巡り会わせ ⑦
「これより、全国中学校相撲選手権大会個人決勝を行います。西、愛知県代表 新藤昴。東、千葉県代表 北村海龍。両者土俵へ」
審判が二人を土俵に上げる。中学相撲相撲界の絶対横綱と云ってもいい北村海龍、対して、愛知県内では無敵でも幾多の全国大会で常にベスト4の壁に跳ね返えされてきた新藤昴が決勝までたどり着いた。
この試合の注目は、どっちが勝つかではなく、北村海龍がどんな勝ち方をするかなのだ。
秀男は最上段から土俵を見る。昴は土俵に上がり四股を踏む。余裕はないにせよ、きりっと引き締まった表情は、いい意味での緊張感を持っているように見える。対して海龍は、絶対横綱と云うべき余裕を見せているようにも見えるが、準決勝での若干の苦戦は多分、海龍にとっては想定はしていなかったはずである。そして、意外にも若干の疲れも覗かせているようにも秀男には見える。
土俵上で向き合う二人、昴は海龍を睨みつける、その表情は今まで見せたことがなかったほどに集中しているのに対して、海龍は大きく息を吐く、それはまるで緊張を少しでも解すかのように、そのうえ何度も廻しを叩く海龍はここまでの対戦で見せなっかた、明らかに冷静を保とうと装っているしか秀男には見えないのだ。他の人には余裕を噛ましているように見えるかもしれないが、準決勝で相手に胸を合わせられて意外にも脆さを露呈してしまった事は海龍にとって多少なりとも動揺し意識せざる負えない。
両者仕切り線の前に、すーっと腰を下ろす昴に対して海龍はなかなか腰を下ろさず天井を見上げると海龍は土俵際まで下がり仕切り直しの姿勢に、館内が一瞬鎮まると今度はざわつきだしたのだ。中学相撲相撲界前人未到の中学横綱三連覇のプレッシャーなのか・・・。昴も仕切りを外し土俵際に、上を見上げると秀男が自分を見ている。昴も大きく息を吐きたいところだが何かいい意味での緊張感が抜けてしまいそうで、鼻から息を抜いた。
審判がもう一度二人を仕切り線の前に立たすと、両者すんなりと蹲踞の姿勢に、お互い腰を割り両拳を土俵に下ろすと、両者が激しく当たるが、昴が低い姿勢から海龍の体を跳ね上げるように押し上げたが、海龍に左が昴の前褌を取られたが海龍が引いた瞬間、昴は右の上手を取ると今度は左を狙うが、さすがに海龍は取らせまいとうまく凌ぐが勢いは昴が優勢で前に出る攻めの相撲!
海龍はそこを強引に左下手投げを打つが如何せん不十分で残されてしまったがすかさず今度は右を差しに行きもろ差しになり一気に攻勢に出る海龍!しかし、昴はその右を抱え封じ込むと、今度は左を使って多少強引に引っ張りこむと同時に、昴の右上手の投げが!海龍はそこは何とか堪えたが、その隙に左もそれも上手を取られてしまった。昴は一気に胸を合わしに行く。準決勝で海龍が胸を合わされて苦戦していたのを見ていたのだ。そして、もう一つは秀男のアドバイス。
>「きちっり下から当たって廻しを取れできれば上手だ!単純な力勝負なら同じくらいだって云うのなら、今のお前に分がある、さっきの海龍の相撲は一分近くの相撲で大分消耗してるだったらお前につけ入るスキがある。 いいか、相手に廻しを取られても気にするな!下からきっちり当たって廻しを取ればお前の勝ちだ!
