さくらの決断 ③
さくらは、相撲場の片隅で監督である朋美に稽古で緩んだ廻しを締めなおしてもらう。さすがのさくらも息が乱れてはいたが、そこは、大学女子相撲の女王。十分体を温めましたいう感じか・・・。
たいして、女子相撲部主将の北見真紀は後輩である二年生の副主将に緩んだ廻しを締めなおしてもらう。激しいぶつかり稽古の後でのさくらとの三番勝負は真紀にとって気持ちが昂る、どんなに表面上は冷静に装うっても、気持ちが前に出てしまう!
「さくら、この三番勝負。どう実戦稽古してくれる?」と朋美
「一本で終わらます!」
「一本?どういう意味よ、三番勝負をしろと言っているのよ!」
「せっかくですから、水入り寸前までの相撲を取らせます!その後の二番・三番勝負ができる体力が残っているのなら別ですが・・・」
「さくら・・・・」
「真紀さんは、相当に私を意識と云うか敵視でもしているかのようですが、その時点でこの勝負の決着はついています。これは、稽古というより講習会としてあたります」
「さくら・・・・」朋美は、さくらが何を意図にそんなことを言っているのかはそれとなく感じていた。主将である真紀は、西経に進学希望であることは二年生の段階で希望を出していたが、正直、真紀は西経より他の大学の方が合っているような気はしているのだが・・・。
「私も、明星在学時に西経の洗礼を現監督である濱田瞳OGに受けましたから、あの悔しさは今でも忘れることはできないし、レベルの差を思い知らされた。明星のOGとして、現主将である真紀さんにその洗礼を浴びせるのが私の役目かと・・・・」
「さくら・・・・あんたって」
「今日は、監督に相談したいことがあって来たのと、後輩に稽古をつけてあげようと想ってきましたから」
「そう・・・真紀の相撲は」
「左四つが型ですよね、上半身が強く、腰もしっかりしてる。警戒は土俵際のうっちゃり!だったら堂々とした相撲を取ればいいのに・・・」
「さくら、いつそこまで見てるの?」
「明星の主将ですからね、ましてや日本代表にもなったんですからね」
「さくら、変わったね。さすが西経の女王と云うとこね、真紀は西経を進学先に選んでるんだけど、私は、ちょっとね・・・」
「強引な相撲がってことですよね?」
「ふーん・。・そこまで私の気持ちがわかるか?」と朋美は苦笑い
「腐れ縁なんで・・・私の今があるのは、朋美監督のおかげだと想っています。色々ありましたけど・・・」
「な、何よ改めて、え、なんか恥ずかしいと云うか緊張すると云うか・・・・」
「ここは、瞳先輩に洗礼を受けたように、真紀さんにも西経の洗礼をましてや西経に進学希望なら尚更!」
さくらは、廻しを叩き、両頬を叩き気合を入れる。土俵を挟んだ向こうには、副主将に廻しを締めなおしてもらった真紀がさくらを睨みつけるように見ている。稽古と云うより何か真剣勝負を隙あらば、三番勝負勝ち越してやるみたいな・・・。
さくらは至って冷静に、若干視線をずらしながら真紀を見る。
(あなたは、私が一年生相手に稽古をしていたのを不満げに見ていたわね、あなたには、私が何か楽しそうに、そして、一年生の汗だくの笑顔に不満ありげに見ていたのを嫌でも感じていた。厳しい稽古の意味合いがあなたとは違うのよ!威圧して厳しい稽古をしても身にはならない。それとあなたの勝つためなら何でもする曲がった勝ちへの拘り!それが私に通用するほど甘くわないは!本当の相撲の厳しさを教えてあげるわ!)
