さくらの決断 ④
(いい顔してる)とさくらは、向かいの真紀の表情を見ながら何か嬉しくなる。下手捻りであっという間に転がされ、意気消沈するか怒りまくるか?でも、そのどちらげもなく、内に秘めた闘志と云うかそんな表情で土俵を見据えている。どこか先に気持ちが前に出てしまっているとかでなく、物凄く落ち着いているのだ。
(次の相撲は一筋縄ではいかないかな?真っ当な相撲で四つできたら・・・・)
動画配信サイトで、真紀の試合は何回も見ている。彼女に気負いがない時の相撲は四つで組みあえば彼女の本領発揮。そして意外とスタミナもあるから粘られると厄介?あとは土俵際のうっちゃりは要警戒。さくらなりには彼女をリサーチ済み。母校の現役主将に稽古をつけてあげるのならそれなりの稽古をつけさしてあげたい。、ましてや、時間も限られているのだから。
二人は、同時に土俵にあがる。屈伸をし軽く四股を踏み、仕切り線の前に立つとすーっと腰を下ろす、さくらは真紀を睨みつける。真紀も同じくさくらを睨みつける。ガチの真剣モード!稽古ではなく、新旧主将対決のガチ相撲!
「二人ともいくよ!」と朋美。「はっけよい!」
二人とも胸から当たって四つに組むと両者左四つの体勢に、さくらは右の上手を狙うが。
(くっ、・・・ちよっと無理か)とさくらは右を引く、そこを透かさず吊りにきたのだ。
(ここは力勝負です!)と真紀は一寸の迷いもなく吊りにいく、頭より先に体が動く。
(ここは、私も!)とさくらは腰を落とし真紀を吊る体勢に、お互い土俵の真ん中で吊りあいの体制になる、胸をばっちり合わせ、さくらも真紀も左四つの体勢に、さくらの得意の体勢ではあるがそれは真紀も同じ。
「のこぉった、のこぉった、のこった」と朋美
さくらは、下手投げで先手を打つが真紀の体勢は傾きはすれど崩すまではいかない!それでも今度はぐいぐい寄っていくさくら、そして、土俵際まで追い詰めたさくらだが両者がっぷり四つのまま組み合ったまま動きが止まる。
(くっ・・・ここは一気に行きたかったけど、動きが止まった以上ここは慎重にいかないと)
さくらの頭にあるのは、真紀のうっちゃりの逆転技が過る。攻め込んでいるのはさくらなのだが、心のどこかに不安が過る。力勝負の相撲はさくらの望むところなのだが・・・。
(ちょっと甘かったか、四つで組んで土俵際まで一気に持っていけばと想ったけど、意外と粘るな、正直、あまり時間をかけたくない、「水入り寸前までの相撲を取らせます!」とか監督に偉そうなこと言ったけど、ちよっとやばいかも・・・)
真紀にとっても、相手はアマチュア女子相撲の女王である勝てる相手とは想っていない、ましてや、真っ当な正攻法な相撲で勝てるとは、これぽっちも想っていない!でも、今の展開は真っ向勝負の力相撲。真紀にとって、勝つか負けるかより、伝説のOG石川さくらと稽古とは名ばかりの真剣勝負をしているのだ。それは、いつの間にか勝つことだけを念頭に置いた相撲ではなく、相撲と真剣に向き合い、力と力のガチ相撲!そんないつの間にか忘れていたことを・・・。
(私、ひさしぶりに熱くなってる!正直、勝ちを意識するあまり忘れていた何かを・・・今、なんか楽しい
、さくらさんは私と力相撲で・・・負けられない!)と真紀はまったく余裕はないが、それでもこのぎりぎりの展開は、まるでランナーズハイのように・・・。
『はっけよい、よいはっけよい』と朋美。朋美の声が響く。
土俵際での攻防はまったく動かない、攻めているさくらも真紀のうっちゃりを警戒し動けない、たいして真紀もさくらが動いてこないことに警戒し動けない、力相撲での均衡は二人を消耗させる、それ以上に精神的消耗も激しい、真紀の息が上がる。
(長い相撲になりそう?さくら先輩が攻めてこないのは何?私の手を読まれてる?でも、このまま動けないのは、正直苦しい!だったらこっちから動いて誘うか!)
