全国実業団相撲選手権 ④
女子大相撲【成長期】、色物を扱いの女子大相撲がなんとなくその闇を抜けた女子大相撲。しかし、初代絶対横綱【妙義山】は力士としてピークを迎え衰退期に足が掛かりだしたそんな時期だった。そんな時に出会った椎名葉月。それは、妙義山にとっても女子大相撲にとってもターニングポイントの時期だった。女子大相撲は年二場所で、東日本・西日本でおこなわれていた。常設の会場はまだなく、各地域のイベント施設で行われる状況であった。それでも、女子大相撲は日本はより先に海外で人気になりその波が遅ればせながら、日本に押し寄せてきた時期だった。ある意味で試練の時期を乗り越えた女子大相撲は、次なる飛躍の助走に入ったのだ。それは、女子相撲をやっている者にとって、相撲というプロスポーツで生きていけることが確立した時期だったのだ。
当然、各学校や相撲クラブなどで相撲に邁進している女子達の人生の選択において、女子大相撲は夢であったものが現実になり、この世界を目指す者も増えていた。女子大相撲もこの機を逃すまいと、将来の力士候補達の発掘・育成に力を入れるのは、当然であった。
そんな時、女子大相撲秋場所が青森総合体育館で開かれることになり、その前段で、全日本女子相撲選手権が開催された。女子大相撲の親方達にとっても選手達にとっても、翌年の入門でのアピールの場所でもある。
会場には、女子大相撲の親方達や力士達も訪れ、将来の力士候補達の戦いを観戦することに、その中に、絶対横綱【妙義山】の姿も・・・。
「葉月山、好調というか横綱ご自身がなんで函館まで行っていた訳がわかりました」と大関【三神櫻】
「葉月山は、これからの女子大相撲を引っ張る存在になる。次の絶対横綱の称号は彼女になる、少なくとも三神櫻じゃない!」と絶対横綱【妙義山】
「確かにね、しかし、両親と弟があんな形で世を去ったのに、何事もなかったように取り組みして、微塵も表情に出さず・・・私にはできないねましてや十八歳、私には、あんな精神的コントロールなんかできないね、正直、怖さを感じるよ、まぁ、妙義山が好きそうな力士ではあるけどね」
「もう、葉月山に戻る場所はないんだよ!相撲で生きていくしかない!女子大相撲にとっては好都合だけどな」
「本気で言ってるのかい?」
「内に秘めた負けん気の強さ。尚且つ頭も切れる、何も力士になることはなかったが、所詮は十八歳の少女、意外と見た目とは裏腹にカッとなりやすいと言うか、私にちょと感に触る事を言われて、私に敵意を見せて・・・ちょろいもんだよ」
「紗理奈あんた・・・・」
「私は、葉月に一生恨まれるかもしれないが、必ず葉月山は女子大相撲の世界を引っ張る逸材になる!それは、彼女のこれからの生き方において宿命づけられたんだよ!日本の女子相撲を世界の頂点に持っていけるのは、葉月山しかいない!それだけだ!」
「紗理奈・・・・」
土俵上では、無差別クラス決勝が始まろうとしていた。東は名和重工【野口涼香】西は東京の青葉大 一年【南条樹里】との取り組み。野口涼香は、高校・大学と活躍、世界大会でも無差別・団体と優勝し、当然、女子大相撲からのスカウト合戦になったのだが、涼香は女子大相撲には行かないことを公言。それでも、女子大相撲の関係者はアプローチをするも、大学卒業後は、内定していた名和重工に就職し、女子大相撲の話はなくなった。その後は、実業団で活躍し、個人では五連覇で負けなし、団体戦も三連覇といかんなく実力を発揮、そのことが、余計に女子大相撲関係者にとっては、面白くない。
たいして南条樹里は、青森の進学校である七所が原高校から青葉大医学部へ特待生として入学、樹里の学業成績から言えばもっと上の大学も目指せたが、そこは、家庭の事情と言うので入学金や学費の全額免除されるこの大学をと言うのは表向きで、本音は、中学から続けている相撲を続けたかった。中学高校と全国大会や世界選手権の代表選手にも選ばれ優勝経験も多数、当然女子大相撲関係者から注目を集めていたものの、医学部進学でその話はなかったことに・・・・。入門を五年前から二十二歳に制限を決めたことで、六年制の医学部では、自動的に女子大相撲の道を断たれるのだ。
