全国実業団相撲選手権 ⑭
相撲場の時計は午後4時半を少し回ったところ、小上がりでさなぎになっている葉月は、相変わらずの熟睡モードだが・・・・。
「葉月、いい加減起きて体をアップした方がいいんじゃないの?」とアンナ
「あぁぁ・・・うん・・・何時?」
「もうじき五時になるわよ」
「あぁぁ・・・もう・・・」とこれからキャサリンと手合わせする気があるのかないのか?葉月は寝袋のチヤックを下ろし寝袋から脱皮?
「なんか、さなぎから怪獣が出てきたみたいな感じね」と笑みを浮かべるアンナ
「怪獣!?失礼な!Butterflyよ!華麗なる蝶の舞ってところかしら!」と葉月
「はぁ?舞ってないし・・・・」
「・・・・」
ロシア時代のアンナを知っている葉月がすると、冗談を言うアンナは信じられない。それは、ウクライナの時代に戻ったような、本来の性格はオープンで冗談を言って場を和ませるそんな女性なのだ。ヨーロッパリーグでの晩年は、怪我に苦しめられ、思うような成績は上げられずも、ロシアの精神的支柱として影の指揮官としてロシアを引っ張り、最後の花道としてあの東京での大会に挑んだのだ。願わくば、最後は葉月山と対戦出来ればとは想ったが、それは叶わず、今に思えば辞め時を逸してしまたのだ。全盛期のアンナは、葉月山と死闘を世界大会で繰り広げていた。そんなアンナも、今はノルウェイで新たな相撲の道を歩む。ライバルであった葉月山が相撲界から去ったことだけは、唯一の心残りだが・・・。
「しかし、稽古用の廻し持参って、本当に相撲界から引退したの?」ちょっと意地悪風にアンナ
「相撲は頼まれて仕方なくやってるだけなんで」
「頼まれて!?女子大相撲の元絶対横綱が相撲は仕方なく!?はぁ?」
「色々、大人の事情があるんです!私をそっちの世界に引き釣り込まないでください」
「何その言い方は全く。だいたいでかいジュラルミンのコンテナケースを持ってきて、何かと想ったら出てきたのが明け荷でそこから出てきたのが稽古用廻しって、はぁ?何?って感じだったわよ」
「私にとっては、大事な・・・・」
「あっ、本音出たな」とアンナは葉月をいじるのが面白くて
「そんなんじゃ!」
「いいじゃない、もうくだらない意地とか張るのはやめて素直になりなさいよ!私だってさ、相撲とは決別するつもりでいたし、まぁ生きることがどうなるのかと、でも、結局こうなって・・・・」
「・・・・・」
「私は、みんなノルウェイに来るときに身の回りのものは処分しちゃったから、葉月にもらた明け荷だけは持ち出したかったけどそもういかなくて」
「アンナさん」
「でも、またこう会えて冗談いいながら、相撲の話ができる。私にはこれ以上ない時間だよ。そして、葉月山がキャサリンにこてんぱんにやられるさまがみれるまととない時間!」
「一応言っときますけど!絶対横綱【葉月山】ですので、アマチュア相撲選手ごときに負けるなどあり得ない話ですわ!」
「なんか、数時間前は世界大会無差別級のチャンピオン相手はちょととか言ってたくせに、寝袋から脱皮すると、なに、新たに成長するの?」と笑うアンナ。
「言ってないわよ!そんなこと、万が一でも負けたら!」と毅然と葉月
「負けたら?」
「・・・その時、考える・・・」
「何を言ってるんだが、そろそろ準備して!」
---夕方 午後6時---
ハルデンレスリングクラブ相撲部に、所属の女子相撲選手クラスが勢ぞろいといっても六人。その中に一人異彩を放つのは、昨年の世界女子アマチュア相撲大会無差別級の女王である【キャサリン・アリアフリンセス】も当然いる。
「今日は、元女子大相撲で絶対横綱だった【葉月山】さんに来ていただきました。私があえて説明することもないけど、私がもっとも尊敬する女性です。稽古を始めるまえに、一言お願いします」とアンナ。
黒のスパッツに、黒の コンプレッション スポーツブラを身に着け、腰には木綿の稽古廻しを巻き、全盛期の【葉月山】とは言わずとも、元女子大相撲力士の雰囲気をどことなく醸し出している。体重こそは減ったものの、逆に筋肉質になったかような体つきは、力士と言うよりは格闘家?
