さくらの決断 ⑥
朋美監督とさくらは、学校から少し離れた「麦とろ」で食事をすることに、創業当時から人気のちゃんこ鍋を二人で突っつきながら・・・・。
「久しぶりのさくらの相撲を生で見て、ちょっと色々と想いを馳せると云うか、過去・現在・そして未来、私にとって、さくら抜きに私はなかっただろうなぁって」
「どうしちゃったでんすか?そんなキャラでしたっけ?」
「キャラって・・・まぁね、明星女子相撲部もいつのまにか中部地区で女子相撲の強豪校になってさ、嬉しい反面、なんかさ・・・」
「高校の倉橋ジュニアとか言われてるじゃないですか?」
「何が倉橋ジュニアよ!あんたのところでしょうがジュニアは、どうなのよお宅の監督の評価は?」
「あぁ・・・真奈美監督以上に威圧感が凄いと云うか、妥協は許さないといった感じで、まぁ、そこは、西経OG且つ主将までした人ですから、私ごときが評価などおこがましいでございます」
「何がおこがましいよ!さくらの方がキャラ変わったんじゃないのボケキャラは何処に行った?」
「ボケキャラって、私だっていつまでもボケキャラってわけにはいかないんですよ!西経の主将として」
「うちの主将はどう思った?」
「真紀主将、強いですね危うく負けそうになってしまって、監督に中断して貰わなかった負けてました」
「真紀は責任感強すぎると云うか、強豪校になってしまった明星女子相撲部のプレシャーと云うか、私は、そんなこと一言もいってないんだけど外野がね色々と・・・高校の部活なんだからさぁ・・・」
「でも、中部地区で女子相撲をやっている中学生にとっては、明星は行きたい学校の一つでしょうし」
「さくらのせいよ!」
「( ゜Д゜)ハァ?」
「あなたの高校時代の無双ぶりが、明星女子相撲部のイメージをを変えたのよ!まぁいい意味で言ってるんだけど」
朋美はちゃんこ鍋突っつきながら
「今の部のメンバーってみんな地方や全国レベルの選手なんですね、凄い事になってると云うか、越境というか、スカウトですか?」
「スカウト?そんなことするわけないじゃない、それに、今はうちの高校レベルが上がって、さくらがいた頃の成績じゃあんた入学すらできないんじゃない運がよかったわね」と笑みを浮かべる朋美
「そう言えば、真紀主将って特進(S)なんですね、相撲の上手いことよりそっちの方がびっくりしましたけど」
「真紀は、優秀な学生なんだからとは思うんだけど、彼女にとっては相撲をしている時が一番充実しているんだろうね、その意味では女子相撲をしている者にとって西経は行きたい大学の一つ何んだよね、そこに明確な理由はないんだろうけど、倉橋真奈美と言う監督の下で指導を受けたいと、まぁ私は途中で潰れたけど・・・それよりあんた、何、女子大相撲に行かないって?真奈美さんから概要は聞いたけど?」
「行かないではなく迷ってるってことです。色々・・・・」
さくらは、すでに自ら会社訪問した数社から内々定を貰い、そして、世界女子相撲協会にも就職活動をしていること、そして、横綱妙義山のいる海王部屋から入門の件で話をせっつかれ、出稽古に来るように云われている事などなどを朋美に率直に話した。
「稲倉映見か最大の迷いは?」
「えっ!?知ってるんですか?」
「真奈美さんからね、意外よね彼女って、大事な医師としてキャリアプランを考えたらそんな選択、少なくとも私は選ばないけどね、でも、優勝が絶対条件って意味じゃなかなかどうかな、彼女の相撲キャリアとしては申し分ないけけど・・・、しかし、研修医先に相撲部があるってまるで彼女のために作られたのかって、もし稲倉映見が女子大相撲に入門して、さくらが行かなかったら、あんた一生悔いが残るんじゃない?」
「それは・・・・」
さくらにとって、中学時代から憬れていた選手。高校ではある意味ライバルとして、そして、大学では、先輩・後輩として、ライバルであり同じ戦友として・・・。稲倉映見は医師を目指していく以上、そこに女子大相撲などと言う選択はないことは誰もがそう想っていた。でもあの部の追い出し会で言ったあの発言は・・・。
