全国実業団相撲選手権 ⑮
----道立苫小牧北高校 相撲場-----
すべてのドア及び窓を施錠し、誰も入ってこれないこの場所で、中河部葉月と稲倉映見は、ある意味においては死闘を演じていた。五番勝負で映見が勝ち越せなかったら、四股名【葉月山】を継がせないどころか、女子大相撲入門も認めないという全くもって理不尽極まりない。でも、映見はそれを受け入れいた。若干の躊躇はあったが、それは、葉月山の四股名を継ぐのなら葉月山を倒さなければ、真の意味での後継にはなれないと心に決め。
一番・二番は、あっけなく葉月に取られてしまったのだ。葉月の速攻相撲に翻弄され寄り倒しで負け、二番は、立ち合いの遅れであっさり左をさされてさらに右下手まで取られてしまう。映見は慌てて上手をとって両上手をとるも左は廻しが1枚しかとれていなかった。葉月は盤石の体勢でいつでも仕掛けることができるのにたいして、映見は、この劣勢を挽回するべく強引に力ずくで押し返すも、葉月にあっけなく左上手を切られ、映見は苦し紛れに首投げに、しかし、そんなものが葉月に通用するわけもなく、左からすくい投げを仕掛けられそのままあっさり崩されて土俵の上に転がされてしまった。
土俵上で仁王立ちの葉月。元絶対横綱は、アマチュア女王など取るに足らないと言った表情で、土俵上で跪く映見を見下ろす!
「はやばや土俵際ね。ここから私に三連勝など無理じゃない?」と葉月は無表情を装いさらっと言い放つ。
「・・・・・」映見は葉月を睨みつける。
「なに?その顔は?」
「まだ終わってませんよ」と震えるような小さな声で
「私、言ったでしょ?潰すつもりでやるって、忘れた?」
「だったら潰される前に、潰してやりますよ!」
「・・・・」(なに?)
「たとえ、元絶対横綱【葉月山】であろうと、勝たなければいけなければ、美学にはこだわらない!」
「美学?」
映見は、葉月を睨みつける。その表情はいままで見せたことのない厳しい表情。
>「だったら潰される前に、潰してやりますよ!」
そんな言葉を映見から聞くとは思わなかった。たかが元アマチュア女王ごときが絶対横綱【葉月山】に言う言葉ではないのだが、葉月はその視線につい目をそらしてしまった。そこまで言われておきながら、精神的に負けてしまっていたのだ。現役時代の葉月山なら、どんな相手であろうと気合い負けをすることなどなかった。それなのに、稲倉映見にこんな気持ちになるなんて、ましてや、連勝して絶対優位にもあるのにもかかわらず、何故にここまで映見に威圧感を感じるのか!?
葉月は、映見の反対側に体を向け、一つ息を入れる。睨み返してくる映見の前で、息すらも入れるところを見られたくないのだ。
映見は、その葉月の背中を見ながら次の勝負のために自身の両頬を叩き気合を入れる。もう後がない映見。別に、葉月に負けたからっといって、女子大相撲入門の資格がなくなるわけではないし、行くいかないは、映見自身。でも、この勝負に勝てなければ、その先の女子大相撲での未来はないと、心に決めたのだ!
