉月山】の後継をと言うのは紗理奈の想いであることには変わりがないが、それでも、すんなり女子大相撲にいかすのは面白くない。そして、心のどこかに、樹里に勝たせてやりたいと言う思いもないわけではないのだが、稲倉映見を女子大相撲に入れるために動いてきたのに、その相手に勝たしたい気持ちもある。なんとも・・・
午後からの稽古も、時刻は午後四時。二人は無我夢中で、稽古と相撲談義で盛り上がる。そんな時、相撲場に置いてあるスマートスピーカーからアラームが鳴る。
「はい、終わり。風呂入って軽く食事したら、羽田まで送るから」と紗理奈
「あぁぁそんな時間ですか、残念」と樹里
お互い汗まみれ、樹里にいたっては、裸体は土まみれになりその姿は、男子大相撲の力士と変わらない程に、それは、稽古の厳しさを物語っていた。紗理奈も樹里も息を荒げ、まるで相撲部屋のごとく、まるで親方と弟子の関係なように・・・。
母屋の脇に隣接した半露天風呂。総ヒノキの巨大な露天風呂に二人で入り、目の前の相模湾湾を眺める。手前に江の島を遠目に霞がかった箱根の向こうに富士山が見える。二人の大柄な女性は首元まで湯に浸かり、湯気の向こうに透明水彩画のような景色に僅かにぼかしが入ったかのようなオーシャンビューが広がる。
「私が学生相撲に邁進していた時の絶対横綱の【妙義山】さんに稽古をつけてもらい稽古後にこんな凄い湯船に一緒につかるなんて想像したこともなかった」と樹里は顔に湯を浴びせながら。
「ここに、女性を入れたのは初めてなんだ。ここは、秀男さんの場所だからね、男子中学生から大学生まで週末は騒がしいのよ、なんか、私は寮母にされちゃって、料理作ったり学生の世話したり、部屋の女将じゃないんだからまったく!」
「でも、楽しいんじゃないんですか?」
「まぁー嫌いじゃないけどね。その意味では、十和田富士さんが少しだけ羨ましいかな」
「紗理奈さん・・・だったら」
「今は、秀男さんの・・・いや【鷹の里】の妻として生きていくと決めたから・・・色々あったからね」
「すいません。なんか・・・」
「いいのよ、でも、楽しかった。なんか【妙義山】に戻った感じで、【鷹の里】強いだんけど私のフェロモンに弱いのか、すぐ反応しちゃって」
「反応?」
「中学生じゃないんだからまったく。私と相撲を取るとなんか何番か取るうちに弱くなっていくのよ、どう思う?」
「えっ、えっ・・・そそれは、女性として認められているから、だから、あそこも反応するのかと・・・・」
「あそこ?あそこってどこ?」
「えっ、それ聞くんですか!?」
「あそこって、脳に決まってるじゃない。ドーパミンが分泌されてそれで、異様な高揚感とか興奮感とか・・・あれ?樹里、もしかしてあそこを連想した?」
「はぁ?・・・いや・・・」
「樹里って本当に医師なの?なんか連想が中学生並み?」
「・・・・」紗理奈を睨みつける樹里
「なに?」
「ドMなんですね【鷹の里】さんは」
「ドM!?・・・」
「ドSの【妙義山】SとMで磁石のように離れないと・・・・」
「そうか・・・私、【妙義山】に変身するとドSになるのね多分」
「これって、変態夫婦の自慢ですか?」
「樹里、今日、泊って行かない?可愛がってあげるから・・・」
「あぁぁ・・・またの機会に」
「あぁぁ・・・残念」
二人は湯船に浸かりながら見合ってしまう。まるでにらめっこでもしてるかのように・・・。




