全国実業団相撲選手権 ①
-----東京 女子大相撲海王山部屋-----
二代目絶対横綱【妙義山】を筆頭に、20人の力士を要する海王山部屋。そんなとある7月の午前中、力士達は稽古に没頭する。そのなかに石川さくらの姿があった。年明け4月の春場所に入門予定の前段階でもないが、海王山部屋からの要請で出稽古に来ているのだ。【妙義山】は世界ツアー参戦中のため不在だが、他の幕内力士は相撲場に現れ稽古に邁進する。そして、その様子を仁王立ちで立ち見ているのは、今年から親方として主任をしていた長谷川璃子(元大関 藤の花)が受け継ぐことになったのだ。
石川さくらは、見学では訪れたことはあったが、本格的な稽古は初めてである。朝からの稽古は本気モード、アマチュアとはいえ女子相撲アマチュア女王の石川さくらに容赦はしない。幕下を相手にさくらの申し合い稽古が続く、幕下相手ならさくらの方が上で負けなしだが、そこは女子大相撲力士、目の色を変えてさくらに立ち向かってくる、幕下の三段目と言えプロ力士である彼女らにもプライドがある、いつも以上に気合が入る。その力士達の姿を見ながらほくそ笑む海王山親方。
(いいじゃない、さくらの入門はいい意味で刺激になる。部屋の活性化にこれほどの人材はいないわね、石川さくら!これがプロの洗礼の序章よ!)
息があがるさくらだが璃子はそのまま続行させる。まだ大学生であるさくらは、アマチュアであるのだからここまで追い詰める必要はないのだが、璃子に稽古をやめさせる気はさらさらない!さくらは、六月の世界選手権無差別級、個人無差別級・団体の二冠を達成したさくら、さらに、全日本女子相撲選手権無差別級・全日本女子学生相撲選手権無差別級・国体女子無差別級の計四タイトルを取っているのだ。
入門後は、幕下付け出し五枚目からのスタートになる。海王山部屋の入門は、【妙義山】が所属していることもそうだが、稲倉映見が女子大相撲に入門するかもしれないと云うのがもう一つの理由でもある。女子大相撲入門に若干の迷いもあったが、最終的には女子大相撲力士という選択を選び、海王山部屋入りを前提に動いているのだ。その一環での海王山部屋への出稽古、横綱【妙義山】がいない期間でのさくらへの誘いは璃子なりの考えもあった。
「世界選手権で二冠を獲っている者がその程度!」と璃子の檄が飛ぶ。
妙義山のいないことで、さくらの意識を集中させたかったと同時に、幕下の連中も妙義山を変に意識することもないだろうと言う思いもあり、あえて、海外ツアーで日本を留守にしている期間に呼んだのだ。
さすがに、さくらと言えどももう何十番相手をしたことか、髪は乱れ全身から汗が噴き出る、アマチュア相手に、ここまでする必要はないとは想えど、石川さくらの実力をどうのこうのより女子大相撲入りするという覚悟を璃子は試したかったのだ。
「はぁはぁはぁ・・・・はぁぁぁI」ともうさくらは限界であることは、誰が見てもわかるが、それでも璃子は続行させる。
「入門すれば、さくらはいきなり幕下付け出し五枚目なんだよ、そこから一気に十両狙える身分なんだよ!三段目と何十番取ったからって、その程度で息があがってたら十両に上がるなんて無理ね!アドバンテージがあることに甘えるな!」と璃子の容赦ない言葉。さくらは、膝に手を乗せたまましばし動けない、そんなさくらの周りを囲み、稽古をしたくうずうずしている力士達。
(まだ、やるんですか?)とさくらは璃子に視線を送るが、その視線をさくらに跳ね返す。
「力士達があなたとやりたがってるわよ!止める?」
「・・・・」その問いに答える気力もない。
「どうするのよ?止めるのなら土俵から出なさいよ、いいのよ、時間ないんだから早くしてくれる」璃子の辛辣な言い方は、さくらを必要以上に刺激し追い詰める。
「・・・・はぁはぁはぁはぁぁぁ!!!」と奇声をあげ自ら両頬をおもいっきり叩き気合を入れると再度申し合いが始まる、三段目の力士達が一斉に手を挙げ、さくらに買ってもらい、また稽古が始まる。負けなしだったさくらも、ついに土俵に手を付いてしばらく立てないほどに疲弊してしまった。
「さくら、あっちの端で休んで、幕内力士の見取り稽古でもしな、あんたの休みの時間じゃないから勘違いするなよ!」と璃子