真紀は、ここからさくらを吊りにいく!
(再度、吊って来たか)とさくらはある程度は頭には入れていたが、考えていたより真紀に地力があることに戸惑うさくら。
(ここまでの攻防ができるのならなんで真っ当に相撲をしないの!勝ちはあなた自身の相撲をとればおのずとやってくる!勝つこと意識するあまり余計な事をしてしまう!もっと自分の相撲に自信を持って!)とさくらは、この攻防をしながら真紀に、そして、自分自身に言い聞かすように・・・。
真紀はなんとか体勢を入れ替え逆転を狙いたいが、さくらは懸命に堪え、逆に引き付ける。それに真紀も対応し土俵際での引きつけあい。土俵際でのひきつけあいは、またもや残して膠着状態に、ついにさくらの息も乱れ始める、ここまでの攻防は、稽古というより講習会のつもりで考えていたが、講習会なんてとんでもない!本気のガチ相撲状態!下手をすれば・・・。真紀も再三のさくらの攻めを凌ぎ、思いのほか長い相撲になっている。
周りで見ている部員達も、試合の行方に見入って声も出ない。相撲もさることながら、主将の真剣な相撲に見入っているのだ!普段の主将はいつも何かにイラツキ、何かその感情を部員達に当たり散らしているように、威圧して稽古をつけるように・・・。明星女子相撲部がここのところ思うような成績を上げられないのは、部の重い雰囲気、そして、真紀自身の勝たなければならないというプレシャーが表に出ってしまっているのだ。勝つことの拘りを持つことは当然としても、その事が過剰に出ってしまっていたのだ。どんな勝ち方でも構わない!本来地力があるのに真紀は、負けることに何の根拠もない恐怖を抱いていた。
(私だって、力相撲のガチ相撲で勝負ができるんだ!負けることを恐れてどうしても・・・でも、今、私は女子アマチュア相撲の女王を相手にガチの勝負をしてるんだ!)
土俵際の真紀を攻め立てるさくらだが、どうしても攻めきれない、真紀の腰の重さが想像以上に重いのだ。さくらが左下手から引きづるように倒しにかかるが、堪える真紀。さくらは強引に引き付けて我を忘れか如きグイグイ寄っていく、必死にこらえる真紀、俵に足がかかり後がない真紀!しかし、俵ギリギリで残す真紀!
静寂の相撲場で聞こえるのは、二人の動きの音と荒い息遣い、真紀の額に浮かぶ球のような汗と息遣い、全国レベルの真紀ではあるが流石にこの相撲は厳しい、何しろ相手はあの石川さくらである。本来なら軽く仕留められてもおかしくないのだが・・・。
(いける!今の私なら!)
真紀に自信が漲る!さくらの腰が若干浮き気味に、真紀はさくらがさらに動いたらうっちゃりを狙っていたのだが、そこは、さくら無理に攻めずもう一度仕切り直しか?
(本当にまずい、このままだったら私の方がジリ貧になっていく!ここは強引にでもいかないと!)
