さくらの決断 ①
さくらの母校である【明星高校】は今や全国的に女子相撲の強豪校の一つとされるまでになっていた。卒業生のさくらを筆頭に、卒業後、女子大相撲に行くもの大学でさらに相撲に邁進するもの、今や監督の島尾朋美は若き名将と言われることもしばしば・・・・。西経女子相撲部出身でただ一人教師であり部活の指導者である朋美は。女子高校相撲界の倉橋真奈美と揶揄されることも彼女にすれば名誉な事なのかもしれない。
六月のある日、元OGのさくらが母校である【明星高校】に指導という名目で訪れてきたのだ。さくらが母校を訪れるのは、西経大に入学してから初めてなのだ。意外ではあるが、大学生活であっぷあっぷで母校を訪れる余裕もないまま四年を迎えてしまったのだ。そんな、さくらが急に母校を訪れた本当の理由は卒業後の進路。相撲以外のことも模索していたさくら、女子大相撲の入門だけを考えていたさくらにとって、国際学部グローバル・コミュニケーション学科での勉強は自分の知らなかった可能性を知ることに、女子大相撲以外の進路など考えもしなかったのに・・・・。ところが、それをさらに迷わす出来事が、それは、稲倉映見が女子大相撲を目指すという宣言。それは、さくらの気持ちを大きく揺るがすことに・・・・。
(映見先輩が女子大相撲に行くかもしれないなんて、そんなこといまになって!)
久しぶりの母校は懐かしくもあり何か緊張してしまう自分がいる、雰囲気は何も変わらずも誰もいない相撲部の相撲場に入ると、何か安心すると云うか・・・。壁に掛けてある額には、数々の大会で優勝した表彰状や奥の小上がりにはトロフィーや優勝旗などが置いてある。もちろんさくらが活躍した時代のものも、そのなかには高大校で稲倉映見と戦い勝利した時のものも・・・。あの大会は、さくらにとって忘れることができない大会であった。
相撲場の壁掛け時計は午後3時30分を指している。そろそろ部員達がやってくる時間、島尾朋美からは、先に相撲場で待っているように云われたのもあったのだが、さくらは廻しを持参してきたのだ。もし許せば、稽古でも後輩達につけてあげようとおもって・・・。そんななか、一人の部員と思しき女子生徒が入って来たのだ。
「こんにちは」とさくらが声をかけると、一瞬、身構える姿勢を取ったが、すぐに彼女はこの人物が誰だがわかると。
「えっ、あぁ、石川さくら先輩ですか」
「元OGの石川さくらです。部員の人でいいのかな?」
「あっ、はい。一年の久留里美沙と云います」と一礼する、表情は少々緊張状態と云うか・・・。
「美沙さんか、えぇ・・・相撲はいつから?」
「あっはい。小学四年からです」
「じゃ私といっしよだね」とにこやかな表情のさくら
「えぇ・・・今日は相撲部に・・・」
「うん・・・今日はちょっと監督に話があって、それに大学入って一度も来てなかったんで」
「そうですか、でも、憧れの石川さくら先輩と話ができたなんて光栄です」
「私が憧れ?」
「はい!明星高校女子相撲部の伝統はさくら先輩から始まった訳ですし、それを繋ぐのが私達の使命かと・・・」
「使命って、ちょっと大袈裟と云うか・・・第一、島尾監督そんなこと言わないでしょ?」
「言わないですけど・・・」
さくらが部員時代は、さくらが勝つほどに、監督自身が勝ち続けることへのプレシャーに押されていたのかも知れない、特にさくらに対してはよりいっそうその想いが・・・一時、そのことが稽古でのオーバーワークを招き、身体的問題以上に精神的にきつくひいては、監督不信まで陥りそうになったことも・・・。
「監督どう?」
「監督ですか?あぁぁ無言の怖さと云うか、稽古ではほとんど主将主体で部員達で色々試行錯誤しながらやってます、監督はあくまでも私達がアドバイスを求めた時だけで、けして、あぁーやれこうしろとは言いません。逆にそれが緊張感と云うか・・・」と何故か美沙の表情が曇る
(うん・・・)
