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女力士への道  作者: hidekazu
女力士への道 ②

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242/324

監督、ありがとうございました! ⑤

 一人残された映見。何かこんなことになる予感はしたけど、意外にも冷静でいられる自分に驚いていたのだ。


(「仕事仲間だからそこに特別な感情はないから」お似合いじゃない彼女・・・)


 和樹が東京の会社に就職しもうじき二年。お互いの環境が変わり毎月会うこともだんだんと減っていった。東京と名古屋の距離よりも学生と社会人の距離は想いだけでは理解しえないものがあるのだ。


 >「今は医師免許取得が最優先じゃないの?今やるべき事はそれじゃないんじゃないの?俺だって今は自分のことでいっぱいなんだよ、その話は、映見の事が終わってからしようよ、この一年はお互いにとって次のための大事な一年だろう!映見も俺も今はそれじゃないだろう!」


 確かに和樹の云うとおりかもかもしれない。和樹との関係を考えれば少なくとも青森などと言う選択はしなかった。整形外科志望であるのは確かだが本音は女子大相撲入門に心を動かされたのだ。名古屋で十和田富士さんと会うことがなければ今度の研修医として働く病院は少なくとも青森と言う選択は候補ですらなっかたはずなのに・・・。店を出るとそのまま新幹線乗り場に向かう。特に新幹線の予約もしていないし乗れる列車に乗ればいいと、自動券売機に向かう映見。


「稲倉さん」


「・・・?」


 映見は後ろを振り向く、近くに一人立つ中年から初老と云った感じの少しふくよかなその女性に一切見覚えがないのだが・・・。GIORGIO ARMANIのブラックのワンピースは艶めく黒と言う感じで、その女性の心の強さとでも云うのか川の流れの中にある大きな石と言うべきか?その表情に笑みはない。左手にはボルドー色のレザー製トートバックがアクセントとして女性を際立たせる。その女性は人の流れを横切るように映見に近づく。


「いきなり声をかけてごめんなさいね。私、遠藤美香と云うより三神櫻と云ったほうがいいかしら?」


「三神櫻?えっ?」


「以前、あなたが十和田富士さんと名古屋の新幹線ホームにいるとこを偶然にも見てしまってね、厳密には偶然でもないんだけど」


「それは、私と十和田富士さんとの関係を知っているってことですか?」


「知っている・・・紗理奈がうるさくてね」


「紗理奈?って理事長さんの事ですか?」


「時間はあるかい?」


「時間ですか?」


「食事まだだったらどうだい?」


「・・・・」


「あなたとはさしで話すことはないと想ったけど・・・・」


「・・・いいですよ、わたしもお聞きしたいことが」


「そうかい、それじゃ」


---------高輪 遠藤美香のマンション------


二人はタクシーで、目黒川沿いのステーキ店で食事をした後、高輪消防署二本榎出張所近くの美香の仕事場のマンションへ向かう。


 昭和8年に建てられた二本榎出張所(旧高輪消防署)は、平成22年3月26日に「東京都選定歴史的建造物」に選定された。第一次世界大戦後に流行した「ドイツ表現派」の建築設計で、そのレトロな外観から、地域のシンボル的な存在となっており、年間約1,200人の方々が見学に訪れています。面白いのは「岸壁上の灯台」や「海原を行く軍艦」と云われているほど有名なのに設計者は不明と言うのも謎めいている。


 15階にある美香の仕事場からはレインボーカラーの東京タワーが見える。部屋の中はあくまでも仕事場でありスチール書棚にはファイルボックスやら書籍が並んでいる。歴史・経済・純文学・哲学などなどあらゆる分野の書籍が乱雑に並べられているのだ。映見はその書棚を見ながらふと目に止まるものが・・・。


  (Clinical Kinesiology and Anatomy (臨床運動学と解剖学)こんな本までそれも洋書!?)


 その隣には、藤田恒太郎著の人体解剖学が、1947年という戦後まもない時期に初版され改訂版を出し続け今に至る日本の解剖学のスタンダードと呼べる教科書である。


             (三神櫻さんっていったい?)