「はい!」とさくらは言うと、白壁を這うように、、十両・幕内力士達が使っているもう一つの土俵の端へ、足は生まれたての子馬のようにぷるぷる震えるほどになりながらもなんとか移動することができた。横綱【妙義山】の他に海王山部屋には三人の幕内力士がいる。関脇一人、前頭二人。その三人に十両を加えての申し合い稽古は、さくらが相手にした幕下力士とは次元が違う。さくらとて、女子プロアマ混合団体世界大会で海外のプロ力士戦う機会はあったし、それなりに、幕下相手に申し合いで何十番も負けなしであることを想えば、幕内力士相手にでもそこそこやれるのではないかと・・・・。
(・・・怖い)とさくらがふと思ってしまう程に、十両・幕内力士達の三番稽古は激しいのだ。パワー・スピード・重さからの圧力。
「さくら!ぶつかり稽古するか」と関脇【海龍】がさくらに声をかける。
「あっ、あ・・・はっ、はい・・・・」となんともおどおどした表情を見せてしまった。
関脇【海龍】33歳。高校卒業後、女子大相撲の世界へ、高校時代は個人・団体を含め優勝経験はないものの、日本代表として国際大会にも出場した経験もあり、そのことが璃子の目に止まり誘いを受けたことがきっかけで入門。その素質は入門後に開花し、一年で幕内に昇進したものの、大相撲力士と結婚し子供を授かり、その後も昇進できるかどうかという時に妊娠してしまい産休で場所を空けてしまう事の繰り返し、二人の子供を出産するもそのことが、大関・横綱に上がれない最大の理由と陰で言うファンもいるが、女子大相撲の力士や大多数のファンは、【女鉄人力士】として愛されているのだ。海王山部屋においては、女力士達の姉さん的存在であり、絶対横綱【妙義山】でさえも精神的に苦しい時など頼りにしてしまう存在なのだ。
「さくら、私が受け手になるからな、四股踏んで大きく息吸って吐いて気持ちをリセットして当たってこい」と海龍はさくらを精神的に落ち着かせようとしていた。
(親方はやり過ぎなんだよ全く。まぁ嫌われ役をするのも親方の仕事だとは想うけど、そこはさすがですね)
海王山部屋は長谷川璃子(元大関 藤の花)が主任になってから成績が上がったのだ。主任として、全国をスカウト回りして初めて入門させたのは、【海龍】だったのだ。海龍自身は、女子大相撲に行きたい気持ちはあったものの踏み切れなかったし、これといったスカウトも来なかった。そんななか唯一来たのが璃子だったのだ。璃子は、けして、良いことは言わず、滔々と女子大相撲の厳しさを聞かしそれでも来たければ来いと言う姿勢だった。そして、最後は三番勝負をさせられ10番やって0勝10敗。あたり前の結果だが、そのことは、逆に【海龍】の気持ちに火をつけた。そんなことで、璃子ともに海王山部屋をある意味で支えてきた。精神的支柱として海龍の存在は大きいのだ。
「少しは落ち着いたかい?」
「あっ、はい」
「じゃ、とその前に、廻し締直すか」というと海龍はさくらの後ろに廻り絞め直す。
「申し合い、厳しく師匠にやらされていたな、アマチュア女王とはいえあれだけやるとは思わなかったけどさすがだな」
「あぁ。まさか、いきなりこんなことになるとは」とさくらは苦笑気味に
「まぁそれだけ、期待されてるってことだよ。でも、いい体してるなほとんどのタイトルを取っているのも当然か」
「でも、稲倉先輩には及びませんでしたけど」
「稲倉?あぁ稲倉映見さんか・・・そう言えば女子大相撲目指すってな」
「えっ、えぇ・・・」
「楽しみだろう?もし、入門したら新旧アマチュア女王対決か楽しみだな」
「あっ、はい!」と一気に顔がほころぶさくら
「分かり易いな」と海龍はさくらの頭を撫でる。
「正直言うと、女子大相撲入門を迷っていたんです。でも、稲倉先輩が女子大相撲入門を目指すと聞いた時、私が行かなかったら絶対後悔するって・・・だから」
「彼女とて、全国実業団選手権での優勝しか入門できる条件がないんだからな、それも、今年逃せば終わりだけど」
「稲倉先輩でも厳しいかもしれませんけど先輩が女子大相撲に挑戦する以上、私も行かなければと・・・」
「稲倉さん失敗したら、入門しないとか?」
「それはないです。もう就職の活動もしてないですし、内々定の話も丁重にお断りしてしまいましたし」
「そうか・・・もう決断したってことだな」
「はい!もう、女子大相撲の世界で生きるって決めたので」
「わかった。さくらがそう決断したなら」
