監督、ありがとうございました! ⑧
真奈美は、マグカップを持ちながらベランダに出るサッシのガラス戸の前に立ち名古屋の街並みを見る、遥か上空には旅客機が飛行機雲をスーッと一直線に描きながら・・・。すでに冷め切ったカリシンビw.sを一口、なぜかキャラメル感が強まっているのは気のせいか?
「私は、光さんの一言で離婚までしてこの監督と言う仕事をすることになった。会社経営としては、怖いぐらいに順調で、何も不満はなかった。でも、夫婦としての関係は冷え切っていたと云うよりも、何か乾ききっていたのよ、私は、光の会社において広報兼秘書として自分の能力以上にやってきた。そのことは、当然だと想っていたし迷いはなかった。でも、自覚のないうちに心に大きな穴が開いていた・・・。」
「監督・・・」
「高校・大学の相撲部監督の評価と云うか、勲章と云うか・・・何人プロに行き活躍できるか・・・その意味では私は失格なのよ・・・女子相撲をやっている者の夢は、女子大相撲に入門し活躍する、女子大相撲そして世界へ・・・。でも、私の中ではそのことが幸せなのか?そんな夢がかなえられる者など僅かしかいない、【文武両道・自主独立】が西経女子相撲部だと想ってやってきた。たとえ、女子大相撲に入門して失敗しても、人並以上に生きていけるように、そして、社会人としての役割を果たせるように・・・・。うちの相撲部から女子大相撲に入門して活躍できたのは伊吹桜含めて僅かしかいない、それは、ある意味当然なのよ、大学で相撲を全うしきって社会に飛び立つ事が飛び立たせることが私の監督である意味の使命だと想っているわ!それは今でも!」
「私のことを言ってるんですね?」と映見
「ご両親は納得しているの?」と真奈美
「色々ありましたが納得はしてもらいました。ただ、秋の実業団全国大会で優勝しなければ入門すらできませんから」と映見は真奈美の後ろ姿を睨みつけるように・・・。
「女子大相撲に入門することはあなたにとって、大事なキャリアを積む時間を失うのよ!」
「私にとって、夢だと想っていたことが実現できるチャンスに出会ったそれも、一回限りの!」
「夢?」
「監督は、私が女子相撲を目指すのは反対なんですね?」
「卒業後の進路に反対も賛成もないは、そもそも私が言える立場ではないし」
映見に背を向けていた真奈美は、映見を正面に見据える。どうしても映見と二人になるとこうなってしまう。相撲の才能があればあるほどに、近年の映見の活躍は女子相撲をしている者にとって、目標であると同時に自分達にもできるかもと言う自信に繋がっていた。そんな映見が女子大相撲に入門しない事は、理由があるとは言え残念がる人達は多い。それは、真奈美自身も・・・。でも、それは先の人生を考えたら・・・。
「監督に相談しなかったのは、悪いとは想っていますが」
「もういいわ、あなたが決めたのなら私があーだこーだ言うつもりはない。正直ね、あなたに、女子大相撲に入門したいとか言われたらどうしようかと的確なアドバイスができないと想っていたから、あなたの考えは的を得ていた。それで良いのよ・・・ところで、なに和樹君と会うのこの後?」
「えっ、えぇ・・・」
「和樹君はなんって言ってるの?」
「えっ・・・」
「話してるんでしょ?」
「・・・・・」
>「監督が相撲部の監督を選んで、濱田先生と別れたように、私も・・・・」
西経女子相撲部元マネジャーの瑞希と話した時に出た映見の無意識の本音。でも、そのことに覚悟はしている、昨年の秋、東京で会った和樹の態度に自分との距離を感じたのだ。青森に研修医先を選らんだ時点で答えは出たのかもしれない、現実の医師と言う世界でやっていくと決めていたのに、突然やって来た夢への扉。研修医先で相撲ができあわよくば・・・そこに失うものはないと想っていた。ダメならばそのまま研修医として働ける環境がある。でも、大事な事が抜けていた。それは和樹との関係をどうするのか?女子大相撲の件を話して喜んでくれる?映見にその確信がとれるとは到底思えなかった。
「研修医として青森に行くとは、昨年の秋に東京に行った時に話をしましたが、「遠いな」って云われましたけど」