野口美香と南条樹里の取り組みは、四つ相撲の野口美香相手にすぐに組にいかなかった南条樹里。野口美香はもろ差しの体制に持っていたもの、樹里にがっぷり四つで胸を合わせられ窮屈な体勢になってしまった。そのうえ両上手の四つの体制の美香は、樹里に左の差し手を抱えこまれ、美香の右が抱えこまれ極まりかけ、そのことでひるんでしまった美香はなんとか差し手は抜いたもの、その隙に上体を起こされ万事休す。寄り倒しで樹里の大金星と言ってもいい内容だった。無敵のアマチュア女王は、大学一年に完膚なき敗北。樹里も四つは得意なのだが敢えて組にいかなかったことと左が得意の樹里は右で勝負に行ったことも美香を惑わせた作戦勝ち。対美香戦を想定しての作戦に大関【三神櫻】は・・・。
「もったないね、あんな相撲ができるのに入門できないなんて、22歳の制限は大学卒業後入門を想定すれば全うなんだろうけど、本人は女子大相撲に未練があるみたいだけど」
「未練?それは、協会の勝手な妄想だろう・・・まったく。入門できないことなんか医学部に入った時点でわかってることだ。特例でも認めたら来るのか彼女は?そんなことは絶対にない!特待生で入ったのなら、医師になるのが当たり前だろうが!」
「せめて25歳まで入門OKにして、もちろん条件つけたうえで、その先の力士生命考えたら25歳が限界、そのあたりで協会には申し入れをするつもりで意見書作ってる。実業団でもチャンスを作ってあげることは重要だと思うんだよ、実業団で相撲をして、どうしても大相撲に未練があるのなら、当然に条件はつけるよ、それなりの力量がなければね、それと、作並親方に聞いたけど、部屋の継承を断ったらしいな」
「・・・・・」
「絶対横綱が部屋を持たずどうするの?」
「まだ、引退するつもりはないけど、引退したらしばらくゆっくりしたいんだ」
「そらまた、あんたらしくないと言うか」
「鷹の里を引退させてしまったことで・・・・知ってるだろう?秀男が葉山の別荘で別居状態だって、本人は、別れるつもりはないって言うけど・・・」
「一人、葉山でなにやってんだ旦那?」
「個人投資家見たいなことしてる」
「そんなこと言ってたな」
「月に二三回は、葉山に身の回りの世話じゃないど、通い妻みたいなもんだよ」
「通い妻って・・・」
「力士をやめた鷹の里の表情見てると何か安堵したようなでね」
土俵上では、各クラス優勝者の表彰式が行われている。無差別級クラス優勝の南条樹里は満面の笑みをその隣で野口涼香の悔しい表情。試合的には、無敵のアマチュア女王野口涼香が新進気鋭の南条樹里に敗れたことは、アマチュア関係者にはトッピクでも女子大相撲関係者には、さして関心がない、どちらも力士にはなれないのだから・・・。
大会が終わり、近くのホテルでアマチュア選手及び女子大相撲関係者との懇談の場も設けられ、ビュッフェ形式の軽い食事をしながらのスカウトの場所でもあるのだ。妙義山・三神櫻など複数の力士も会場に現れ、将来の力士候補達や指導者との歓談も現役力士の一つの仕事でもあるのだ。妙義山自身は、正直関心がない、椎名葉月は別として・・・。それでも、大人の対応ではないが、高校生や大学生と話をするのは嫌いじゃないし、女子大相撲入門を考えている者に素っ気ない態度見せるのも大人げない。その点、三神櫻は話も旨いしあたりが柔らかく気さくなのだ。
会場内には、選手達の高校・大学の監督も、当然、西経の倉橋監督も会場に、個人戦では優勝者は出せなかったが、団体戦では、実業団チームを破っての優勝。西経の層の厚さを見せつけた。そんな妙義山と倉橋真奈美は形式的な挨拶を交わす程度、周りの人間からしたらいつものことなのでといった感じであるし、ここ何年かは、西経から女子大相撲入門者がいないことも、親方衆含め女子大相撲関係者からいまいち評判がよくないのである。そんな会場を回る妙義山と三神櫻は選手達や監督と談笑する。そんななか、無差別クラス優勝者の青葉大の南条樹里と監督の諏訪瑠璃子が妙義山と三神櫻との談笑に、三神櫻が話のきかっけを作りながら談笑。妙義山だけではとても持たなく、このような場所では、妙義山と三神櫻はワンセット且つ三神櫻主導で場を保つ。
「なかなかの相撲だったね、特に組にいかなかったのは、「おっ!」と思ったよ。それと、左を取りにいかなかったのも・・・」と三神櫻は笑みを浮かべながら
「絶対右から攻める、それしか勝ち目はないと」と樹里
「野口の弱点か・・・考えたね」
「はい」と樹里は隣の監督を見ながら、その時ふと、妙義山は南条樹里と目が合ってしまった。
樹里は、軽く頭を下げるも話しかけることはしなかった。
「女子大相撲に来てほしいところだけど」と三神櫻は妙義山と南条樹里のなんとなく感じる二人の間の空気感が淀んでいるというかそれを攪拌し新鮮な空気で薄めるつもりで言ったのだが・・・。
