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女力士への道  作者: hidekazu
女力士への道 ②

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266/324

全国実業団相撲選手権 ②

---------市川 小田代ヶ原部屋-------


元横綱【百合の花】が引退後、所属していた天津山部屋で指導したのち小田代ヶ原を設立。それと同時に元大関の【伊吹桜】が引退し主任として、部屋を動かしていくことに、百合の花にして見れば、自分の部屋をと云うのがあったが、話はまるで線路が敷かれているかごとくすんなりと、そして、参謀役でもないが伊吹桜が加わったことは、部屋の運営においてこれ以上ない人材である。


 そして、金銭面においては、元絶対横綱【葉月山】の後援者が、こぞって支援者として名を連ねてくれた。おそらく口には出さないが葉月さんが口添えをしてくれたと・・・。その人達は支援者であってけして「タニマチ」ではないのだ。部屋の開設にあたっても、全額銀行から借金をした。葉月山はタニマチを持たなかった。あくまでも、広く薄く・・・・。女子大相撲の支援者・ファンを広げるにはそれが最良だと・・・。その生き方を元百合の花は踏襲しているのだ。けして、資金集めは楽ではないが、それによって自分の理想の相撲部屋の運営ができる。小田代ヶ原部屋の親方としてはそれが一番大事なのだ。


 総勢12名のこじんまりとした相撲部屋。幕内は前頭七枚目の【天津風】の一人だけ、天津山部屋は百合の花で持っていたようなものだった。また、元大関の【伊吹桜】は、幕下・十両一人ずつを拭き連れてきた。【伊吹桜】の所属していた北浜部屋から大量に引き連れ移籍させるのではと言う噂話もあったが、そこは仁義を守りつつ、特に可愛がっていた二人を移籍させた。木場にある天津山部屋の建物は賃貸物件として、ちゃんこ料理屋に貸し、百合の花は市川に理想の部屋を、それは、師と仰ぐ【葉月山】の意思を継ぐかのように・・・。


 朝7時から10時過ぎまでみっちり稽古を積む、そこには妥協はない、そして、特徴として、高校・大学の女子相撲部からの出稽古を積極的に受け入れる。「新弟子の青田買いだろう」という陰口を言う相撲関係者もいるが、そんな安っぽい考えなんかこれぽっちもない。学生達との稽古は、部屋の力士達の刺激にもなるが、指導者にとっても、トレーニングの考え方などでお互い勉強になる部分が多々あるのだ。


 ファンクラブ的形態を取り、そこは、伊吹桜が積極的に動き、協会や西経OGなどの人脈を活用しながら、相撲部屋の形を模索している。


 金曜日の午前10時、二面ある土俵を使い、親方と伊吹桜が弟子達相手にぶつかり稽古の受け手をして最後の仕上げをする。二人とも廻しを締め土俵に立つ姿は、まだまだ力士をやれるのではと彷彿させる。伊吹桜に至っては、横綱もいけるとファンも関係者も期待をかけていたのにも係わらず、百合の花が部屋を持つことがわかるとあっさり引退し百合の花の元に、百合の花の心中としては、複雑で引退を押しとどめようとしたが、お互い一度決めたことは撤回しない頑固さは筋金入り。そんな親方と伊吹桜を相手に稽古ができる弟子たちは幸せなのだ。


「お疲れ様です、相変わらず左四つになったら強いですね」と伊吹桜


「腰の調子がよくてね。それに、うちには、天津風や他の十両力士とまともな稽古相手がいないからな、だから私達が稽古つけてやらないと、正直辛いけどな」と小田代ヶ原親方


「辛い?よく云いますよ。楽しくてしょうがないんじゃないんですか?まぁ、個人的な話をすれば現役時代は、横綱に勝ち越してますけどね」とさらっと言い放つ伊吹桜。


「・・・・」その件に関してはぐうの音も出ない親方。技巧派の伊吹桜に苦戦していたのは事実。得意の左四つを封じ込まれてもそこは横綱、力ずくで勝ちに行っていたが、【葉月山】引退後は、メンタルと体調面で、元来の負けん気の強さも陰ってしまった。そんな中での、葉月山の自宅購入は、百合の花の相撲に対しての生き方に改めて火をつけた同時に、指導者として相撲道に生きる道を、そして良き相棒?である伊吹桜が自分を慕って部屋に来てくれたことは、感謝以外の何ものでもない。ただ軽妙とも云える口の悪さは相変わらずではあるが・・・・。


