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女力士への道  作者: hidekazu
女力士への道 ②

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全国実業団相撲選手権 ⑯

 葉月は、施錠していた相撲場の窓を解除し開けていくと、夏の風が緩やかに吹き抜けていく。締めきて重く澱みきっていた空気が浄化されていく。


 葉月と映見の五番勝負は、二番先行して勝った葉月が勢いで行くかと想ったが、映見の張り差しと言う奇襲で流れが変わり怒涛の三連勝で葉月に勝ったのだ。冷静に考えれば、それは至極当然な結果とも言えなくわないが・・・。


 葉月は、出入り口の鉄扉以外はすべて開放すると小上がりの淵に座り、大きく息を吐く。五番勝負に満足したという表情で、若干の笑みをの浮かべながら。映見は、葉月の前に立つ。額に汗を浮かべ疲れた表情を見せながらも、葉月と同じくやり切った感満載。


「完敗ね。当たり前と言えばそれまでだけど」と葉月はサバサバした表情で自分の足元を見ながら


「失礼ながら正直、葉月さんがあそこまで動きがいいとは思いませんでした。いくら絶対横綱だったとはいえ」と映見は、お世辞でもなんでもなく本心として


「私なりに、今できることはしてきたのよ、あなたを潰すつもりで、本当は受け手として「ぶつかり稽古」であなたが立てなくなるまでやって潰そうと想ったんだけど、結局、五番勝負の真剣相撲なんか言い出した私には自分でも呆れるわ全く!少なくとも、実業団で戦ってるあなたに引退した元力士が勝ち越せるわけがないのに、驕る平家は久しからずじゃないけど、結局、連勝して三連敗、映見に張り差しされて動揺して、集中力欠いてこのざま!」と言いながらも、どこか嬉しいような・・・・。


「心底好きなんですよ、相撲が・・・」


「絶対横綱【葉月山】だったと言う驕りよ!もし、私が勝っていたら私の気持ちはそっちに引き込まれていたかも、その意味ではあなたに感謝でもないけど」


「感謝?」


「三番目のあの張り差しいつ覚えた?映見にしてはあんな手を使ってくることなんか考えもしなかったら」


「あぁぁ・・・あれは十和桜さんに・・・」


「十和桜?」


「こっちの病院の方で入院治療してたので」


「ふーん。彼女が・・・格上の力士にも平気で張り差しというか張ってくるからね」


「すいません。どうしても勝ちたかったので、絶対横綱に張るのには躊躇したんですが・・・」


「はぁ?私には何の躊躇もなく張ってきたとしか見えなかったけどね?」


「あぁちょと・・・すいません」


「何よそれ!全く」


 葉月にとっては、今のこの時は至福の時間のように感じていた。純粋に相撲に没頭できたというか、稲倉映見と真剣勝負ができたこの時は何事にも代えがたい。「稲倉映見を潰す」それは、稲倉映見には医師としての人生の方が良いと想ったのだ。女子大相撲は女子相撲をやっている者にとって一つの目標であり、力士として生計を立てることができるなど、一昔前までは考えられなかった。それどころか、ワールドシリーズなど、賞金も半端なく、男子の大相撲も超越する賞金を得ることができるまでにもなった。それを一番わっかっている葉月ではあるが、その厳しさとリスキーさも併せ持つ。相撲はあくまでもフルコンタクトスポーツなのだ。日本の女子大相撲なら話は別だが、世界の強豪力士と戦うまでに発展した女子相撲は、男子大相撲よりはるかに過酷で厳しいものになってしまった。だからこそ見るものを興奮させるのだが・・・・。


「まだ、私が女子大相撲力士になることにあまり・・・」


「もうその話はやめましょう。この勝負あなたが勝ったのだから答えは出た。私が言い出して負けたのだから」


「葉月さん」


「あなたが見せた勝負への拘り!成長と言うか女力士への道と言うか、あの張り差しにあなたの熱い思いを感じたし、最後の勝負は私を熱くさせた!中河部葉月ではなく【葉月山】として負けられないと、でも見事に完敗!私はこれですっきりしたし・・・【葉月山】の四股名あなたに授ける。もちろん行ければの話だけど」とどこか意味深な笑みを浮かべる葉月


「なんか感じ悪い・・・」と映見


「実業団優勝できそう?」


「そんなのやってみないとわかりませんから」


「絶対勝ちますとか言うかと想ったけど?」


「勝負に絶対はないので!それは今日の勝負だって、でも、正直負けることはないと想いましたが・・・」と真面目な表情で言いながらも目は笑っているような・・・・。


「言ってくれるね。でも、なんだろうね、改めて思うけど、私は心底好きなんだよ相撲が、女子大相撲かから完全に足を引いて、私の理想とした競馬ビジネスに邁進している。それでも、ふとした時、女子大相撲のことがふと頭をよぎる。後悔とかそんなことではないのよ、過去の出来事が美しく感じてしまう「逃避的思考」だとは思わないけどね、もちろん今の自分の生き方に不満があるとは思っていない、生涯の仕事として馬とかかわっていくつもりよ」


