映見とさくら ②
「久しぶりに横綱のお出ましですか」と主将である江頭はわざと聞こえるように
西経女子相撲部更衣室。映見は目も合わせず後輩に廻しを締めこんでもらう。更衣室の空気が微妙な緊張感に包まれる。
「廻しきつめに締めこんで」と後輩に指示する。
主将を含む四年生がその様子を遠目に見ているのが映見には振り向かなくてもびんびん肌に感じる。
「終わりました」と後輩
「ありがとう」と云うと映見は廻しをはたいて気合をいれるかなように・・・。主将の前を通り相撲場へ向かおうとした時
「ちょっと待て映見」と主将が
「挨拶の一つもしないのかお前は」
「・・・・・」
「正直云ってお前が相撲部にいることは部の士気が落ちるんだよ。忘れたころにやってきて横綱ですみたいな態度が気に入らないんだよ」
「ふっっっ・・」と映見は主将の顔を見ながら薄笑いを
「何だよその態度は・・・」
「主将。私一応学生横綱連覇してるんで・・・・少なくともなったことない人に云われたくないんで」
「お前・・・」江頭は怒り心頭で右手は握りこぶしが・・・・
映見はその握りこぶしを見ながら再度薄笑いを浮かべ
「殴ればいいじゃないですか・・・暴行事件で女子大相撲入りは不可。それでよければどうぞ」
「・・・・・」
主将である江頭は怒りよりも映見の豹変ぶりに困惑していた。映見がまるで喧嘩でも売るような態度を見せたのは初めてだ。確かに可愛がりと称してリンチまがいなこともした。それでも映見は相撲で立ち向かってきた。それが今の映見は全くの別人のように変わってしまった。
世界大会以降映見の評価はメダルを逃してしまったことで関係者の間では下がっていた。相撲自体の評価もそうだが代表選考会での一件はそれ以上に関係者には不評なのだ。他校との練習試合であからさまにエルボー気味のかちあげを意図的にしてくる選手もいた。そしてやり返して揉めたこともあった。そして必ず相手が云うのは・・・。
「あなたのところの横綱ならそれでもやり返さないのに主将のくせに・・・」
映見の発言は上級生にとっては非常にやりにくいと云うか何かしら映見の事を持ち出させられるのは不愉快なのだ。かちあげも張り手もアマチュア規定で禁止されているわけではない。もちろん限度はあるだろうがそんなことはみんな知っている話であって映見がかちあげ・張り手をしないのは個人的な問題なのにいつのまにか西経なのにと云う云い方をされるのだ。
「主将、映見の態度は許せませんよ。退部させるべきです」
「学生横綱連覇してるからって何でも許すんですか!」
「どうせ私達上級生のことだって腹の中では馬鹿にしてるに決まってますよ」
四年生連中の評判はすこぶる悪い。ただ主将としての心配は瞳と同感で相撲に対しての情熱がなくなったかのように稽古も出てこないし出てきたとしても全く身が入っていないこと。
「もう年が明けたら私達も卒業だ。映見に構ってる暇もない。私も含めてプロ入りするものはその準備で部とは別れだ」
「しかし、このままじゃ」
「みんなが云いたいことがあるのはわかるがもうこれ以上係わるな。あとは三年の吉瀬に任せろ」
「主将は吉瀬を信頼してるんですね本当に」
「まぁ吉瀬の相撲もさることながら統率力は認めざる得ないし私にはできないからな次期主将にはふさわしいだよ」
「ところで今日明星から出稽古に来るって云ってましたが誰も来てませんが?」
「明星からは一人しか来ない」
「一人?」
「まさか?」
「石川さくら一人で来る」
「石川さくらって高校横綱のですよね?」
「もう来てるんじゃないか?」
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瞳とさくら大学の正門で持ち合わせて構内に入る。土曜日のキャンパスとて普段と変わらず土曜に講義があることもあるし必修科目が入ることもそれと補習も・・・
「着替える前に監督に会って」
「えっ・・・監督ですか」
「挨拶するのやでしょうけどここは礼儀だから・・・・何回か会ってるんでしょ?」
「会ってますけど・・・・」
「貴女が特待生を断った件はそんなに気にしていないから変に心配しないほうがいいわ」
「瞳さん・・・・」
「どこの高校に入る入らないは本人の意思が一番尊重されるのは当たり前だし断られたからどうとかそんな監督ではないわ」
「わかりました」
二階に上がり長い廊下を歩くとその途中に各部活動のトロフィー・盾・表彰状などのケースの中に飾られている。当然そこには女子相撲部のものも陳列されている。
