映見とさくら ④
三番勝負が終わり最後はぶつかり稽古。四年生が受け手になり攻め手の力士が受け手の胸に全力でぶつかり、土俵際まで押し込んだ後、土俵に転がり、受け身をとる。攻め手は下級生で三分連続で攻め込んでいく。たかが三分かも知れないがそれでも攻め手は三分すら持たず土俵に這いつくばってしまうほどになってしまう。もちろんその中にはさくらの姿もあるがさすがに三分は持たなかったがすべての体力を使い切った表情はおそらく初めて見せる姿だろう。
一通り終わると。様子を見ていた倉橋が集合を掛ける。土俵の周りに部員達は蹲踞の姿勢て゛監督の話を聞く。
「今日の稽古はちょっときつかったと思うが弱音を吐かずよくできたと思う。基礎練習は本当につらい。やってられないと思う。ただ、毎日繰り返しをして初めてできるようになるものがある。技術や精神力は毎日の繰り返しで無意識に体が覚えていく。たがそれができなくて悩んでいらつくこともあるだろうそんな時は深く考えないで好きなことをしたり旨いもの食ったりして早く寝る。毎日少しずつでいいから何かを掴んでいければそれでいい。
稽古をしないものがどうなるか今日は見たと思うがあんなものだ。どんなに才能や身体的能力があろうと稽古しなければ何もできない。稽古は技術・体力の向上もあるがそれ以上に耐え抜く精神力を鍛えるのが稽古なんだ。話が長くなってもしょうがないからもうこれでやめる。今、マネージャーがちゃんこの用意をしているからそれまでに汗を流して広間に来るように以上」
部員達全員は蹲踞の姿勢から柏手を打って場を締めると一気に表情が緩む。あれだけ張りつめていた空気も一緒に・・・・。主将がさくらの肩を両手で叩く。
「よく耐えたなさすがは高校横綱だよ」
さくらは一瞬ピクと反応したがすぐに振り向くとそこには主将の笑顔が。
「なんとかやれたと思います。正直疲れました・・・」
「当たり前だよ。稽古終わってピンピンされていたらこっちが凹むわ」と主将の江頭は豪快に笑い飛ばす。
「主将との三番勝負。五番やって二勝しかできなかったのはちよっと悔しいです」
「はぁ~よく云うよ。いくら高校横綱とは云え大学生として負け越すわけにはいかないからなぁ稽古とは云え・・・それとも私に花を持たせてくれたのかよ」
「そんな余裕あるわけないじゃないですか・・・でもなんか凄く楽しかったのと緊張感とがあってやっぱり大学生とはレベルが違うと思いました」とさくらが云うと江頭はなんか照れくさそうそうな表情で
「さくらは強かったよ。私は女子大相撲に行くがさくらも世界を視野に相撲をするべきだと思うよさくらだったらできるから」
「世界・・・?」
「世界にもプロリーグがある日本の女子大相撲とまた違うがさくらはもっと色々経験を積んでいけばもっと強くなれるし相撲がもっと深く楽しむことができると思うぞ」
「深く楽しむ?」
「さくらは世界大会にも出てるんだから日本との違いもわかってると思うが世界で戦ってそのうえで日本で改めて相撲を取ると気づかなかった色々なことがわかってくる。それは日本の女子相撲の発展に絶対に必要なこと。さくらにはそ云う役割をしてもらいたいと思ったよ。今日やってみて」
「なんか・・・大袈裟な・・・・」
「まぁさくらは高校生なんだから色々経験して勉強して視野を広げていくのが良いと思う」
「わかりました」
そけたげ云うと江頭は相撲場を出ていこうとした時、倉橋が呼び寄せた。
「さくらと何話してた?」
「今日の稽古のことを」
「そうか・・・」と云うと倉橋は座敷においてある黒色のオフィストートバッグを手渡した。
「これは?」
「本当は卒業する時に渡そうとも思ったが年が明けたらお前もプロ入りで色々忙しくなるだろうから今日渡すことにした。」
「・・・・・」
「バックにはお前が相撲部に入ってからの稽古の様子や試合の映像記録がメモリーに入っている。あとは私なりにお前を分析して美点と欠点それに対してどう対処するかの私なりのヒントを書いてある」
「・・・・監督」
「お前は自分で率先してヒール役をやってくれていたんだろう?」
「・・・・・」
「吉瀬や映見はお前のことを敵視していたが・・・いや吉瀬は違うか・・・。お前達四年がある意味で部の結束を高めた要素もある違う意味でな」
「私はそんな・・・」
「お前がいなかったら吉瀬だってここまで動けなかったと思う」
「ただ私は西経の相撲部は仲良しクラブではあってはならないと思っています。そのうえで勝利至上主義から脱却するのではなくそこに相撲の魅力と楽しさを吉瀬にやってもらいたいと云うより吉瀬はそれをやってきているのだと思います。自分にはそれがやれる能力はないので・・・・」と倉橋の目を真正面に見据え。
