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女力士への道  作者: hidekazu
女力士への道 ②

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239/324

監督、ありがとうございました! ②

 二月三日(土曜日)午前四時、倉橋真奈美は自宅マンションがある名古屋東別院のマンションを出て徒歩で一路東へ名古屋高速環状線の高架下を歩いて行く。この時間の早朝ウォーキングは日課になているのだ。いつもなら近所の鶴舞公園に行き公園を散策しながら、軽く体操してと云うところなのだが今日はちょっと違う場所へ行くことにしたのだ。


 自宅マンションから徒歩で約二十分の場所にある久延彦神社。古事記にも出てくる久延彦命は、大国主命の知恵袋として知られ、古来より、知恵、学問、頭の神様として信仰されてきた神様。名古屋にあるこの神社は奈良県桜井市の大神神社摂社・久延彦神社御本社より御分霊されているのだ。


 女子相撲部監督なら試合の必勝祈願で行くとかと言うところだがここは学問や芸能の神様。天満宮の菅原道真公の以前より学問の神様として祀られていた神様である。


 今日、ここへ訪れたのは稲倉映見の合格祈願。一人,夜も明けないこの寒い中を歩いてきたのだ。試験は三日・四日の二日間行われる。映見が六年になり会う機会はめっきり減り秋以降は全く部の方には顔を出さなくなった。一抹の寂しさは感じてはいたが卒業の時にまた会えるのだから・・・。


 高速道路沿いを外れ住宅街へ、真奈美以外誰一人歩いていない、時たま通る新聞配達のバイク・自転車、停車するたびにスタンドを立てる「カッチャ」と云う音が妙に気になる。しばらく歩き目的地に到着。階段を登り鳥居を潜ると本堂の前にある徳川家の家紋の馬の像が目に入る。尾陽神社(びようじんじゃ)。尾張徳川家の初代藩主徳川義直よしなおと最後の藩主徳川慶勝よしかつの二人を祀る神社である。また、神社が建てられているこの場所は城跡でもあり、織田信長の家臣佐久間氏が居城し、御器所西城と呼ばれていた。御器所(ごきしょ・ごきそ)とはかつて熱田神宮の所有地で、神事に用いる土器をつくっていた場所でそのため、「御器ごきをつくる所」=「御器所」と呼ばれるようになったのだとか。


 境内に入り尾陽神社の社殿を見ながら右手に久延彦神社がある。社殿の脇には絵馬が数多く掛けてある、本来なら昼間来るべきところではあるが・・・。


 賽銭を入れ手を合わせる。しーんっと静まりかえっている境内には、木々が風で囁く声しか聞こえない。


    (映見の合格!そして、その先の未来のために・・・よろしくお願いします)


 真奈美は深々と一礼する。脇に掛けてある絵馬が風で「カタカタ」と揺すりあい擦りあい音を立てる。そんな絵馬を、真奈美はじっくり見ていく。絵馬のほとんどは受験の合格祈願や資格取得の願いが書かれている。そこに書かれている一枚一枚がその先の未来のためにどうしても突破しなければならない壁を乗り越えるための願いなのだ。そんな絵馬を見ていく真奈美だが、そんな一枚の中に・・・・。


「彼女の医師への入り口は一つの通過点でありその先の人生は長い、そんな途中に少しだけ夢を見さして上げてほしい、天下のことをことごとく知る神ならば、その意味は理解されているはず。本当の夢は、自分が想っていた夢を失った時から始まる、だからこそ、彼女の夢を叶えさしたい」


 絵馬に書いてある文章は意味不明なのだが、真奈美には何かを感じるものが・・・。真奈美はその絵馬を持ちながら。


(映見と同じか、そうね、医師免許取得は一つの通過点と云うより入口から入場できただけの話、その先は確かに長いわねそれはそうだけど、途中に少しだけ夢を見さして上げるってなにかしらね?・・・・本当の夢は、自分が想っていた夢を失った時から始まるか、意味深ね)


