巡り会わせ ⑩
秀男は、小百合が庭から持ってきた園芸用のスコップで仕切り線の間を掘り始める。その周りには小百合・葉月・勝が見守る。葉月が云っていたように10cm以上掘り進むと土の色が変わる。おもいのほか厚く土が打ってある。
「俺の勘違いか・・・」と秀男はその下10cm掘ったが何も出ず、秀男は気持ちもう10cmダメもとで掘るつもりで土にスコップを入れると何か金属にあたった感触が・・・。秀男は慎重に土をスコップで剝ぐように取り除くとそれは金属ではなく石なのだがなにかしらの模様が?秀男は腹ばいになり両手でその石を持ち上げ土に上に置く。
「石箱?それもこれって李朝石箱 じゃないか!?」と秀男はなにゆえにこのようなものが埋めてあったのか驚きを隠せない。莨入れ(刻み煙草入れ)などとして伝わる李朝の石箱で木槿彫文が彫ってあるこの箱は美術的価値からすればそう高いものでもなさそうだが・・・。
「これって、美瑛富士関があえて埋め立ってことですよね?」と勝
「あえて、この稽古場に埋めてあるという事は、相撲に関連するものがこの箱に入っているってことだろう」と秀男
「私、全然気づきませんでした。よく気づかれましたね秀男さん」と葉月
「いや、気づいたと云うより何か心が揺さぶられると云うかなんかこの稽古場に入った時に感じるものがあってね」
秀男は両手で箱に付いている土を払い蓋を開ける。箱の中に入っている物は若干変色した白い封筒とステンレス製の小さなケース。秀男は封筒を取り出す。書いてある住所は北海道帯広市・・・。 宛名は木村勝成、美瑛富士関の本名である。秀男は裏面を見る
「えっ!?」とおもわず声をあげてしまった秀男
「どうしたんですか?」と勝
秀男はその差出人の名前に困惑した。全く記憶にないと云うより、秀男自身が美瑛富士関とはそもそが世代が違い、美瑛富士関が入門したのは鷹の里が角界を去った後、だから、絶対に接点はないのだ!でも・・・・。
秀男は、勝にその封筒を渡す。勝はおもむろに裏の差出人の名前を確認する
「えっ・・・【鷹の里】って!?秀男さん!これって?」
「全く記憶にないんだよ」
「宛先が帯広ってことは、美瑛富士関が入門前ですよね?でもこの字は・・・」と勝
「俺の字で間違えないただ全く記憶にないんだ!そもそもこの手紙を書いたとして、俺の現役って30年以上の前の話だぞ!少なくともあの当時、俺が知らない少年にファンレターを貰ったとしても返信なんかするわけがないありえない!」と当惑する秀男
「秀男さん手紙入ってますけど、読んだ方が・・・」
「そんなの読めないよ、勝、読んでくれ」」
「いいんですか?」
「あぁ、正直俺には怖くて読めん」
「わかりました」と云うと、封筒から手紙を取り出す、万年筆で書かれた文面。勝は読みだす。
>御応援の手紙ありがとう。ファンレターに返信すること絶対にないのだけど、勝成君が中学で相撲を頑張っているという事で自分なりに調べさせてもらった、北海道ではそれなりの活躍をしているようだけど、あと一歩と云うところだろうか・・・。
手紙の内容は、美瑛富士が中学の時のもので、尊敬してやまない力士に鷹の里を上げていたこと、そして、将来は大相撲に入門したい旨を鷹の里のファンレターに宛たのだ。それにたいしての鷹の里の返信の手紙なのだ。そして、最後に鷹の里は・・・。
>鷹の里の四股名を使わせて欲しいとはずいぶん大胆なお願いと云うか(笑)まだ大相撲に入門もしてないのに、君の洞察力と思考力を加味した文章は、なかなかなものだと想う、中学卒業で入門を考えているようだけど、それは正直賛成しかねる。確かに、早い段階から入門すればそれだけ場数は踏めるゆえに順調に進めれば、上に上がれるかもしれないが、力士は一寸先は闇だ、少なくとも高校だけは出なさい!常に引き出しはいくつか持った方がいいし、高校で違う道を見つけるかもしれない、今は相撲だけに邁進するのはどうかな?それでも、大相撲に行くことに揺るぎがないのなら、私は歓迎するし、君と手紙でのやりとりだけど、知り合えたことは何かの縁だからね。
それと、鷹の里の四股名を使わせて欲しいの文面はどうなのよ?それは、君が入門する頃には、私は引退しているってことか・・・・少なくともその頃は大関くらいになって横綱狙っているつもりだからだから四股名は譲れない(笑)。北海道といえば大学の時に帯広から移動して十勝岳、美瑛岳、美瑛富士を縦走したことがあったんだ、あいにくガスが濃く風が強く遭難しかかったが、帰りの復路はガスも晴れ実にすばらしい景色だった。そうだ!君の四股名は【美瑛富士】がいいんじゃないか!美瑛富士は山の正式な名前として唯一「富士」と付けられているんだ。
鷹の里は譲れない!もし、君が高校を卒業して大相撲に入門する頃には私は三役にいるつもりだ!