「無理してませんか?」


「無理?」


「過去の自分を色眼鏡で見ないで、素直に裸眼で見られたら」


「それは、私に説教してるの?」


「そんなつもりは・・・・ただ、この学校に月に一回でも来られて指導しているのは、純粋にすばらしいと尊敬してます。多分そこには、元力士と言うかそんな拘りなどなく純粋に相撲が好きだから、それでいいじゃないですか、過去のことがどうであれ、元女子大相撲力士ではなく単なる相撲好きでいいじゃないですか、部の彼女達だって確実に相撲が上手くなってる。それは、葉月さんの指導の賜物です。それと、紗理奈さんです」


「紗理奈さん?」


「那奈と私を指導されている時の紗理奈さんは、本当に楽しんでらっしゃる。そこには、初代絶対横綱【妙義山】の雰囲気など全くなく。単なる相撲好きの叔母さんって感じで、葉月さんもそれでいいじゃないですか、女力士の栄光と影をいつまでも引きずる必要があるんですか!相撲は楽しみのひとつとして、気負う必要なんかない!違いますか!」


「・・・・」


「あっ!?えっ?あぁぁ・・・・私!?」


「やっぱり説教された」と葉月は半笑いと言う表情で映見を見つめる。映見は自分に困惑している表情でその視線から目を逸らしてしまう。それでも、二人の間に険悪な雰囲気はない。歳の離れた姉妹とでも言うのか・・・。


葉月は腰を上げ、小上がりのいて置いたある。トートバッグ を持ち出口に向かう。


「葉月さん」


 葉月は映見に声を掛けられふり向くと


「葉月山の四股名は物凄く重い。中途半端な力士には譲りたくない!最低でも横綱、できれば絶対横綱の称号を授けてもらえるぐらいの力士でなければ、私の気持ちが収まらない!私に誓える!その条件を!」


「その心づもりです!葉月山を譲ってくださいお願いします!」と映見は深々と頭を下げる。


「わかったわ。もうこれ以上何も言うことはない」と葉月。感傷的になってもおかしくない【葉月山】の四股名への想いではあるが、映見との勝負に負け、どこかすっきりしたと言ったら語弊もあるがそんな気持ちになれたのも、映見にその資格たるものがあるからと肌で感じとれたからなのだ。


「そうなると、さくらも同期ってことになるのかしら?」


「多分、そうなると・・・」


「そうか・・・楽しみでしょ?」


「私が、実業団で優勝できなきゃ話にもなりませんが」


「葉月山VS桃の山とか無きにしも非ず」


「えっ?」


「見てみたいは、次世代の葉月山と桃の山を、さくらは桃の山を名乗れる資格は十分だと思うけどね、まぁ私が勝手に言っていることだけど」


「さくらが【桃の山】・・・・」


「それじゃ、あがるわ」と言うと、葉月は出入り口の鉄扉の鍵を解除し扉を開けると、後ろを振り向かずドアの向こうに消えていった。


(葉月山VS桃の山・・・そんなこと考えたこともなかった)


 映見にとって、さくらはライバルであると同時に盟友だと想っている。今度は、女子大相撲の舞台で・・・。




 葉月は鉄扉を開け、廊下に出ると、紗理奈と小田代ヶ原親方が壁にもたれかかっていたが、葉月が出てくると視線を葉月に合わせる。真っ先に、葉月の前に小田代ヶ原親方が立つ。


「映見は、映見に何をしていたんですか!」と声を荒げる小田代ヶ原親方


「相撲勝負しただけよ、潰してやろうと想ったけど」


「またそんなことを」


「そんなに心配なら中に入って見に行きなさいよ」


「・・・・・」


 小田代ヶ原親方は、葉月を睨みつけると鉄扉を開けると中に入っていく、オートクロージャで引き戻された重い鉄扉は、ゆっくり「カタッ」と音を立て閉まる。紗理奈は腕を組みながら壁に寄りかかり足元を見ている。意図的に葉月を見ず。