さくらにしてみれば大苦戦もいいところである、確かに三年生での海外留学のブランクはあるとはいえ、帰国後、それなりの稽古で万全な状態とは言えないまでもそれなりに戻し、大学リーグ戦も初戦は団体優勝をもぎ取った。そんな、さくらにとって、高校生相手にここまで苦戦するとは思わなかったし、ここまで長い相撲はひさしぶり、四つが自分の形であり、多少の長引く相撲は当たり前なのだが、正直、稽古量が足りていないことを見事に露呈してしまったのだ。
『よいはっけよい、よい』と朋美の声もどこか苛ついているように
両者動けない状態から、さくらが下手投げを仕掛けるも、真紀は寸でのところでのこすと云うかのこされた。
(くっ・・・これでもダメなのか!?)いまやさくらの方が消耗が激しく、ここから真紀に仕掛けられたらもう負ける以外ありえないような展開に・・・。
『はっけよい、よいはっけよい』と朋美が嗾けるが二人とももう疲労困憊で立っているのもやっとの状態。
「はい、やめ!もうこれ以上やっても動けないならここで終わり」と朋美は終了宣言。
さくらは、一礼してささっと土俵を下り白木の壁に両手を付き荒い息を立てる。さくらにしてみれば完敗に近い内容だと云ってもいい。正直、監督に止めてもらっていなかったら負けていた。格下の高校生に・・・・、ふと土俵を見るとまだ真紀はいるではないか、その表情は全く納得いっていないという表情で、仕切り線を見ている。
「真紀!もう終わりよさっさと土俵下りて、今日の稽古は終了よ」と監督
真紀は、監督の言葉に納得がいかないといった表情で睨みつける。
「何?。納得いかないって表情ねぇ」
「続きを続きをやらせてください!お願いします!これじゃ納得がいかない!」と語気を強める真紀。
「もう十分でしょ、いい稽古ができたそれ以上何を望むの?これは試合じゃない、稽古よ!」
「逃げ得ですか、これ以上やったらさくら先輩のプライドに傷がつくから、だから!」
「真紀!」おもわず大きな声を荒げ手まで出そうになったがその時、壁に手を付いていたさくらが反転し壁に持たれかかり息を乱しながら・・・
「私も納得がいかない!逃げ得だプライドに傷がつくだとか云われて、私は逃げるつもりはさらさらないわ!」
OGとしてのプライド・現役の主将としてのプライドがぶつかり合う。これは、稽古であって試合ではない、でもそれは、さくらも真紀も望むところ・・・。
「わかった。五分、休憩してすぐやるから。さくら、緩んだ廻し締めなおすからこっちに来て」と朋美はさくらを呼ぶ。さくらは、ゆっくり小上がりの際に立つ朋美の前に立つと体を反転させ、緩んだ廻しを締めなおしてもらう。ボトルの冷えた水を口に含み一気にバケツに吐き出す。鼻からすった空気を「ふぅー」と口から吐き出す、予想外の苦戦!さくらは、朋美の「やめ!」の一言で命拾いをしたのは、間違えないのだ。
「大苦戦ね、西経の女王様」と朋美はさくらの緩んだ廻しを締めなおしながら皮肉交じりに・・・。
「すいません。講習会とか偉そうなこといって・・・」
「稽古が足りないって感じね?万全なあなたならこの状況を楽しむでしょうけど?」
「真紀さん強いです!明星の名に相応しい主将です!」とそれはさくらの本心
「できるのこんなに疲弊して?」
「水入りになって、引き分けなんて言う決着の仕方は私も嫌なんで」とさくらの息遣いもようやく落ち着いてきた。
「そう、あなたがそう言うのならいいんだけどこの試合負けたら、女子大相撲は諦めなさい!今日、私に会いに来たのはそのことでしょ?」
「なんで!?」
「西経の現監督から、機会があったら相談に乗ってあげてほしいって・・・」
「瞳監督から?」
「私には、まだ、人の人生のアドバイスができる技量がないのでって、なんか鼻に付くのよねあんたの所の監督は、初代にさらに輪をかけて」と苦笑いの朋美
「そうだったんだ・・・」
「勝てそうですか?女王様」と朋美
「負けたら、未来永劫明星OGの私にとって悪い意味で語り草になるのは嫌なんで!」
「負けたら伝説になれるわよ」
「絶対に嫌です!」
試合再開
水入り前の体勢に組みなおし、『じゃーいくよ!』と朋美は二人の背中を叩いて試合再開。さくらが再度左下手投げで攻めるも粘る真紀、今度は右に巻き替えるさくら!もろ差しになり強引に寄り攻め立てる。真紀の右足に俵が掛かる!なんとか堪える真紀、真紀はなんとかさくらの左足に自身の右足をかけるもさくらは怒涛の攻めを仕掛ける。
(さっきとは全然動きが違う)真紀は心のなかで舌打ちをする。
さくらが下手投げで真紀の足を引っかけながら投げを打ち体勢が崩れたところを怒涛のごとく寄っていき体を真紀に被せるように預ける!もう、真紀にここからの逆転のチャンスは消え寄り倒され真紀は土俵の外に倒された。両者二人、持てる力を出し切った相撲はさくらに軍配が上がった。
土俵に膝まずくさくら。大の字になり仰向けに真紀。疲労困憊の二人はたつこともできず!
明星の伝説になるようなそんな試合・・・本来は稽古なんですけど・・・・。




