全国実業団相撲選手権 ⑫
土俵上の二人。元絶対横綱【葉月山】こと中河部葉月。アマチュア女子相撲女王で世界でも活躍した稲倉映見。過去に稽古とはいえ取り組みもしたことがあったが、あれは、あくまでも相手の実力を見るという意味合いもあったし、女子大相撲引退後という気持ちの問題もあり、映見やさくらに押し込まれる場面もあったが、今日は違う。映見と最後の相撲をするうえで、万全の状態で臨みたかったのだ。
---ノルウェー・ハルデン------
十日前、葉月はアイルランドで種牡馬の種付けの件で訪れたあと、他のスタッフは日本に帰国させ、葉月は、飛行機でダブリンからイギリス・マンチェスターで乗り継ぎノルウェーのオスロへ、空港でVWゴルフのレンタカーをピックアップし高速道(E6)を南下する。後ろには大型のジュラルミンコンテナケースが鎮座する。ゴルフは日本と変わらない速度で巡行する。Valérie Deniz & Brice Davoli によるアルバム「Lost in Paradise」を聞きながら、葉月は、アクセルを踏む込む。
(本当の自分は、葉月なのか?それとも【葉月山】なのか?)
映見と苫小牧で再会したあの日、意見の相違と言うか、映見が女子大相撲に入門しようがしまいが葉月には関係がないことなのに、つい意見をしてしまった。山下紗理奈を中心に、映見の女子大相撲の可能性を探り、病院の実業団相撲部から実業団大会で優勝し女子大相撲というルート作ってあげた。そして、その先には、【葉月山】と言う四股名の復活が・・・。女子大相撲から去った直後は、想い入れがないと言えば噓になるが、そこまで深くはなかったものの、映見の入門が現実味を増すほどに【葉月山】として生きてきた自分に、ふと、過去の自分に戻ってみたいと、相撲界を去ったことに後悔はしてはいない、今の仕事には満足と言うか、中河部家に感謝以外のなにものでもない。だけど、まだどこかに割り切れないものがあるのだ。
高速から一般道へ、ハルデンの街並みは、いい意味でヨーロッパの地方都市と言った感じで、低層で赤っちゃけた屋根の色などは、絵葉書にも出てきそうな街並み、そこを抜け一つ丘を越えたところに、葉月の目的地がある。
【ハルデン レスリングクラブ】そこが葉月の目的。事前にメールで大体の時間を相手に伝えておいた。葉月は、クラブ前の駐車スペースにゴルフを止めると、向かいに止めてあるシルカ・グリーンの PEUGEOT RIFTER から降りてきた一人の大柄な女性というより、力士そのもの? 葉月も車から降りる。相手の女性は大手を広げ迫ってくる。
「葉月!」と言いながらおもいっきり抱きしめる。葉月も元力士で大柄ではあるが相手はそれ以上の体格。
「本当によかった。本当に安心しました。アンナさん」と葉月
「葉月にまた会えるなんて」とアンナは、葉月をさらに抱きしめる!
元ロシアの絶対横綱【アレクサンドロワ アンナ】女子プロアマ混合団体世界大会決勝戦では、映見を土俵下まで叩き落し、最後は水入りを挟んでの桃の山の死闘で負けてしまった。元々は、ウクライナのエースだったアンナは、ロシアのクリミア侵攻で一夜にしてロシア人として生きることになってしまった経緯がある。あの大会での敗北以降、ナショナルチームから消え、相撲からも・・・。葉月は再三アンナのアドレスに送信するも音信不通のまま、最悪な状況も・・・。月日が流れ、いつしか、アンナの事も忘れていた五月、力士時代に使っていたメールアドレスに着信が?メールアドレスをそのままにしていたのは、単純に抹消していなかっただけなのだが、なんとなくできなかったのだ。
メールの内容は、ロシアから家族ともノルウェーで生活していること、アンナは縁あって、ノルウェーのレスリングクラブで相撲の指導と相撲ナショナルチームのトレーニングコーチをしている旨が書かれていたのだ。ノルウェーは、ヨーロッパ相撲強豪国の一つである。ヨーロッパ女子大相撲シリーズにおいても、強豪力士を多数輩出しているのだ。
葉月の目的は、アンナに会いたかったのはもちろんだが、映見と最後の稽古であり勝負であり、葉月山として最後の女子相撲界へのご奉公のために、元力士としての相撲勘を取り戻すのには、現役力士やアマチュアトップとの当たりをしておきたかったのだ。さすがに日本ではできないので・・・・。