その時、相撲場の扉が開くと、部員と思しき生徒が入って来た。体格はさくらと同等か・・・。
「美沙、新入生はやることあるだろう!そちらの方は?」
「主将、石川さくら先輩です!」
「石川さくら・・・」
「はじめまして、OGの石川さくらです。あなた主将なの?」
「はじめまして、明星高校三年女子相撲部主将 北見真紀です」と云うと深く一礼する。
(確か、ジュニア世界大会で三位だったような・・・)
今の、明星高校のエースである北見真紀。中学生時代はそれなりの成績だったが、明星高校進学後、島尾の下で実力を磨き、明星高校を今春の全国女子相撲大会団体戦で三位に導いた原動力になったのだ。石川さくら卒業以降、明星高校は、主要な全国大会団体戦では表彰台の常連ながら優勝までは手が届いていないのだ。そんな明星だが、昨年はじめて表彰台を逃したのだ。
「なに、ぼーっとしているの、稽古の準備して美沙!」と真紀はちょっときつい口調で
「あっ、はい、すいません!」
「他の部員はまだ来ないのか、全く!」とイラつく真紀。「すいませんがさくら先輩。私、着替えてきますので」と真紀は更衣室へ向かおうと
「あぁあの、真紀さん。私も着替えていいかな?」
「着替えるって?」
「一応、廻しも持って来たんで」とさくら
「廻し?稽古をつけてくれるんですか?」
「あぁ・・・一応せっかく来たし」とさくら
「わかりました。じゃ更衣室へ」と真紀は更衣室へその後をさくらも・・・。
真紀とさくらは着替え廻しを締め合う。さくらは元高校横綱であり、大学では二年生の時、女子大学横綱になり、世界大会でも日本代表として団体・個人で優勝を飾り、当然に女子大相撲の注目を浴びる。そのことは、さくら自身もそうなのだが、明星高校女子相撲部自体、もっと正確に云えば島尾朋美監督が西経女子相撲部出身、あの倉橋真奈美監督の愛弟子などと言われると、女子相撲に邁進している女子中学生から俄然注目を浴びるのは当然である。そのことは、西経女子相撲部との関係性を連想させる女子中学生や保護者がいてもおかしくないが、そのことは、朋美自身が最も嫌うものである。事実、さくら以降西経大学に進学した生徒はなく、西経以外のライバル大学に進学したものが多い。
朋美自身は、意図的に西経を避けているわけではないが、西経でやっていける文武両道・自主独立の二つを兼ね備えた者しか、西経には進学させたくないと言う想いがある。その意味では、石川さくらはその二つを少なくともクリア―できると想って西経に進学させた。そのための特別補習授業も含め、さくらが苦手の勉強も自身の力でクリアーしたのだ。単にさくら自身の相撲が強いとか島尾は西経女子相撲部OGだからと言う単純な話ではないのだ。
北見真紀は、将来的には女子大相撲志望であることを監督に伝えてある。その上で、卒業後か大学進学後かで何かモヤモヤした日常を送っていると同時に、昨年のインターハイで表彰台を逃した。そして、その原因の張本人が北見真紀なのだ。それも、頭髪を掴むという反則行為での負け、明星高校女子相撲部が常に上っていた表彰台を逃したのだ。
女子相撲部として、勝った負けたは致し方ないが真紀の反則は朋美には意図的に見えたほどにあまりにも勝ちに拘る真紀の姿勢に不満があったのだ。そして今年春の高校選手権で団体で二位になったものもの、主将である真紀の相撲は、荒く、準決勝では張り手まがいの行為で、勝つことは勝ったが、審判団から朋美が厳重注意を受けることに・・・。さくらが卒業以降、改めて朋美は西経女子相撲部の「文武両道・自主独立」の初心に帰り、極力、部員達に任すようにしているのだが・・・。