「じゃ、汗流したら青森に行くから悪いんだけど部屋の方をお願い。日曜日の夜には帰るから」


「青森連泊ですか?」


「もし、条件が合えば北海道に行こうかと」


「北海道?って映見に会いに?」


「大会の前に、やっぱり映見の覚悟というか聞いときたいし、本当に医師の道を中断してまで来たいのか?やっぱり本人の口から聞かないと」


「わかりました」


「じゃ、このまま家帰ってから行くから」


「分かりました。けど、廻し締めたままのそのまんまの姿で帰られんですか?」


「時間ないんだからしょうがないじゃない、何か文句ある?」


「浴衣ぐらいしたらどうですか?」


「あぁ・・・そうね」


「若手の幕下でもそれぐらい常識ですよ、乳首が汗で見えてますし」


「あっ、あ・・・わかってるわよ、うるさいな全く」と浴衣を羽織り顔を真っ赤にし慌てて部屋を出る親方である小百合


 部屋から自宅までは、歩いて二分。普段は相撲部屋で風呂に入りとなるのだが・・・。


 七月も下旬、気温は連日の30℃越え。


「こんにちは小田代ヶ原親方」と通りがかりの近所の方が挨拶する。


「暑いですね」と小百合


 葉月山が住んでいたせいもあるのだが、百合の花が現役当時から気軽に声をかけてくれるのだ。


 小百合は自宅の前に、横づけにされたアルピナグリーンのBMWアルピナD4 Sグランクーペが止まっている。自宅に入りリビングルームへ、そこには、大柄な女性がタブレットパソコンを膝の上に載せながら見ている。


「紗理奈さんすいません遅くなりまして、すぐ汗流してきますので」と小百合


「本当にあなたが稽古つけてるんだな」


「えぇまぁ・・・少なくと十両以上は、伊吹桜だけでは負担も大きいですし」


「そうか・・・」


「急いで、流してきますので」と小百合は浴室へ・・・。


 (私は自ら捨てたのだから・・・・)


 山下紗理奈。初代絶対横綱【妙義山】にとって、部屋を持たなかったことは唯一の汚点であることは、疑いのない事実。自分には、親方として力士を育てる事には向いていないと想い、協会全体としての面でのリーダーシップを取りここまで女子大相撲を発展させ、尚且つ、世界での潮流を作った自負はある。親方としての百合の花の汗だくの表情と浴衣姿に何か嫉妬している自分がいることに、虚しさを感じってしまう。力士引退後、部屋を持ち力士を育てるという大事な役割を放棄したことに・・・・。女子大相撲の世界から、一歩身を引き、葉山で夫である秀男と生活がメインに、紗理奈が住んでいた東京のマンションは、お互いの仕事場になっている。


 秀男は、平日はパティスリーの仕事、土日は高校で相撲指導のアドバイザーをしている、たいして紗理奈は、協会の仕事を辞めて以降は専業主婦に、なれるわけもなく、勿論、主婦業をはきっちとやっている。そんな時、美香から女子大相撲展の話を持ち掛けられ、企画立案に参加させてもらったりと、違う意味で、女子大相撲絡みの仕事をしたりしている。でもそれは、お遊び程度の話。引退した二人の絶対横綱は、部屋を持つことをしなかった。一人は、自分自身。そして、もう一人は葉月山こと椎名葉月。そんな椎名葉月が住んでいた自宅にライバルであった百合の花が住み、すぐそばに相撲部屋を持っている事は、百合の花の相撲道に対する意識と情熱の違いなのだ。妙義山も葉月山もその部分で逃げたのだ。生粋の勝負師は後継を育てられないのだ。


