プロ志望 ⑤
「無言電話か朋美」
「監督・・・」
久しぶりに聞いた監督の声。思わず目が潤んでしまった。
「朋美が電話して来るとはねぇ・・・」
「すいません。お忙しいところ」
「忙しいことはないが・・・」
「・・・・・」
「用件はなんとなく察しがつくがそのことだったら私に聞いても力にはなれないけどなぁ」
「うちの石川さくらの件なんですか?」
「その件は次期主将の吉瀬に云ってくれ今は部員が中心となってやってもらっている。もちろん最終決断なり責任は私がとるが」
「監督・・・石川さくらがうちに来たことに・・・」
「島尾、うちが石川さくらを取れなかったことを根に持っていると」
「そんなつもりは・・・」
「吉瀬が石川さくらに声をかけたらしいが何かピンと来るものがあったんだろう出稽古の話は相談されたがすべて吉瀬に任してある。話は彼女にしてくれ」
「監督は吉瀬さんに全幅の信頼を置いてらっしゃるのですね?」
「吉瀬が入って女子相撲部は変わった。私の全否定から入ってそれを見事に変えちまった。とても私の敵う相手ではないよ。古い昭和の指導者は陰から支えるぐらいがちょうどいいってことかな」
「わかりました。さくらには出稽古に行くことを許可します。監督がそこまで信頼されてる方なら」
「島尾」
「ハイ」
「教師の仕事と相撲部の監督。充実しているか?」と優しい声で
「ハイ、教師の仕事と同じくらい相撲部の監督も充実しています」とはっきりした声で
「そうかそれはよかった」と云ってしばらく間が空いて・・・・
「西経女子相撲部にいたこと後悔していないか?」
「していません」ときっぱり
「そうか・・・・」
電話の向こうから部員らしき大人数の声が・・・・
「すいませんまだ稽古中でしたか?」
「いや、私は上がり座敷に上がって見学している身分だから気にするな」と云った後、倉橋の声のトーンが変わった。
「一応云っとくけど゛西経に出稽古に来るってことは遊びに行くって云う感覚で来られちゃ困る。吉瀬がわざわざ石川さくらに声を掛けたってことは実力を認めているんだ高校生だろうが・・・実力がある者には西経もそれなりの稽古をさせてもらう。吉瀬は実力あるものには本気でやらせてもらうそれが相手に対しての礼だと想っている奴だ。石川さくらにはそこの辺りちゃんと云っといてくれよ。あとで問題になっても困るしな。吉瀬は相撲部において”勝つこと”と”楽しむこと”を両立させることを目指してやっているが本当に実力がある奴には勝利至上主義に徹する。昔の西経かも知れないがその魂は今でも宿っていることは島尾から石川さくらに云っといたほうがいいだろう。吉瀬はそ云う女だ」
「わかりました」
「今度もし会えるとしたら春の高大相撲かなぁー。正直、うちの付属高校じゃ相手にならないと吉瀬が云っているがもしうちの部と決勝になったら手加減はしないよ」と倉橋は笑いながら
「出稽古で石川さくらの手の内を見せてしまうのは」と島尾も笑いながら
「まぁ島尾の大事な部員なんだから手荒な真似はさせないからただ、キツイ稽古はさせてもらうよそれでなければ出稽古の意味もないし」ときつい口調で
「よろしくお願いします」と島尾
「それじゃ詳しいことは吉瀬から朋美に連絡するように云っておく」
「わかりました」
「今日は電話をかけてきてくれてありがとう。朋美の声が聞けてよかったよ」
「監督・・・」
「朋美が育てている石川さくらお手並み拝見というところかな」
「明星の女子横綱ですから」
「それじゃ」
「高大相撲で会えることを楽しみにしています」と云った後倉橋の方から電話を切った。
(本当はもっと話さなきゃならないことがいっぱいあったのに)
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後日、吉瀬の方から島尾に電話があり稽古の日時を決め稽古内容もどんな感じでやるのかを・・・。
島尾の吉瀬に対する印象は何かビジネスライクと云うか監督の秘書とでも話しているかの印象だった。
「なんでうちの石井さくらを出稽古に?」
「超高校級と云われている石川さくらに興味があるからです」
「興味?」
「選手会であんなことにならなければ誘うことはなかったと思いますが・・・」
「監督として教育がなっていなかったわ嫌な思いをさせてしまったわ」
「監督さんには関係ない話です。これは石川さくらと私を含めた西経との問題と云うほどの大げさな話でもないですしあの時のことはもう拘っていませんから」とはっきりした口調でそれも自信に満ちたような・・・。
