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女力士への道  作者: hidekazu
女力士への道 ②

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246/324

監督、ありがとうございました! ⑨

 映見は一旦自宅に戻っていた。監督の車で送ってもらってもよかったのだが、なにかそんな気にはなれなっかた。部屋の整理はだいぶ終え、研修医としての準備も大方整っていた。住まいは研修医先の青森の柴咲総合病院の寮に入る事になっている、そして秋、女子大相撲の世界にいるのか?それともそのまま研修医としているのか?正直なところ自分の決断に迷いがあることは事実。あまりにも自分が恵まれていると云うか・・・。


>「私は、濱田光の心の内を受け止め理解することができなかった。光の苛立ちを理解する余裕がなかった。今、あの時のことを想えば、私が悪かったのよ私が・・・」


「和樹君は何か光の雰囲気を感じるのよ、若い頃の光のように、冷静のように見えて、心の奥はマグマのように沸々と、私はそのことを感じ取れなかった・・・」


 久しぶりに昨年秋に会った和樹は変わった。私との仲がと云うより、仕事の方にウェートを置いていると云うか、和樹の仕事上のパートナーの女性も、おそらく優秀なのだろうそう見えてしまうと云うより何か映見と会うためにいや会わせるために?あれ以降正直冷めたと云うより・・・。突然の会いたいという電話も映見にはいい予感はしない。


 時刻は午後4時。映見は身支度を済ませ二階から一階へ、リビングには、両親二人が診療時間前にお茶を一杯と言う感じで談笑している。


「これから、和樹さんと会ってきます。食事はいりません。お母さん車借りていくから」と映見は足早に家を出ようとしたが


「和樹君と会うの久しぶりみたいだけど、最近どうなってるの?あなた最近、和樹君のこと喋らないけど?」と母、真紀


「どうなってるって、和樹、ここ最近大きな仕事を抱えていて、海外との行き来も多くて、会社ではそれなりのポジションにいるみたいで、和樹から急に会いたいと言うのはその辺のことかなって」と映見は何か苛ついていると云うか・・・。


「青森に行ったら、ますます関係は難しくなるんじゃないの?」と真紀も何か苛ついていると云うか・・・。


 真紀の向かいに座っている啓史は無表情を装うが、映見と真紀の関係は映見の女子大相撲入門云々で微妙になっているのだ。


この話はすでに家族全員で決着がついている話である。兄がドイツから戻り、日本の大学病院で勤務しながら診療所で働きゆくゆくは診療所を引き継ぐ。稲倉家とすればそれは理想的なことではあるのだが、真紀にすると、これから映見は研修医になり医師として邁進するものと想っていたのに、それを中断してまでも力士になる事には納得がいかないのだ。ただ、それはもう終わっているの話なのに・・・。


「和樹君、映見の相撲の件知ってるのか?」と父、啓史。


「医師国家試験合格後に言うつもりだったけど、今日、伝えるつもり」


「話してない!?だいたいあなたは、そんな大事な話を」と母、真紀をさらに苛つかせる


「映見、和樹君が納得しなかったらどうする?」と啓史


「まずは、私の真意を伝えるのが先だから。じゃ行ってきます」と映見は自宅を出て車を出した。まだ、和樹との約束の時間には早い。映見は車を八幡林古戦場跡に車を止め時間を調整することに、天正12(1584)年に豊臣秀吉と徳川家康・織田信雄が戦った小牧・長久手の合戦に際して、秀吉側の武将森長可と家康側の武将酒井忠次らの軍勢が戦ったとされる古戦場の跡地。戦いで劣勢になった長可を逃がすために戦死したとされる「野呂助左衛門」の供養塔が現在残っている。


 映見は、車を降り林の中を歩く。「映見、和樹君が納得しなかったらどうする?」と父である啓史に言われた時、「覚悟はしているから!」とは言えなかった。この林のなかで戦いがあったであろう空気感は、映見を色々な意味で奮い立たせる。