「お前は両世代に挟まれていたからやりにくかったろうが四年になってだいぶ変わったと正直思った。お前は部員には厳しかったが自分にも厳しくやってきたと思うぞ。最近、吉瀬が勝つことに拘らなければダメだと云うことを多少認めるようになったのはお前を見てきたからだと思う。吉瀬がお前の役割をできるかは正直疑問だがなぁ」と・・・。
「吉瀬は自分には厳しくできますが相手に対してはなかなかできないところがあるとは思います。でも最近の映見に対しては厳しいことも云っているようです。多分それは自覚していると思います」
「・・・・・映見なぁ」
「吉瀬はいいとしても映見は・・・・重症だと思います。監督はこのまま映見が部をやめても構わないとお考えですか?」
「私に説教か・・・・」
「すいません。そんなつもりは・・・・」と江頭の声が若干震えてしまった。
「映見は牡丹なんだよ」
「ぼたん・・・」
「古くから花の王様と呼ばれている大きくたっぷりのあでやかな花姿は、1輪あるだけで気品と風格をを感じる。王様と云うよりも女王なんだよ」
「牡丹」
「映見の相撲は見るものを魅了する。相撲に関心がない人でも映見の相撲は見惚れてしまう。昔のイメージで相撲を見ている人には映見の相撲は心に触れるんだ。相撲に関心がない人にはなおさらだと思う。一瞬で決まるスピード相撲とは違うものなんだよ。両手で廻しを取って力と技のぶつかり合いそしてお互いの荒い息遣いそして水入り寸前までの死闘。大相撲の醍醐味は関心がない人でも感動するものであってほしい。それができる数少ない若き力士なのかと勝手な願望を映見に抱いていたのかもしれん。それはある意味時代遅れの相撲を今まで教えていたということにもなるが・・・」
「監督・・・・」
スピード相撲が勝てるスタイルならばそれにもう一つ四つ相撲を覚えさせることで引き出しを増やしてあげることは将来プロに行っても安定感と云うもう一つの武器を手に入れておくことは悪いことではない。そしてもう一つは相対的に怪我が少ないこと。プロになった場合の相撲人生を考えた時に女子相撲は選手寿命が短いとはいえ怪我で選手生命が終わってしまうのは悔いが残る。そのことも倉橋が四つ相撲を最初に教える一つの意図なのだ。そこが他の指導者とは違うところなのだ。ただ海外の相撲も日本と同じくスピード相撲が主流であることは確かなのだ。
「今の映見に必要なのは相撲に対しての自分が持つ美学のようなものにもう一つ加えることなんだよ。私はすべて捨てて一新しろとは云っていないのだ改善なんだよそれが面白くないんだ。そこには勝負と云う観念は他の者とは違うんだよ」と苦虫を食い潰したような顔の倉橋。
「映見は勝ち負けと云うのは単なる結果であってあいつにとっては勝敗までの過程が大事なんだと思います。今日のさくらさんと三番勝負の最後のやつは映見らしい相撲だと思いました。あいつは相撲をやめようなんって思ってないと思います。監督は不満かも知れませんが主将としては少し安心しました」と江頭はホッとしたような表情で・・・。
「主将とこんな話したのは初めてだなぁ・・・・・」
「・・・・・・・」
「私は選手とのコミニケションができていなかったな今改めて実感したよ。主将がそこまで考えていてくれたとは」
「私も苦手です。だからつい吉瀬に任せてしまっていたのでその意味ではあいつには頭が上がりません」
「監督、用意ができました」とマネージャが呼びに来た。
「じゃー主将あとは頼む。ちゃんこ鍋はいつも以上に豪勢にしといたから早く行け」と右手で追い払うように
「監督は?」
「私はいいからみんなでやりなさい。さくらも私がいると色々無意識に気遣うだろうから今日は私抜きでやりなさい」
「しかし、それでは・・・」
江頭は困惑した表情を見せるが倉橋は早く広間に行くように急かす。
「わかりました監督。それとプレゼントありがとうございます。監督の部員達への想いを失礼ながら初めて実感したと云うかここまで見ていてくれたことに感謝します」
「主将。大相撲に行ったら勝負だけの厳しい世界だ。頼れるのは自分だけだ。だけどどうしても自分に負けそうになったら手紙の一つでも寄越してこい。文章にすることで見失ってるものが見えてくることもある。言葉では自分の想ってることは見えないこともあるからな・・・・早く広間に行け!」
「失礼します」と自分の心が揺さぶられていたが気丈な声で返事を返した。
江頭が相撲場を出るともう誰もいない。倉橋は座りながら綺麗にされた土俵を見る。
自分はこの相撲場で部員達にこの先の生き方とかを教えてきただろうか?