映見は、すでに仕切り線のまえに立つ。葉月は大きく深呼吸をすると、反対向きになりゆっくりと仕切り線の前へ、否応ない緊張感が葉月を襲う。
二人とも両手を着き立ち合い成立。しかし・・・・
(えっ!?)と一瞬葉月は映見の立ち合いからの動きに躊躇してしまったのだ。
映見は、いままで見せたことのなかった張り差しを選択したのだ。
映見は、立ち合いの瞬間、スパッと葉月の右頬を張る。さすがに驚いた葉月は動きを止めてしまい隙を作ってしまった。映見はつかさず、左上手を取ると映見が圧倒。葉月は、必死に巻き替えようとするがすでに遅し、映見に寄り切られてしまった。映見は葉月に相撲をさせる隙を一切与えず会心の勝利。困惑の表情の葉月に対して映見は、薄笑いを浮かべながらも満足気な表情で葉月を見返す。
「とりあえず、一勝です」と自信気な映見。葉月はその表情に「カチン」ときた。
「苦し紛れの張り差し?そこまでしないと私に勝てないってことね」
「なんと言われようと勝ちは勝ちですから」
「勝ちは勝ち。そうね、そこまでして【葉月山】の四股名がほしい?と言うよりそんなに行きたい女子大相撲に?」
「私にとって、相撲はあくまでも学生までやって終わるつもりでいました。女子大相撲に行くことなんか考えてもいなかった。【女子プロアマ混合団体世界大会】の参加。そして、女子大相撲レジェンド力士からの女子大相撲への誘い。そして、元絶対横綱【葉月山】さんとの出会い。女力士へのチャンスを作っていただいた以上、私にはそれに答える義務がある!そして、元絶対横綱【葉月山】さんに四股名を使うことを認めてもらうこと、この勝負で負けたのなら、約束通り女子大相撲にはいかない!葉月山の四股名を継承するのなら、葉月山を倒さなければ、私の気が済まない!ここで、負けてるようなら【葉月山】を継ぐ資格はない!だから、どんな手を使っても、葉月山を倒し屈服させる!」
「屈服?・・・そこまで言われるとね。随分でかい口を叩くものね、いいわ。その覚悟なら私もそれなりの対応をさせてもらう!絶対に潰す。女力士への道は私が潰す!そして、大人しく医師としての道へ邁進する、それが、あなたの真っ当な生きる道よ!次で終わらせる!」
(何故、私は素直に映見は女子大相撲に行きなさいと言えないの!?何に私は拘ってるの?映見の何に怒りをぶつけているの!?)と自分がよくわからない葉月
(いくら引退してから年月が経っていようと、絶対横綱【葉月山】は、私の憧れ、でも、今は倒さなければいけない壁であり、私が女子大相撲でやっていけるのかの試金石だと想っています。とても、引退して相撲界から引退した動きではないことは、先の二番で痛感しました。だからこそ、葉月さんいや、葉月山に勝たなければならないと!)と確固たる強い勝負への意志は信念を貫く強靭な心に宿る。勝負に拘ることを嫌っていた映見が見せる勝利への執念。相手は、元絶対横綱【葉月山】女力士の伝説であり偉大な力士。アマチュア相撲人生で、最初で最後の大勝負。映見はこの五番勝負に、自分が今持てる相撲のすべてを賭ける。
四番。気持ちが整わない葉月。心技体すべてが充実している映見。一勝二敗と劣勢であるのには変わりないのだが、そこに気持ちの弱さは微塵もなかった。
再度、仕切り線の前に立つ両者。映見の表情に自信が漲る。勝負師【稲倉映見】とでも言うのかごとく、人生のすべてを賭ける。たいして、優勢である葉月。世界から愛された女子大相撲レジェンド力士にとって、稲倉映見など取るに足らない相手のはず?しかし、稲倉映見の張り差しにまんまと嵌り、次の反応が遅れあっけなく・・・。揺れている心を必死に隠すもその表情はどこか強張っていた。
(張り差しでやられたなら、同じ手でやり返す!そこに【葉月山】としての美学なんか関係ない!)
(絶対横綱相手に張り差しはないでしょうが、これが大相撲ならましてや世界を相手にするのなら、生きるか死ぬかの選択をせまられているのなら、私は絶対に女子大相撲に行きたい!葉月山を倒して!)
二人とも両手を着き立ち合い成立。葉月は迷いなく右手からの張り差しで、映見の体勢を崩しにかかるが、映見はさらに先読みをしていた。力強い踏み込みから右を巻き替え、もろ差しに成功。葉月の強引な掛け投げを冷静にかわし、左ですくって土俵に転がしたのだ。唖然とする葉月!読みがズバリ当たり、余裕の表情の映見。実戦を積んでいるか積んでいないの差か?
(張り差しで負けたから張り差しでって・・・安直すぎやしませんか?)と映見
(読まれていたと言え・・・・映見、あんったって!?)と葉月は。自分の完敗を認めざる得なかった。
息が上がる葉月、スタミナ云々の問題より精神的動揺が心臓の鼓動を速めているのだ。それに対して、映見は最初の二番での不甲斐ない相撲が嘘のように、体が動き相撲勘もさえわたり一切の迷いがない。映見の鋭い視線が葉月の胸の内に突き刺さる。
(映見にこんなにプレシャーをかけられるなんて・・・楽しむ余裕もないわ。でも、なにか【葉月山】に戻った気持ちだわ!最後の一番、私のすべてを賭ける。私を超えてその先へ!間違っても、私をそっちの世界へ引きずり込まないでよ!)