小学生から始めた相撲。まさか、ここまで続くとは想わなかった。高校・大学では、内外問わず女子アマチュア相撲選手として活躍することができた。それは夢のように・・・。子供の頃想っていた医師になる夢は目標になりそのことに邁進してやってきた。もうじき答えはでる。その間に新たな夢ができた。それは女子大相撲。それは、実現できない夢・・・そう想っていた。


 それを自分に納得させるために女子アマチュア相撲の女王としてある意味全うしたと想っている。歴戦の女子プロアマ混合団体世界大会 は、結局あの開催で終了した。日本女子相撲の強さを知らしめた大会であり、その後の日本女子相撲において意義のあった大会であった。そのキーになったのは稲倉映見であった。「葉月山の後継」と言う声が観客が上がったほどに・・・。


  (覚悟はできてる!女子大相撲に自分を賭ける覚悟!そして、和樹とはもう・・・お互いのために・・・)


 林の木々が風と囁くように会話をしている。若き男女の時の流れは秒単位に激しく変わるもの、恋の感情はなおさらに・・・。映見は目を瞑り、林と風の話を聞く。ひそひそ話をするかのような葉が擦れ合う音は、映見の覚悟とは裏腹に憂える心の震えは、自分自身に嘘をついているから、覚悟なんかできていない、覚悟なんかそもそも何の覚悟なのか?


-----------「ピッツェリァ プント」---------


 時刻は午後4時50分、名古屋空港近くの取引先からここまでタクシーで来たのだが予定より早く終わり、「プント」には予定の時刻よりだいぶ早くついてしまい店の前でブラブラしていたのだがオーナーの御厚意で早めに店内に入れてくれ映見を待つことに、和樹は名鉄小牧線の脇の席に座り外を見る。


 この店は中学卒業の春、和樹が勇気を振り絞って映見を誘った店なのだ。相撲クラブの両エース同志だけの食事は、和樹にとって愛の告白をする大事な時間を自ら設定したのにも係わらず、相撲クラブでの思い出話に終始し、和樹の想いは伝えることができず、和樹は東京の名門相撲部がある高校へ行くことに、自分から積極的に動くことが苦手だった和樹にとっては、それが限界だったのだ。


 窓の外をシルバーの四両編成の電車が小牧方面に下っていく。


 電車の台車がレールのジョイントを通過するたびに小気味よくリズムを刻む、あの時はそんな音さえも聞こえなかった。あれから十年近く、またこの店に来るとは想わなかった。それも、今度は二人の大事な話をこの店ですることになるとは・・・。


(映見、今日は二人の関係を終わりと云うか、お互いの気持ちを確認するために来んだ。もう、暫く会えなくなるんだ。研修医として青森に行くと聞いた時、何か気持ちが離れた。名古屋・東京ではなく青森って・・・何かしらの相談はあってもよかったんじゃないか、ましてや・・・)


 店のドアが開くと扉に付けられている真鍮のドアベル が 心地の良い音色を奏でる。和樹の視線は無意識にドアへ、そこには、グレーニットセットアップにオフホワイトに若干グリーンが入ったようなチェスターコートを着た映見が、その姿は、大阪の女子大相撲トーナメントの時と同じコーディネートで現れたのだ。


 映見は、無言で和樹の正面に座る、その表情はどことなく厳しい。昨年の秋に東京で会った映見とは何か違うと云うかある種の覚悟を決めて来たような・・・。


「悪かったな、突然呼び出すような感じになって」


「いいのよ、私も青森に行く前に、直接会って話したいこともあったし」


「この店、だいぶ前に来たけど覚えてるか?」


「二人だけのお別れ会と云うか、愛してるとは言わないまでも好きですぐらいは言うのかと思ったけど、それさえもなく、和樹らしいと云うか、あれが精一杯。落胆はしなかったけどね」