【美瑛富士】もし、その四股名をつかってくれるのならそれはそれで嬉しい。でも、それでも【鷹の里】に固執するのなら相談に乗る。まずは勉学と相撲に邁進しろ、いいか!一に勉学で二に相撲だ!それと、相撲以外のこともやってみるんだ!相撲以外のことにも視野を広げろ相撲という枠に嵌ることは成長を止めるぞ!
四年後、君と会えるのを楽しみにしている。本当は部屋に見学に来てもらってもいいけど、そこは入門してきた時まで楽しみにしよう。
秀男は目を瞑り両手を組み俯き加減で聞いていた。残念ながら彼からどんな内容の手紙を受け取ったのかは、記憶として蘇ってはこない、ただそれでも返信するほどに秀男の心に刺さった内容だったのだろう?
秀男の足元に置かれた蓋の空いた李朝石箱の中に真綿で包んだ物を秀男は取り上げ開いていく。
(サヌカイトの勾玉?・・・これって!?)
3㎝ほどの漆黒の勾玉はどこにでもありそうなものだが・・・。サヌカイトとは讃岐岩やカンカン石とも呼ばれ、非常に緻密な古銅輝石安山岩で、紐などで吊るしてで叩くと金属音がする珍しい石なのだ。美しい音色は、1964年東京オリンピックの開会式の会場で鳴り響いたのだ。秀男はその勾玉を勝に渡す。
「その勾玉は、香川に巡業に行った時に購入したものだよ、今でも俺の鞄に入っているんだよ、紗理奈に渡すために買ったと想うのだけど・・・よっぽど彼に心底惚れたのかな会ったこともないのに・・・」
秀男にとってあまりにも意外であると同時に、横綱【美瑛富士】との直接的接点が一度もなく話どころかあったこともなく、なのに故人となった美瑛富士の元邸宅しかも稽古場にいることは偶然なのかそれとも導かれし必然なのか!?秀男は云いようのない遣る瀬無い気持ちに・・・秀男はため息をつく。
「もう帰えるよ、どうもここにはいずらくて」
「えっ・・・じゃ、葉山まで送りますよ」と勝
「いいよ、ここからだった下総中山の駅までぷらぷら歩きながら行くから、途中、市川で総武快速に乗り換えれば逗子まで乗り換えなしだから」
「でも・・・」
「だったら、私が市川まで送りますよ!小百合、悪いんだけど車貸してくれる?」と葉月
「えっ、えぇそれは構いませんが」
「ありがとう、じゃ私が市川の駅まで送ります、それでいいですよね」
「あっ、あぁ・・・」
-----------CX-5の車内----------
葉月の運転している車は元自分の愛車のCX-5。北海道に帰る時に、持っていこうと想ったのだが、小百合が免許を取得すると云うので譲ったのだ。傷もなく綺麗に乗られている元愛車、それより乗って驚いたのはオドメーターの距離。
「小百合は、こんなに車乗ってる時間なんかないでしょうに何考えてるのよ全く!年間で2万キロ近く・・・部屋持つ自覚とかないんじゃないのやる事いっぱいあるでしょうに全く」」
「・・・・・」秀男は隣で笑いをこらえるのに必至
「なにがおかしいいんです!」
「いや、すいません。そんな車乗るぐらい、息抜きのドライブだってするでしょ?うちの紗理奈なんか平気で青森とか単独で行ってるんだから」と秀男
「青森って十和田富士さんの所へ?」
「そんなに、青森に行く用事があるのかとも思いますが」
車は外環道を渡る
「今日は、もしかしたら勝に上手く嵌められたのかな?」
「嵌められた?」
「私は、角界を引退したあとは全く相撲とは係わる事は無かったのに対して彼奴はスポーツ紙の記者になって相撲担当になってそれなりに係わりを持っていた。多分、美瑛富士ともそれなりに親交があったんでしょう?引退後、しばらくして師匠から電話があったんです、「鷹の里を継ぎたいという力士がいるんだけど」と云われて・・・私にとってはもう角界とは縁を切ったしどうでもいい話なんだから勝手にどうぞと想っていたはずなのに、私は「鷹の里」を使わせること拒否したんです、今、思えばあれは多分、木村勝成、のちの美瑛富士だったんでしょう。さっき勝に聞いたら藤山部屋だったって、そんな事すら知らないんだから」