明星高校女子相撲部に入ってくる者のなかには小・中の相撲大会での全国上位者が越境してまでも目指してくるものが多くなった。それは、女子相撲部にとって通常なら喜ぶことなのだが、朋美にとっては相撲部が相撲部屋になってしまうような錯覚に、勝つことだけに拘る部員が多くなり、さくらが活躍していた時代のような「ほゎーん」とした雰囲気が失われ、何かピリピリする空気に部全体が包まれているようになっていた。そのことは、高校女子相撲部の強豪校の一つと言われている身としては、当然でありむしろ好ましい状況であるのだが、朋美にしてみれば、相撲だけ強ければ良いという空気感は好かないのだ。
------昨年冬のある日の部活終了後の朋美と真紀の会話-------
「なんでしょうか?」と高二の真紀は監督である朋美に相撲場で話があると居残りさせたのだ。
「進学希望は、西経大学だそうだけど?」と朋美
「もし、進学するのなら西経に行きたいです」
「女子大相撲入門も考えているのよね?」
「はい。どちらにせよ、女子大相撲入門は希望です」と真紀
朋美は一拍置き・・・。
「卒業後に女子大相撲に入門することは別として、西経大に進学し女子相撲部に入部すると考えているのなら、私はその進路はあまり推奨しない」と朋美は平然と言ったのだ。
「どういう意味で言ってるんですか?」と真紀は当惑した表情で朋美を見る。
「私は、あなたの勝ちに対する考えと云うか勝てばいいみたいな考え方が好きではないのよ」
「・・・・・」
「西経女子相撲部にあなたは合っていないは、大学卒業後、入門を考えているのなら他の大学がある相撲だけなら西経に行く必要はないわ。あなたに合ってないから」
「私とさくらOGは違うってことですか?」
「さくら?さくらは、相撲が強く、私が西経女子相撲部のOGだからって言う人がいたけど、そんなのは何も知らない連中が言っていたことよ、さくらは相撲は強かったけど、学力はあなたより遥かに劣っていたは、でも、彼女は自力で学力を上げて西経の推薦基準をクリアーした。一般入試より遥かに高い基準よ。そして、相撲は真っ向勝負、少なくても反則まがいの相撲はしなかった。そう言うことよ!」
「・・・・・」憮然とした表情の真紀
「そう言う表情は、自覚しているからそうなるのよ、あなたは、相撲への考え方を少し改めなさい!勝ちに拘る意味を履き違えているわ!もっと自分を大事にしなさい!」
「・・・・・」真紀に言い返せる言葉がなかった。
--------女子相撲部 更衣室--------
さくらが、真紀に木綿の廻しを締め込んでいく
「どう、きつくない?」
「あっ、はい」
「主将、大変でしょ?」
「あっ、はい。なんとかやってます」
さくらは縦廻しを横廻し上に引き出す。最後は強く締め結び目を作る。引き出した部分を横廻しに差し込む。
しx
「はい、出来上がり」と言って真紀の廻しを叩く。
「ありがとうございます」と真紀は深く一礼する。
他の部員達が二人を注視する。というより、主将を注視する部員達。それは、意外と言うような表情で・・・。その空気をさくらはなんとなく感じ取ったのだ。
「さくら先輩!」と真紀
「うん・・・」
「私に稽古つけて頂けますか?」と真紀はぼそっと・・・
「うん。もちろんだよ!でも、他の部員達にもつけてあげたいから」
「あぁ・・そうですよねすいません。わかりました」
「でも、あなたは、今の明星の横綱だから本気の手合わせをするのが元OGとしての礼かな」とさくらは笑みを浮かべながら
「本気の・・・・」
「それを望んでいるように感じたから・・・」さくらの表情が温和な表情から何か真剣な表情に・・・。
「・・・・」真紀はその表情に僅かな高揚感と動揺が・・・。
さっきまで、温和な表情だったさくらは、厳しい視線で真紀を見つめる。まるで別人のように、女子大学横綱になり、世界大会でも日本代表として団体・個人で優勝を飾り、いまや映見の後継は石川さくらなのだ。そんな厳しい世界で戦ってきたさくらではあるが、それでも高校時代は色々な意味で楽しくやってきたさくらにとって、今の明星の雰囲気は、なにかさくらにはしっくりこない何か刺刺しくなにか・・・・・。