外四つで胸が合い万全の体勢、昴は海龍に寄る、胸を下から押し上げるようにさらに寄る昴の強烈な引き付け、絶対中学横綱の海龍は土俵際まで追い込まれると、会場からどよめきと悲鳴に近い悲鳴と歓声が入り混じる異様な雰囲気に、悲鳴はもちろん海龍のファン達であり大相撲及び高校相撲の関係者達、歓声は少数の羽黒相撲相撲クラブの選手・保護者達。そして、会場の最上段で観戦している秀男いや元【鷹の里】も声を上げたいほど興奮している一方でもう一人の冷静な自分がいた。
(凄いな昴は、本当はきっちり胸を合わせろも云うべきだったかと思ったが、彼奴はちゃんと海龍の綻びを見逃さず対応するか、海龍がもし万全ならこの局面も乗り切られるかもしれないがそれよりも、精神的な問題、ましてや昴にここまで引き付けられれば精神的にキツイ、胸を合わせられた時点でもう海龍の負けなんだよ!いけぇー昴、そこからはただがむしゃらに引き付けで逃がすな!)
土俵際、海龍は必死に抵抗するが堪えきれず、昴に寄り倒され万事休す。海龍の三連覇は潰えた同時に不敗神話も消滅、そして突如現れた超新星中学横綱はあまりの激震である。
昴に寄り倒された海龍は、しばらく天井を見上げていた。海龍にとってもろ差しの万全な体制であったにもかかわらず、昴にばっちり胸を合わせられ窮屈な体勢に力を発揮できなかった。準決勝での露呈した弱点をまたもやさらけ出してしまったのだ。もし、海龍が万全な状態であれば強引に力技での投げも可能だったのかもしれないが、準決勝での消耗が予想以上に響いていたのだ。
昴は、とにかく秀男のアドバイス通り、きちっり下から当たって廻しを取ることに集中した、先に左を取られたのは誤算だったがそこは落ち着いて対応、それと秀男のアドバイス。
>相手に廻しを取られても気にするな!下からきっちり当たって廻しを取ればお前の勝ちだ!
その言葉を信じ落ち着いてその後の対応ができたことが、昴にとっての大きな勝因だった。
秀男はとにかく下から当たり押し込むことを、想定して昴にアドバイスをしたのは、最初から四つでと云えばどうしても速攻で組みに行きたがるが、それは海龍にとってはベストな体勢であり、四つ相撲での真っ向勝負では昴はまだまだ海龍に追い付いていないことは否めない、力ではいい勝負ができると云い切った昴なら、消耗している海龍を押しこんでから四つに持っていけば余力のない海龍を仕留めることができると踏んだのだ。それは、昴にとっても秀男にとっても会心の勝利であった。
審判が海龍に対して、早く立ち上がるように云うとやっと重い腰を上げる。そして、その目はどことなく潤んでいる。中学相撲界の絶対横綱であり将来の大相撲の横綱候補を宿命づけられた海龍にとってこの敗北は精神的には大きい、正直、こんなところで負けるとは想いもしなかったのだ、それは、相撲関係者も同じ、中学生相撲選手にとってこれ以上ない環境でありながら、負けた相手は、注目さえもされていなかった昴に負けたことは、祖父・父にとっては、さらに衝撃だったのだ。
海王部屋にとっては、序二段、時には三段目にも当たらせ稽古を積ませてきたのによりによって、無名に近い選手に負けた!それも、単なる相手のまぐれではなく相手による戦略的完敗に近い内容で・・・。
土俵上では仕切り線を挟んでお互い礼を、俯き加減の海龍に対して昴はきっちり海龍を見る、その引き締まった表情からはけして喜びの気持ちは読み取れないことは昴の中学生らしからぬ大人の対応なのだ、
(俺が中学生だったらガッツポーズの一つもしそうだが・・・)と秀男は一人苦笑い。そんな自分を土俵上の昴に見られてしまった。昴はそんな秀男の気持ちも知る由もなく、深く礼をしてきた。秀男も自然に昴相手に深く礼を自然と・・・。
(昴、君には感謝している。いい歳をして相撲とは縁を切るとか、相撲の話すら拒絶していたのに・・・ただ、俺には大相撲よりアマチュア相撲の方が合っているようだな、中学生の相撲にこんなに興奮する何って想いもしなかった。昴!元【鷹の里】として認めてやる。ありがとう・・・素晴らしい相撲だった優勝おめでとう!)