>「自分事ではありますが・・・・女子大相撲に挑戦することをここにいる皆さんに公言します」
>「監督に、私の力士姿を見てもらいたい!それが私からの監督への恩返しであり・・・それは私の相撲人生の集大成であり散る時は大相撲の土俵で!」
大相撲行きに迷っていたさくらをさらに悩ますことに・・・。
「真奈美さんも、本音は嬉しいんじゃないの?確率的には厳しいし優勝できなければ、自動的に女子大相撲入門は、消滅するわけでその意味では後腐れがないわけだし、でも、優勝したからっと言いて女子大相撲に本当に行くのかどうかだってわからないし、そこは、彼女だって今は研修医として働いているわけだし、現実と彼女が想っていたことの乖離と云うかそのあたりの事に直面すれば、今の研修医としての時間を中断してまでも女子大相撲に行くかは、結構な人生の賭けなような気はするけどね・・・・でも羨ましいな、稲倉もさくらも」
「羨ましい?」
「女子大相撲に行くことは、ある意味条件さえ整っていれば入門できる。でも、活躍できるかどうかは、ある程度の素地がないと、その意味では、二人とも十分。その意味では行かないという選択は、正直勿体ない!例え、相撲で成功できなくても、必要十分な知識と資格は持っているわけで、それが西経女子相撲部の掟である【文武両道・自主独立】の意味。正直云うと、さくらは本当に西経女子相撲部でやっていけるのか?相撲じゃなくて勉強の方ね、よりによって国際学部グローバル・コミュニケーション学科って、この子意味わかってる?と思ったわよ」と朋美は冗談半分に笑みを浮かべ
「もう・・・まぁ実は一年の時に女子相撲部出入り禁止命令を出されて、教授に何とかしてもらって再試験でなんとか単位を落とさずに、とりあえず落としても進級はできたんですけど、真奈美監督が許してくれず・・・」
「はぁ~やっぱり、「とりあえず落としても進級はできたんですけど」ってあんたそれ監督の前で言ったの?」
「まさか!それぐらい空気読めますよ、多分云ったら退部でしょうけど・・・・」
「まったく・・・。でもまぁ、そんなさくらも西経卒業かまだ先だけど・・・・」
朋美にとってさくらは、初めてのアマチュア女子相撲トップクラスの選手を指導することになった。各大会で優勝し、海外でもジュニア大会でも好成績をあげる。そのことは嬉しい反面、いつのまにか指導者として自分自身にプレシャーをかけてしまっていた。それは、さくら自身にもかけることに、いつのまにか負けは許されないと言う、そんなことは、誰もいっていないの・・・・。そのことは、知らず知らずのうちに、さくらとの不協和音を生んでしまった。でもそれは、指導者として通らなければならない道、お互いの成長のために、そこを超えた時、お互いの真の力と信頼関係が生まれる。
「なんか、最近やっと名将だった真奈美監督の想いと云うか、少しわかるようになったかな、そんなこと言ったらふざけんな!って言われそうだけど」
「監督、教え子が女子大相撲になる事は・・・」
「さくら、自分の将来を人に委ねる見たいな云い方はよしな、あんたの将来を決められるのは自分でしかない、アドバイスも本当はするべきではないと想ってる。でも、あえて言えば、才能に恵まれた者がその道に行かないことは、勿体ないと云うか、夢を現実にできる人なんてそうはいない。でも、それを決めるのは自分自身だから、相撲関係に何か従事したいなら、力士やってみるも経験としては最高でしょう?それに、稲倉映見と女子相撲の一時代を築いてみるというのも悪くないんじゃない?」
「映見さんと・・・」
「女力士でいられる時間なんって人生の十分の一もないかもしれない、でもそれは何事にも代えがたい時間、私からしたら羨ましいわよ」
「でも、教師になる事は監督の目標で生涯の仕事にしたいって」
「そうね、でも、その時にしかできない事ってあるじゃない、プロスポーツ選手なんかそうじゃない、女子大相撲もそうだけど、生涯の仕事ではない。でも、女子アマチュア相撲をやっていた者からしたら一度はやってみたい、まぁ、私は途中で相撲諦めたからね」