「日本の女子大相撲力士をしていた【ハヅキ・ナカカワベ】と申します。今回はアンナさんからの招待でこのクラブに伺うことになりました。アンナさんは、私の最も尊敬する力士であり女性であります。私はもう、直接的には相撲の世界とは繋がっていませんが、元力士として、異国の地で、相撲の稽古を通してお役に立てるのなら光栄です。今日はよろしくお願いします」と葉月は、クラブ部員を前に一礼すると、部員たちも「お願いします」と一礼。そこは、日本も海外も変わらないのだ。
まずは、肩慣らしではないが葉月は、キャサリン以外との申し合い稽古からスタート。女子大相撲から身を引き競走馬の世界へ、それは、葉月の目標でありそれは、両親への恩返し。形はどうあれ・・・。そして薄れてゆく相撲への想い。北海道に住み、馬との生活は、葉月の心を牧場を通り抜ける緑の風が、やさしく撫でるように磨いていく。女力士の誇りを消し去るように、それでも、力士として生きてきた自分の足跡は消えることはなく、消えるどころか、心を磨かれる程に、相撲への想いは強くなる。葉月の心に宿るダイヤのような相撲魂。0.005カラットのダイヤであっても、ダイヤはダイヤ。0.001gであっても輝きは変わらない。そのダイヤに一途の光を当ててくれた中学時代の友人である木原美知佳との再会は、嬉しくもあり悩ましくも・・・・。そして、稲倉映見とのおもいがけない再会。そして、異国の地であるノルウェーで尊敬する力士であり女性であるアンナとの再会。そして、次の世代の女子相撲選手と体を合わせると感情が高ぶる葉月。
(私をこの世界に引きずりこまないで!引きずり込まれたら引きずり込まれた私!)
軽く息の上がる葉月。苫小牧の高校でもここまで激しい稽古はしていない。月に一回から二回、相撲の稽古に訪れることが、いつのまにか生きがいではないが息抜きの一つになっていた。その行動にどこか後ろめたさを感じていた葉月。家族はそのことにたいして何も言わず・・・。そのことが余計に葉月に罪悪感を募らせる。今度のノルウェー行も嘘を言ったのだ。高校時代の友人と会いたいとか言ういかにも見えすぎた嘘を、素直に力士だった友人と会うのでと言えばいいものを、それができない自分、今になって後悔をしているのか?相撲界から決別したことに・・・・。
二十番近くとった葉月。その後は手取り足取りの技術指導。それは、苫小牧でも行ってることだが、こっちが教えることに対して、真摯に向き合ってくれる。そして、それは結果として現れ苫小牧北高校相撲部は、北海道の女子相撲のおいて強豪校の一つまで数えられるようになっていた。
「さて、葉月。うちのエースとやってもらいましょうか」とアンナのニヤニヤとした表情。
「あぁ、ちょとまってよ、一息入れさせてよ」と葉月は息を整えながら、ふと、キャサリンを見る。相撲場の端で四股を踏みながら気合十分と言った感じで、気迫が漲っている。
「葉月、ドリンク」とアンナ
「ありがとう」とドリンクを受け取り、口内に流し込む。葉月
「いい顔してるね」
「ちょっと、力士感出ちゃったわよ、みんな強いんだもの」
「指導者がいいから」
「ハイハイ。おっし、現役アマチュア相撲世界一の実力を見せてもらうわ!」と葉月は両手で頬を叩き気合を入れる。
(後悔してるか?葉月。でも、あんたは牧場の妻!それでいいのよ、相撲は趣味。理想的じゃない)
(アンナさんの生き方!やっぱりあなたには敵わない。常に確固たる強い意志のもとに、私には・・・)
-----土俵上-----
キャサリンとの三番勝負。すでに二番をして一勝一敗。さすがは現役アマチュア相撲世界一。一番目はキャサリンがスピードとパワーで一気の押しだし、葉月につけ入る隙を与えずの速攻相撲。まともな力勝負では話にならなかった。二番目は、勢いのまま一気に勝負を決めにいったキャサリンだったが、強引に右を差しにいったキャサリン、しかし、葉月もそう簡単には右差しを許してはくれず、巧みに土俵際を回り込みキャサリンの攻めをしのぐ、いらだつキャサリン。キャサリンがさらに強引に前に出ると、今度はキャサリンの勢いを利用して左上手投げを放つと大きく身体を傾けながらもなんとか投げを堪えたキャサリンではあったが、葉月はキャサリの右脚を跳ね上げるような掛け投げを放った。あっけなく転がされるキャサリ。勢いあまって葉月はキャサリンにおっ被る形に、葉月の完勝。体格的にも、スピード・パワー的にも勝ち目のない葉月ではあるが、そこは元絶対横綱の相撲勘と技術は、圧倒的なのだ。
(さすがに、簡単には勝たせてくれないか)と行司役のアンナは軽く腕組みをしながら土俵に立つ二人を見る。
「それじゃ、これが最後の一番。いくよ!」
葉月とキャサリンが仕切り線の前に立つ。
「見合って・・・はっけよい!!」二人とも両手を着き立ち合い成立
キャサリンは一気に胸からのぶちかましからの突き放しで勝負に出る。最初の一番のように、一気呵成に押し込んで勝負を決める。下手に刺し手争いするよりは、確実だと想ったのだ。キャサリン渾身のぶちかましで一気に押し込む!しかし、思いの他手応えが返ってこない。葉月を土俵際に追い込んだにもかかわらず、葉月の体勢は崩れない。
(えっ?なんで?私のあたりは確実に効いているはずなのになんで?・・・だったらもういっちょぶちかまして確実に!)
