全国実業団相撲選手権 ③
--------柴原総合病院 相撲場 -----------
翌日の午前9時
「花音、休まない!相手はあんたより一回り以上年上なんだよ!あんたが先にスタミナ切れを起こしたらは勝負になんないよ!」と相撲部監督 南条美紀の声が飛ぶ
原島花音は、青森中央高校 二年で女子相撲部の副部長でありエース。夏のインターハイでは個人戦で青森初の優勝を狙える逸材。 整形外科担当南条樹里40歳。高校生相手に力勝負は叶わない、そこはテクニックで対抗して花音を翻弄する。昨今の女子大相撲の人気は、当然、女子大相撲入門を志す者が増え、それに伴い、中高大と女子相撲部の設立と共に指導者も元女子大相撲の力士が引退後の一つの就職先として捉えられ、男子の指導者から元女子大相撲力士などの女子の指導指導者への移行も進んでいる。柴原総合病院 相撲部には、各高校からの出稽古も盛んで、他校との交流の一つの場でもあるのだ。
紗理奈と小百合は、青森に一泊し、翌日、相撲場へ、南条含め四人の部員が、青森中央高校女子相撲部のレギュラーメンバー達との合同稽古の見学に来ているのだ。
元初代絶対横綱【妙義山】・元横綱【百合の花】の二人が立って腕組みをしながら稽古を見ているさまは、そうあるもんではないし、百合の花は小田代ヶ原親方として部屋を持っているのだ。その意味では、青森中央高校のレギュラー陣のなかには、女子大相撲入門を考えている者も花音を含めて何人かいるのは事実。
「なかなかですね、少しびっくりいてます」
「原島は体格もいいですし、パワーもスピードあります。いかせんスタミナと精神的に脆いものがると」と美紀
「確かに、原島さんもそうですが私的には南条樹里さんが・・・」
「あぁ・・・樹里の方ですか、樹里は中学時代から相撲をしてまして大学は当然医学部に、その意味では映見と同じ境遇であったともいえます。今なら映見の選択をしたかもしれませんが、時代に恵まれなかった。その意味もあるんでしょうが、映見の事は色々な面でアドバイスしているようです、口には出しませんが」
「そうなんですか・・・でも、本当に相撲が上手い。息の入れ方にしろいなしにしろ、廻しすら触らせない、取られても切り方が上手い、あれでは、花音さんのパワーもスピードもいいところがみんな殺されて・・・」
「樹里は、老練な業師なんです、高校生相手じゃ赤子を捻るもんです」
「確かに・・・」
「女子大相撲の指導者が元女子大相撲力士と言うのが私も含めて大半を占めるようになって、技術を教えるようになった。それは当然何だけど、基本的な相撲の技である、突き出し、突き倒し、押し出し、押し倒し、寄り切り、寄り倒し、浴びせ倒し、中高生はまずはそれをきっちりと想っているのですが、何か技偏重と云うかきっちり当たることさえもできないくせして、勝つことが第一主義であることはわかるんだけど、何か・・・発想が時代遅れかな」と美紀
「監督のおっしゃりたいことは、わかります。その意味では、花音さんは体格的に申し分ないですし、きっちり自分から当たりに行っている。ただ相手が技能でははるかに上、そこで、考えて自分に何が足りないのかがわかれば自然と体が反応します。腐らないでできれば」
「どうです?」
「どうです・・・って?」
「本人は女子大相撲志望なんで」
「えっ、それって・・・うちにってことですか?」
「花音は、ちょっと気が優しすぎるところもありますが、愚直に相撲をやってます。高校の監督のところには、何部屋かの親方が打診をしているようですが・・・」
「・・・・」
「弟子はある程度いれば、稽古相手も多く嫌な言い方だけど、実入りだってちがってくる。目ぼしい選手がいたら小田代ヶ原親方のところでお願いしようかと」
「いや、あぁ・・・なんで私なんでしょうか?まだ、部屋ができて間もないですし、私も手探り状態で、女子大相撲界の大御所の紗理奈さんや美香さんに色々気を留めて頂いているのわ」