【ハルデン レスリングクラブ】は、男子レスリングのオリンピックメダリストを輩出した。名門であり、男子アマチュア相撲選手も世界大会で幾度も優勝を出していた。女子も強く、アンナがこのクラブ兼ナショナルチームのトレーニングコーチとしてからは、重量級・無差別級で世界大会で活躍、女子アマチュア相撲世界大会ではこのクラブの【キャサリン・アリアフリンセス】が無差別級を制したのだ。もちろんアンナの指導の賜物であることは疑いようもない。
しかし、そんな 久しぶりの再会を単純に喜べない部分もある、母国であるウクライナではなく、家族全員でノルウェーに移住したうえで、アンナはノルウェーでの相撲の指導にあたることになったのは、幸せなこととはいえ、どこか寂しさを感じる。ウクライナから誘いもなかったわけではないが、アンナは自ら断ったのだ。もう、アンナを必要とはせずも、ウクライナはプロ・アマ問わず世界トップクラスでいるのだ。そこには、もう、かつての世界女王は必要とはしていなかったのだ。
二人は、クラブ内に入るとそこは、まんま日本の相撲場と変わらない光景。小学生から大学生や一般人までが入り乱れ練習をしている。それもトップクラスが和気あいあいと、このクラブを拠点に活動をしているのだ。
「ここから、キャサリンのような選手が生まれるのね」と葉月
「葉月や私からすると、緩すぎるくらい和気あいあいというか、勝利を目指すという気概がないかというか」とアンナはどこか楽しそうな表情で葉月に話す。
「葉月には話してなかったけど、実はノルウェー体育大学で教えてるのよ」
「えっ?」
「それも、スポーツ科学部とか、大丈夫か?って」
「アンナさんは才女ですからね」
「石油化学企業からの誘いもあったのだけど」
「相撲をとった?」
「そうね、相撲を取ったというより、相撲しか残らなかったというのが正直なところなのかしら、相撲は私の人生そのものだからね、縁あってノルウェーのレスリングクラブから誘いもいあったし、旦那もノルウェーの化学メーカからハンティングされてね、残りの人生は相撲で行こうかなって」
「アンナさん・・・」
「まぁそれはそれとして、葉月の稽古相手だけど、【キャサリン・アリアフリンセス】を用意したから」
「えっ?ちょちょとまってよ!彼女は世界大会無差別級のチャンピオンじゃない、そんなの稽古になるわけ・・・」
「私が相手にと言いたいところだけど、ここは、今のトップクラスとあたるのもいいんじゃない、もちろん前菜はうちのアマチュア相撲選手を相手にしてもらうけどメインディッシュは最高のもの用意しないと失礼でしょ?」
「アンナさんは、やらないんですか?」
「やることはやるけど、日本で言う三番稽古のようのものは流石にね?でも夕方は楽しみにして、キャサリンは、私の愛弟子だから、稲倉映見の好敵手になるわよ!元絶対横綱【葉月山】は世界の女子相撲のレジェンドの後継者ってところでしょう?紗理奈さんが寄せる稲倉映見への期待はどんなものかは想像つくけど、それと、あなたへの想い」
「・・・もう私は相撲界の人間じゃ・・・」
「稲倉映見への想いは葉月山からの【承伝】というところかしら?」
「【承伝】って」
「あなたが女子相撲の世界から去ったことをあーだこーだ言うつもりはないし言う資格もないんだけど、あなたにメールを送ったのは、この世界に残らなかった小さな抗議というかあなたとワンチャン話すことができるかなって?ところが、私と相撲の手合わせをしたいなんて返信がきて・・・はぁ?って感じに」
「映見に想いれというか、力士の彼女を見てみたい反面、医師としての本業を一時的にせよ辞めてまでと言う思いもあって、そんな思いと裏腹に協会が熱心というか紗理奈さんが熱心で・・・・」
「あなたに言うつもりはなかったんだけど、ノルウェーへの移住は紗理奈さんの手引きなのよ」
「えっ?」
