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女力士への道  作者: hidekazu
女力士への道 ②

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257/324

土俵に落ちる涙 ③

「春日町三丁目交差点を右方向です」と、葉月の運転するカーナビが音声案内をする。ランクル70は交差点で赤信号で停止。日高から苫小牧まで約50分、まぁまぁな距離ではある。交差点を右に曲がると左手に真新しい病院が・・・。


(柴咲スポーツクリニック・・・柴咲?)


葉月は、ふと、稲倉映見が研修医としては働いている青森の柴咲総合病院が浮かんだが深くは考えなかった。そもそも、青森の柴咲総合病院が浮かぶこと自体がいまだに、稲倉映見にと云うより、いまだに女子大相撲に関して意識があるのだ。ただ・・・


-------孝之・葉月夫妻、夜の寝室------


ベッドが二つと子供用ベットが一つ、二人の子供である長男の孝平はすでにベットで深い眠りに、中河部牧場の跡取りと言うのは早計だが・・・・。

 

 繁殖牝馬繋養頭数150頭、年間生産頭数120頭、トレーニング馬房数130馬房ともはや、この地域においては、トップクラスの競走馬牧場になった。ビジネス的には、日本はおろか海外との取引も顕著にになり、葉月が子供の頃のどこか家族的な椎名牧場や中河部牧場イメージからは程遠い世界。従業員は120名を超えいまや屈指の牧場になったのだ。


「来週の火曜日なんだけど、午後、ちょっと出かけて来ていいかな?」


「予定がなければ構わないけど」


「美知佳の勤めてる高校に、ちょっと・・・」


「ちょっとって?」


葉月は、女子相撲部の件を実直に話した。相撲部の指導とかそこまでのことは、するつもりもないし、ましてや、今の自分にそんな時間的な余裕もないし、あくまでも見学の一環であることは話した。


「相撲か・・・」


 孝之から出た無意識の言葉。その言葉に特段意味を持ったものではなかったが・・・。


「女子相撲部で指導とかそんなつもりはないから、誤解はしないで」


「誤解?」


「ただ、見学に行くだけだから、つい、美知佳に言われて」


葉月自身、なんで「誤解」などと云ったのか?それは、自分の中に相撲に係わることに何かを意識しているのだ。そのことに意識過剰になって自分が


「それは、なんの言い訳?」


「言い訳?」


「葉月には、感謝してるんだ。本当に中河部牧場に来てくれるのか?俺と結婚してくれるのか?正直、半信半疑だった」


「何を今更。あなたと結婚して、こうして孝平も生まれて、私だってこの世界で生きていけてることは、感謝でしかないのよ、ビジネスの世界だから順風満帆であるにないにせよ、少なくとも私が高校の時に描えていたことは実現できてる。相撲に戻るようなことはないし、戻れる場所もない。そこは信用して!」


 葉月自身、つい強い口調になってしまった事に驚くと同時に、孝之の相撲と言う言葉になぜにここまで反応してしまったのか?


 孝之は、その過敏なまでの反応に一瞬驚きを隠せなかった。確かに無意識に出た「相撲か・・・」と言う言葉は、どこか葉月に対して相撲に想いを募らせているのではないかと言う危惧があるのだ。ある日、ふとポストから郵便物を取りだした葉月宛の洋封筒に気づく、差出人は稲倉映見。その時は、特段気にはならなかったので、そのまま何気にダイニングテーブルに他の郵便物と一緒に置き馬房へ、それから数日後、その名前を意外な形で知ることになる。


 馬の出産ラッシュを終えたある日、孝之は新千歳空港から10K程はなれた生産・育成牧場「作島ファーム」を訪れていた。作島ファームは、孝之にとって一つの理想とする競走馬育成牧場なのである。代表の作島貞治は獣医師を目指し将来は牧場を継ぐことを決めていたのにも拘らず、父である千也に獣医師になる事に大反対を受ける。


「おまえが、この牧場を継ぐのなら学ぶべき事は、獣医師の勉強ではなく、世間一般の教養だ!そしてビジネス学、競走馬育成で必要なことはそう言うことなんだよ!お前が学ぶべきことは、競走馬以外の事に触れる事、違う世界を覗いてこい!」