「よろしくお願いします、海龍関」とさくらは背を向けながら
「あっぁ・・・こちらこそよろしくねっ!」とおもいっきり両手で背中を叩く海龍
「いっ、いきなりなんなんですか!」
「手形のサインを多分い感じに、色づいてるかと・・・」と海龍の口元が緩む
「もう勘弁してください!」とさくら
海龍は、さくらの廻しを締め直し最後に後ろに結び目を作り最後に廻しの端を差し込み完了。
「よし、できた」
「ありがとうございます、海龍関」と振り向き一礼するさくら。関脇海龍の両脇には前頭が二人。
「女子大相撲の世界はアマチュアの世界とは色々な意味で違うと想うだろうけど、さくらは横綱が認めたアマチュア選手だ。絶対横綱【妙義山】が認めた。だからと言ってさくらを特別扱いはしない!」
「もちろんです」
「部屋の相撲場の中ではライバルだからな!でも、本割では戦う同士だから、当然、てっぺんを目指すだろうけど、私達も目指している。その意味ではライバルだから、覚悟はしといて!」
「そのつもりです!もう、後戻りはできないですから!」
「わかったわ。それだけ聞ければ十分よ、じゃ、やるわよ!土俵空けて、さくらをちょっと可愛がってやるから」と土俵で申し合いをしていた十両力士達を土俵から出す。海龍が受け手の構えに、さくらも土俵にあがる。
「はぁい。さくら当たってきな!」と海龍
「はい!」とさくらは廻しを叩き気合を入れ海龍にぶつかっていく。
さくらは、海龍をハズ押しで土俵を割るまで押し込む。土表際の勝負を鍛える稽古がぶつかり稽古であり、かなりきつい稽古でもある。さくらが海龍を押しこみ土俵を割らせられたのは最初の三番だけ、それ以降は海龍が土俵際で押し返し、さくらが押し返せず突き落とされ転がされる連続、さくらの体は土の衣でもつけているように・・・。息が上がるさくら、幕下相手に申し合いを意識が飛ぶまでやらされ、僅かなインターバルでの、格上の関脇海龍とのぶつかり稽古は、見方によっては、苛めに近いものがあると見えるかもしれないが、それに耐える気持ちがあるかないかを海龍は肌で感じたかったのだ。
高校出の海龍にとって、さくらのようなプリセンスのようなアマチュア選手には、どこか、対抗心のようなものを抱いた時期もあったし、潰したこともあった。もちろん今はそんな気はないにせよ、やはり女子大相撲で生きていくのは厳しい、まして、さくらのように多くのタイトルを引っ提げて入門してくる選手なら、他の部屋の力士は羨望のまなざしと同時に尋常なる勝負で挑んでくる。そこで挫折し、期待された力士が幕内に上がれず消えていったのを何度も見ている。
海龍とさくらのぶつかり稽古はもう何番したかわからないぐらいに、もう、さくらに海龍を押しこむ力はまったくないにもかかわらず、それでも立ち上がってくるさくら、そんな稽古に意味はないのだが、海龍は、そんなさくらの気迫に気持ちが押し込まれていた。
「さくら、ここで終わりだ」
「まだいけます!」
「終わりなんだよ!」
「・・・・」
「蓮花。さくらを風呂に案内しろ」
「えっ、でも・・・でしたら関脇も一緒に体を流して」
「私は、このあと下のものに稽古つけるから、蓮花も案内したらすぐに戻ってこい」
「でも、それでは・・・」と前頭の蓮花はつい海龍に・・・
「格下のお前が私に意見するのか」と低い声で蓮花を威圧する。
「すいませんでした。さくら案内するから」と海龍に頭を下げさくらを風呂場に案内しようとしたが
「関脇、私が一番風呂に入るわけには・・・」
「さくら、横綱が居ない時は、私がここでは絶対なんだ。さくらは一番稽古に邁進していた。だからお前が一番に汗を流せ、アマチュアに力士と同じような事をさせたんだからあたりまえだ。ゆっくり入ってこい」
「わかりました。それでは、先に入らせてもらいます」と一礼するさくら
「あぁ・・・」
さくらは、蓮花に連れられ相撲場を出て行く。海龍はちらっと師匠の璃子を見る。一瞬目が合ったものの、璃子はすぐに海龍の視線からそらし、幕下力士の稽古に視線を・・・。海龍は、十両力士相手に申し合いを始める。
(海龍、あんたは、私の一番弟子。私にとってあんたは、海王山部屋の影の横綱だから!面倒見が良すぎるんだよあんたはもう・・・)と璃子は海龍に感謝の気持ちでいっぱいなのだ。もちろん口には絶対出さないが・・・。