 紗理奈は、ソファーから立ちダイニングキッチンへ、そして、下にあるトレーニング場を見る。葉月山が一人黙々と端から端まで摺り足をしている幻想が目に浮かぶ。その後を追うように摺り足をする初代妙義山。葉月をスカウトに行った函館での一場面を思い浮かべる。それは遠い過去・・・。


「紗理奈さんすいませんお待たせしました」と小百合


「あぁ・・・・」


 二人は家を出て、紗理奈の運転するBMWアルピナD4 Sグランクーペで一路青森へ向かう。


 市川北から外環道に入り、三郷JCTから常磐道を一気に北上する。運転は紗理奈、黒のレイバンのサングラスが怖いぐらいにお似合いで、助手席には小百合が多少緊張気味に座っている。アルピナは利根川を渡り守谷SAを通過、制限速度プラスαで快調に飛ばす。


「部屋の方快調だな?」


「えっ、えぇなんとか、幕内は【天津風】の一人だけですから、なんとか十両の五人を幕内に上げたいのですがなかなか」


「まだ、できたばかりの部屋なんだから焦るな。小百合自身が廻し締めて稽古つけてるそれだけで部屋の雰囲気は全然違う。元横綱に稽古をつけてもらえる力士達には、これ以上の稽古はないし、小百合が親方としてやることをきっちりやっている、それだけで将来の部屋が見えてくる。焦る必要はない」


「ありがとうございます。正直、部屋を持つことは考えてはいなかったんですが、葉月さんが部屋のために用意していた土地もありましたし、天津風親方の方から部屋を継ぐ気はないかと・・・・そんなこんなで、一大決心をしましたが少なくとも今は正解だと想っています」


「そうか・・・凄いよな小百合は、美香が小百合の事を昔からかっていたのがわかるよ、アイツは百合の花のファンだったからな」


「美香さんとは、最近、講演会などお仕事する機会が多くて、現役時代は厳しいことしか言ってくれませんでしたけど」


「美香は、期待している奴には厳しいこと言うから、わかってたろう?」


「まぁ、なんとなくは」と小百合は苦笑気味に


「元百合の花の講演会は面白いらしいじゃないか?美香が言ってた」


「美香さんには、色々引退後に何かと声をかけて頂いて、おかげで親交の裾野も広がったというか、その意味では紗理奈さんにも」


「私は、何もしてないだろうまぁ何もできないけど」



 BMWアルピナD4 Sグランクーペは那珂ICを超えると車速をあげる。パワートレインは3.0リッター直6ターボ・ディーゼル+48Vマイルドハイブリッドの組み合わせ。どの回転域からでも瞬時に湧き出るトルク、滑らかな回転フィールと伸びの良さなど、ディーゼルらしからぬ特製だが、一番似合うのは、高速道路をハイペースで巡行するのにこれ以上の車はないと・・・。


「小百合」


「・・・・」


「寝ちゃったか・・・」


 朝早くからの稽古、それも自ら廻しを締め弟子達との真剣勝負。それが終われば、支援してくれる方々と付き合いや、スカウトのために全国を回る。寝る暇もないほどに・・・。それをやるべきだった。絶対横綱【妙義山】【葉月山】はしなかった。ただ、【葉月山】は、その準備をしていた。なのに!


 紗理奈はアクセルをゆっくり床まで踏みつける。「BMW ライブ・コックピット」と言われるデジタル式メーターパネルのスピードの針は150㎞を超える。荒れた路面に連続するトンネルがドライバーにプレシャーかける。そんなものにお構いなしの紗理奈。四輪駆動ゆえの安定性を持ちながらも、リア駆動のような挙動は夫である秀男のポルシェ911に通ずるものを感じる。


 助手席の小百合は完全に寝てしまっている。その姿をチラッと見た後に、ふと、表情が歪む。涙は流さずも・・・。

 

 



 

 

 


 


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