 真奈美にとっての夢はなんだったのだろうか?そんなことをふと考えると実は夢とかなかった?と云うより考えたことはなかったような・・・真奈美の生き方には、いつも女子相撲があった。進学も相撲がやりたいがために、そこで出会った光との結婚、しかし、ふと目に止まった西経女子相撲部の設立は、光との関係を自ら壊し女子相撲の世界へ、そんな真奈美が相撲部の監督を辞める決心をした。それは、自分の夢だったかもしれない女子相撲からの決別は、本当の夢と云うか本当に光ともう一度やり直せる、あの頃のとは違う、本当の意とでの・・・。


 真奈美は神社を出るといつもの鶴舞公園に歩いて行く、今日と明日は映見にとっての最初の難関でありその先の未来への一歩。そして、自分も・・・。



-----------------名鉄小牧線 各停平安通行 車内---------


二月三日土曜日,早朝の車内は閑散としている。映見は愛知県の医師国家試験会場である大学へ向かっていた。やることはやった。医師になることは、小さい頃からの夢であり一つの目標であった。少し歳の離れた兄は、映見からすれば遥かに頭がよく、医師国家試験を合格後、研修医から海外へ、最先端医療に従事し、映見にとっては尊敬する兄である。そんな、兄が云くれた一言。


>「必ず医師の資格とってそして実業団で優勝して女子大相撲入りを勝ち取れ!自分を信じて!」


 あの一言は、映見にとって心強くも意外だった。海外で最先端医療に従事し父とは一線を画していると想ったのに・・・。そんな兄が自分の女子大相撲入りに理解と云うか御応援してくれたことには、感謝でしかない。そして、兄が日本に戻ることに関して、口には出さないが父が一番喜んでいる事、その事が私のある意味での暴挙を許してくれたのだと・・・。医大まで通わせてもらって医師の国家資格を取得したら女子大相撲に行くために、邁進するってありえない、もちろん研修医としてのやるべきことはきっちりやるとしても・・・。


--------------青森・柴咲総合病院 (夏)------------------


 稲倉映見は、医院長である柴咲康孝と医院長室で一対一の面接中、単なる研修医希望の面接ならいざ知らず、研修医として入り、半年後の実業団全国大会で優勝したら、女子大相撲に入門の確約を確認すると云う実に奇妙なと云うか、病院からしたら、研修医のふりしながら力士になるための踏み台を用意してあげるみたいな形になってしまったことに、映見からしたらどこか気まずく、なにか居心地が悪いのだ。


「研修医としての条件はそんなところだけど、何か質問あれば?内定は改めて出すから」


「・・・正直、非常に聞きずらいのですが」と映見はワンクション置くような・・・


「女子大相撲の件かい?十和田富士さんから概要は聞いていると想うけど?」


「あっ、・・・はい・・・」正直、研修医として働かせてもらう立場から、女子大相撲入門の件は話にくいのは事実。


「青森は相撲の盛んなところだし大相撲の力士は大勢いるんだけど、女子大相撲は層は厚いんだけどいまいち抜きん出た選手がいない、それは女子大相撲にも言える事でね、十和田富士・十和桜以外は幕内に上がったことがないのは事実だからね、ここは、青森女子相撲の一つの拠点にするつもりでね、メインは学生が主でもちろん社会人もね、ここは実業団というよりはクラブチームなんだよ」


「そうなんですか」


「十和田富士さんからあなたの事を聞いた時は色々想うこともあったけど・・・でも条件はなかなか厳しいよね?来年の実業団全国大会で優勝しかないのは、優勝できなかったら研修医としてうちの病院で働いてもらうそういうことでいいよね」


「もちろんです!」


「わかった。それじゃまずは医師国家試験の合格だけどどうだい?」と柴咲康孝


「ここまでして頂いたのですから、間違っても不合格は」と映見


「そうだね、じゃ、相撲場の方に行こうか」


 康孝と映見は医院長室から出ると相撲場へ。相撲場は病棟から少し離れた場所に平屋の建物がある。イメージは、映見が通っていた羽黒相撲クラブに近い、相撲場には二人の女性が稽古をしている、そのなかに、廻しを締めた元十和田富士が指導している。