大学は、政治経済学部を卒業。その後、大手都市銀から米国の投資顧問会社へ、日本に帰国後は他の牧場に経営部門で働き、作島ファームに戻り、クラブ馬主法人の設立など、経営面で牧場を支えることになる。、創業以来の考え方である少数精鋭主義、1頭1頭に目が届く生産・育成、生産した馬は、必ず勝たせるがモットーである。


 そんな、貞治氏とは父からの関係だが、その息子である孝之には一目置いているし、昨今の中河部牧場の躍進は目を見張るものがあり、その意味で父より息子との付き合いも親密になっていたのだ。


 二人は、作島ファームのリビングルームで、紅茶と濃厚なレアチーズケーキを食べながら、競馬を含めた駄話に花を咲かす。そんな中で話は、孝之の妻である葉月に話題に・・・。


「葉月さんとのいや葉月山と言いたくなっちうけど、凄い嫁さんもらったよな改めて」と貞治


「さすが、椎名牧場の娘です。相撲など行かずこの世界に入っていたらもっと違う世界で活躍できたのに・・・でも、彼女には色々な面で助けられてます、特に、馬主や競馬関係者との付き合いは彼女の方が上手いし、海外との付き合い方も私より全然、そのうえ最近は、種付けの詳細なことまでダメ出しされて、従業員なんか、私を格下と見てますから」と孝之


「そうかもな・・・でも、よく相撲界やめてこの世界に来たと想うよ、今、女子相撲はワールドワイドだからな、日本より海外の方がもっとだけど、それに刺激されたか家の孫が女子大相撲に行くつもりでいるらしいんだよ」


「お孫さんが?」


「まぁ、それなりに強くてね、俺はあまり詳しくないんだけど、大学女子横綱だった稲倉映見といい勝負をしていたって言うのが自信になってるらしいんだよ勝ってないくせして、いい勝負をしてたって話でさぁ・・・」


「稲倉映見・・・・」


「奥さん。相撲の事とか話すんだろう?」


「いえ、ほとんどしゃべりません。葉月が意識しているのかも知れませんが、だから私も両親もこっちから話すこともないですし・・・」


「大丈夫か?」


「大丈夫って?」


「いや、全く話さないって言うのも不自然な気はするけどね、あの椎名牧場の娘さんだから、素地となるものは持っているし、色々馬主や競馬関係者の間でも評判がいい。それは、海外のホースマン達も同じ。ただ。もう女子相撲界から縁を切りましたからって言う話でもないだろう?」


「葉月とは、何回か会ってますよね?」


「あぁ家の牧場でも会ってるし、東京と阪神で出会ったか、あぁ昨年の札幌記念の時は結構長話もしたけど」


「何の話を?」


「何の話って、馬の話だよ、血統の話はなかなか面白かったと云うか椎名牧場の娘は本物だわって」


「作島さん」


「あーぁ」


「葉月は、今の中河部牧場にとって欠かせない、ビジネスパートナーとして、勿論、妻として・・・」


「妻のことを信じられないか?」


「いえ・・・・」


「じゃそれでいいじゃないか、何を疑心暗鬼になってる・・・葉月さん言ってたぞ」


「・・・・」


「サマーリーフがあんな高齢でも元気なのは中河部牧場が椎名牧場の血を大事にしていてくれる証拠だって、葉月さん言ってたよ。あれだけ、女子大相撲と言う色眼鏡で見られた世界をワールドワイドにしたにのは彼女なんだから、その世界を去ったことに少なからず哀愁漂う雰囲気を出すことだってあるだろうが、それを口に出さないことは、今の彼女にとってある意味の過渡期じゃないかねぇ?その意味じゃ中学や高校で指導するぐらいさせたらどうだ?勿論本来の競走馬の仕事を犠牲にしてまでするのは、本末転倒だけど、息抜きぐらいはさせてやったらどうだ?勿論、そんな話があったらの話だけど・・・」


