監督、ありがとうございました! ④
-----------昨年秋・東京都品川区 西大井 ---------
映見が東京に来た目的は目白にある東興医大でのイタリアナショナルメンバーの女子相撲選手でありながら整形外科医師でもあるAntonietta Di Martinoの後援会を聞きたかったのと元横綱【百合の花】の旦那である隆一に会うことが目的だった。青森・柴咲総合病院 からの内定を受けた報告と色々決めるさいにアドバイスをしてもらっていたのでその御礼もかねて隆一の診療所に伺ったのだ。正直、そんな余裕はないのだがある意味に詰まってしまっている自分をリセットする意味で東京に来たのだ。
イタリアにはプロリーグはなく、欧州プロツアーに個人でプロ相撲選手として年数戦参戦しながら整形外科医としても世界的に評価されている、そんな彼女の講演は映見にとって有意義な内容ではあったが、同時に女子大相撲力士では通用しない事であることを改めて認識することに・・・。
講演が終わり映見は西大井にある隆一の診療所へ、僅かな休憩時間に会うことに隆一は残念がったが。
「柴咲総合病院 は、映見さんにとってはすごくいい経験ができると想うよ、病院の設備もそうだけど医療スタッフのレベルも高いからね、でも女子相撲部設立が病院からの誘いって言うのがなかなか」と少し苦笑気味に
「あぁ、まぁー・・・なんとも」と映見はなんとも感情を表現できないと云うか
「あぁゴメンなんか言い方が失礼だよね、でも、スポーツ整形外科としては間違いなくトップクラスというか整形外科としては日本で一番だから、私も年何回は技術講習会とかで行くからね、映見さんの選択は正解だと想うよ」
「私もそう思います」と映見も心底そう思っているのだ。女子大相撲の件を差し置いても・・・。
そんなざっくばらんな会話ができるのも、映見が隆一を兄とは違う意味で尊敬をしているのだ。レスリングの日本代表と活躍し今は医療の現場でアスリート達を支えていることは、映見の思い描く医師としての一つの形でもあるのだ。そんなこともあり二人の会話は弾むのだが・・・。
「本当は、小百合が一番映見さんに会いたがっていたんだけど来春から部屋を持つことで色々大変でね、落ち着いたら、部屋に遊びに来てっていってたよ」
「部屋を持たれるんですよね凄いなー」
「映見さんが女子大相撲に来れないのは、小百合は寂しがってるけどしょうがないよな、医師を目指してるんだから、でも、またアマチュア相撲選手としてやれる環境があるってことは幸せだよね」と隆一
「まぁ、どうなるかわかりませんが」と映見。さすがに、女子大相撲に行くための布石が柴咲総合病院での研修医として勤務する事なんて口が裂けても言えないし、医師免許の合格と卒業までは・・・。
「でも意外と体形あんまり変わってないと云うか、稽古とか出てるの?」
「えっ、えぇ・・・」
「あの世界大会の時と変わってないと云うか顔なんかいい意味で引き締まったと云うか、なんかもったないよな」
「まぁー・・・」と映見は返答に困ると云うか。(そう言えば部屋の話って?まぁ行けるかどうかわからないけど)
「医師を目指していて女子大相撲力士はないもんね、小百合は心の中では映見さんの女子大相撲入りを熱望していたみたいだけど、現実は無理なんだからさぁ・・・女子大相撲に行けなくても、アマチュア相撲選手としてできることが小百合には歯がゆいだろうがね」
「・・・・・・」(小百合さんは私のことは本当に知らないの?)
映見本人この話が噂にも上がっていないことにはある意味驚きと云うか、来春から部屋を持つ小百合さんにも私の話が噂にも上がっていないことはそれだけの機密保持ができているってこと・・・。
「映見さんこの後は?」
「えぇこの後は、ちょと友人と会って帰ります」
「そうか、来年合格したら自宅に来なよ泊りで、小百合も色々想うところはあるかもしれないけどそこはさ・・・、あの大会で戦った戦友として」
「そうですね、その時は」と映見はにこやかな表情で応えるが心は別の所に。
(そうか、もし行けるのなら小百合さんの部屋に行きたいさくらが桃の山さんを師と仰ぐように、私は百合の花さんに力士としての生き方を教えてもらったのだから、できれば!)