「久しぶりだね、映見」と美紀(元十和田富士)が笑顔で声をかけてきた。


「お久しぶりです美紀さん」と映見


 名古屋で出会った時の、スーツ姿の美紀とは印象がまるで違うと云うか、そこは元女力士、瘠せてしまっていても廻し姿が似合っている。


「美紀さん。じゃ私はここで、後は映見さんと、それじゃ内定通知その他は後で連絡しますので」


「わかりました」と康孝に一礼する映見。


「じゃ、美紀さんあとはよろしくお願いいたします」と云うと康孝は相撲場を出っていった。


 本格的な土俵があり上がり奥にはトレーニングマシーンも置かれ、相撲部屋と遜色くないほど充実している。


「ちょっと一旦中断」と美紀が二人に声をかけると、ぶつかり稽古をしていた二人は美紀の元へ。


 呼ばれた二人は、映見よりは歳上に感じられる・・・。


「今日は、来年、研修医として来てもらう予定の稲倉映見さん」と美紀


「稲倉映見と申します」と一礼する


「映見さん二人を紹介するは、右が南条樹里さん整形外科担当で女子相撲の全国大会では三位になった実力者、うちのエースと云いたいところだけど、まぁ古豪ってところかな」と美紀


「初めまして稲倉映見さん。あなたの活躍は色々メディアなどで拝見してます、そんな人が研修医として来て女子相撲部に来てくれるのは大歓迎だわ」と樹里は満面の笑みで


「でも、私・・・」


「美紀さんから聞いています女子大相撲の件は、でもそれはそれ、うちの院長がそれでOKを出したのだから、あなたがそれに対して負い目のような事は少しは感じてもらって研修医としてやってもらえれば、一応、私の下でやってもらう事になると思うので覚悟して!たとえ、秋の実業団全国大会までとしても、研修医として、やるべきことはやってもらう特別扱いは一切しないいいわね!」


「もちろんです!」


「それと私の隣は、内科担当の看護師で市川梨花さん。中・高と全国大会では個人で優勝したこともあるのだけど怪我とかでね、その時は私が担当医として対応してね、その後、看護大学行って、うちの病院に来たの、そんでもって、今度は女子相撲部設立で今度は相撲、どんだけなんだがまったく、性懲りもなく、また相撲なんだから」


「( ゜Д゜)ハァ?樹里さんよく人の事言えますよね?自分の歳考えたら、普通はもうやらないですよ!四十歳でしたっけ?」


「梨花ちゃん私はまだ、三十九歳と八か月だからねよく覚えておいて、梨花ちゃんさぁ、あんただって三十代でしょうがなに言ってるのよ全く!」


「正確性を期すために、私は二十九歳なんで!」


「四捨五入すれば三十歳代でしょうが」


「それでいったら樹里さん四十代ですけど?」


「・・・・だから!」


「開き直ってる!?」


 そんな二人がこの相撲部の柱でその他に4人いるのだが、職種の性格上なかなか相撲場の稽古で全員揃うことは、なかなか難しい、故に実業団でのメインである団体戦で県予選を突破できないのだ。そんななかでの稲倉映見の柴咲総合病院への研修はまたとないチャンスなのだ!?


「相撲部としての目標は団体戦での全国出場なのよ、その意味ではあなたの加入はまたとないチャンスなの云い方悪いけど」と樹里


「私でよければ喜んで!」


「もちろんあなたが、個人戦で優勝するためにはできるだけの事はする」


「ありがとございます。私にチャンス頂いたのですから、私もチームのために貢献します」


「ありがとう。その前に、医師国家試験をパスしてもらわないとね」


「私、失敗しないんで!」と言い切る映見


「さすが、西経の元横綱ってところね、春、楽しみにしてるわよ!」


「はい!」


-------------名鉄小牧線 各停平安通行 車内-------------


 映見は、席に座らず乗降扉の脇の壁面に身を寄せ景色を見ていた。いつも通い慣れている景色とも、もうじきお別れ、医師国家試験をパスすれば、青森へ・・・。


(必ず、医師国家試験をパスして、そして・・・・)




 

 








 






 


 

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