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女力士への道  作者: hidekazu
女力士への道 ②

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262/324

土俵に落ちる涙 ⑧

------道立苫小牧北高校 女子相撲部 相撲場------


 時刻は午後7時20分。相撲場には、椎名葉月と中学の同級生で同高校の数学教師木原美知佳の二人だけ、 お互い顔を見合わせる。睨むわけでもなく、笑みを浮かべるでもなく、ただ。ただ・・・・。


「寝る時間なくなるから帰るわ」と葉月


「稲倉さんと会うのは嫌だか?」と美知佳


「映見と会わせてどうしろと?」


「どうしろって、ひさしぶりに会う機会を作ってあげたことに、感謝の一言があってもいい気がするけど?」


「意図は何?」


「意図?何言ってるの葉月、ちょとおかしくない?」


「十和田富士さんに何か云われた?」


「・・・・」


 美知佳は、葉月のあまりの感の良さに舌を巻いた。柴原総合病院相撲部の監督から、稲倉映見と椎名葉月を会わせてほしいと言われたのだ。その時は、深くは考えなかった。女子プロアマ混合団体世界大会での、選手と監督の再会をぐらいにしか思っていなかった。稲倉映見の女子大相撲入門の話は、女子大相撲ファン及び関係者には、公然の話であり特段驚くような事でもない。そんなかでありながら、稲倉映見が女子相撲部にある青森ではなく、苫小牧勤務になったことの何故?はあった。


「青森では、なかなか稽古の番数なり集中できないところがあるから、美知佳さんのところの高校で稽古相手として使ってくれない?勝手なお願いで申し訳ないんだけど」と監督から連絡を受けたのは二月のこと。そして・・・。


「美知佳さん。椎名葉月が北海道に帰ってから会うことはあるの?」


「葉月ですか?いえ、中河部牧場に嫁いだのは知っていますが、中学生の時の相撲選手での関係ぐらいで、それでも、女子大相撲で人生を全うするのかと想ったのにどうしたんだろうとは想いましたけど?」


「女子大相撲からすると裏切り者見たいになっちゃったけどね、でも彼女にとっては最良の選択だと想うけどね、ただ、私には無理矢理、相撲から遠ざけようとしてるのがね・・・、その意味では私も同じだったんだけどね、まさか、女子相撲部の監督なんかやるとは思わなかったけど」


「葉月と稲倉映見さんを会わすだけでいいんですか?」


「えぇ、それで十分よ。稲倉には美知佳さんのところで稽古させる、勝手なお願いで申し訳ないないけど」


「とんでもないです。稲倉さんに稽古をつけさして貰えるなんてあり得ない話ですから」


「週何回かって感じになるだろうけどよろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします。それと葉月なんですが、稲倉映見に会わせる意図って、女子大相撲のことで?」


「そうね、二人を合わせれば当然その話になるでしょうけど?」


「わかりました。ただ、少し時間をいただけますか?中学卒業以降、ほとんど会っていませんし葉月が相撲のことをどう思っているのかもわかりませんし、その前に、私と会ってくれるかも疑問なんで」


「今度の実業団全国大会は、九月に札幌で行われる。その前に会わせたいの遅くても六月ぐらいには、会わして、あわよくば稽古させたい、映見を葉月相手に」


「稽古ですか?」


「とにかく、映見と葉月を会わしてほしいの、その後の事は、成り行きでしょうがないから、それじゃ私の要望ばっかりで申し訳ないけど、それと、夏休みは部員全員連れて青森に合宿しに来なさい。今年は十和田の相撲大会に、あなたのところも出るんだから、一週間ぐらい」


「いや、有り難いんですが色々・・・」


「遠征費用は、うちが少し補助するわ本当は全額と言いたいところだけど」と美紀(十和田富士)


「でも・・・」


「稲倉映見のことでとか余計な詮索はしないで、これから、あなたのところの相撲部が十和田の相撲大会に常連で出れるようになれば、毎年使えばいいわ。でもたいしたものね、短期間で全国大会に出てくるあたり、指導者の賜物よね」