(鷹の里さんのアドバイスがなかったら、一気に当たって押していくつもりでした。でも、鷹の里さんの>下からきっちり当たって廻しを取ればお前の勝ちだ!に勇気をもらいました。それと、できれば上手を取れのアドバイスはいま思うとまるで展開を読んでいたように、あの上手が試合の流れを決定的にした。自分はそこまで考えられませんでした。数学的思考力ってことですか?相撲がもっと好きになりました。そして、勉強ももっと興味が湧いてきました。もし、大相撲に行くとしたら鷹の里さんのような文武両道でなければ・・・ありがとうございました)
観客席から昴に惜しみない拍手が送られる、大半の観客は、北村海龍の中学横綱三連覇を見たかったに違いなかったはず、しかし、結果は無印がぐりぐりの◎を食ってしまい、とんでもない万馬券を出した昴。勝負などやってみなければわからない!ましてや一発勝負なら尚更だ。でも、その一発の勝ちがきっかけで躍進することがある。逆に、敗れた海龍は、この負けを糧に飛躍できるかはたまた調子を落とし苦しむか?でも、それも飛躍のためには必要なこと・・・・。
土俵上では表彰式の準備など、土俵下では昴やクラブの濱田光がインタビューを受けている、その様子を見ていると秀男の隣に一人の体格のいい男性が隣に立つ。秀男はその男をふと見る、スーツ姿ではあるが、直感で相撲をしていたであろうと想わせる体形。
「祖父が元横綱【海王】その孫の海龍は勝って当然とみんな思ったけどまだまだ中学生と云うか、意外と脆かったな」とその男は隣の秀男に意図的に聞こえるように・・・。秀男は無視
「たいして、あの、新藤とか云う選手はなかなかだね、きっちり相手を起こして、押し込んでからの四つ、ばっちし胸を合わせて、あれじゃ海龍がいくら地力があったって投げも打てない、準決勝で脆さを見せたのが敗因だね、でも、あの新藤とか云う中学生、どことなく鷹の里に似た雰囲気を持ってるんだよなぁーなんだろうね?」
「・・・・」(この男、俺を鷹の里としての知っての云い方か!?)
「パティシエ大関」
「!?」
秀男は、その男を睨みつける!別に、パティシエ大関と云われた事には何とも思わないし今更云われたところで実際そうなのだから、ただ,今そんな事云うのは相撲関係者ぐらいしかいないのだが。
「今も、そんな顔されるんですね?こんなところでまさか会えるとは思いませんでしたが」
「俺が誰だが知っての言いぐさか」
「うちの妻が、奥様と乞いにしてもらってまして」
「・・・・・」(紗理奈が・・・なんだよ!)
「ハブ対マングース見たいで」
「!?」
「菊の山です。お久しぶりです鷹の里さん」とにこやかな表情で
「菊の山?・・・遠藤か?」
「はい。こんな場所で会うとは・・・」
「遠藤・・・・」
現役力士時代、けして付き合いがあったわけではなかったが、同じ大学相撲出身と言う事で気にはしていたが、幕内に上がった菊の山は早々引退し、対戦することはなかった。妻である妙義山のライバル三神櫻と結婚したと云うのは妻から聞いていたが、それほど気にもかけていなかった。ただ、彼の文章は好きでよく読ませてもらっているのだ。
「一度は対戦してみたかった・・・」と元【菊の山】
「何言ってんだよ、途中で辞めたくせして」と元【鷹の里】
「すいません、三神櫻に毒の牙でやられまして」
「その意味じゃうちの妙義山も同じだけど」
「でしょうね・・・・」
「でしょうねだ!?」
土俵上では、表彰式と記念撮影の準備が始められている。会場の片隅では新藤昴と濱田光が取材を受けている。その様子を片隅で見ている負けた海龍は唇を嚙み締めるように・・・・。
「鷹の里さんこの後、何か予定あります?」
「いや」
「元【葉月山】さんに会うのですが」
「葉月山?」
「奥様に聞いていると想いますが?」
「・・・・」
遠藤が葉月山と会うのは、稲倉映見の一件ではないのだが当然その話は触れざるえない、女子大相撲理事であり妻である山下紗理奈の夫である山下秀男が会うべきなのか?会ったところで、稲倉映見の件で、部外者である自分が何を?




