映見とさくら ①
西経女子相撲は女子相撲創成期からアマチュア女子相撲界に君臨し女子大相撲創設から多くの力士を輩出してきた。女子相撲養成所と揶揄もされているがそれは必然的にそうなってしまったのであって昨今の女子アマチュア相撲界においては他校の女子相撲部の台頭が顕著になりけして一強ではない。
今の西経は女子大学横綱の称号を保持している稲倉恵美と吉瀬瞳の二人が柱である。当然他の部員も劣っているわけではなくレベルは日本最強と云っても過言ではない。しかし、先の世界選手権でメダルすら取れなかった稲倉映見に監督は「叱咤激励」の意味も込めて四年生無差別級の選手と三番稽古をさせたのだがそれが全く勝てないと云うかそもそものやる気がないようにしか見えなかった。
「監督、私もう限界です」映見は膝をつき苦しそうに言葉を絞り出すように話す。
「お前は私の指導に不満があるのかい!」
「いえそうではありません。ただ、体力・精神的に体がついていかなくて・・・」
「何を云っているんだお前は・・・」呆れたように云う倉橋。
「メダル逃した言い訳のつもりなのかい」
「いいえ違います。私は全力を出し切りました」
「じゃあなんで負けた?」
「それは・・・」言葉が出てこなかった。悔し涙だけが溢れてくる。
「泣いて同情でも買ってくれるとでも」
「すいません」
「歴代の西経の横綱にお前みたいな奴はいなかったよ」
「・・・・・」
吉瀬は映見があれ以降稽古に来なくなったことを心配はしていたがだからと云って何かしらの声を掛けることはしなかった。無理やりにでも稽古に来させたとしても何の意味もない。しかしあれから一か月。相撲場には一切来なくなった。年が明け最初の試合は高大相撲がある。辞めるなら辞めるで構わないがまだやる意志があるのなら・・・。吉瀬はさくらが来る2日前にLINEで・・・
「明日の土曜日、明星高校の女子相撲部員が出稽古に来る。映見がまだ相撲を続ける意思があるのなら来るように。明星の部員がわざわざ出稽古に来るのだからがっかりさせるようなことはしないで。相撲部午後一時集合」
来るかどうかわからないがこれが最後。瞳は覚悟を決めていた。
(来なければ強制退部させる。たたそれだけ)
瞳にとって映見は可愛い後輩ではなく希望の星。女子大学横綱を一年生ながら取ると圧倒的強さで国内敵なしの強さ。海外でも活躍し西経に久々に表れた超大物。当然、女子大相撲に行くのか注目を集めるのは仕方がないのだがそのことに本人は一切口を開かないし相撲部屋の関係者とも一切会わない。正直、関係者からすると面白くないのだ。日本女子相撲が世界から立ち遅れている現状からするとどうしてもほしい逸材なのだが・・・。ただそのことは本人にとっては迷惑以外の何ものでもないらしい。
映見から電話が・・・・
「瞳さんLINE見ましたが・・・」
「内容の通りよ。明星高校から出稽古に来る」
「・・・・・・」
「強制するつもりはないから・・・・一応部員は全員参加予定だから」
「・・・石川さくらは来るの?・・・」
「来ると思うけど」
「彼女が来て貴女が来なかったらがっかりするでしょうね」
「・・・・・・」
「映見、このまま宙ぶらりんと云うわけにはいかない。正直貴女がこのまま消えていくのは見たくない。年明けの高大校親善試合までに新年度の体制を固めたいの主将としては」
「・・・・・・」
「もう切るねぇ」と瞳の方から一方的に切った。
瞳に云えるのはこれが精一杯。長々話すことなのかも知れないが今云ったところで映見が相撲部に戻ってくるとは思えなかった。ただ石川さくらは気になることだけはわかった。今回の目的はそれなのだから・・・。
今度は石川さくらに電話を入れる。
「吉瀬瞳です。今大丈夫」
「ハイ。私、瞳さんに電話をしようかどうか迷っていたんで・・・」
「私に?」
「映見さんのために私ができることってなんですか?」
瞳は一呼吸おいて
「映見の事気になる?」
「映見さんは私の目標なんです。瞳さんは違うのかもしれませんが」
「映見は私の希望の星。映見の相撲はどんなに絶望的な状況でも常に四つ相撲。そんな相撲を見ていると私自身が迷いとか見失っている時でも映見の相撲を見ると自分自身を信じろって云われているみたいでねぇ」
「希望の星・・・」
「でもねぇ相撲は勝ち負けの世界。勝たなければ評価はされない。違う?」
「・・・・」
「アマチュア相撲は常に一発勝負女子大相撲のように十五日間で争う競技じゃない。七日間のトータルで考えたら四つの方が安定しているけどアマチュアは違う」
