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女力士への道  作者: hidekazu
女力士への道 ②

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271/324

全国実業団相撲選手権 ⑦

 インターハイを一週間後に控えて最終調整の道立苫小牧北高校相撲部。団体戦では残念ながら県予選敗退で出場はできなかったが、重量級クラスで見事県予選を突破した岸本那美が、稲倉映見相手に気合が入った三番勝負をしている真っ最中、そして、もう一つ気合が入る理由はある。それは、元初代絶対横綱妙義山と元横綱百合の花こと小田代ヶ原親方がその様子を腕組みしながら仁王立ちで見ている光景。女子大相撲界でも、この二人が揃うことなどほとんどない、ましてや紗理奈は理事長をやめてからは、女子大相撲の各部屋などまったく行かないし、場所前の稽古総見も全く顔も見せないのにだ。


 協会の関係者や親方衆からは、総見や部屋に来てくださいと誘うも、「少し女子大相撲とは距離を置きたいんだ」とまるでどこかの誰かさんに言われて腹が立ったことを忘れてるかのように、本当に距離を置いているのだ。その代わりというのか、アマチュア相撲めぐりではないが、アマチュア相撲の大会や、学校の相撲部や街の相撲クラブなどに時々見学に行っているのだ。


 夫である鷹の里の影響でもないのだが、いままでさして関心がなかったアマチュア相撲を見たいと思ったのは、元関脇【十和田富士】が青森で実業団の監督になったことが一番大きいのと、稲倉映見・石川さくらなどの存在。当然、大会でもクラブでも行けば、元妙義山であり前理事長であるのだから誰でも気づく。その場に行けば、否応なく接待待遇になってしまうのだが、そこは丁重にお断りでもないが、あくまでも素の山下紗理奈なのでと・・・。ただ、それでも選手を見る目は元絶対横綱である。選手を見る鋭い視線は、それだけで、選手や関係者に緊張感が走る。そこは、元絶対横綱の圧なのか?


「想ってた以上に動けてるな稲倉」と紗理奈


「えぇ、確かにそうなんですが、相手の岸本那美さんもインターハイに出るだけのことは」と小田代ヶ原親方


 二人の三番稽古は休みなく十五番を取り切り、十四勝一敗。あたりまえと言えばそれまでだが、研修医としての仕事をしながらどうなのかの心配はあったが、映見に関して言えば杞憂なことだった。得意な四つに、瞬発力もあげ突き押しもいける。それ以上に映見が進化したのは立ち合い。立ち合いのスピードが上がっているのだ。けして、立ち合いが速かった映見ではなかったが各段に速くなっている。そして、もう一つは、立ち合いで相手力士にあたった瞬間にわずかに体を反らすもすぐに元の体勢に戻る。パッと目にはわからないが、おそらく映見と稽古したものなら実感するであろうことは、相手に力が伝わらないというか何か吸収されてしまっている感覚に感じるはず。それはまるで、風にたなびく柳のように・・・・。


 映見の立ち合いの特徴は、相手を受け止めるときにドンと胸を突き出していること。胸を突き出すと、踏ん張ることができるし、反射系の動きで足を一歩前に踏み出しやすくなる。背中を丸めたようにしてしまうと、足を前に運びにくくなってしまうのだ。相手をがっちりと受け止めつつ、足の踏み出しやすさという点ですでに先手を取っているのだ。


「小田代ヶ原親方、映見の事なんか気づかないか?」と紗理奈


「えっ?あぁ・・・そうですねぇ・・・立ち合いが速くなったような・・・あぁ!」


「そっくりだよな」


「あぁ・・・そう言えば葉月山さんの立ち合いに・・・」


「苦戦してたよな百合の花?」と紗理奈


「そうか・・・葉月山さんにはフィジカル勝負だったら負けることはないと思っていましたが、立ち合い勝負で負けることが多かった。バッチしあたったはずなのに私の力をすべて受け止められたいうか、どっかに逃げたような往なされたような」


「岸本那美と稲倉映見がまともなフィジカル勝負したら、こんな一方的な勝負にならないだろうけど、映見はそこを技術でカバーというか、すでにピークを過ぎてからの事も考えて、色々模索してるって感じだな。親方、稲倉映見をうまく育てろよ、二代目葉月山を育てるつもりで」