「そうか・・・」と和樹は何か落胆したような・・・。その姿に映見の表情が緩む。


「話したいことは、あるけどその前に何か頼みましょうよ」と映見はメニューを広げる。


 和樹もメニューを広げながらも、チラッと映見の表情を見る。


さっきまでのどことない厳しい表情は緩んっでいた。なにか気負っていた和樹だったが、少し映見の表情にほっとしたと云うか自分の気持ちにほっとしているのだ。


 二人は料理をコースで頼み、あとはアラカルトで何品か頼む。お互い、今日はある意味の区切りをつけるという意味で会うことになった。その区切りとはなんなのか?東京と名古屋の遠距離恋愛が東京と青森になるとかの単純な話ではなく、そこは二人の想いの相違、いや生き方の相違。でもその事を振りにくいのか食事をしながらなんとなく話は相撲クラブでの話になってしまう。二人には今日の再会がもしかしたら関係が終わるかもしれないという空気感を漂っていたのだ。もちろんお互いが何を具体的な話そうとしているのかは知る由もないのだが、けしていい話ではないことぐらいわかる。


「今日は実家に泊まるの?」


「いや、実家には言ってないんだ。それに、明日、朝会議があるんで東京に戻る。色々あってね」と和樹はダージリンティーを飲みながら


「相変わらず、忙しいのね。和樹・・・・そろそろ私達・・・」


「映見。俺、七月からオランダに転勤なんだ」


「転勤?オランダ!?」


「本当は、もっと前に言うべきだったんだだけど、映見の国家試験の事もあったし、自分自身正直迷っていてね、そんな時、映見に研修医先に青森に行くって云われて、なにか霧のような迷いが消えていくようでね、映見が研修医として働きながら真の意味で医師になるのなら・・・。今度の海外転勤から戻ったら独立するつもりで考えている」


「独立?」


「五年、五年後に独立を目指す。お互い30歳になる。もし、映見の気が変わっていないのなら・・・・一緒になって欲しい。本当なら今すぐに結婚しないかと言うべきだが、今はできない!」


「和樹・・・」


「医師になる事が夢であり目標だった訳なんだから、それが達成できれば本当の医師になり次のステップに進む、俺も、独立は一つの目標だった。この五年、お互いに・・・」


「和樹、私・・・」


「うん?」


「女子大相撲に行くかもしれない、可能性は低いかもしれない、そのチャンスが一回だけ・・・」


 映見は和樹の目を見る。和樹は映見からの視線を逸らし脇を通る小牧線の線路に視線を移すと小さくため息をつくとポツリと呟くように・・・。


「たかが女の大相撲・・・・」と和樹


「・・・・・」映見の表情が明らかに厳しくなる。


「正直、云うと今日は映見と別れを切り出そうと想って、今日は時間を作ったんだ。映見が研修医先に青森に行くって云われた時、何かもう駄目だなって、オランダへの転勤はその前から打診されていてね、あの日に決断したんだ海外勤務」


「私のせい!それに、さっき言ったことと矛盾するじゃない!」と若干、声を荒げる映見は和樹を睨みつける。和樹は動じない。


「私が我慢し折れればその時は、納まったかもしれない、でも折れていたら、今の私はない、そして濱田光も」と和樹


「はぁ・・・・何が言いたいのよ!」


「若かりし頃の濱田先生と倉橋監督は、お互いに相手に対する不満の想いを封印して、でもそれはちょっとしたことで爆発する。炭酸水の瓶をおもいっきり振って栓を抜くのか、冷暗の場所に置いて五年後その栓を抜けるのか?」


「・・・・」


「五年後、もし、お互いの気持ちに相違がなければ、どこかで・・・それじゃ」と云うと和樹は席を立ちレジカウンターで支払いを済ませ外へ・・・・。


 一人、席に座る。映見。これは、別れなのか?それとも・・・・。


 







 

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