「・・・・・」
「今の主流はスピード相撲。一発勝負を考えたら当然なんだけど」
「映見さんならスピード勝負もできるのでは?」
「本人はあまり好きではない見たい」
「この前の代表選考会見たらわかります」
「自分の相撲スタイルがあるから一概に云えないけど四つ相撲は映見の相撲美学みたいなところがあるのだからそのことは云うつもりはないんだけど・・・・」
「でもアマチュア相撲ファンは映見さんの相撲評価されてるけど?」
「観る方は四つ相撲の方が刺さるものがあると思う。でもそれは勝ち負けとは別問題だから」
「でも私は好きです。映見さんの相撲の形」
「私も好きよ。勝ち負けを考えないのなら」
二人はしばらく相撲談義で盛り上がり
「話はちがうけど映見と連絡しあったり会ったりするの?」と瞳
「高校の時はそれなりに取ってましたけど映見さんが大学に入った後は段々少なくなってここ一年ぐらいは全く」
「そうなんだ」
「明日出稽古に行くことも云ってない?」
「そうなんだ。わかったそれでいいよ」
「えっ・・・」
「さくらさんが来るとわかったら来ないかもしれないんて゛」
「どうしてですか?」
「今の映見じゃあなたの足元にも及ばないから」
「・・・・・」
「とにかく明日楽しみにしてるお昼に大学の正門前で待ってるわ」
「わかりました」
「それじゃ」と瞳の方から電話を切った。
アマチュア女子相撲においての映見の存在は見るものを興奮させる力士なのだ。前を捌いての速攻・おもっいきりの突き押しなどのスピード相撲も悪くはない。でも相撲に興味がない人にはそのような相撲は多分心に刺さらない。コアな相撲ファン以外にも映見の相撲は刺さるのだ。吊り上げたり・引き寄せたりの方が日本人だけもしれないが如何にも相撲なのだ。スピード相撲は総合格闘技と大差ないと云ったら語弊があるかも知れないがそのことがいまいち相撲が面白くなくなった一つかもしれない。
でもそれは見ている方の言い分であって実際は勝敗が力士のすべて。映見が女子大相撲に行く気がないのは多分それが原因だと・・・。
(明日、映見はくるのだろうか?)
明日さくらには西経のレギュラー陣と対戦させそして最後は映見と三番勝負をさせるつもりでいる。映見の心を動かしてくれるのはさくらしかいない。自分を目標としてくれているさくらを落胆させることはしないだろう。改めて動画で見たさくらの相撲は映見のスタイルに近いものがある。それが瞳には高校時代の映見を彷彿とさせた。
稲倉映見にスピード相撲が加われば本当に無敵だと思う。でもそのようなスタイルは本人が嫌っている以上どうしようもない。相撲関係者はなぜ彼女は前に出る相撲をしないのかそれは指導者に問題があるのではとまで云われる始末。監督は四つを活かすためには突っ張りも必要だと云うことを云っていたが本人はそれさえも嫌がるのだ。それ以降監督も何も云わなくなった。
アマチュア相撲の中心が突き押しであればプロに行っても突き押しなのだ。前に出る相撲ができなければ四つも生きない。しかし、現状は四つ相撲などする力士はアマ・プロ問わず皆無に近い。そのなかにおいて稲倉映見は稀有な存在でありその後継者といってもいい石川さくらは瞳からすると奇跡の二人なのだ。
だからこそ映見とさくらで勝負をさせる。それで映見が何かを感じてくれてもう一度相撲に心が向いてくれればいいのだ。今の映見ではさくらには敵わないと思う。稽古もしていないのだから当然である。でもそれでもいいもう一度相撲に情熱を傾けてくれれば勝ち負けなんか何の意味もない。
アマチュア女子相撲ファンなら見逃せない取り組み。瞳ならずとも明日の稽古は興奮してしまう。それともう一人。監督の倉橋にとっては西経入りを断られた相手・・・・あれから約二年弱ぶりに会う石川さくらがどう成長しているのか見てみたいとましてやOGである島尾のもとでどれだけ強くなったのかもお手並み拝見と・・・・。色々な意味で明日の石井さくらの出稽古は西経にとっては意味がある。
相撲界には「三年先の稽古」という言葉があるそうです。「今日や明日、やったところですぐには力がつかない。毎日稽古することで三年くらい経ってようやく稽古の貯金ができて、本当の相撲の力が出てくる。そういう信念をもって頑張れる子はよくなっていく。と元横綱・千代の富士さんがインタビューで喋っていた。本気の稽古をすれば力量がわかる。倉橋にはもう一度と云う気持ちが沸々と・・・。