(正直、葉月さんがここまで動けるとは思わなかった。明らかに実戦稽古をされてますよね?私のためですか?だとしたら、感謝と言いたいところですが、ならば何故、女子相撲界に残って部屋を持たなかったんです!絶対横綱【葉月山】許せない!腹が立つほど許せない!)
両者、一旦土俵から出ると息を整える。最後の大一番。再度土俵入りすると、二人は軽く四股を踏み仕切り線の前に、大きく息を吐く葉月に対して、映見の口は真一文字。
二人は仕切り線の前に腰を下ろす。二人とも両手を着き立ち合い成立。
立ち合い鋭く踏み込んだ映見は左を差し込みにいくが、それは、葉月も同じ。映見は差し込むことをあきらめ、葉月を押しこんでいく。葉月は必至に堪える。そこを、もう一度差し込んでいく映見だが、そうはやすやすと許す葉月ではない。葉月は右から映見の上体を起こし左の下手を取ることに成功。下手を取った葉月だったが、映見も右の上手を取り左も差し込んできた。
(くぅ、一筋縄ではいかないか!)と葉月に焦りが
映見がグイグイ攻め立てる。葉月は前に出てくる映見を下手投げで攻めに行ったが、そこを映見は右足を葉月の左足にかけ強引に体を引き寄せる。そこを堪え、もう一度下手投げを打つ葉月。映見も必死に堪え、葉月が映見の体勢を崩しに行くも全く崩れない。
(その程度で私は崩れませんよ葉月さん)
もう一度、足をかけに行く映見。葉月はそれを巧妙に阻止するも、果敢に攻める映見の勢いは止まらない。
(攻めて攻めて攻めまくる!相手は絶対横綱【葉月山】半端な攻めは通じない!)
(くぅ、映見の怒涛の攻め、息も入れられない!このままじゃ!)
一気に、土俵際まで追いつめられる葉月。しかし、攻めたてていた映見ではあったが、ことごとく凌がれ映見の動きが止まる
「はぁはぁはぁ・・・」と意外にも映見が先に息が上がってきたのだ。
(攻めすぎたわね映見!)
ここぞとばかり、葉月は自分から動き右差しを狙う、前に出て行く葉月、映見はそこを右上手投げで勝負するも、葉月はそれを堪える。今度は、葉月が下手投げで映見を攻め立てる。両者の投げの打ち合い!しかし、両者決まらず。そこに、映見は葉月の左足を取りに行く。そこを葉月はなんとか凌いだが、体勢の崩れた葉月に映見が体を預ける。その瞬間、なんとか映見は左下手が取れ、左を引き葉月の体を寄せていく。葉月はなんとかして右上手を狙いにいくが、僅かに届かない!
土俵際の攻防、背負うのは葉月。
映見はさらに攻め立て前出る。その隙に、葉月は右上手を取りにいき成功。今度は、葉月が右上手を引くが、葉月の両足は俵に掛かりもう逃げ場がない。映見はさらに寄ると、葉月は起死回生のうっちゃりに勝負を賭けるも、映見は左の外掛けで葉月に体を預ける。弓なりになり必死に堪える葉月だが・・・。
「もらった!」おもわず声を上げる映見!
葉月は堪えきれず土俵に落ちる。
(くぅ、・・・・・・・・・)葉月は仰向けになると、その上には映見が仁王立ちで葉月を見下ろす。
元絶対横綱【葉月山】の完敗。であると同時に、映見の勝負強さが光った五番勝負。仰向けになったままの葉月に手を貸そうとしたが、葉月はそれを振りほどき、自分で立ち上がる。背中に張り付く土の重さは異様に重く、こんな無様な負け方は、百合の花と協会の相撲場以来の話。あの時は、現役の横綱だったから納得もできるが、まさか、稲倉映見にやられるなんて・・・。




