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女力士への道  作者: hidekazu
女力士への道 ②

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272/324

全国実業団相撲選手権 ⑧

「葉月さん」


 ランクル70から降りてきた女性は、中河部葉月(元葉月山)。その表情は何気に険しく、まるで小百合を睨みつけるように、その目は、まるであの【葉月山】のように、厳しく・鋭く・・・。葉月は、黒のスポーツウェア を身にまとい後部のテールゲートに回り観音開きのドアを開け大きなボストンバックを肩にかけドアを閉めると葉月はチラッと隣に止まっている湘南ナンバーのアルピナを見る。


「葉月さん」


「車で来たのね」


「えっえぇ、昨日、紗理奈さんと青森の十和田富士さんのところによって、夜、フェリーで」


「紗理奈さんに可愛がってもらってるのね」


「可愛がってもらってるって・・・」小百合は、少し葉月の言い方にムッときたが・・・。


 葉月はその表情を見ることもなく、無言で相撲場の方向へ歩いていく、その後半歩左を追いかけるように小百合は歩いていく、痩せたとはいえ体格の良さは元力士。表情というか体全体から漂わせる雰囲気は力士時代と変わらない、それどころか昨年、小百合の自宅で会った葉月とはまるで違う。


「葉月さん」


「何?」


「稲倉に稽古を?」


「稽古?・・・稽古だとしても、それは違う意味のね・・・小百合!」


「あっ、はい」


「稲倉は女子大相撲でやっていく気概があるの!」


「気概ですか?」


「三十歳を引退の節目にするって言ってたけどそれでいいの小百合!」


「えっ、まぁー・・・ただ、映見は医師の卵ですし、将来のことを考えればそれもしょうがないのかと・・・」


「しょうがない!?」


 葉月は、振り向き小百合に厳しい鋭い視線を一直戦に刺してきた。明らかにそれは、小百合に対しての怒りであることは、すぐにわかった。そのことに関しては、小百合も想うところをある、でもそれは、先の話であり、入門する資格すら今はないのだ。そのことは、入門してから時とともに思案すればいい話だと、今その話をしても意味がないと、ただ、葉月からすれば腰掛のように見える映見に腹が立つというか、女子大相撲と言うある意味大相撲より厳しい世界で生きていこうとするものが、終わりを最初に決め望むという心構えが気に入らないのだ。だったら、素直に研修医として修業を積めばいいのだ!五年の期間限定で、ある意味先の成功の未来は見えている。だから平気でそんなことを口に出せるのだ。


「葉月さんの言いたいことは・・・」


「私が、お前の代わりに試してやるよ、稲倉の気概がいかようなものか!」


「・・・・」


----------相撲場---------


相撲場では、紗理奈が映見と那美を組ませながら手の位置、廻しの掴みや指の入れ方一つまで、紗理奈自身、力士時代、そして、引退後もけしてここまでの指導はしたことはなっかた。そんな紗理奈が純粋に相撲と向き合うように、純粋にと言うのもおかしな言い方だが、アマチュアの選手に指導など考えたこともなかった。そんな紗理奈自身が指導すること自体に楽しさを見出すとは思いもよらなかった。西経大相撲部の元監督濱田真奈美(旧姓 倉橋真奈美)の気持ちが少しわかるような気がしていたのだ。


 アマチュアから女子大相撲を目指す者もいれば、アマチュア相撲のまま、趣味の一環として楽しむ者もいる。紗理奈にとっては、女子大相撲とアマチュア相撲は区別ではなく差別だったのだ。倉橋真奈美との確執は、真奈美が女子大相撲に来なかったこと、実力を持ち合わせていながら来なかったことがことの発端、しかし、今の紗理奈は、その間違えを痛感しているのだ。


 女子大相撲の未来に賭けて邁進した紗理奈は、その賭けにある意味勝った。そして、描いていた想いは想像以上に広がり、国内のみならず世界へ広がりはうれしい誤算ではあった。女子大相撲の成功は、高校・大学生選手において、大きな目標であると同時に、相撲で生きていけることができる、それは、夢物語だったのだ。それでも勝負の世界、負ければ収入も入らず、そこは、プロの厳しさである。そんな世界で生きてきた紗理奈にとっては、アマチュア相撲で才能があるものが女子大相撲を目指さないなど許せなかった。ただ、その考えも、理事長を辞め女子大相撲界から離れフリーの立場になり女子相撲の見方も変わったのだ。