「ロシアから脱出ってわけじゃないんだけど.あの方の政治力というか、あの女子プロアマ混合団体世界大会は、ロシアが仕掛けてきたと言われているけど、そのように仕向けたのは紗理奈さんなのよ、女子相撲の覇権を握ろうとしていたロシアがのこのこと紗理奈さんの策略にはまって負けた。正直、私自身は桃の山の負けるとは思わなかったけど・・・」
(そんな話・・・)
「あの方はすべてにおいて勝負師なのよ、そんな紗理奈さんが負けたのは、あなたが女子大相撲の世界から去ったことかな?でも、それも覚悟はしていた?」
「・・・・・」
「でも、葉月の過去を振り返れば、次の人生は収まるべきところに収まったてところじゃない?私が軽々しく言う話じゃないけど・・・でも、相撲界からさったあなたが、わざわざノルウェーまで相撲の稽古をしたいとわ!?」
「紗理奈さん。私がここに来ること知ってるの?」
「私はそこまで口は軽くないから、最後にあなたが稲倉映見に稽古をつける!それは、あなたがやり残した最後のけじめ!元絶対横綱【葉月山】としての」
「アンナさんのおっしゃる通りです」
「うん。素直でよろしい!」
改めてと言うか、山下紗理奈の器の大きさを知った。あの人は、女子大相撲の部屋を持つなどという器に収まれいきれない人だったのだ。常に、女子大相撲のために、日本にとどまらず、世界でスポーツとして発展してsumouに女子大相撲の魂を入魂し、勝つことだけのなんでもありのスポーツとしてのsumouと、たいして、見ててつまらない相撲は女子大相撲ファンは許さない!相撲に美学、いや、sumouに美学を、それは、相撲を見ている者を興奮させる真っ向勝負!四つに組んでの力対力の大勝負。優勝をかけた大事な取り組みで変化が使われ、あっけなく勝負が決まってしまうようなものは美学に反する!その意味では、女子プロアマ混合団体世界大会決勝でのアンナVS桃の山は、紗理奈の理想とする相撲なのだ。アンナと葉月山は、その具現者であり、引退し表から消えても女子大相撲のアイコンなのだ。
時刻は午後一時。二人は、アンナの運転するシルカ・グリーンの PEUGEOT RIFTER で丘を下り港へ、ヨットハーバーに併設されたレストランで海を見ながらの食事、二人にとってこんな機会があるとは想像すらできなかった。牛肉のフィレゴルゴンゾーラソース添えにカシーナ・グラモレーレ / バローロを飲みながら、若干渋みが強いもののゴルゴンゾーラソースに実によく合う。
オープンテラスから見える入江の海に浮かぶ何隻ものクルージングヨット、潮風が二人の髪を撫でるように吹き抜ける、八月でも二十度にとどかないノルウェーはいかにも北欧の地である。水面の揺らめきにキラキラと反射する。この二人が世界の女子相撲を牽引してきた。相撲を捨てた者と拾った者・故郷に別れを告げたものと故郷に帰る者。
【人生はなにが起きるかわからないから面白い】よく言われる言葉だが、力士をやめ、ふと我に返った時、二人はもう疲れ切っていたのだ。何が起きるかわからないから面白いなど、二人にとっては単なる絵空事。そんな二人が、先の生き方に光明を見つけて出会ったことは、奇跡でも偶然でもなく、必然なのだ。
生きていくなかで、常に選択に悩まされ、失敗だ成功だと・・・。でも、実はそれさえも、もう決定づけられているのかものなのだ。そんな二人のこの先の未来は見えているのだ。
「私は今の生き方に、満足しているんだ」とふと、漏らすアンナ。その言葉に嘘はない。
「私もです!相撲からは離れてしまいましたが」と葉月
「初代絶対横綱【妙義山】か・・・」とアンナは独り言のように
「えっ?」
スタッフが、テーブルにコーヒーと小皿に三つ「ココスボール」を添え。マシュマロを、薄いチョコレートの膜で覆い、その上にココナッツが振りかけられている。舌の上で薄いチョコレートの膜で覆った綿雲のようなマシュマロは、一瞬で消え去っていく・・・。
「私達の未来が女子相撲の未来が・・・・私の愛弟子【キャサリン・アリアフリンセス】と葉月の愛弟子二代目【葉月山】選ばれし者!負けられないね!」
「私もです、でも、映見はすんなり上げさせませんよ!私を倒すことができればですが!」
「相変わらずの負けず嫌いが!」
「お互い様です」
顔を見わせる二人。時に翻弄されてきた二人にとって、言葉にせずも・・・・。