稲倉映見の事実上の相撲休止後、西経の女王は否が応でもさくらに、西経女子相撲部の女王として部を統率する難しさ、相撲以外の事にも神経を使う日々、そしてさくら自身の学業のことも・・・。どちらかといえば、のんびり屋で、自分からみんなを引っ張ることは苦手のさくらだったが,西経女子相撲部の上級生としての役割を担う、相撲が強ければ、自分の相撲だけに注力を注ぐことができるほど甘くない。四年になり主将に、大学三年生の時に海外留学で女子相撲部と係わりを持てなかったことは、四年に主将になり、改めてコミニケションの構築から始めることになったものの、そこは持ち前の、明るさとちょとおっとりしすぎのさくらの性格が功を奏して、部員達に色々おちょくられながらも、絶対の信頼感と統率力を発揮するさくら。そして、現監督は、さくらに相撲の厳しさと楽しさを教えてくれた濱田瞳(旧姓吉瀬瞳)。さくら自身の頑張りは当然としても、さくらは、出会う人に恵まれたと正直想っている。
憧れの稲倉映見・西経女子相撲部のカリスマ吉瀬瞳・そして、本格的な相撲の基礎を作ってくれた若き名将(現)明星高校女子相撲部の島尾朋美。そして稽古相手をしてくれた串間圭太。因みにいまでも付き合いは続いており、大阪の大学で農学部・生命機能科学科に入学。本人は料理を作る調理師を目指していたのだが、なぜかこんなことに?それと・・・相撲部からの誘いも・・・。結局、最後はそれか・・・。定期的に会い、愛を育んでいる。本当の一番の出会いは串間圭太なのだ。
既に土俵の上で四股を踏み臨戦態勢の真紀主将。真紀にとっては、稽古と云うより真剣勝負の三番を取り、できれば勝ち越し、島尾監督に見せつける。
>「卒業後に女子大相撲に入門することは別として、西経大に進学し女子相撲部に入部すると考えているのなら、私はその進路はあまり推奨しない」と朋美は平然と言ったのだ。
「どういう意味で言ってるんですか?」と真紀は当惑した表情で朋美を見る。
「私は、あなたの勝ちに対する考えと云うか勝てばいいみたいな考え方が好きではないのよ」
(勝たなきゃ意味ないじゃないですか!)
真紀にとって昨年はじめて明星として毎年取っていたインターハイの表彰台を逃したことは、重く心に圧し掛かっていた。今年の高校選手権も真紀の強引な相撲は審判団から厳重注意を受けることに、監督は勝った負けたより、内容なのだ。それが真紀にとっては腹ただしいのだ。
真紀は、土俵で四股を踏み、島尾監督と石川さくらを凝視と云うより睨むように、特に監督を睨みつける。
(世界で優勝していようと西経の女王だろうが・・・石川さくらが明星のレジェンドだろうが!)
真紀が仕切り線の前に立つとさくらもワンテンポ遅れて仕切り線の前に立つ。さくらが真紀の視線に合わせる。
(そんな気合が入り過ぎて・・・体格的には私といい勝負ってところかな・・・最初の一本、四つ相撲で持久戦と想ったけど、そこまで闘志むき出しに来るんだったらここは一つ軽くその鼻っ柱折ってあげるわ)
お互いに蹲踞、四股と所作を進めていき仕切り線に手をつき、相手を見据える。呼吸が合う瞬間まで、じっくりと待つ。
「はっけよい!」と朋美監督
さくらは立ち合い素早く左に回り込むとすぐに左下手と右の前みつを奪取、真紀が抱え込むようにしてきたところを、鮮やかな下手捻りで転がしてしまった。土俵周りで見ていた部員達があまりの速さに何が何だか・・・・約5秒の瞬殺劇。真紀は膝をついたまま立ち上がらない。
(そんな!そんなのって!)真紀はさくらを睨みつける。さくらがこんな動きをしてくるとは思わなかった。さくらは身長175cm 体重130kgの体格からは想像もできない身のこなしで真紀を一蹴したのだ。真紀はかちあげ気味にしてさくらをひるませ上体を一気にぐらつかせ勝負をつけようとしたが、さくらはそれ以上に速かったのだ。真紀につけ入る隙を一切与えなかったのだ。
「少しがっかりしました。正攻法で来てくれるのか」と真紀はうつむき加減に
「正攻法?私の型はあなたと同じ左四つだからってことかしら?だとしたら、あなたがやろうとしていたことは、奇襲攻撃ってこと?でも、あの程度のことぐらい先読みするのは容易いことだわ。私も伊達に西経の女王とは言われてないから!この程度の相撲しかできないのなら、少なくとも西経では通用しない!それに、姑息な手を使ってでも勝ちたいと云うのなら、あなたは、西経には向かないわ!