「あなたの云い方は、別れるのもやむなしと聞こえなくもないけど?」
「和樹より相撲を取ったのかも知れませんけど・・・」
「本気で言ってる?」
「この話、私は自分のことしか考えていなかった知らぬ間に、実業団全国大会で優勝できなければ、そのまま研修医として続ければ良い、そこに、和樹との関係は考えていなかった。そのことに希薄になっていた・・・」
「私みたいになるわよ、そんなこと言ってたら」と真奈美は映見に厳しい表情を見せる
それは真奈美の本心と云うか、後悔はしていない、自分が後悔などと言ってしまったら今まで、私を慕ってくれて女子相撲部に入った学生達に失礼以外の何物でもない。ただ監督にならなければ・・・私の人生は全く違っていたはず、多分相撲との関わりも、いち相撲ファンぐらいで・・・。
「監督が相撲部の監督を選んで、濱田先生と別れたように、私も・・・・」と映見は言わなくていいことを
「・・・・・」真奈美の表情がさらに厳しくなる
映見にそんなことを言われる筋合いはないとは思いつつも、あの別れは私の人生のターニングポイントだった。光のあの言葉がなければ、少なくとも別れることはなかった。私が聞き流せばよかったのだでも、あの言葉は許せなかった。同じ相撲をしてましてや私の稽古相手をしてくれていた光に「たかが女の相撲」あの言葉だけは許せなかった。お互いにいっぱいいっぱいだった時に、光のいらいらを受け流す余裕の気持ちは真奈美にはなっかた。
「和樹は海外の大きな仕事を任されてるそうです。着実にキャリアを積んで・・・医師のキャリアを積まなければいけない最初の研修医として立場のくせして、本命は女子大相撲と言う矛盾。多分、和樹は私を受け入れないでしょう?」
女子大相撲に入門したところで何年できるのか?一年?三年?五年?。元絶対横綱【葉月山】に言われたことは正論だと思う、もしかしたら十両すら上がれず関取にもなれないかもしれない、だったらその時はすぐ引退して研修医として戻ればいい、そんな軽い気持ちでいた。でも、時が経つにつれそんな軽い気構えの自分が許せなくなっていた。【葉月山】を名乗りたいと云っている者が・・・。
「本気なのね!女力士を目指すこと」と真奈美
「30歳で区切りを付けます、五年の時を相撲に賭けてみたい!医師としての大事なキャリアを積む時を犠牲にしても!そして、私のわがままを許してくれた両親のために!」と映見の表情は真奈美以上に厳しい。
「私みたいになるわよ、自分で自分の首を絞めることになるわよ!」
「覚悟はしてます。自分で選らんだ女力士への道ですから!」
映見は、西経女子相撲部史上最強の選手であることは疑いないそれよりも、日本最強、世界でも五本の指に入るであろうアマチュア相撲選手だったと想っている。そのくせ勝負に拘らないだ女子大相撲に興味はないだ強気な事を言っておきながらちょとした衝撃で崩れる時は意外と脆い、そんなガラスのような相撲選手が初めて見せた相撲での勝負魂!女子プロアマ混合団体世界大会での映見は、最強アマチュア相撲選手に相応しく、百合の花・桃の山の両横綱にひけをとらない勝負へのこだわりは真奈美を熱くさせた。女子大相撲力士であるかのような気迫は真奈美を奮い立たしてくれた。そんな映見の姿に女力士としての映見を連想させるような・・・絶対横綱【葉月山】のように・・・。山下紗理奈が椎名葉月を溺愛したように、私は稲倉映見を・・・・。
「そうかい、映見がそこまで言うのならもう何も云わないよ、精神的に脆いくせして頑固だから、一番面倒くさい部員だよ、まったく!」
「監督をリスペクトするほどに、似てしまいまして」
「ハァ?まったく口だけは絶対横綱だね」
「私、監督に見て頂きたい!私の力士姿を・・・」
「映見・・・」
「世界大会で表彰台を逃した時・・・・倉橋監督でなければ・・・とっくに辞めていた・・・とっくに」
映見の表情が曇る、映見にとって倉橋との出会いがなければ、ここまで相撲は続くことはなかったまして世界の強豪と渡り合えるなんて考えもしなかった。そして、プロへ、女力士の道へ・・・。それは、自分の夢であることではあるけども、それ以上に監督にその姿をそして、活躍する姿を・・・。