そこを抜けると学生相談室がある。二人はそこへ入ると部屋には少し大柄な女性が・・・・。
「監督、石川さくらさんをお連れしました」と瞳。
席に座っていた倉橋は席を立ち
「初めましてでもないけど女子相撲部監督の倉橋ですどうぞ座って」
「石川さくらです。今日は宜しくお願いします」と一礼し席に座った。
瞳がお茶の用意をしようとすると
「瞳、すぐ稽古に入るんだからお茶はいいよ。それに石川さくらさんはお客じゃない。出稽古に来てるんだからそうだよねさくらさん」
「はっハイ・・・」
「監督からどう云われているか知らないけどせっかくうちに出稽古に来たんですからそれ沿おうの稽古はします。ましてやさくらさんは高校横綱も取っているのだからそれに見合った稽古をしなければ監督に申し訳ない。だからこそ本気の稽古をさせてもらいますよいいですね」
「ハイ、お願いします」
「それじゃ瞳、廻しの締め込みしてあげな」
「じゃ、さくらん更衣室へ」と瞳
さくらは席を立ち倉橋に一礼をすると瞳といっしょに部屋を出る。
(石川さくら・・・中学生の時より体格もずいぶん大きくなっているし下半身の安定感も増してるねぇ。島尾もいい選手を育てているなぁ)
中学生の時に特待生として高校に向かい入れることに失敗したことは今でも悔いが残っている事は正直な気持ちである。あれから2年弱その生徒が西経大相撲部に出稽古に来るとは想いもつかなかった。
(映見が石川さくらと稽古して何か変わるのだろうか?瞳は絶対な自信があるようだが・・・・)
倉橋は席を立ち部屋を出ると相撲場へ・・・。
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更衣室で二人はレオタード着替え廻しを締めこみあう
「さくらさん、どんな感じで締めこむ?」
「普通に締めこんでください。きつく締めこまなくていいですから」
「わかった」
瞳に適度に廻しが張るように持ってもらい立て廻しを巻いていく。何週かしたら締め付けの調整をして再度巻いていき最後、最後尾に結び目を作り最後に引き出した部分を廻しの中に差し込んで完成。
「どう?」
「大丈夫です」
と云うとさくらは廻しを叩き気合を入れる。
「さくら、今日の稽古は全力を出さないとついていけないそれは覚悟して」
「もちろんです。そのつもりできてますから」
「それと最後に映見と三番稽古をしてもらう」
「映見さん来てるんですねぇ」とほっとした表情で・・・
「さすがに貴女が来るのに来ないのでは失礼以外のなにものでもない。正直云うと来ないかもとも思ったけど最低限の礼はしてくれた」
「よかった」
「さくらは全力で映見にぶつかってそれがあなたの映見に対してできることだから・・・・」
時計の針は12時30分。二人は軽くストレッチをしあう。選手会でさくらを倒したときはわからなかったが体を触ると想っていた以上に筋肉質だった。まるで重厚な鎧のようなけして脂肪がとか云う感じではない。
「相当鍛えているのねぇ。触ってみるとよくわかるわ」と感心したような瞳。
「少しウェイトもやってます。でもやりすぎると筋肉が堅くなるので終わった後にはストレッチを十分にして気おつけてます」
「それは監督の指示?」
「ハイ。島尾監督はトレーニングに関しては色々指示が多くてそれは怪我だけは絶対にさせないと云うまずは健康第一。それが絶対なんです。トレーニングをしても怪我をすれば今までのものがすべて帳消しになる。監督の口癖です」
「島尾監督の云うとおりねぇ」
「私、瞳さんともう一回勝負したいです」
「ちよっとあなたの体を触ったら自信がないわ」と笑いながら
「あんなあっさり負ける何ってあのままでは終われませんよ」と真剣な表情で
「わかったわ。時間があればねぇ」
「色々研究しましたから」と自信ありげなさくら
「負けん気が凄いのねぇ」
「ハイ」
「じゃ、相撲場に行きましょうか」
瞳とさくらは更衣室を出て相撲場へ瞳は久しぶりに気持ちが高ぶっていた。超高校級の石川さくらが西経大で主力メンバーと相撲をする。
石川さくらを出稽古に呼んだのは映見を復活させるためのはずなのに・・・瞳の本心は全く違うことを期待しているのだ。
(石川さくらを西経に入れたい)
石川さくらが仮に西経に入ったとしても自分はもう大学にはいないのだ。それなのになぜ・・・。
自問自答を心の中で繰り返していくうちに相撲場の入り口に・・・・・。石川さくらにとって初めてのきつい稽古がはじまる。