「女子大相撲への捨てきれない気持ちはありますが、大学を卒業し医師免許取得ができた時には、入門の年齢制限にかかってしまうので」と樹里は別に誰に向いて喋ったわけではないのだが。
「そんなことは、最初からわかってることだろう」とボソッと妙義山は樹里に聞こえるように言ったつもりではないのだが、その言葉に反応するかのように妙義山を睨みつけるように見る。樹里にとって、相手が絶対横綱であろうと関係ない。
「男子大相撲のように特例措置の条件を作るべきです。少なくとも全国レベルで優勝したのですから二十二歳で一律に区切るのは・・・・女子大相撲がここまでになり、無尽蔵に入門もさせるべきではありませんが、もし、男子相撲のように、日本及び世界でそれなりの成績を上げた者に考える時間を与えてほしいいと言うのが」
「だったら、特例措置で25歳まで延長したら、来るのかい女子大相撲に」
「・・・・」
「だんまりかい」
「ただ、私は・・・・」
「医師を目指しているのなら、相撲はアマチュア選手として趣味の一環で十分だろう?力士の世界はあなたの生きてきた世界とは違う!目指しているものがあるのなら、それに邁進するのがやるべきことじゃないのかい!」
--------柴原総合病院 相撲部 風呂場------
南条樹里と山下紗理奈は大きな浴槽に並びながら浸かっていた。地獄の十番勝負?を終えた二人の充実した表情はまるで師弟関係のようである。
「正直、今日は勝ち越せると想いましたが完敗です。九番までは手を抜いていましたよね?」と樹里は表情を緩めながら
「そんなこともないよ、青森に来るのは美紀に会いにというのもあるけど、相撲の稽古というか樹里と相撲するのが目的でね」と紗理奈は苦笑い
「私と?」
紗理奈は、浴槽の湯で顔を洗うようなしぐさをする、何かを洗い流すように・・・。
「稲倉の話が出て・・・・樹里と初めて会ったとき、なにか違和感を感じたんだけど、その理由がわからなかった。前回、初めて稽古と称した勝負をした時、はっ!と気づいた。青森で行われた全日本女子相撲選手権のことを、無敵だった野口涼香を破ったあの時の・・・なんでそのこと言わなかった」
「昔の話ですし」
「私は、大学生のあなたに夢を砕くようなことを言った。私が稲倉映見にチャンスを与えたのとはまったく正反対の事を・・・」
「もし、私が稲倉の立場になっていたとしても、最終的には女子大相撲入門はなかったと思います。あの大会以降も日本でも世界でも優勝はできませんでしたが、それなりに表彰台は外さず恥じない成績ではありましたが・・・でも、今思えば、稲倉ほどの相撲の力量もないしそれよりも気持ちが中途半端だった。なによりも、あの当時は、絶対入門できないという防波堤があったから好き勝手に言えた。ある意味卑怯な・・・」
「樹里、そんな言い方はよせ!。確かに入門はできなかたっがこうしてアマチュアとして相撲をしてくれている事は、本当にうれしいんだ。本当に」
「正直、相撲はもういいかと想っていたんです。相撲クラブで趣味の範囲でできただけで十分って、そんな時に、あの十和田富士さんが監督で病院直の相撲クラブを作るって聞いた時、やめるわけにはいかないって、いつのまにやら、相撲したい女医や看護師たちが転職してきてますますやめられないって、ましてや、アマチュア女王の稲倉恵美が研修医で来ると聞いたらますます!」
「そうかい・・・」
「今度の実業団選手権、できれば映見と決勝戦であたりたい。今の私の実力では無理でしょうけど」と苦笑する樹里
「稲倉とか・・・」
「すいません。冗談ですから、そもそも夢物語ですから」
「本気で決勝に行きたいか?」
「えっ?」
「私が稽古つけてやる、それと攻略法も、どうだい」
「紗理奈さん・・・でも」
「実業団選手権を突破できなければ、それで稲倉映見は終わる。今の実業団選手の上位じゃ映見には勝てない、それじゃ面白くないし映見のためにならない。樹里の実力なら勝てる可能性がある、そこに私のエッセンスを加えれば、少なくともいい勝負ができる」
「でも、もし・・・」
「その時は、映見の相撲の実力はまがい物だったてことだよ」
「紗理奈さん・・・」
その時、紗理奈は浴槽から立ちあがる。浴槽が激しく波打つように、浴槽の淵を超える。浴槽を出る紗理奈。背中の筋肉はとても五十後半とは思えない・・・・。そんな紗理奈は全身から湯気を立てながら、脱衣所へ消えていった。その姿を浴槽に浸かりながら、樹里は何を思うのか?