「映見、それは違うよ、西経女子相撲部のもっとうは【文武両道・自主独立】私なんかたいしたことはしてないよ、人に言われてやるようじゃ上にはいけない、相撲だけじゃないけど上に行く奴は才能だけじゃなく、それ相応の挫折をし試練を乗り越えてくる奴ではないと上にはいけない!映見はその壁を乗り越えてきた。青森の柴咲総合病院 女子相撲部からの誘いはあなたが引き寄せたのよ、十和田富士さんから直接誘いを受けたの?」
「監督がタイに行っている時に、一花さんが私を十和田富士さんと会わせてくれて、その時に」
「女子大相撲協会からのタイのアマチュア相撲協会の幹部と会ってくれと言う依頼はそう言うことだったか」
「このスキームを書いたのは、理事長の懐刀の遠藤美香さんで」
「遠藤さん?・・・そう言うことだったか・・・ってそこまで十和田富士さんが云ったの?」
「いいえ、昨年の秋に東京に行った時の帰りに偶然、品川駅で声をかけられて」
「そう、私はまだ一回もお会いしたことないのよね、紗理奈さんの懐刀・・・どんな人だった?」
「物凄く博識で、一見怖そうですけど、話してみると優しく」
「そうか・・・そこまでして女子大相撲は、あなたを評価してくれているという事か、そこは私も素直に喜ぶことなのでしょうね、昔の私ならそんなことをされたら烈火のごとく協会に文句を言ったでしょうけど私も随分丸くなったものね」と真奈美はとぼけた表情を見せる。
「人間的に熟成されたと?」
「何偉そうに、熟成というより腐敗寸前だと想ってんじゃないの?映見にしろさくらにしろなんで学年が上がるほどに性格が悪くなるのは何!」
「師匠に毒されて・・・西経女子相撲部の悪しき伝統だと・・・」と映見は真奈美を正面に見据えにこやかな表情で・・・。
「ほぉー・・・そこまで云うか」
「瞳先輩が、新監督に就任したら変わるんでしょうね?・・・」
「瞳は私以上に悪女だから、悪しき伝統は継承されるわ。後のことはしらないけど」
「すいませんそろそろ、私・・・・」
「あぁぁごめん和樹君と会うんだよね、あっ、もしあれだった送ろうか?どうせクラブに行くんだから」
「あぁちょと寄りたい所があるんですいません」
「そう・・・」
映見を玄関先まで送る
「エントランス出て右に名城線の駅があるから」
「わかりました。今日はなんか、本当は栗橋教授とランチのはずが、申し訳ありません」と頭を下げる映見
「いいのよ、栗橋とはまた改めて・・・映見!」
「あっ、はい」
真奈美は映見を見ながら一呼吸おくと・・・
「私と同じ過ちをしなさんなよ、映見は私とよく似ているから・・・とても危なっかしくって」
「・・・私」
「私は、濱田光の心の内を受け止め理解することができなかった。光の苛立ちを理解する余裕がなかった。今、あの時のことを想えば、私が悪かったのよ私が・・・」
「監督・・・」
「和樹君は何か光の雰囲気を感じるのよ、若い頃の光のように、冷静のように見えて、心の奥はマグマのように沸々と、私はそのことを感じ取れなかった・・・」
「・・・・」映見はその言葉に何も問わず軽く会釈をするとそのまま部屋を出て行く、ドアクローザーがゆっくり扉を閉め「カッタ」と音たてる。
(なんで私は映見に余計な事を・・・言う必要はないのに「映見は私とよく似ているから」そんなことを言う必要なんか)
真奈美は自分の寝室へ、壁には一枚の半切り写真が額に入り掛けてある。 女子プロアマ混合団体世界大会決勝戦、ロシアの絶対横綱アレクサンドロワ アンナとの一戦、向い討つは女子アマチュア相撲女王稲倉映見!世界の絶対横綱アンナに日本のアマチュア相撲女王が勝てる相手ではない、それでも闘志むき出しの映見の白黒写真は初めて見せた勝負魂。その写真を目に転写させるかごとき瞬き一つせず。
(あなたは、女子相撲部監督としての意味に自信を失いかけていた私に希望をくれた。アマチュア相撲の女王!あなたにこれ以上相応しい称号はない!だからこそあなたには幸せになってほしい!だからこそ・・・あなたには私と同じようなことにはなってほしくない!でも・・・あなたの力士姿に・・・)
真奈美はおもむろにデスクに置いてあるスマホを取る、そして・・・・。