 女子大相撲のコラムやテレビ解説などのイメージしか持っていなかた映見からすれば、元三神桜という人物は謎なのだ。理事長の懐刀とはよく聞く話だが・・・。


「物書きは広く薄く知識を得てないと商売できないんでね、それと、受けた仕事は必ず締め切りを守る。内容はそれなりでも・・・約束を守れないと次の依頼はないからね、その医学書は相撲の技術的解説の講習会での資料で使ってね、そんなことは協会の人間でやれよと想うのだけど紗理奈からのご指名だと断ると次の仕事の依頼が来ないんでね、なにせ講演料は私の言い値でやらしてくれるからね」と美香は笑みを浮かべながら


「あまり相撲の書籍とかはないんですね?」


「雑誌のコラムとか解説の仕事は、女子大相撲のご奉公のつもりでやってるし一応は横綱まで張ったんでね、相撲の歴史的なことは別としてそれ以外の事はあまり他人の事を参考にするのはねぇー、それでも【鷹の里】さんの書いたものは大分パクった。じゃなくて参考にしたけどね、そうしたら旦那じゃなくて奥さんから烈火のごとく怒られたよ、ちゃんと参考資料の記載は入れたんだけどな」と苦笑気味に。


「理事長の懐刀ですよね?」


「紗理奈を見てると危なっかしくてね、意外と感情的だから誰かがリード付けないと危なっかしくてね、土佐犬みたいなもんでね元々闘犬用として作られた犬だから、それと同じで紗理奈は闘争本能が強いからそれに根っからの勝負師だからね、だからこそここまで女子大相撲を持ってこれただんだけど。葉月山・百合の花・二代目妙義山、初代妙義山がいなかったら絶対に消滅していたよ女子大相撲は」


「それじゃ、美香さんは?」


「刺身盛り合わせで言えばわさびみたいなもんかねそれも特上の」と笑みを浮かべる美香


「特上の」と映見は復唱して苦笑


 時刻は午後九時を回ったところ、本来なら品川から夕方の新幹線に乗れば午後十時前には着けたのだが今からだともう名古屋で足止めになってしまうのだ。そんなことで、今晩は美香のマンションに泊まることに、映見にしてみれば意外な展開になってしまったが、美香との食事は本当に楽しかった。女子大相撲にとっての遠藤美香の存在はあくまでも黒子に徹し女子大相撲のために動く、その一環でもないのだが、映見の女子大相撲入門のチャンスを作り、もしダメだとしても彼女がアマチュア相撲選手として活躍できればそれも女子相撲界にとって悪い話は一つもない。社会人になっても相撲を続けられる環境を作ることも女子相撲にとっては女子大相撲以上に大事なことなのだ。


「奥の部屋が寝室だからそこで寝て」


「でも、美香さんは?」


「私は、一仕事するから構わないで、キッチンの横にバスルームがあるから、寝巻とか全部用意してあるから」と云うとデスクチェアーに腰かけデスクトップのパソコンを立ち上げる。


「私は女子大相撲は諦めていました。学生の間に特例の資格を得ることは、医師になるための勉強に支障をきたす、だから相撲は学生で終わりと、そんな時に持ち掛けられた十和田富士さんからの誘いに、迷うことなく・・・思案することもなく無意識のままに、正直言うと少し今の自分にそして先の自分の事になにか怖いと云うか、それでよかったのかって」


「映見、それは来年の実業団全国大会で優勝したらの話だろが、その時に改めて考えればいい、今度の話は、理事長から相談されたんだけど、彼女がここまで映見の女子大相撲入門に熱心と云うか最初はわからなくてね、まぁ今もよくわからないけど、彼奴の力士の基準は葉月山なんだよ,葉月山が基準じゃ同等な力士は彼奴の娘しかいないだろう?でも、それに映見が該当したと云うか、倉橋真奈美がアマチュア最高傑作とまで言いのけた映見をどうしても女子大相撲に入れたいと云うか試したいってところかな?」


「試したい?」


「倉橋真奈美は大相撲には行かなかったが、指導者として女子大学相撲に君臨した。対して紗理奈は部屋を持たず指導者としての役割を果たさなかった。葉月山と言う偉大な女力士を入門させたことは功績だけど、それだけと云えばそれだけ、本当は指導者として力士を育てられたはずなのに・・・」と美香


