監督、ありがとうございました! ⑦
フレンチレストラン La cerise (ラ・セリーゼ)。コンクリート打ち放しの三階建ての一階に真っ赤な木製の扉が目を引く、外見からは何の店だがわからない。映見は扉を開け中へ入ると女性スタッフが応対する。
「いらしゃいませ、ご予約の方でございましょうか」とスタッフ
「西経大学の栗橋教授で予約をしていると思うのですが」と映見
「はい、受けたまわっております。コートお預かり致します」とスタッフは映見のトレンチコートを預かり店内へ案内する。店内には十卓ほどのテーブルが置かれ、すでに他のテーブルは埋まっている。映見は椅子に座り真奈美を待つ。映見は左腕に巻かれた華やかなピンクゴールドカラーのシチズンクロスシーをさり気なく文字盤を見る。12時15分。少し早く着き過ぎたが・・・・。
周りのテーブル席ではそれぞれなごやかに老若男女が至極のランチを楽しんでいるのに、映見はど緊張状態、当然に柴咲総合病院 女子相撲部の話になる、それをどう説明するのか?今日、話すつもりではいたものもの、まさかこんな場所で会うこともそうだが高級フレンチでランチなんて想定もしていない。口の中が乾燥でもしてるかごとき、歯の裏に舌を当て舐めまわす、テーブル上にはグラスに注がれた天然水があるのにも係わらずそれさえも目に入っていない。異様に長く感じる秒の流れ、まだ五分も経っていないのに・・・。
「・・・・映見か」と聞き覚えのある声、無意識に勢いよく席を立ってしまった。テーブルに体が接触しグラスの水が波打つ、数卓のお客はその様子に一瞬びっくりした者も・・・。
「あっ・・・あの」と映見の声が裏がえるような高い声
「ちょ・・・ちょと座って」真奈美は右手で押し下げるような仕草をしながら小声で
「あっ・・・はい」と映見は云うとゆっくり座ると、テーブルの水をグラス半分ほどを一気に飲むと、少し気が緩んだか、深く息を吐いた。それを見ながらスタッフに椅子を引いてもらい席に座ると軽く息を吐く、真奈美も少し緊張しているのだ。
スタッフが今日のランチメニューを説明すると飲み物を聞いてきた。
「映見、ワインでも飲む?」
「えぇ・・・お任せします」
「飲むのか飲まないのかを聞いているのに、おまかせってどっち?」
「頂きます。ノンアルで」
「ノンアルね」
スタッフがワインリストを渡すと、真奈美は一通り見た後で、ノンアルワインをお願いした。スタッフが離れると、真奈美は映見をじーと見る。
「な、なんですか?」
「栗橋に行けって云われたか?」
「相撲場に行ったら栗橋教授がいらして」
「あの女、いつのまにか相撲場をあいつの居場所見たいにしやがって全く」
「マスターズ大会出るんですね?」
「栗橋にけしかけられたと言うのもあるんだけど、なんだろうね出てもいいかなーって、自分でもびっくりはしてるんだけど」とはにかむような表情を見せる真奈美
「栗橋教授は相撲やっていたのはなんとなく知っていましたけど、総合政策学部の山科教授もやられていたなんて・・・」
「山科教授は私より下で、大学でも世界でも優勝はできなかったけど表彰台の常連でね女子大相撲入門まで考えていたんだけど、ご両親を説得できなくて今に至るって感じでね、まぁ栗橋教授が誘いをかけて出ることになってね、わからないものよ全く」
「栗橋教授は優勝狙ってるて息巻いてましたけど」
「当然よ、当たり前じゃない!」
「狙ってるんだ・・・」
「三人とも負けるのはいやなんで、優勝して世界狙ってるから!」
「・・・・」
「(*´Д`)って顔ね、あと一人は、青葉の諏訪瑠璃子に招集かけたから、あいつは私達より格下だけどしょうがない、あいつは予備登録人員だから!」
「青葉の監督さんが予備って・・・」
「西経主導の人選なんだから、瑠璃子は私達に感謝する立場だからね!」
「・・・・」
倉橋真奈美は何か変わった。それがいい意味でか悪い意味でか映見には判断がつかないが、少なくとも、枯れ際の監督と云うよりかもう一花咲かせます見たいに活力が漲っているように・・・。それは、私の女子大相撲入門の件を問わないカムフラージュでもするように、でもこの事は私の口から監督に告げる事だと、だから今日、大学の相撲場に来たのだ。本当は優雅にフレンチランチなんかの気分では・・・。