「紗理奈さんや美香さん葉月さんの共通点ってなんだかわかる?」
「共通点ですか?」
「三人とも部屋を持たなかったこと、もっと言えばそのことに紗理奈の心のどこかに後悔があるのよ」
「でも、ご自分で私は指導者には向いていないからって?」
「でもよかったんだよそれで、娘が力士になることを予見していたんだよ、絶対にさせないって約束したのに、先に裏切りやがって全く」と言いながらなぜか笑みがこぼれる。
「そんなこと言って、関脇の十和桜関って誰の娘さんでしたっけ」と小百合も笑みを浮かべ
「大関昇進を目前に、肩の怪我は痛いなー。公傷が認められたのは幸いだったけど、気持ちで相撲を取るタイプだから」
「あっ、そう言えば、この病院で治療してるんですよね?」
「そうね、最近までは・・・・」
「最近まで・・・って?」
「リハビリ兼ねて苫小牧に転院してね」
「苫小牧って、映見の勤務している?」
「本人がどうしても映見のところでって、もう退院して東京の戻ってるけど」
「映見と十和桜は、色々ありましたが・・・」
「大阪や混合団体の件で色々ありましたが・・・」
「処分軽減の嘆願書?百合の花が中心になって出したのはなんでだったんだ。娘を助ける必要はなかったろうに?」
「葉月山さんです、処分軽減の嘆願書を作成して、力士達を説得したのは」
「葉月山?」
「葉月山さんの責任の取らせかたです。力士を継続させて、みんなから白い目で見させろ、それに耐えて、力士達に許してもらえればそれでよし、自ら辞めればその程度・・・すっすいませんつい」慌てる小百合、つい・・・。
「厳しいな彼女は、最低幕下まで落としてどん底まで落としてもらえばいいのに、女力士はなんて甘いだって想ったが」
「力士達の大半は、処分軽減の嘆願書には、私も含めて反対でした。ただ、相撲界から去る葉月山さんが、偉そうに言える立場ではなっかたんですが、私が葉月山さんに言われると・・・・そこで代役で、協会の上や力士達にはしばらく険悪な目で見られて・・・なんで!って気持ちでしたけど」
「申し訳ない・・・」と頭を下げる美紀
「あっ、あっ、すいませんそんなつもりで」とまたもや慌てる小百合。
「十和桜は、体格的優位だけで幕内まで上がってきた」
「十和桜は、色々ありましたがいい力士になってきました。十和田富士さんを前に言うのもなんですが、最低、大関にはなってもらわないと、二代目妙義山を筆頭に、女子大相撲を引っ張っていってもらわないと・・・あっ、そう言えば紗理奈さん何処へ?」
さっきまで、小百合の隣で稽古を見ていたのだが、いつの間にかいなくなり時間的にはだいぶ経ってるような・・・。小百合の隣で美紀は一人呆れたというかそこには僅かに笑みが・・・。
「どうかされました?」と小百合はその表情の意味が理解しかねていた。
「紗理奈になんて言われて一緒に来たの?」
「なんて?なんてって、十和田富士さんのところに行くから行かないかって・・・私は十和田富士さんにお会いしたことはなかったので、映見のことなどお聞きしたかったので」
「それだけ?」
「それだけ?って?」
「相撲部屋の方に来るの紗理奈は?」
「いいえ、会うのは私の自宅で、ここ最近は月に二三回会うって感じで、相撲部屋の方にも来てくださいて言ったこともあるのですが、映見の件であまり私にいらんことで、協会関係者に言わせたくないからって」
「今度の件は、私が映見を口説いたんだから、親方なんか言われてるの?」
「言われてるわけではないんですけども、他の親方からすれば、出し抜かれたと思っているかもしれません。映見に関してはみんな欲しかったけど医大生でということで諦めたわけですから、私は、現役当時に遠藤さんからこの件は聞いてはいたんですが、本気だと想ってなかったので」