「でも、これだけ女子大相撲が発展したのは理事長の功績ですしましてや世界にも、東京でのあの大会だって、理事長が決断しなかったら実現できなかって監督は言ってました。美香さんが言っていたように、現役の時も今もやっぱり勝負師なんだって、私、如きが偉そうに云う事ではないですが、それは二代目妙義山関はなにかお母さまのような勝負師のような相撲で・・・あっ!」おもわず口をふさぐ映見


「なるほどな、紗理奈が映見に執着するのがわかったわ。相撲がしたいだけだとか言っていたけど本当は、映見は勝負師なんだよ、十和田富士さんの誘いだって即答せず思案するふりだってできたのにしなかった。大相撲は勝負の世界!ましてや、いまや日本どころか世界を相手にしなきゃいけない、勝負師としてはうずうずしてしょうがないよな!桃の山から妙義山になって彼女は豹変したと云うより元々持っていた母譲りの勝負師としての魂がやっと目を覚ましたんだ!それに対抗できる資質があるのは稲倉映見ってところなんじゃないか?彼奴の想いは・・・」


「・・・・」


「監督には相談してないのか本当に?」


「これは、自分だけで決断したいと・・・監督に何か云われたらまた迷ってしまうかも」


「迷う?」


「今は、石川さくらの事に専念してもらいたいので、それに何か辞めるんじゃないかと・・・・」


「辞めるのか?」


「なんかそんな気がして、だとしたら正直にお疲れ様でしたと言ってあげたいです、多分私が一番手間がかかった選手でしたでしょうから」


「究極の一品は作るのも維持するのも大変だよな確かに、それに気難しそうだし」


「よくわかりますね、私の性格」


「伊達に生きてないんでね、それに鬼の妙義山の相手をしてたらいやでも神経使うんでどうしても相手を探るような癖がね、意外にも臆病者なんで」


「そうですかぁー、敢えて云えば勇敢な戦士とか?」


「戦士?あぁ、相手は怪獣だからな、今度会ったら云っとくよ」


「ちょっと美香さんが言ったんじゃないんですか!」


「まぁ、怪獣と云うより恐竜だから、怪獣は架空の生物だけど恐竜は実在した生き物、紗理奈は恐竜だから、いつ滅びんだろうな?」


「それはうちの監督もそうですが」


「意外と言うね映見、本当は相当性格悪いだろう?」


「美香さんには敵いませんが・・・」


お互いに笑みを浮かべ顔を見合わせる、紗理奈が珍しく、映見を入門させたいと云ったのはあの東京での大会以降のこと、葉月山を入門させた以外そんなことを言った事がなかったのに・・・。人生には自分の努力や才能だけではどうしようもないことがある。それは、【運】それは単なるラッキーと云ってしまえばそれまでかも知れないが・・・十和田富士の実業団相撲部の監督就任、ましてや医療法人で厚生労働大臣指定の臨床研修施設であることは、まるで映見のために用意されたように、すべての条件が揃ったとしても、それを決断したとしても、実業団全国大会で優勝しなければそこで終わる。それは運ではなく、本当の実力で決まる。


 映見の後ろの窓から見える東京タワーの照明がぱっと消える。時刻は午前零時。消灯の瞬間を恋人と一緒に見ると幸せになれるという伝説があるとか、0時近くになるとカップルが東京タワーの下に集まるとか?


(紗理奈、本当はお前自身がやるべきことだと想うがそれをしないのは自制か?そんな性格じゃなかろうに、お前は偉大な力士を育てたよ、葉月山しかり二代目妙義山しかり、いや女子大相撲そのものを、でも、私がいなっかたらどうかな?)


「なんですかその笑みは?」


「映見、力士としての命は短い、ましてや二十五歳はもっとも油がのった・・・そこからのスタートだぞ」


「監督に、お前は花に例えると牡丹だと云われました。牡丹は散るときに花びらが1枚ずつ散りますそれも一気にパラパラと落ちる。それが私の力士になる覚悟です」


「君に似る 白と真紅と 重なりて 牡丹散りたる 悲しきかたち」


「与謝野晶子ですよね?」


 その問いに答えず、美香はふと立ち上がり窓にもたれかかり照明の消えた東京タワーを見る。赤い光が点滅しているさまはまるで心臓の鼓動のように・・・・。

 





 


 

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