「吉瀬さんは監督から信頼されているんですね?」
「もうよろしいでしょうか?用件だけお伝えしたかったので」
「わかりました。それではお願いいたします」
「失礼します」
島尾にしてみれば吉瀬個人に対して少し聞きたいことがあったのだが話す隙すら与えてくれないと云うか・・・イメージしていた人物像。相撲の取り口も自分の知っている限りではどんな状況であれ相手に相撲は取らせない。その印象通りだったのだ。
出稽古の前日、島尾は久しぶりにさくらの稽古相手をしていた。三番勝負で一勝一敗。そして最後。
朋美は立ち合うと、一気にぶつかって組み、体をもぐりこませ、すばやくさくらの廻しをさぐる。低い姿勢のまま手を伸ばして、さくらの両廻しをつかむ。(よしこれでいける)
朋美は絶対の自信があった。低い体制でのぶちかましそのまま押しつづけ土俵際まで追いこんだ。(これで勝負ありよさくら)そして一気に・・・しかし
(なんでなんで・・・さくらの腰が急に重くなった)
土俵際さくらは俵に右足を乗せ朋美の力を完全に受け止めたのだ。朋美の動きが完全に止まった隙にさくらに右廻しを取られてしまったが(そうくると思った)ここから寄り立ていくしかしさくらは土俵際でこらえる。何回か試みるがどうしても寄りきれない(くぅ・・まずいこのままだと私の方がスタミナ切れになる)ただでさえ体格差があるのに動きが止まったら・・・再度、島尾が寄りに行ったときにさくらにうまく体を入れ替えられてしまったのだ。(しまった)
一気にここでさくらが形勢逆転。あとはさくらのパワーで一気呵成に・・・しかし、朋美だって素直に負けは認めたくない。土俵際朋美の体が弓なりになる。(意地でも耐えきって見せる)ここぞとばかり全体重をかけてくるさくら。(うっっっもうだめ・・・・)と思った瞬間背なかから落ちていった。(負けた)
二勝一敗でさくらが監督に勝ったのだ。
「いいとこまで行ったんだけどなぁ」と朋美は苦笑い。
「でも監督とは体格差がだいぶあるし・・・・」
「なに、気を使ってくれるのさくら。随分大人になったわねぇ全く」
「体格差がなかったら完敗です多分」
「本当に相撲上手くなったね。的確な状況判断と云うか私の作戦を読まれていたと云うか」
「感覚だけでやっていた相撲に考える相撲もやってみようかなーって」
「考える相撲ねぇ・・・・」
稽古が終了しいつものように朋美は上がり座敷の淵に腰かけ一息入れているとさくらが入ってくる。
「監督、明日西経に行ってきます」
「さくら。今日の私との稽古でも思ったんだけどなかなかあなたに満足する稽古が与えられないと痛感した。正直私は西経に出稽古に行くことには否定的だったけど西経で自分の相撲を試すことは必要だと思った。さくらはわかっていると思うけど西経はお客さん扱いはしない。ましてや高校生のさくらを大学の相撲部に呼ぶってことは認められてるのよあなたの相撲が」
「はい」
「西経で立てなくなるぐらい揉まれてきなさい。多分あなたにとっては初めての経験になるかもしれないけどなんとか食らいついていきなさい。それができればまた一つレベルアップできるから」
「わかりました。覚悟はしてます」と真剣な目で島尾を見る。
「じゃもう帰って早く寝なさい」
「それじゃ失礼します」と云うとさくらは相撲場を出ていく。
ここ最近のさくらは本当に相撲のレベルが上がっている。正直、さくらから「考える相撲」なんって言葉が出る何って考えもしなかった。そこまで相撲に邁進しているのに正直今の指導方法に朋美自身限界を感じている。さくら以外の相撲部員の力不足はわかっているとはいえどうしても男子に頼らざる得ない。女子相撲部でさくら相手に切磋琢磨できる力士がいないことはどうしてもさくらの成長を鈍化させてしまう。そこにふっと湧いた西経大への出稽古。
(さくら、頑張って耐えるのよ)
朋美が想うことはただそれだけ・・・・・。
朋美は土俵中央に立ち四股を踏む。姿勢を作りゆっくり重心を移動させ、足を上げる。ゆっくり下ろして最後に強く踏み込む。これを繰り返す事で足腰が鍛えられる。
もう何回繰り返しただろうか?
西経大の出稽古に行くさくらよりよっぽど朋美の方が緊張していたのだ。
そして足腰に疲労が・・・その場でお姫様座りに・・・・・さくらより朋美の方がよっぽど緊張しているのだ。