 夫である元大関鷹の里が本業の傍ら、高校相撲部の指導に携わっていることに羨ましく、いや、それ以上に、鷹の里の楽しく充実している表情に触発されたのだ。そこには、大相撲入りを目指すためとかではなく、あくまで相撲を生きる上での楽しみとして、ただそれだけ、その上の話は、あくまでの相手自身の考えで動く、こっちからは、絶対に言わない。迷っているのなら、扉くらいは用意してあげるけど・・・。


 土俵上では、紗理奈を中心にしての技術指導が続いている。笑顔を見せつつも時に厳しい顔を見せる。そんな時、ゆっくりと相撲場の鉄の扉が開く、小百合が先に入り、その後に・・・。三人の様子を見ていた監督の美知佳がふと扉の方向を見る。


(葉月・・・やっぱり来たか・・・)と胸の内で喜びと言うよりも安堵してしまったのが正直な気持ちなのだ。


 土俵上の三人もそのことに気づく、映見と那奈は葉月に指導を受けられると想う気持ちなのにたいして、紗理奈は異なった想いを持っていた。


(意外だな来る何って)


 監督の美知佳から、連絡した旨は聞いていた。久しぶりに会ってみたかった事は事実だけど、それは、もう少し先、正確には稲倉映見の去就が決まってからでよかったのだ。以前までは、全国実業団相撲選手権の前に稲倉映見に最後の仕上げをさせたかった想いがあったことは事実。【葉月山】を継がせる意味でも、でも今はそこまでの想いは消えていた。落ち着いて、相撲の話ではなく元力士の話ではなく女性としての生き方の話を・・・。そんな紗理奈の気持ちと裏腹に、葉月の表情は厳しく、それは、まるで絶対横綱【葉月山】を彷彿とさせる。無表情を装いながらも奥底で煮えたぎるマグマのように体全体から発す熱量というか威圧感というか、女力士を経験したものでしか、いや、紗理奈でしかわからない。函館で高校生である葉月を虐めるだけ虐めぬいたリンチまがいの稽古。そして、最後に見せたその顔は、今と同じ顔を見せている。でも、その視線は紗理奈ではなく稲倉映見に・・・・。


「お久しぶりです」と葉月は紗理奈に前に立ち頭を下げる


「元気そうだな」と紗理奈。二年前の郡上八幡での出会い以来である。会うチャンスはいくらでもあったが、会わずにここまで来た。久方ぶりに見た葉月に内心嬉しさがこみあげてくる一方で、違和感を感じる葉月の表情に、中河部葉月ではなく絶対横綱【葉月山】の表情に紗理奈は当惑する。


 葉月は、紗理奈から視線をそらし映見に照準を合わすかのように、鋭い視線を向ける。壁にかけてある時計は、十一時三十分を指す。


「映見・那奈、午後から少し稽古したいけど時間ある?」


「あっ、はい」


「そう、時間が時間だから、少し息をいれてからやるわ。一時間後、私も少し体を慣らしたいから」というと、葉月はバックからプロテインバーを二本ずつ葉月と那奈に手渡す。


「紗理奈さん悪いんですが廻し締めるのを手伝っていただけないでしょうか?」と葉月


「えっ?」突然の葉月からの不意打ちに一瞬思考停止状態になってしまった。


「ダメですか?」


「あっあぁ・・・いいよ」


「お願いします」と頭を下げる葉月。顔を上げ紗理奈と目が合った時、 葉月の表情がわずかに緩んだように見えた。


----------------相撲場 更衣室-------------------


 葉月に廻しを締めてやったのは、葉月が高校生だったあの函館以来にことになる。紗理奈は、葉月が用意した木綿の稽古用廻しを締めていく、何も言葉を交わさわず淡々と締めていく。更衣室には二人しかいない、と言うより、周りが気を利かせて二人にさせたのだ。


「現役当時と変わらないぐらいに鍛えているのか、体重は別にして?」と紗理奈は廻しを締めながら、葉月の体に触れる。その体は丁寧に余分な脂肪をそぎ落とし引き締まったというか、あんこ型力士がソップ型力士になったような体つきなのだ。