--------品川 インターシティ------
映見は横須賀線西大井駅から隣の品川へ、本来は和樹に会わずにそのまま帰るつもりでいたのだが、せっかく東京まで来て会わないのもと前日に連絡をしたのだ。和樹は午後5時からなら少し時間を作れるという事で会うことになったのだ。ただ和樹の返答はどこか無愛想な感じを受けたのだ。突然、会いたいと云った自分がいけないのだが、何か和樹の気持ちが私から少し離れているのではないかと?ここ一年近く、直接会うことはなくなっていた。和樹自身は、大きな仕事を担当することになり、海外出張も顕著で会う時間を作れないこととお互いの目的のために集中しようということで、連絡すらも取らなかった。そんな暗黙の了解をしたと云うかされたと云うか、なのに映見から会いたいと連絡をしたのだ。
映見は品川で降りオフィス複合ビルインターシティA棟へ、和樹からは一階のカフェ・パリスの入り口で待ち合わせることになっていた。それと、バンクーバーへ羽田から午後11時に出るので一時間ぐらいしか会えない旨を伝えられたが、それでも会いたかった。いつもの自分なら改めたかもしれない、でも今の自分の心になにか過る和樹への若干の不安を確かめたかったのだ。
午後五時、映見は入口の前で待つ。
「映見」と右横から和樹の声。スーツ姿の彼を見るのは殆どなかった。入社一年目の彼とは月一ペースで会ってもいたがそれも時が経つにつれ彼がそれなりのポジションに付くなり会う機会も徐々に減っていった。その事に特段不安は感じてはいなかったが・・・。その不安な気持ちの原因は映見自身にあった、青森に研修医として勤務する事もそうだが、その先にある女子大相撲への道が和樹との関係が保たれるのか?そんな気持ちになったことはなかったのに・・・。
「ごめんね急に」
「あぁ・・・正直ね」
「ごめん」
明らかに不機嫌そうな態度の和樹。いきなり会いたいと云った私が悪いのはわかるが、その態度には正直、腹が立っていた。
二人は店に入り窓際のテーブル席へ、午後五時を過ぎ外の人の流れは何か忙しない。
映見は、今日、東京に来た目的を話し始めるが、その事にどこか上の空に見える和樹。学生である映見と社会人である和樹の違いなのか?映見からすれば和樹の無感情な表情は不安と不満が心の中に渦巻きながら。
「急に東京に来るなんて言うから、俺も色々仕事上の予定があるし・・・」
「ゴメン、本当は会わずに帰ろうかとも思ったのだけど、一応卒業後の進路も内定したのでそれを含め会って話をしたいと思って」
「研修医先の事?」
「えぇ」
「西経の付属病院かそれとも東京とか?」
「青森なの」
「青森?」
映見は、青森の柴咲総合病院 を和樹に説明、総合病医院であるが専門は整形外科関連には日本でもトップクラスの病院であり整形外科志望の映見にとっては理想的な病院であることを説明し、そのうえで将来の結婚の事を含め映見の気持ちを伝えた。ただ、相撲関連の話はなにか言いにくかった、ここで相撲部の話、ましてやその先の女子大相撲の話は、無意識に口を噤んでしまった。
相撲をすることましてや大相撲入門に関して何故か後ろめたさを感じていたのだ。それを云うことで和樹との関係がなにか離れるようで、医師を目指すことは自分の生涯の生き方を目指す道である一方、同じぐらいに女力士の道がもう一つの生きる道として、それは現実ではなくある種の夢の生き方を進む道であるがゆえに、和樹には云いにくかった、社会人としての現実社会と学生の映見、そして、その先の夢を追い始めた映見にとって和樹とは乖離してしまうのではと言う不安が・・・。
和樹は、モカブレンドを一口。モカの甘い香りは嗅ぎながら、軽く吐息をつく。
「遠いな・・・・」と和樹
「・・・・」映見は何も云えなかった。それは、医師の卵として青森を研修医先と選んだ理由が希望の診療科目云々と同じ、いやもしかしたら女力士としてやれるかもしれないからと言うチャンスが青森に決めた最大の理由かもしれないそこまでは想ってはいないと自分に言い聞かせて・・・。
三十秒ほどお互い沈黙してしまった。まるで無音響室のように二人の鼓膜に店内も外の音も響かず、二人の間に透明度の高いガラスの壁が挟む、ぶ厚い板ガラスが何枚も何枚も・・・。
「映見が決めたのだから別に俺が言う事ではないけど・・・」
「また、遠距離になってしまったことには申し訳ないけど・・・今日は少し将来のことについて」と映見の気持ちが昂る、真剣に二人の将来の事を切り出すことはなかったそのきっかけがなかった。映見が和樹に真っ直ぐな視線を送っているのに、和樹はその視線をまるで意識して背けるようにして合わせない、明らかに意識して・・・。
「今は医師免許取得が最優先じゃないの?今やるべき事はそれじゃないんじゃないの?俺だって今は自分のことでいっぱいなんだよ、その話は、映見の事が終わってからしようよ、この一年はお互いにとって次のための大事な一年だろう!映見も俺も今はそれじゃないだろう!」とどこか高圧的な態度は映見を少なからず動揺させる。
「でも、そろそろ、年が明ければなおさら会える時間も」
「医師になり最初の何年かは研修医として働くことはわかっているのだから、その話は医師免許取ってからでいいよ、俺も今はちょと大きな仕事に係わっているし正直、それに頭がいっぱいいっぱいなんだ申し訳ないけど、年度末には区切りがつくから」
「・・・急に会いたいって言って悪かったわ」
「試験って二月の三・四だよねそれが終わったあたりで改めて会おうよ、そうすれば俺も時間が取れるから、この後電話でも言ったけどカナダに行かなきゃならないんだ、だから落ち着いて話できないし」
「ゴメン、色々」と云うと、一口も付けなかったラテアートに口を付ける。スワンとチューリップのラテアートはすでに真っ白なキャンバスに変わっていたが。
「お話し中のところ失礼します」とスーツ姿の一人の女性が和樹に話しかける歳は映見と同じくらいか?