「遠藤さんが今の女子大相撲のグランドデザインを現役当時から考えていたんだよね、最弱横綱とか陰でレッテル張られちゃたけどとんでもない!美香さんが相撲だけに徹していたら妙義山と同じく絶対横綱と言われるぐらいの力士になれたはず、でも、それを選ばず女子大相撲全体の事を常に考えていたのよ、そのことで紗理奈と対立して、協会から去ったこともあったけど、そこは、紗理奈が頭を下げて呼び戻した。だから、一生頭が美香さんには頭が上がらない!本人は全否定するだろうけど」
「紗理奈さんは美香さんの操り人形?」
「私はそこまで言ってないけど」と美紀
「あっ、えっ、あぁ・・・今の話は」
「まぁ、それに近いかな・・・そろそろ来るかな?」
「来る?」
出入り口の扉が開く、小百合は何げなくその方向を向く。(えっ、!?)そこには、白色の木綿の廻しを締めた初代妙義山ではなく紗理奈が現役時代さながらの雰囲気を醸し出しながら相撲場へ入ってくると、相撲場が一気に引き締まる。小百合にとっては、大阪で行われた女子大相撲トーナメントでの倉橋真奈美との栄光の名力士対決でのエキビジション対決以来の廻し姿、あれから四五年経ってるのにあの時以上に、体が仕上がってることに驚きを隠せない。紗理奈は股割から大きく四股を踏み、摺り足と一連の動作を繰り返すと、さっきまで高校生を相手に稽古をつけていた南条を指名し三番勝負をすることに・・・。樹里の表情が一気に引き締まる。
先月、樹里は紗理奈と三番稽古で十番手合わせし三番しか勝てなかったのだ。樹里にしてみればいくら初代絶対横綱と言え、一回り年が違う相手に完封なきまでにやられるとは想像もできなかった。ましてや、アマチュアの選手としてはそれなりに現役としてやり、優勝は無理でも表彰台は外さない力量はあっても、まったく歯が立たない程に・・・。
二人は誰に導かれるわけでもなく土俵にあがる。お互いの目は真剣モードそのもの、小百合にとっては、初代妙義山の相撲をまじかで見るのは、初めてだがその時点で何とも言えないオーラが漂う。
十番勝負の九番勝負が終わり、九勝九敗のイーブン。素人目にはいい勝負ということになるのだが、小百合からしたら紗理奈は遊んでいるのだ。それも毎番違う相撲でまるで樹里を試すように、そのことは、樹里自身が痛いほどに感じている。
「だいぶ玄人ぽっくなったね樹里」と紗理奈は上から目線
「妙義山さんまだ本気じゃないですよね、この九番」と若干息を切らしながらの樹里。
「次の一番、私の片りんを見せてあげるよ、樹里が勝てる可能性は絶対にないと思うけど」
「・・・・・」睨み返す樹里
(絶対って・・・・)小百合は紗理奈の力士としての一面を見ているようでさすがに怖くなる。それは、大阪でのエキビジションとは違う本気の紗理奈を見ているようで・・・。それは樹里も同じ、高校生相手との相撲とはまるで違っていた。
十番勝負の最後、紗理奈は樹里の勢いに押され気味、いくら元絶対横綱とは言えそれは、二十年近く前の話。絶えず劣勢状態の紗理奈はついに両足が俵にかかる。一気に攻勢をかける樹里だが、なかなか紗理奈を押し込めない。ついに、押し込まれていた紗理奈が樹里を押し戻し土俵中央に戻した。完璧な右四つの得意な体勢のはずの樹里が逆襲にあっていることに激しく動揺する。
紗理奈の得意は左四つだが、右の下手を引いた右四つ。紗理奈にとってもけして悪くはなかった。
樹里の息が荒れる、激しく津波のように波打つ、胸部と腹部、それは、体力以上に精神状態が限界なのだ。そんな樹里がふーっと大きく息を吐いた瞬間を紗理奈は見逃さず、さっと下手を離すと胸に手をおもいっきりあてに行く、一瞬ひるんだ樹里を紗理奈が見逃すはずがなく、すぱっと廻しを切られてしまった。
樹里の息が荒れるのに対して、紗理奈は平常心そのもの、恐ろしほどに・・・・。ここから一気に勝負をかけられるようなものだが、さすがの紗理奈も疲れが見えてきた。
(鬼の妙義山の恐ろしさ・・・・。限界のように見えるがここからの相撲が本気の鬼の相撲!)
横綱【百合の花】の体が熱くなるどころか寒くなるほどの恐ろしさを感じていた。そして、勝負の行方は、もう見えていた。少なくとも小百合、いや、百合の花には・・・。