「勝負はどうした?」と紗理奈


「完敗です。私などが勝てるはずはないと、私が勝てるようなら映見は女子大相撲では通用しませんから」


「ふっん・・・葉月山も歳には勝てないか」と紗理奈は苦笑しながら


「鬼にはなれなかった。紗理奈さんのように・・・・」


「映見は、女子大相撲で活躍できそうかい?」


「えぇ、彼女は私より気性は強そうです。まさかの張り差しを食わされました。私でさえ紗理奈さんに食らわせたこともないのに、躊躇なくすっぱとやられました。それで勝負あり。紗理奈さんなら返り討ちにするでしょうけどね」と笑みを浮かべる葉月


「ふん・・・二代目【葉月山】は誕生しそうかい?」


「さぁどうでしょうかね?勝負は水もの、ましてや一発勝負。そこを抜けてこられるか?」


「【葉月山】は、そんな修羅場をくぐってきた。それを受け継ぐ映見ならこの程度は超えられなきゃ話にならない。そうだろう」


「紗理奈さん【妙義山】の唯一の愛弟子である【葉月山】は、期待に応えることができましたか?」


「・・・・・」


「私は、【妙義山】の期待には応えられなかった。力士としては応えられたかもしれませんが、相撲人として、将来の女子大相撲界のためには、何も応えることはできなかった。そのことが今になって、自分に苛立たしくて、相撲が好きなのに素直に向き合えない、女子大相撲界から決別したくせして、こそこそと高校の相撲部に来たり、稲倉映見の女子大相撲入門に否定的な態度で潰すとか言いいながら、自分から真剣勝負に持ち込んで、挙句の果てに完敗。そのことに、悔しさと言うより、葉月山だった頃の自分をまるで呼び起こすかのように、すいません。自分がよくわからなくて、映見との真剣勝負は、【葉月山】として、もしかしたら、女子大相撲の世界に引きずり込んでくれるのではないかって、またあの世界に戻ることが、私の無意識の本心じゃないかと、だから!」


「もう女子相撲界におまえが戻る場所なんかないんだよ!」


「うっ・・・・・・」


「【葉月山】は期待以上の活躍をしてくれた。私の目に狂いはなかった。【葉月山】は劣勢だった日本のプロ相撲のレベルを上げ尚且つ世間に女子大相撲の知名度を上げたのは【葉月山】だ。女子相撲をやっている者にとって【葉月山】は女子大相撲の金字塔。そして伝説。もし、女子相撲界に戻るとしたら、それは、二代目【葉月山】であって、初代じゃない。伝説は若き稲倉映見に継承され新たに甦る。間違っても中河部葉月じゃないんだよ!」


「うっぅ・・・・」


「葉月の人生を狂わしたのは私だからね、お前を追い込むだけ追い込んで、お前はまんまと私の術中に嵌まった。お前の大切な人生時間を弄んだよ」


「そんな言い方やめてください!」


感情が高ぶる葉月。女子大相撲から引退して、中河部牧場に嫁ぎ早五年近くになりすでに女性ホースマンとして、一目置かれている存在である。女子大相撲力士であったと言うことはもう過去の話。ところが、本人の中では日増しにその過去が強くなっていた。そして、女子大相撲を目指す映見との再会は、その思いをさらに強くする。でも、もう戻ることは絶対に不可能。今のすべてを壊さなければ・・・。


「人間、収まるところに収まる。私も協会から距離をおきどんな人生なるのかと想ったけど、不思議なもので、今の生き方はしっくりくる。あれだけ、女子大相撲に人生を賭けていたのに、他人から見れば【妙義山】としてのは輝きを失ったと見えるかもしれない。でもね、私にとっては、いつ何時も輝いているのは今なんだよ。過去に戻ったところで、そこに輝きはない。稲倉映見を女子大相撲に入れるのなら、どうしても、葉月にその最後の味付けをさせてあげたっかた。葉月山が新たに甦るのなら・・・」


「紗理奈さん・・・・」


「今のお前は一番輝いている。【葉月山】の見えない鎧を脱いだ葉月山は、素の葉月と言う女性に戻る。私も、【妙義山】の鎧を脱いで、自分は何者かの本質が見えてくる。見えてきたものは、相撲が好きだと言うこと、これだけは治らないみたいでね」と紗理奈はニコニコせずにはいられない嬉しさと言うか


「【妙義山】ですからね」と葉月は涙声の笑い


「【葉月山】もな、稲倉映見も」


「稲倉映見も馬鹿がつくほどにそれ以上に娘さんも大馬鹿がつくほどに」


「バカ娘だけど大馬鹿ではないわ!」


「えっ・・・あぁぁ・・・ジョークですよジョークもう」


「大馬鹿ではないわ!」


「・・・・・」


 そんな、大人げない会話ができるようになったのは、お互いの心の鎧を脱いだからだと、【絶対横綱】として生きてきた二人が、初めて素の二人で語りあえる時が来たのかもしれない。

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