「病院に短期入院で来てらしゃる女子大相撲の力士の方実業団の選手の方とか見学を兼ねて来て頂いたりして、私も部員達も勉強になります」


「苫小牧北高はもっと強くなるわよ、レベルの高い現役の力士やアマチュア選手と肌を合わせば、何も言わなくても、得るものはある。それにしても稲倉映見は研修医としての大事な時間を捨ててまで女子大相撲に賭ける彼女の生き方は、正直理解できないところもあるんだけど、私は彼女に何か初代【妙義山】の雰囲気を感じるのよ、自分が努力で勝ち取った成功への道をあっさり捨ててまで女子大相撲の世界に行きたいのかと・・・」


「美紀さん・・・・」


「葉月が相撲界に残らず、競走馬の世界に入った。いや、正確には子供の頃に想っていた夢を実現できたというのが正しいかも知れないが、それでも彼女の胸の内と云うか、もう少し素直になれないもんかね?」


「なにか?」


「先月、青森の県立美術館で「新たなる文化 女子大相撲展」と言うのがあってね、元女子大相撲横綱の三神櫻さんと元理事長だった山下紗理奈監修の展覧会があってね、歴史が浅い女子大相撲だから男子大相撲並みと言うのには無理があったけど、いい展覧会だったんだけど、そこに椎名葉月が来ていたらしいんだよ」


「葉月が?」


「平日の午後に一人で来て、自分自身である絶対横綱【葉月山】のコーナーをじっと見ていたらしい、私は一応毎日顔出しはしてるんだけど、偶々講演会で仙台に行っていてね、展覧会の関係者も最初は人違いだと思ったらしいけど、うちの相撲部の部員が夕方青森空港で見たって言ってたから間違えないと想うけどなんかねぇ」


「辞めたことに、後悔?」


「悔恨の情がこみ上げてきたってところかね今更ながら」


「悔恨の情・・・・」


「別に、相撲界から去ったからって相撲自体を毛嫌いすることもないだろう?こそこそ女相撲の展覧会に青森まで来るならなんで私に一声かけてくれない!そのことが無性に腹がたつんだよ!まぁ葉月の気持ちもわからんではないが・・・」


「わかりました。葉月と接触してみます」


「悪いね、変な事お願いして」


「いいえ、私も葉月とは中学生の時、相撲で切磋琢磨した仲ですから無下な態度をされることはないとは思うので」


「悪いね、それじゃ」


------道立苫小牧北高校 女子相撲部 相撲場------


 相撲場にはもう二人しかいない。相撲場の二重窓は僅かに開いており、そこから湿気を纏った外気が入ってくる。さっきまでの、若き女子高生部員達のは熱気を相撲場から吐き出し、まるで外気循環でもするかのように入れ替わる。ひんやりとした僅かに湿った空気は何処か重い。美知佳は葉月に視線を合わそうとするも、葉月は視線を逸らす。どこか寂しげであり何かに自信がないように、元絶対横綱【葉月山】の雰囲気は、どこにもなく、まるでどこかに捨ててきたように、さっきまであんなに心底楽しく部員達と相撲をしていたのが嘘のように・・・。


「私は、もう相撲界に戻る気はないし、ましてや、女子大相撲を目指す映見に私を会わせてアドバイスできるものは何もないわ。いま私は競走馬の世界で生きているのよ、稲倉映見は素直に、医師の世界で生きて、アマチュア選手として趣味で相撲をやればいいのよ」


「さっきまで、楽しくも真摯にうちの部員に稽古をつけていたくせして何か相撲を否定する云い方ね?」


「別に否定はしてないわ!相撲に青春を燃やすことに否定なんかするわけない、私だって高校の時は彼女達のように相撲に青春を燃やしてた。でもその先の人生プランを考えた時に、私には相撲はなかったのに・・・・映見は違う!彼女は医師の卵で大事な研修医としての時間を放棄してまで女子大相撲に行くのは、大事な時間を」