「甲斐さんそれじゃ一旦自宅に戻りますので、羽田の方には九時にANAのチェックインカウンターの前で」
「いや、真紀さんの自宅に迎えに行きます俺もマンションに戻るし通り道だから寄るよ,それと、試案(β―2.0)は私のNASの方に落としておいて、上の方には真紀さんの試案は見られたくないんで、それと私の試案と専用アプリはプライベート用のサーバーに落としてあるからアプリ使って閲覧して概要を把握しといて、それと例の奴は統計解析用のSTR言語で組んだから、概要説明を簡単に書いておいたから時間があったら読んでおくように」
「わかりました」真紀は和樹に返事をするが視線は映見に向いていた。映見は軽く会釈をするがなにかぎこちなく、ついいらんことが頭を過る。
「こちらは稲倉映見さん。小学校の時の同級生でね、女子相撲の世界大会で何回も優勝しているんだ」と和樹が紹介する
「確か、女子プロアマ混合団体世界大会に出場されてましたよね?」
「はい。失礼ですが相撲に興味は?」
「偶にテレビやネット動画を見るぐらいで」
「そうですか」
「それじゃ一旦戻りますが」
「マンション前に八時に」
「わかりました。それでは失礼します」と店を出る真紀。その後ろ姿に何気に鋭い視線を送ってしまう映見の態度に苦笑いを浮かべてしまう和樹。
「勘違いするなよ、彼女はあくまでも仕事仲間だからそこに特別な感情はないから、ただ、いまの仕事に彼女は欠かせないほどに優秀であり、俺の右腕的存在と云うよりも左腕的存在かなどこか俺とは距離を置いて、俺をサポートしてくれる、絶対的な信頼関係と云うより、なにか一枚挟んで客観的に接する、あえてそうしているように」和樹は淡々と話す。
「そう」と映見は素っ気なく風に、今の自分の感情を無地の白い包装紙で包み隠すように、でもそんな子供染みた態度は和樹には見透かされていた。
「映見が俺に少なからずの不満と不安を抱いていることは感じている、でも、今はお互いに次のスッテプに進むために大事な時期だろう?会える時間を作れなかったのは申し訳ないと想う、本当は今日、映見と会うのはどうしようか迷った正直に、俺のこの先にとって大事な案件だから理解してくれと言ったのに、俺の今の気持ちを理解してくれないのかって、そして、信用されてないのかって」
「・・・・」
「映見が研修医として青森で働くことにとやかく言うつもりはないしそんな人の人生にアドバイスできるほど人間できてないから、ただ・・・」その時、テーブルに置いてある和樹のスマホに着信が、そして画面に表示された相手は【三村真紀】
和樹はそのスマホを取らない。バイブレーション状態のスマホは僅かに動きながら、視線はいつの間にか映見に、そして、その視線を跳ね返すような眼球は反射鏡のように鋭く跳ね返す。映見は微動だにしない!しばらく睨みあうように、しばらくしてスマホは動きを止める。和樹はスマホを取り席を立ちあがるとテーブルに置いてある伝票を挟んだバインダー取り、席を離れる。何の一言もなく・・・・。
店内にデンマーク出身のシーネ・エイの『My One And Only Love』が流れる。その歌は何か遠い過去の想いのように・・・・。
最後のエンディング
あなたの手の感触は天国のようです
私が今まで知らなかった天国
私が話すたびにあなたの頬は赤くなります
あなたは私のものだと教えてくれます
あなたは私の熱心な心をそのような欲望で満たします
あなたが与えるキスのたびに私の魂に火がつきます
私は甘い身を委ねます 私の
唯一の愛
私の唯一の愛