「そんなこと相撲の世界に残らなかったことに、未練が増幅するだけじゃ」


「おまえ、本当にそう思っているのか?」


「えっ・・・」


「おまえにそんな気持ちが少しでもあったら、彼女は感じとるぞ!馬の過敏な反応に人間が呼応しない。扱う人間が同じように過敏に反応してしまっては、さらに馬の恐怖を増幅させるだけだ!それと同じだよ。もう彼女に相撲に戻る気なんかあるはずがない、ただ、葉月さんが絶対横綱として、日本の女子大相撲、ひいては世界の女子相撲を牽引してきたのは事実、そんなのどんなに本人が断ち切ろうたって無理に決まってんだろうが、葉月さんはもう少し自然体で生きないと、女子大相撲とは言わずアマチュア相撲でも見に行ったら?」


「( ゜Д゜)ハァ?」


「まぁ、葉月さんは嫌がるだろうけどそれでいいんだよ、息抜きさせろ!競争馬の世界は勝負の世界!女子大相撲の世界も同じだったろうけど、今のままだったら遅かれ早かれ潰れるぞ彼女」


「・・・・・」


-------孝之・葉月夫妻、夜の寝室------


「楽しんで来いよ、学生に戻ったつもりで」


「えっ?」


 葉月は孝之からそんな言葉が出るとは思いもしなかった。「相撲か・・・」と言う孝之の言葉に過敏なまでに反応してしまった葉月、今まで相撲に関係することがらは無意識にお互い避けてきた。相撲の話をしたからどうなる訳ではないのに・・・。


「女子相撲の世界で生きてきた葉月が、女子大相撲の世界から去ったからって相撲との関わりを断つ必要はないし、逆にそれは自分を追い込んでるんじゃないか?」


「どうしたのよ、急に、いままでそんなこと・・・」


「この前、作島ファームの代表に会ってきて」


「作島さんに・・・」


 孝之は、その話の内容を詳細に話す。


「あの人らしいと云うか・・・葉月には一目置いているから」


「作島さんは、ホースマンとして尊敬する一人、私なんか気軽に話していただける方じゃないのに」


「葉月、自分で作った枠に嵌めることないから、自分の思った生き方しろよ、もっと自分に緩く生きろよ、椎名牧場の頃のお女王様は、お転婆でありながら実は繊細な面を持ち合わせ、そんな葉月は、俺には高嶺の花だった」


「どうしたのよ?」葉月の困惑した表情


「ちょっと、馬房見てくる」


「はぁ~?ちょっと・・・」


 孝之は、スタッフジャンパーを着ると寝室を出て行った。息子の孝平は掛け布団をはいでベットの上で大の字に手を広げどことなく笑顔で夢の中という感じである。


(孝之に見透かされてる・・・何かも・・・)


 高三になって函館から日高に帰ったあのゴールデンウイーク。孝之からの純真なプロポーズをまともに聞く耳も持たなかった。悔しかった。牧場を譲り渡し、葉月自身が中河部牧場に嫁ぐなど、自分のプライドが許さなかった。その答えが女子大相撲入門。椎名葉月は葉月山として、絶対横綱として君臨し金・地位・名誉によって得た物質的幸せは、葉月山の心は満たせても椎名葉月の心は満たせなかった。


 女子大相撲界からの引退は、椎名葉月としては、必然だったのだ。そんな自分が今は中河部牧場に嫁いでいる事実。あれほどに、椎名牧場の娘と言うプライドが許さなかったのに・・・。今のこの生活は、葉月にとって、最良の生き方なのだ。でも、ふと、女子大相撲にいた頃のことが頭を過る。戻るつもりなど100%ない絶対に!そう想うほどに女子相撲に想いを馳せてしまう・・・。そんな時に届いた稲倉映見の手紙は、相撲界に残らなかった葉月山の心を揺さぶる。百合の花が葉月山の代わりに親方として小田代ヶ原部屋を持ち、条件さえクリアーできれば、稲倉映見は百合の花の元に行く。


(でもその前に、私が・・・・)


 最近、顕著に葉月の夢に出てくるワンシーンがある。それは、函館での初代妙義山の可愛がりの猛稽古!それは、椎名葉月が試させられた真の意味での可愛がり・・・。そのワンシーンは、いつの間にか葉月と映見に入れかわっているのだ。あの時の初代妙義山が葉月を試したように・・・。





 


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