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女力士への道  作者: hidekazu
女力士への道 ②

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277/324

全国実業団相撲選手権 ⑬

 【ハルデン レスリングクラブ】に併設された相撲場はアンナが来てから刷新されたもので、日本の相撲場と遜色なく畳敷きの小上がりなどは、いかにも日本を模した作りである。その小上がりで、寝袋に包まり葉月はお昼寝タイム。そのわきには、葉月の木綿の相撲廻しが広げられていた。小上がりに腰かけ、葉月の寝姿を見るアンナ。女子プロアマ混合団体世界大会 の敗北はアンナの人生を変えた。そんな時にアンナはロシア女子相撲協会に先の敗北の件で呼び出されたのだ。おとなしく謝罪すればいいものを公然とロシア現政権を批判したのだ。旦那と子供達をノルウェーに移住させた後に・・・・。


            (もう終わる、相撲も私の人生も・・・)


 後日、協会から選手登録の抹消と協会の除名処分がくだる。アンナが役員を務めていた会社も懲戒解雇処分に、納得などしていなかったが納得するような処分でも、多分この国にからは出て行っていただろう出れればの話だが・・・・そんな監視対象になっているかもしれない状況下で、自宅ポストに消印のない封書が投函されていたのだ。封を開けると、そこには、テレグラム招待用のURL(t.me/ユーザー名)が書かれていた。


(Гора Мёги (妙義山)?)


 最初、この名前にピンとこなかった。しばらくして、日本の女子大相撲の理事長と気づくが、なにゆえに、協会はこんな封書をなんで送ってきたのか?アンナはメッセージを送る。


(「гора персиков(桃の山)・・・・)


 文字が思い浮かばず、妙義山の娘の名前を送ってしまった。自分の最後の相手であった桃の山には負けてはしまったが、あれだけの相撲が取れたのだから悔いはない。翌日、アンナに妙義山と称する人物からからメッセージが着信していた。


「ノルウェイのクラブから女子相撲の指導者とノルウェイ体育大学から客員准教授の依頼があります。ご家族もいることですし・・・。それとも、この地で人生を終わらせますか?返事を待っています」とロシア語で


 夫にはロシアのクリミア侵攻 以前から、ノルウェイの化学メーカーからのヘッドハンティングがあり、アンナ自身にも依頼があったのだが、まだ、現役であったアンナにとってその選択はなかった。しかし今思えば・・・・。妙義山と称する人物とやり取りをするうちにノルウェイの指導者としての移住を決め、最後は協会役員からのプライベートアドレスからメッセージが着信。


「北極圏のストルスコグ国境からノルウェイに入国してください。そこからキルケネス空港まではタクシーで20分もあれば行けます。そこからオスロ行きの飛行機に乗ってください。ムルマンスク州ザポリャルニのペチェンガというホテルから国境まで送ります。ロシア・マップボリソグレブスクの検問所は書類提示でパスできます。Горе не море, выпьешь до дна.」(いつまでもくよくよするな、時間が経てば忘れられる)」


 手筈通り、マップ・ボリソグレブスクの検問所で、協会発行の書類を渡すと、さーっと書類を読みパス。ストルスコグ国境の検問所からノルウェイに入国しロシアに別れを告げた。生まれ故郷のクリミアから約3000㎞。第二の人生が始まったのだ。一度、日本の女子大相撲協会理事長に直接会いたい旨を伝えたが、丁重に断られてしまった。


 相変わらず、葉月は寝袋に包まりまるで巨大さなぎのように・・・。


 アンナはあくまでも、いちクラブの指導者としての立場であり、ノルウェイナショナルチームのスタッフではないが、トップクラスの選手達は、この【ハルデン レスリングクラブ】でアンナに指導をしてもらいたく足繁く通ってくるがすべて拒否をしていた。本来ならナショナルチームのトップにいてもおかしくないが、それには、アンナの気持ちが追い付いていないのと、ロシア・そして、ウクライナのナショナルチームの対決には関わりたくないと言うのが本音なのだ。アマチュア・プロとして常に、トップで戦ってきた力士とは思えない気の弱さは、力士として引退し、虚脱感と喪失感が同時に来たような感覚と言えばいいのか、それでも、相撲に対しての気持ちは失うことはなかった。それどころか、相撲に対しての思いが深まるばかりに、深く、暗く、深海に沈んでいく潜水艦のごとく、沈むほどに水圧に潰され軋む船体は、まるで自分のように・・・。そんななかやってきた大学生の【キャサリン・アリアフリンセス】は、何気に弱気だったアンナの気持ちに火をつけた!