「彼女、女子大相撲は五年で終止符を打つって言っているわ。それ以上はできないって!五年もあれば、最後は横綱で締めくくることができるんじゃない?まぁそんなうまくいくとは思わないけど・・・彼女なりに先の事を考えての女子大相撲入りの話、もちろん、実業団で優勝できなければ、そこで完全に終わる。どうあがこうともう女子大相撲には行けない!いいじゃないそれで、あなたがとやかく言う話ではない!そうは想うけど、正直、あなたがうちの相撲部に来るとは思わなかった。ましてや、稽古用の雲斎木綿うんざいもめんの白い廻しを持参してくるなんておもわなかったしそれをして稽古を部員に稽古をつけてくれる何って、驚き以外の何ものでもなかった」


「それは・・・」


「未だ木鶏たりえず」


「・・・・・」


 木鶏とは中国の古典『荘子』に出てくる故事で、木でできた鶏のようにどんな挑発にも超然と構える最強の闘鶏。第35代横綱 双葉山定次は69連勝という記録を打ち立てが70連勝はならなかった。


 連勝が途切れたその日、双葉山が陽明学者・哲学者・思想家などの安岡 正篤宛に送った電報がこの言葉。「イマダモッケイタリエズ」


  木で作った鶏のように無心の境地に至れなかった自分を戒め、さらなる精進を誓ったという。


「現役時代のあなたは、木鶏だった。孤高なまでに相撲道と向き合い、己の限界に挑み続けた!入門前のあなたは悩み、傷つき、絶望でしかないあなたは、中河部に嫁ぐことを拒否してまで女子大相撲に人生を賭けた!その選択をしたのはあなただから!そんな絶対横綱【葉月山】の今は、「チキンハート」そのもの!帰っていいわよ、そんなあなたを映見さんに会わすわけにはいかないから!」


 美知佳は葉月を挑発するように、でもそれは本心なのだ。田舎の町立中学校から、函館の女子進学校へ、美知佳にとって葉月はすべてにかけ離れた存在、唯一上だと思った相撲も足元にも及ばず・・・。そんな美知佳にとって、葉月が女子大相撲に入ったことは驚きであった。その内情は聞き漏れつつ、美知佳の耳に入る。椎名牧場の中河部への譲渡が葉月の人生を根底から変えてしまった。その後、両親が余命いくばくもない弟を道連れに旅立った。そんな状況かであっても、土俵にあがり何事もなかったかのように場所を通した。


 葉月は、美知佳を睨みつける


「何?その顔は」葉月の視線を跳ね返すかのように睨み返す。


(悔恨の情・・・・)美紀(元十和田富士)監督が言った一言には、異論もある。葉月が相撲界から去ったことは間違った選択だったみたいな云い方は何か違う。

 

>「平日の午後に一人で来て、自分自身である絶対横綱【葉月山】のコーナーをじっと見ていたらしい、私は一応毎日顔出しはしてるんだけど、偶々講演会で仙台に行っていてね、展覧会の関係者も最初は人違いだと思ったらしいけど、うちの相撲部の部員が夕方青森空港で見たって言ってたから間違えないと想うけどなんかねぇ」


(今の葉月がいるのは、相撲に出会い女子大相撲の頂点【絶対横綱】まで上り詰めた!それを、すべて捨てるなんてできない!入門の経緯がどうであれ、それを断ち切る意味がどこにある!) 


「美知佳、今日は帰るよ、あなたの云う通りだよ。映見に会ったところで、何かしらの助言とか励ましの言葉とか掛けられる気がしない。もう少し、今の自分の在り方と云うか・・・映見とは改めて会う時間作るから云っといてよ」


「葉月・・・」


「それじゃあまたねぇー」と多少おどける表情を見せ、出入り口へ。


 鉄扉のノブに手をかけようとした時、ドアが開く。


(映見・・・)


 


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