アミューズ
・名古屋コーチンのブリオッシュ
・ほうじ茶メレンゲ 人参ムースとオレンジ
・ブラックオリーブとごぼうクリームのサンド
・ごまガレット
・ねぎムースに抹茶の泡
メイン
カリフラワー 白魚
グリーンアスパラ 蛍烏賊 八朔
神経〆桜鱒 指宿の春豆
天恵美豚
「ねぎムースにほうじ茶のメレンゲって考えたわね」と真奈美
「こんなの初めて」と映見
「栗橋、可哀想に・・・・」と無意識に映見を見てしまった真奈美
「・・・・・」おもわず手を止めてしまった映見
「いやだなもう、私の云い方がよくなかった。ごめん映見、別にあんたが悪い訳じゃないから」
「栗橋教授に・・・・」
「そんな良いからもう、彼女が気をまわしてくれたんでしょうから・・・・」
「私・・・・」
「映見、この後少し時間ある?」
「夕方、自宅の近くで和樹と食事することになっていて」
「ふーん、そうなんだ、じゃ近くまで送るは、今日、光の替わりに相撲クラブの指導をお願いされて、迷ったんだけど」
「指導って、えっ・・・」
「年に一回か二回よ、ちよっとどうしても仕事で外せなくて他の人にお願いしていたんだけど、今日はどうしても都合がつかなくて私がって・・・なんでもやってくれるとおもうなよって感じよ」
「幸せですね」
「なに、なんか意味深ね」と真奈美は苦笑気味に
そこから、話はお互い進めなかった。映見はこれから和樹と会うことの不安とある意味の決断の予感。真奈美は西経女子相撲部から去る自分と最愛のアマチュア相撲選手である映見の女子大相撲力士への道がどうなるのか・・・。
店を出て二人は、真奈美のマンションにタクシーで向かう。タクシーの車内では特に話すこともなく、十分程でマンションに到着。二人は十二階の真奈美の自宅へ。
「今、コーヒーでも入れるから座って」と真奈美はキッチンへ。
窓の外に広がる名古屋駅前の高層ビルの何棟が目に入る。リアルではあるのだが何かimaginary(想像の)を見ているような一面も、夜だとまた違う印象なのだが・・・。映見にとっては、女子プロアマ混合団体世界大会の強化練習会の前日に泊まって以来、その時はさくらも一緒に泊まったが一人で訪れるのは初めてだ。壁には油絵やリトグラフなどがかけてあるぐらいで物は殆ど置いていない、実にシンプルなリビングである、映見はリビングのソファに座り外を見る。監督の自宅に、よりによって今日来るとは何かこれからの自分にとって大事な物語のワンシーンでもあるのかの様に、(和樹とのこれから・・・そして、女子大相撲・・・・)
真奈美は少し大きめのコーヒーカップを持ってきた
「いい香り」と映見の鼻をくすぐる
「いい香りでしょ、これってルワンダのカリシンビw.sなのよ、値段的にまぁまぁいいんだけどね、とても丁寧に精製されており、品質にばらつきが無いのよ、現地の女性がもの凄く意識が高くてそれが品質に現れてるのだと思う、そのことは彼女らの賃金となって帰ってくれば、もっと意識も高まりそれが生活水準の向上になれば、生きていく糧にもなる。同じ女性として少しでも役に立てるのなら、きれいごとに聞こえるけどね」
「ルワンダって確か過去にジェノサイドで国民の二割が・・・」
「よく知ってるわね、でもその後は急速な経済発展をしてアフリカの奇跡と云われたは、まだまだ問題はは山積みだけどね,その意味では教育の重要性は最もやらなければならない一つだと、わたしもまがりなりにも客員教授なんてやってるので、それはひしひしと感じる。なんか偉そうなこと言ってるけどね」
「監督からそう言う話聞いたの初めてと云うか・・・」
「西経女子相撲部は、【文武両道・自主独立】私は相撲ができて、女子大相撲や世界で活躍できればそれで良いと云うだけでは、世界を視野に考えた時、相撲以外の視野で女子相撲をしてほしいのよ、その意味では、さくらには期待をしてはいるんだけど、ちよっと迷ってるみたいでね」
「迷ってる?」