 大学生であるキャサリンは、金融経済学を学ぶ一方、アマチュア相撲選手として高校時代から期待されれていた逸材だったが、度重なる怪我、それにともない気持ちの面でも意外に脆く、成績は低迷、本人の気持ちの中には、プロへの憧れもあったものの現実は厳しく、その思いも消え失せてしまうほどに、そんなキャサリンの目に留まった小さな記事。


 ロシアの元女子相撲力士【アレクサンドロワ アンナ】がノルウェイ体育大学で教鞭をとることになったという小さな記事、クリミヤ侵攻でウクライナからロシア代表になり、それ以降の彼女のここまでの経緯が書かれていた。


(あの、アンナさんがノルウェイに?)


 アレクサンドロワ アンナは、キャサリンにとってはもっとも尊敬する力士。重量級のキャサリンにとって、アンナは憧れなのだ。ロシア代表になってからのアンナの相撲や言動には、失望したファンは多かった。たとえ、それがロシアのクリミヤ侵攻と言うのがあるにせよ、傲慢な相撲や、生まれ故郷であるウクライナを蔑視しロシアを賛美するような言動は、多くの女子選手・女子力士を失望させた。しかし、それは、ロシアで生きていくために、アンナを慕ってくれている後輩の力士であり選手のためにやむを得ない事情であることはわかっていても・・・。


 そんなアンナがあの大会で桃の山との対決で敗れ姿を消したことは色々な憶測を呼んだが、時が流れ忘れ去られていた。そんな時に、ひっそりとノルウェイに移住していたことは驚きなのだ。マスコミの取材も、形式的なものにとどまり、静かにノルウェイ体育大学の教鞭とクラブの指導者としての生活が始まった。しかし、女子力士やアマチュアの選手には朗報というか、当然に【ハルデン レスリングクラブ】で指導を受けたいと殺到したが、まずは今いるクラブ員達の指導に専念したいのと、自分と家族の生活を再起動したかったのだ。もちろんノルウェーの相撲協会から依頼があれば、指導することもあるが、クラブに有望な選手をスカウトするつもりもなかった。大半の力士や選手達は、頑固なアンナを説得することができず、クラブ入部をあきらめざる得なかった。そのなかにキャサリンの姿があった。

 

 最初は、気にも留めなかったアンナ。しかし、毎日のようにやって来るキャサリン。


「あなたよく毎日来る時間あるわね?」


「大学が博物館のそばなので」


「博物館の側ってエストフォルド大学?」


「はい!」


「そう。名前は?」


「【キャサリン・アリアフリンセス】です」


「キャサリン?・・・最近、低迷してるわね。気持ちが上がらないか?」


「えっ?」


「怪我が多いのも気になるし、そのことが気持ちを萎えさせてしまう。そんなところ?」


「私のこと・・・」


「色々な、力士やアマチュア選手達が来たからね、それなりに・・・私のスタンス知ってるのならあきらめて、今は個別のトップ選手達を指導する余裕はないの」


「どうしても!」


「クラブ入っているんでしょ?」


「コーチとうまくいかなくて、怪我もあって気持ちが上がらなくて・・・・辞めてしまいました」


「辞めた?」


「相撲をやめるべきなのかと、でもやっぱり!」


「やめると楽になれるわよ、アマチュアなんだからやめるも続けるもあなたの自由でしょ?プロではないんだから」


「でも・・・」


「でも何?」


「でも、相撲は続けたい、できれば・・・・プロでヨーロッパリーグで戦いたいんです。それに、私の憧れであるアンナさんがノルウェイで指導をなさっているのなら直接指導を」


「私は負け犬は嫌いなの」とアンナ


「・・・アンナさんはどうなんですか、ロシアを賛美し祖国を侮辱して、ウクライナに帰らず、たどり着いたのがノルウェイって!」


「・・・・・」(この糞ガキ!)表情に出さないまでもはらわたわ煮えくり返る。


「私と勝負してくれませんか!」


「はぁ?勝負!?」


「私が勝ったら、このクラブに入れてもらえませんか!負けたら、もう相撲をやめます!」


「あなたは自分で何を言っているのかわかってるの?随分なめられたものね!元世界女王のこの私に、勝負を挑む?ナショナルチームのメンバーにも入れないあなたが私に勝つ?笑わせないでよ!」


 アンナは呆れ顔だが、キャサリンは至って真剣である。いくら引退して年月か経ちましてや四十半ばとはいえ、葉月山と並び女子力士のレジェンドであるアンナに勝負を挑み勝てるはずはないのだ。ましてや、大学入学後以降、ナショナルチームのメンバーにさえなったことがないキャサリンが敵う相手ではないのだ。


(どういう気持ちが知らないけど、そこまで言われたら!)


(どうしても、アンナさんの指導を受けたいんです!どうしても!)