「でも、今は女子相撲部の監督をやってるじゃないですか」
「まさか、こんなことになるとは、世の中どうなるかわからないわ」
「監督だけですよね、女子相撲の指導者をやられてるのは?」
「伊吹桜さんぐらいかまぁあっちは大相撲だけど、さくら、行ってみな大相撲に、そして、あんたの目標だった.稲倉映見との本物の勝負見て見たい!多分、それも真奈美さんも同じだと想う口にはださないけど、部に来るの真奈美さん」
「いいえ、瞳監督になって一切来ることはないです、大学の方には客員教授の仕事があるので来られていますが部の方には」
瞳監督になってからほとんど部に顔すら出さなくなった。新監督になり、新生西経女子相撲部として動き出したのに、そこに、ちょくちょく顔を出すのは気が引けるのだろうと言うことだろう。
四人前のちゃんこ鍋を平らげ、ご満悦の二人。コーヒーを飲みながらまったりと・・・・。二人は個室ということもあり、おもいっきり大の字になり、天井の美濃粕紙で覆ったLEDシーリングライトからふりそそぐ暖色の光は、二人を優しく肌掛け布団でもかけるように、このまま寝てしまいそうな雰囲気だが・・・。
「さくら」
「はぁ~い」
「真紀、西経に出稽古行かしてもいい?」
「出稽古?ですか」
「西経に出稽古に行って、揉まれてそれでも行きたいのなら行かそうかなって」
「是非とも来てくだい!そういえば、私も出稽古で決めたようなものですから」
「そういえば、あったねそんな事・・・じゃ頼むわ」
「わかりました。監督に相談して、OKを頂いたら連絡します」
「悪いわね」
「いいえ」
二人は、大の字のまま、さくらが高校時代の事に想いを馳せる。ちょっと前のことではあるが、今のさくらを決定づけたのは、高校時代であることは間違えない。高大校での西経大との決勝戦での勝利は、さくら・朋美を大きく成長させた。でもその後は、けして順調にはいかなかった。世界トップクラスの選手になったさくらを、どうしていけばいいのかどうするべきなのか、さくらも朋美も苦しみ、時にはいがみあい、倉橋真奈美も巻き込んで、その倉橋も今は、稲倉映見が卒業すると同時に、女子アマチュア相撲の世界から身を引いた。それは、世代交代のように・・・。
「さくら、女子大相撲に行きな!ここまでやってきたんだから、最後は女子大相撲に行くしかないでしょうが、私はあんたの力士姿を見て見たい!」
「朋美監督・・・」
「私は、さくらから色々教えてもらった。その後の私の監督としてのあり方も大きく変わった。もちろん教師としても・・・ありがとう・・・さくら!」
「・・・いやだなもう。私は楽しかったし、もちろんそこには、厳しさも感情的になったこともあったけど、それは、通らないといけない時だったてことですね、多分、真紀さんも同じ道を辿ってるって、ことですね、監督に女子大相撲に行けってそう言って欲しかったんです本当は、私・・・」
「四股名考えたわ」
「四股名?」
「【神龍桜】ってどう?」
「神龍桜?」
神龍桜とは淡墨桜の実生で、岐阜県の根尾谷淡墨桜の下に落ちた種子から生まれた苗を、1984年に移植、樹齢40年ほど。水田の脇に植えられた一本の桜は水田に張られた水面に映る揺れる桜、それは、見る者の揺れる心の感情かい意味でも悪い意味でも・・・・。
「「出でよ神龍!! そして願いを叶えたまえ!!」」とかね、と朋美
「・・・・うん?」とさくらは、何を言っている?と言った表情で・・・
「ドラゴンボールでしょうが!」
「あぁ・・・」
「まぁいいわ。行かないで後悔するより、行って後悔する方が・・・それは、稲倉さんもおなじでしょ?」
「・・・・」
「行ってきなさくら」
「・・・朋美監督」
結局、さくらは朋美のその言葉を欲しかったのだ。そっと肩を押して欲しかった。大の字になっているさくらの表情は、ほっとした表情から笑みを浮かべるように・・・・。その姿を座卓の下越しに横から眺める朋美。
(私にとってさくらは、愛おしい卒業生であり女子相撲部OG。それは、真奈美さんが稲倉映見を溺愛するかのように・・・さくら、女子大相撲で花を咲かせるんだ桜のように!)