「美瑛富士は鷹の里さんの事を本当に尊敬されていました。ただ、あの引き際は勇み足だって・・・」
「うっん・・・葉月さんは美瑛富士と親交があったの?」
「不倫一歩手前と云うか・・・よく男と女の関係にならなかったなーって、美瑛富士さんは本当に私の事を愛していたんですが、私のガードが硬くて、プライベートで遠藤さんに私との関係を相談されていたそうですが」と苦笑する葉月
「そんな関係だったのですか・・・」
葉月は、車をホームセンターの駐車場に入れ車を止める。葉月は一つため息をつく。
「もし、美瑛富士関がフリーの立場だったら、引退して将来は部屋の女将になっていたかもしれませんけど、でもそうならなくてよかった。ただ、後進を育てる事を放棄したのは少なからず後悔はしているんですが、ひょんなことから苫小牧の高校から女子相撲部の指導していただけませんかって話があって、さすがに、今の私にそんな時間はないんでとは云っているんですが、月に二・三回でもいいので云われていて、正直困っていると云うか・・・」
「どうして、私に聞くんですか?」
「えっ、いや・・・」
「今日、小田代原部屋を開く小百合さんに稲倉映見入門に件で来てアドバイスでもするつもりでしたか?角界を去ったくせして」
「・・・・」(そんなつもりは、それにそんな云い方って!)
「できる範囲でやってみればいいじゃないですか?月一回でも・・・別に優れた選手を育ってようとか考えなくてもいいんですよ、絶対横綱【葉月山】と同じ稽古場にいるだけで選手達は夢のようだろけど適度な緊張感も自然に持たざる得ない、そんな空気を楽しんだらどうです?私なんかにしたら羨ましい、そんな気持ちで稲倉映見に最後のアドバイスをしなさいよ、変な気は回さないで、今度の実業団は札幌だよね、だったら尚更じゃないの?稲倉は優勝しなきゃ女子大相撲に入門はできない最初で最後の人生を賭ける大会に、それとも関係ないかもう相撲なんてどうでもいいか・・・」
「私を嗾けてます!」と葉月はいらつく表情を見せる
「別に嗾けてはいませんよ、ご自分に素直になったらいかがです、別に相撲の指導をしたからといって角界に戻れる手段はないんですよ、それは私も同じです!今日、全国中学校相撲選手権大会に来たのは、私の四股名はを継ぎたいと云いやがたガキがいましてね生意気に!そのガキ見事優勝しやがった、祖父が元横綱【海王】・父が元大関【海王力】という大相撲一家の中三の北村海龍を破って!濱田さんの所のクラブの昴と云うのだけど」
「濱田さんの・・・」
「もし、できるのなら私が育てて見たい、相撲だけではなく人としての生き方も・・・そして、彼が大相撲で大成できる下地を作ってやりたいんですよ!それは自分に対しての自慰なのかもしれません!でも正直我慢できないぐらいに・・・だから、あなたも自分の感情に逆らわずその高校の話受けたほうが良い、それと稲倉の事も、彼女は失うものは何もない、優勝できなければ医師の道へ進む!それだけのことです。あなたの四股名を継ぎたいと云っているのだから、そのことにあなたが何かしらのアドバイスをするのは至極当然の流れ、偉大なる女子大相撲絶対横綱【葉月山】は選ばれし者しか継がすべきではない!そして、それをあなたが最後の仕上げをする。そこで、葉月山の魂は稲倉映見に受け継がれ宿ることになる」
「鷹の里さん・・・」
「私も、こう見えても暇じゃないんですけど、アマチュア相撲のために微力ながら貢献しようかと、それでもパティスリーの仕事はやめませんけど」と笑みを浮かべる秀男
葉月は、車を駐車場から車を出し、一路、市川駅へ走らせる。二人は何も喋らず、いや喋る必要もないのかもしれない、お互い、男女の違いはあれど大相撲に入ったことは、けして意図するものではなっかた。それでも、秀男は大関・葉月は横綱。そして、二人の共通点は、鬼の妙義山である紗理奈に導かれたように・・・。そして、今度は・・・・。