「・・・・ふっふふ」と葉月と口先ら空気を漏らしたかのように口元が緩む。


「なんだいその笑みは」


「映見や那奈を相手にするにはそれなりに鍛えないと、負けるのやなんで」


「負けず嫌いが」


「お互い様です」


  郡上八幡以来の再会。あの時に郡上に行かなければ、もう相撲とかかわることもなかったはず、紗理奈の娘である妙義山(元桃の山)にお互い嵌められて・・・。


「忙しそうだな。その割には、この鍛え方は尋常じゃないけど?」


「紗理奈さんの旦那さんに、少し・・・」


「旦那?秀男さんが何?」


小百合の自宅のトレーニング部屋の土の下からてきた鷹の里が書いた手紙、宛て先は後の大相撲横綱【美瑛富士】。絶対にファンレターの返信などしなかったはずの鷹の里。そのことが鷹の里の心に何か張り付くようになっていたのだ。そんなある日、葉月に山下秀男から墓参りに行きたいと連絡がきたのだ。しばらくして、帯広にある【美瑛富士】の墓参りをした帰りの車の中で、稲倉映見の話題がふと秀男の口から、と言うか意図的に、葉月の想いを試すかのように・・・。


「稲倉は、女子大相撲に行けますかね?」と秀男


「それは、奥様の紗理奈さんからですか?」と葉月


「そう言われちゃうか」と秀男は苦笑い


「映見は、苫小牧に勤務してます」


「苫小牧!?じゃ稽古を?」


「春に会ったきり会っていないので」


「なんで?」


「女子大相撲に行かせることに、いまだに抵抗感があるというか」


「紗理奈のこと恨んでるかい?」


「いえ、そんなことは、感謝はすれど恨むことはもう」


「紗理奈が稲倉映見にご熱心なのは、彼女にあなたを見てるんじゃないのか?って、それは、稲倉映見も同じであなたを見てるんじゃないのかって?稽古はしてやる必要はないけど、会って話をするぐらい良いんじゃないか?紗理奈があなたの人生を決めてしまった。私もその口だけど、過去においては恨み節の一つも言いたかったことはあったけど、それを選んだのは自分だからね、私もあなたも紗理奈に翻弄された。もしかしたら、稲倉映見も・・・・。」


「秀男さん」


「高校で相撲の指導者へのアドバイザー的なものをしてるけど、私に大相撲入りに関してのアドバイスを聞いてくるんだ。当然と言えば当然なんだけどね、そんな高校生達に大相撲はあぁでこうでと言ったところで意味がない、それは、本人自身が一番わかってるはずだから。稲倉だって、紗理奈がその道を作ってあげたけど、行くか行かないか本人自身の問題で、ましてや彼女は、実業団の大会で優勝しなければそこで終わる。そこは、あなたと私とは違う。もし、あなたが稲倉映見の決断に異論があるのなら、あなた自身が試すことだよ」


「試す?」


「女子大相撲に行くという気概をどれだけ持っているのか持っていないのか?」


「気概・・・」


「廻しを締めて、高校生達に稽古をつけているんだけど、力勝負じゃ分が悪いが技なら赤子を捻るようなものでね、大相撲を目指しているくせして、三番稽古して十番やって勝ち越せないんだ。こんな爺に、高校生からしたら不思議だろけど自分からしたらそんなもんだろうって、それで、大相撲入りをあきらめるようなら、最初から気概がなかった。気概がある奴は立ち向かってくる。だったらそいつの気概たるものをへし折ってやろうと本気で稽古つける!相撲に関心がない奴が見たら、ほとんど暴力まがいのね、でもそれでなければ、大相撲に入門してもやっていけない!体のいい暴力だモラハラだとかそんな次元じゃないんだよ!あなたが、函館の高校生時代に紗理奈に受けたことのように」


「・・・・」


「あなたが稲倉映見にそれを試すんだ!それが、あなたが女子大相撲に最後にやり残した御奉公だと思うよ、中河部葉月としてではなく、絶対横綱【葉月山】として!」


「・・・・」


「初代絶対横綱【妙義山】は絶対横綱【葉月山】を見出した!あなたがあの女子プロアマ混合団体世界大会で稲倉映見に拘ったのは、彼女の可能性を見出したからでしょ!だったら最後にあなたが見極めるんだ!葉月山として稲倉映見を!」


「秀男さん・・・」(女子大相撲に最後にやり残した御奉公・・・中河部葉月としてではなく、絶対横綱【葉月山】として)


 

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