「葉月山・・・」


「私も葉月もできなかったらね、小田代ヶ原親方のお手並み拝見ってところだな」


「紗理奈さん。私に・・・」


「二代目葉月山を育てるには、葉月山をよく知っている親方じゃないとな」と紗理奈は何か嬉しいそうな表情を見せる。そんな顔は滅多に見せることはなかった。少なくとも理事長時代はあまり記憶がない。女子相撲界から距離を取る立場になり、精神的な余裕というかはたまた箍が外れて自分の好きなことやれる立場になったのかもしれない。


「紗理奈さん」


「うん?」


「苫小牧まで来たんですから、葉月さんの牧場に行ってみませんか?」


「・・・・」


「私は、映見に葉月山の四股名を継がせるつもりです。その承諾も頂きたいし、それと牧場の葉月さんを見てみたいと」


「もういいよ」


「えっ?」


「葉月のことはもういいよ」


「紗理奈さん」


「葉月には葉月の生活がある、もういいんだよ、今日は、小田代ヶ原親方に稲倉映見を合わせるのが目的だし、私は最初から会う気はないよ、承諾云々は親方と葉月の間でやってくれ」と淡々と、別に怒るわけでもなく


「すいません」


「別に謝ることでもないよ、千歳、何時の飛行機だっけ?」


「15時50分です」


「そうかじゃ2時過ぎぐらいに出ればいいな」


「紗理奈さんは?」


「ここから30分ぐらいの支笏湖に宿を取ったから」


「そうですか・・・」


 小百合としては、葉月に映見の事で直に話をしたいと言うのはあった。苫小牧に来ているのならなおさらに、紗理奈とて自分が会いたいと言えば会うのではないかと想ったが、紗理奈の言葉は意外だった。紗理奈は、岸本那美と稲倉映見のもとにいき何気に指導のようなことをしている、少なくとも、小百合が力士時代には、力士達に指導めいたことなどをしているのは、見たことがなかったのに、今の紗理奈の表情は、本当に楽しそうに相撲を楽しんでいる。青森での南条樹里との稽古もしかり、純粋に相撲を楽しんでいる。そんな様子を見ている小百合の隣には、相撲部監督の木原美知佳が見ている。


「岸本那美さんさすがにインターハイを出るだけのことはありますね」と小百合


「那美は、実力はあるんですがなかなか開花することができなかったんです、まぁその主たる原因は私の指導不足もあるんですが、稲倉さんがうちの部に来るようになり、そのなかで稲倉さんと言う一流の選手と稽古するようになって一気に花が開いたって感じなんです。もちろんレベルの差は歴然なんですが、それでも、彼女にとっては、勝った負けたより、アマチュア女王だった稲倉さんと肌で直接指導してもらっていることは、何事にも代えがたいんです」


「そうでしょうね・・・彼女以上の練習相手はそうはいないでしょうから」


「葉月も来ていたんですが」


「葉月さん来ることがあるんですか?」


「一回だけね、稽古つけてくれなんて言ってないのに木綿の稽古用廻しまで持ってきて、本当に稽古つけてくれてね、その時に稲倉と合わせるセッティングをして二人の時間を作ってあげたんだけど、あれ以降来なくなってね、連絡もしたんだけど忙しいの一言でね、実際に日本だけじゃなくて、海外出張とか多いみたいで欧米諸国には頻繁に行ってるみたいで、二人の間で何の話をしたかは知らないけど、まずかったかなぁ、映見に聞いても「別に」て言われてしまって、それ以降は、私も聞いてないし」


「葉月さんが廻しを?」


「葉月は、あれで意外と感情的になるというかそういうところがあるから、力士時代の葉月を【才色兼備】なんて評されたこともあったけど、その言葉は、今の葉月にこそ相応しいのよ、中河部牧場は今や世界を視野に入れた競走馬ビジネスをして、その中心的存在に葉月がいる。今思うと軽い気持ちで、相撲部に来てなんて言ったのはまずかったかなって、それに、稲倉映見と合わせたことも、青森の南条監督に映見と葉月を会わせてあげてほしいと言われて、会わせたけどそれも今考えれば、葉月にとっては迷惑だったのかもしれないって」