--------相撲場-------


アンナにとって正直、こんなことになるとは思わなかった。アンナなりにノルウェイのアマチュア相撲選手達の戦歴含め、主力どころは調べ、それなりには頭に入れていた。キャサリンは、高校時代にジュニアの世界選手権にも出場し入賞しているぐらいは知っていたし、将来を嘱望されていたが、無理な相撲から怪我が多く、そのことで成績も上がらず、その後ナショナルチームのメンバーに召集されることもなかった。ある意味終わった選手。そのことで、アンナもさして気に留めてはいなかったのだが・・・。しかし、執拗なまでにクラブに来て、アンナに指導を願う姿勢は嫌いではないが、まさか、アンナに勝負を挑んでくるとは想像もつかなかった。


後日、二人はクラブの土俵に立つ。滅多に廻しをつけることのなかったアンナ。ましてや勝負などすることになるとは・・・・。


「この前私に言ったこと忘れてないわよね」


「もちろんです。私が勝ったら、このクラブで指導していただけるんですよね」


「約束は守るは、もちろんあなたが負けたら相撲をやめてもらうそれでいいのね!」


「もちろんです」


「わかったは、はじめるわよ!」


 仕切り線の前に立ち睨み見合う二人、そして、両者息を合わせぶつかり合う。右四つを狙うアンナ、たいして、左四つを狙うキャサリンだったが、両者、右四つがっぷりに組み合った。


 先に攻めてきたのはキャサリン。体格的にはキャサリンの方が上で若くパワーもあり、一気にアンナを釣りに来た。しかし、相手は元世界女王でありレジェンドであるアンナ。重い腰でキャサリンの寄りを耐える。キャサリンの廻しを引き付けるアンナ。激しい攻め合いはしばらく続くも、力が拮抗し膠着状態になり攻めきれない両者。お互い攻めきれないのなかでも、精神的に追い込まれているにはアンナの方だった。


(甘く見てた!)


 傍目には、アンナを攻めきれいないキャサリンのように見えるが、アンナにしたら逆なのだ。そんな気持ちのスキを突かれキャサリンが攻勢に出る。素早く左を巻き替えて両差しを狙っていくがそこをアンナが一気に前に出る。キャサリンの両腕を抱え込んで土俵際まで追い詰めるアンナだが、すでに、両下手をがっちり引いていたキャサリンは、弓なりになりながらも土俵際をうまく回り込んで、アンナの攻めを凌ぐ。土俵中央で左右の下手を深く差し、アンナと胸を合わせるキャサリン。


 ここから一気に行きたいとこらだが、相手はレジェンドのアンナ、迂闊には攻められない。一方、アンナはこのまま攻め切るしかないと覚悟する。無用に長引かせて、スタミナ切れを起こせばそこで終わってしまう、相手は実力で劣るとも、若さで押し込まれたら対抗できる余裕はない、アンナはキャサリンを抱える両腕に力を込めて、キャサリンを根こそぎ持ち上げようと上体を反らす。


(もらった!)アンナは勝利目前。引退し年月が経とうが世界女王のプライドがある、たかが大学生それもナショナルチームにすら入れない選手に負けるなどあり得ないのだ。しかしその余裕に大誤算が、キャサリンがまるで狙っていたかのように、アンナが体を反り一瞬両足がそろいある意味不安定な状況になった体勢にキャサリンは、アンナの左足に右足で内掛けを仕掛けてきたのだ。


(何!?)


 アンナは体勢を崩し、そこにキャサリンは体をおっかぶせると、「ドスン」と重い音をたてアンナが土俵に倒れる。


(負けた?私が!?)


アンナにしてみれば、圧倒的横綱相撲でキャサリンの鼻ぱっしを折ってやろうと想ったのに完璧に逆を突かれたのだ。アンナの上にのっていたキャサリンは、すぐに立ち上がるも息を荒げる。アンナは土俵に仰向けになりながら、キャサリンを見上げる。おもわず自分の慢心に笑みを浮かべてしまった。


(こんな無様の負け方・・・・)


 アンナの背中にべっとりと土がつく、こんな負け方は現役時代でも記憶がない程に、アンナの完敗。それも、相撲人生でもっとも無様な負け方。


「アンナさん」と心配そうな表情のキャサリン


 アンナは、ゆっくり立ちあがる。背中についた土はそのままに・・・。


「完敗だわ」とアンナは苦笑いの表情で、キャサリンを見つめる。その視線は、まるで娘でも見るかのように・・・。


「アンナさん私・・・」


「強かったわ。これが本来のあなた実力。約束通り、あなたの指導をするわ。クラブのオーナの承諾と協会にも登録しないといけないから、整い次第、それでいい?」


「はっ、はい!」


「必ず世界取らせるから!」


「・・・・・」


「返事は!」


「はっ、はい!」


 やっと重い腰をあげて、ノルウェイナショナルチームのトレーニングコーチの役についたアンナ。大会会場に足を運ぶことは相変わらずしないもののノルウェイの実力は確実に上昇し、その成果がキャサリンのアマチュア女子相撲無差別級世界一になったことで、アンナの指導力が証明された同時に、キャサリンの力士への道も見えてきたのだ。



 

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