「彼女、イギリスに留学して色々授業についていけなくて苦労したらしいんだけど持ち前の頑張りと前向きな気持ちでグローバルビシネスのゼミに入ることもできたことにすごい自信がついたらしくてね、女子大相撲に入門することが当然と云うかその一択しかないと想っていのに、自分に新たなる可能性もあるんだってことに気づいたって」
「行かないんですか、さくら?」
「どうかな?私は力士になったとしても、さくらが学んだことは世界の女子相撲の発展には必要な事だと想うけど、私からあーしろこうしろとか言うつもりは毛頭ないし、さくらが決めることだけど」
さくらとは、電話やTeamsなどで顕著ではないが取り合っていたがここ半年ほどを色々あって取り合ってはいなかったが、映見からしたら意外、妙義山関がいる海王部屋に入りたいとか言っていたのに・・・。
「さくらがそんなこと考えていたなんて・・・」と映見はコーヒーを啜る
「どう?」
「香りはもの凄く甘いのに、飲み口はレモンって云ったら大袈裟だけど酸味が勝っているというか・・・でも嫌味のない酸味です、それと後味にキャラメル感が微かに残ると云うか・・・うん?・・・なんですか?」と映見が自分を凝視していることに・・・。
「映見って、意外と食に敏感?」と意外と云う顔の真奈美
「私、意外とそう言うの繊細なんで、なんて」と苦笑いの映見
真奈美は、そんな映見を見ながらもどこか心は違う方を見ているようで・・・。映見が女子大相撲に入門する方法は少なくとも学生時代にはほぼ無理だった。医師の国家資格を目指している者が大学六年の大事な時期に、女子大相撲入門の特例措置を獲るために時間を割くなどあろうはずもなっかたし、それは、普通に考えればわかることだし、映見自身大学五年以降、女子大相撲入門のことなどいつのまにか話さなくなり、稽古はあくまでも、勉強の気分転換だとおもっていた。
そんな映見が青森・柴咲総合病院 を研修医先に選らんだことに、特段深くは考えなかった。相撲部設立のことは知っていたが、それも深くは探らなかった。「研修医しながら好きな相撲ができるじゃない」ぐらいのことしか思わなっかた。
そんなある日、ネットの相撲サイトの記事で、男子の実業団全国大会で高校教師が優勝し特例措置で通常なら年齢で引っかるところを、優勝したことで教師を辞め幕下三枚目から入門するという記事を目にしたのだ。その時は、「わざわざ、教師を辞めてまで」と他人事のように想っていたのだが・・・。
その流れで、なんとなく過去の女子実業団全国大会の結果や記事を見ていくうちに、唯一、実業団全国大会で優勝の特例を使って女子大相撲に入門したものがいたのだ。結論から言えば幕下上位から入門したものの、十両昇進後一場所目で幕下陥落し引退、年齢的ピークを過ぎ先がなかったというのが本音だったようだ。女力士にとって二十五歳はもっとも脂の乗り切った時期、そこから入門し、幕内にあがれれば御の字だろう。
昨年の夏の郡上大会は、石川さくらを欠くも団体優勝を果たした。大会終了後は選手達は郡上踊りへ、真奈美はそのまま自分の車で帰路に就くことに、そんな真奈美に、映見達が参加した郡上大会や郡上踊り、そして、山下紗理奈・椎名葉月との一夜の語らいが脳裏に浮かぶ、一時間弱のドライブを終え、車は自宅マンション地下駐車場へ、車を止めエレベータへ向かう、暫くの待ち時間、ふとあの日の女子大相撲広報の一花の言葉が・・・。
>「理事長はなにか考えているようですよ、少なくとも口には出されませんが稲倉にチャンスの機会を最良の選択を・・・少なくとも後ろ向きの倉橋監督とは・・・」
真奈美は映見を凝視する、自分の知らないところで事が動いていたかことは正直面白くない、でも・・・。その真奈美の表情の意味を感じ取る映見。時が止まったように、女子大相撲を選ばなかった真奈美、女子大相撲を選ぼうとする映見。
真奈美の頭に浮かぶあの絵馬にかいてあった文章が・・・・。
>「彼女の医師への入り口は一つの通過点でありその先の人生は長い、そんな途中に少しだけ夢を見さして上げてほしい、天下のことをことごとく知る神ならば、その意味は理解されているはず。本当の夢は、自分が想っていた夢を失った時から始まる、だからこそ、彼女の夢を叶えさしたい」