キャサリンが再度のぶちかましをさく裂させた時、葉月の左腕がキャサリンの右肩にさく裂し、見事にいなされたのだ。キャサリンの体勢が泳ぐ、間髪入れずに横綱が攻めてくる。左の上手を取られたキャサリンだが、かろうじて右腕を葉月の左脇へ突っ込む。強引に力技で掬い投げを打つキャサリン。しかし、そうくることを予見していたかのように、葉月も上手投げで打ち返していく、苦し紛れのキャサリンの投げは、意外にも葉月の体勢が崩れ、すかさずキャサリンの右下手を掴みさらに左上手を取る事にも成功。万全な右四つの体勢!ただし、葉月も四つの体勢に、一見、キャサリンの有利のように見えるも、葉月にとって、四つの体勢は葉月の得意の体勢、ましてや、技術ではキャサリンなど赤子をひねるようなもの、しかし、それでもキャサリンはパワーにものを言わせがむしゃらに追い込むと、葉月はついに俵に両足がかかった。
(いける!)キャサリンは絶対な自信で追い込みをかけるがおもいのほか葉月の腰が重い。精神的に追い込まれ息が上がる。
(さすがに、現役最強のアマチュア選手だけど、ここからは、単に身体能力だけで押し切れるほど甘くはないわいよ!)と葉月は自分の相撲勘と技術に絶対の自信を持っている。
「はぁはぁはぁ」(息が持たない!なんとか整えなきゃ!)とキャサリンは息を吐き吸った瞬間、葉月はそれを図っていたかのように、一気に動いた。持っていた下手を離し、下から一気に押し上げるように圧力をかけると、キャサリンの下半身が不安定になり、そこから一気に葉月が押し込むと、土俵の上をキャサリンの両足は、滑るように一気に押し込まれる。
(まずい!)と必死に堪えるキャサリン。一気に俵に足が掛かり絶対絶命!ここで、一気にいきたい葉月だったがさすがにきつい!
「はぁはぁはぁ」葉月が現役時代なら一気に投げに行けたかもしれないが、さすがに無理。それでも、ここが勝負どころと全精力を振り絞りキャサリンを弓なりにさせるも、そこは現役最強アマチュアそうは簡単に土俵を割らない!激しい引きつけと、胸を押し上げる下からの力、そして寄り切ろうとする横綱の圧力を必死にこらえる。そんな攻防戦のなか、横綱が苦しげに息を吐き、力がゆるんだ。キャサリンは、その瞬間を見逃さなかった。
(イチかバチか!)キャサリンは起死回生の右からの強引な下手投げ。
(かかったわね、そうくるとおもったわ!)と葉月はほくそ笑む
苦し紛れの投げを打ってきたキャサリンにたいして、葉月は下手投げを打ってくること想定して、キャサリンが気付かないうちに左上手廻しに深く差し、キャサリンの下手を打ち返す盤石の態勢で待ち構えていたのだ。必死に耐えるキャサリン!しかし、もう、ここからの挽回の策はなく、キャサリンは土俵にたたきつけられた。葉月の完勝である。
「勝者、葉月!」と行司役のアンナが言うと、さすがに葉月も限界だったのか両手で土俵につき跪いてしまった。
両者の取り組みをみていた他の部員達から、自然と拍手が沸き上がる。
キャサリンは、すーっと立ち上がり、葉月に手を貸すと、彼女も立ちあがると自然とお互い抱き合う形に、玉のような汗を額に浮かべ、やり切ったという表情で互いを見つめる。
「完敗です葉月さん。アンナさんと同じレジェンド女力士に勝てるなど甘い考えでした」
「そんなことはないわ。身体能力でいえばとてもあなたに敵わない。私の勝因は、力士としての経験値、それだけの話よ」
「私、プロの力士目指します!葉月さんやアンナさんが世界で戦ってきたように」
「そう。アレクサンドロワ アンナの後継者ってところね、私も後継者たる人物がいるの、葉月山を名乗るべき、アマチュア女子相撲元世界女王がね」
「稲倉映見さんですか?」
「もし、彼女が女子大相撲力士になりプロの世界の仲間入りをすれば、あなたとの対戦のチャンスもあるでしょうね」
「葉月さん・・・」
「その前に、私が彼女を見極めるは、葉月山として!」
その二人の会話を何気に聞いているアンナ。葉月の言葉に、何気に琴線に触れる。
(絶対横綱【葉月山】・・・・か・・・・最初で最後の愛弟子は稲倉映見。あなたらしいわ)