そんな相撲は長続きはしない。常にトップランカーで居続ける者は正攻法でなければ生き残れないのよ、小手先の相撲じゃ生き残れないのどんなに苦しくとも奇襲攻撃見たいな相撲で勝ちを拾えたとしてもそれは逃げなの、あなたは、体格的にも恵まれているのにそれを生かさず、勝つことだけに執着して、相撲そのものをないがしろにしている!だから私もそれなりの相撲をしたってこと。どう?」
「勝たなきゃ意味ないじゃないですか?勝つことに執着することは当たり前じゃないですか!」と真紀はストレートにさくらに言い放つ。
「それで勝てたの?昨年のインターハイでの敗北はあまりにも勝ちに執着して墓穴を掘った。二年生だったあなたに酷だったのかもしれないけど、あれ以降の相撲は感心しない!」
「無敵艦隊とか揶揄されて、中部地区では負けるわけにはいかない!それは明星に宿命づけられた・・・」
「宿命?誰がそんなこと言っているの?それは外野の人達が言っている話でしょ?ここは、相撲部屋なの?宿命?何か勘違いしていない主将」さくらは、真紀に厳しい視線を向ける。それは明星のOGとしての役目、それは、試合で勝った負けたとか言う単純な話でなく、生き方?
「それは・・・・」真紀にその先の言葉が出てこない。それは、土俵の周りを囲むように見ている部員達も同じ。明星のレジェンド石川さくらから言い放たれた言葉は部員達には意外ではあるけども、そのことはどこか気持ちの奥底に僅かに頑固な油汚れが張り付いているかのように・・・。
沈黙が広がる相撲場。部員達は、みなそれなりの戦歴を持って明星高校にやって来ている。もちろん強豪校に入り大会での優勝、そしてその先の女子大相撲への道を・・・。石川さくらと云う当時、超高校級だった石川さくらは、相撲強豪校明星のイメージを決定づけた。そして、そのイメージは一人歩きしいつしか、中学生の有力選手が集まってくることになった。部は個々の部員のカラーに染められ、それは相撲部屋の如きに・・・。
それは、小上がりの前に立ち、その様子を見ていた島尾監督も同じと云うかその事をさくらに口に出して云われた事に、恥ずかしさえ感じる程に、無敵艦隊などそんな云われ方をするような部を作りたいとは思っていなかった。あくまでも部活動の一環としてその程度の・・・。でも、強くなればなるほど、そんな部活動の一環でなどと云う意識ではできなくなったことは事実。卒業生の多くは、女子大相撲の強豪大学に進学しているが、西経にはさくら以外行かなかったと云うより行かせなかった。誉れ高き【西経女子相撲部】に入れる選手がいなかったかったから、相撲で勝つことしか頭にない選手は入れたくなかった。
その意味では倉橋真奈美にとっての最高傑作が稲倉映見のように、島尾朋美にとっての最高傑作は石川さくらなのだ。相撲だけでなく、一人の女性として・・・。
「どうする主将。まだやる?正攻法の相撲がどうたらこうたら言う割には、姑息なことをするのなら稽古にもならないしね、四つで組みあう形の展開の相撲で勝負するなら稽古になるけど、あなたもその形なら望むところでしょ?」とあくまでも自然体で真紀に喋るさくら
「・・・望むところです」真紀は一拍おいて、真剣な表情で口に出す。
さくらは、その表情を見て一瞬、笑みをこぼす。
「わかったわ」
さくらと真紀がなんとなく意思疎通したような・・・。四つで組みあう形の展開の相撲は持久戦必至の長い相撲か?それは、さくらが望むところと云うかそうなれば苦しくも楽しいと心の奥で密かに期待している自分が・・・。