「・・・・・」


「あっ、すいません小田代ヶ原親方を前にして、別に悪気があって・・・ほんとうにすいません」と頭を下げる美知佳


「あぁ・・・いえ」


 意外だった。葉月さんがまだ廻しを、それも稽古用の木綿の廻しを締めて高校生に稽古をつけていたなど、想像もできなかった。自分から少し離れた土俵上では、紗理奈が二人に手取り足取り、相撲の指導をしている。紗理奈から、稲倉映見の女子大相撲入門にあたり、本人及び関係者に会わないかと言われ、青森・北海道(苫小牧)の旅に出ることになったが、そのなかに当然、葉月と会う機会がと想っていたが、紗理奈はそれを否定というか【葉月山】という力士には、いまだに拘りがあるのにもかかわらず、中河部葉月(旧姓 椎名葉月)には、もう関心がないような言い回しをするのだ。それは、小百合自身も同じ。葉月から連絡があれば、喜ぶのに自分から葉月に連絡することには、どうしても躊躇してしまうのだ。連絡をすれば無下にされることはまずないだろうが、どうしてもその一歩が出ない。女子大相撲の歴史において【葉月山】の偉大さは、ファン以上に現役・OG力士達にとっては、女子相撲のレジェンドなのだ。


 そんな葉月は、いまや、競馬界においてはオーナー・ブリーダーとしての女性旗手として夫である孝之以上に注目され、そこに元女子大相撲力士絶対横綱【葉月山】という尾ひれがつくことも少なくなった。逆に、あの椎名牧場の娘さんと言われることが逆に葉月を際立たせているのだ。これだけ、確固たる地位を築いた女子大相撲の立役者であるのにも関わらず、女子大相撲関連で表に出ることはほとんどない。それは、葉月が望んでいたことなのかもしれないが、現役時代の葉月と勝負をしてきた力士達にとっては、一抹の寂しさはある、それは、小百合とて同じなのだ。そんな葉月が自ら廻しを締めて稽古をつけるなど驚き以上に相撲の事をすべて消し去った訳ではないのだと・・・。


「今日の稽古も葉月には一応はメールは入れたんですよ、那美も来週インターハイだし、映見さんも来月に実業団だし、その意味で最後に見て欲しかったんですけどね、多分、葉月も映見と会うのも最後になるかもしれませんし、夏競馬が終われば、中央競馬が始まるしそんな時間もとれないでしょうからね、でも正直、葉月はなんの意地を張ってるのかわからなくて」


「そうなんですか・・・私達が来ることも?」


「えぇ、変に隠すのもいやだったし、それで来ないのならそれでしょうがないですし、来れないのならこれないで一言いえばいいものを」と美知佳は多少呆れ顔で


「葉月さんには葉月さんの人生もありますし、そもそも、苫小牧に来た目的は映見に女子大相撲入門の意思の確認が目的ですから」と答えた小百合だが、本音は葉月に会いたかったのだ。紗理奈が映見の件で青森・北海道に行かないかと誘いを受けた時、その流れで葉月に会うのではと、勝手に想っていたのだがそれは違った。


>「葉月には葉月の生活がある、もういいんだよ、今日は、小田代ヶ原親方に稲倉映見を合わせるのが目的だし、私は最初から会う気はないよ、承諾云々は親方と葉月の間でやってくれ」と紗理奈は淡々と、別に怒るわけでもなく


 土俵上では、紗理奈・映見・那美が笑い声を交え相撲談義でもしてるかのように、実に楽しそうに・・・。


  (そうだよね、ここへ来た目的は、葉月さんに会いに来たわけじゃないのだから)


 なんとなく、この相撲場の空気感が小百合の気持ちを締め付ける。一人だけ、葉月さんに会えるのではと言う本筋とは関係ないことに、期待感を募らせていたことに恥ずかしく、なんとなくこの場にいずらくなっていた。


「美知佳さん。ちょっと車にスマホを置いてきてしまったので取ってきますんで」と小百合


「えっ、えぇ・・・」


 小百合は、足早に相撲場の扉を開け廊下へ出る。重い鉄扉がゆっくりと閉まると、小百合は「ふぅー」と息を吐くと、目的もなく駐車場へ、紗理奈のアルピナグリーンのBMWアルピナD4 Sグランクーペが夏の木漏れ日に照らされアルピナグリーンの色が何とも言えないグラデーションを作り出す。その隣に、何気に土がついたままのランクル70が滑り込んできた。そして、降りてきた人物は・・・。




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