巡り合わせ ②
「もしよろしければどうぞ」と秀男は白い小皿にカヌレを二個のせイートインスペースで待っている映見の前に置いた。
「えっ?でも・・・」
「これは私の試食用で、午前中に作ったやつで申し訳ないけど少し熱を入れて表面を冷ましたもんですけど、どうぞ」
「えっ?でも・・・なんで?」
「倉橋監督が「玉鋼」の常連とスタッフから聞きまして、それに家の鬼嫁も監督には色々と・・・」
「鬼嫁?」
秀男は、プライベート用の名刺を渡した
「山下秀男・・・山下・・・」
「女子大相撲の理事長は私の嫁で・・・」
「えっ!?・・・てことは妙義山関のお父様?」
「あぁ・・・そっちね、まぁ一応・・・」となぜか照れる秀男
「そうなんですか、私何も知らなくて、確か・・・大相撲の力士でしたよね?えぇっ・・・」
「鷹の里と云う四股名で一応大関まで」
「あぁ・・・そうです鷹の里さん。うちの先生がよく云ってました!あの人の相撲が一番好きだったって」
「先生?」
「あぁ、先生って云うのは私が小・中と通っていた相撲クラブの先生で、今日はクラブにシュークリームアイスを差し入れで持っていこうかなって」
「嫁に聞いてます、あなたの事、色々と・・・・」
「色々?」
普段の秀男だったら間違えなく自分から、「元大関鷹の里」なんてことは絶対に云わない!もちろん稀にお客さんから言われることはあるが、けして深く自分の事は話さない。ただ、嫁である紗理奈が稲倉映見の女子大相撲入りに深く関与と云うかしていることに、まして目の前にその本人がいることに、それに・・・・。
「クラブの先生って、どんな?」と秀男
「あぁ・・・大学の途中まで相撲をやっていて、強かったらしいですでもあんまり過去の事は聞いたことは」
「大学で相撲を・・・・失礼だけど先生のお名前は?」
「先生ですか?濱田光って云います。ちなみにうちの監督の旦那さんです。ちなみに離婚したくせにまた同じ者同士と再婚しているという変わり者の二人です。(^O^)/」
「濱田光さん・・・」
秀男の脳裏にある日の師匠との会話が蘇る
>「濱田に言われたよ!鷹の里は尊敬できる力士だとよ相撲理論は科学的根拠に基づいたうえで現役力士での実践的な解説書は凄い参考になりますってよ」
「師匠・・・」
「鷹の里、アマチュア時代大学横綱を引っ提げ入門してきた選手は何人もいるが横綱になった力士は一人しかいない、アマチュア時代無敵だった奴が期待されて入って来たものの大多数は三役になれれば音御の字、大関になれた奴なんかごく僅かだ。なんでかわかるか?」
「いえ・・・」
「幻滅するんだよ大相撲そのものに、頭が良ければ良いほどに相撲が上手ければ上手いほどに・・・鷹の里なんで大相撲に来た?」
「えっ、・・・・」
「おまえは横綱までいける器だよ、でも今のままじゃいけねーガチ相撲だとか言ってるようじゃ・・・。濱田に言われたよ、大相撲に行かねぇーとそんでもって「大相撲なんか所詮下衆の集まりか・・・」ってよ!」
「・・・・」
秀男にとって現役時代も含めて会ったことはなかったが濱田の相撲には注目していたし、師匠も何度も誘いをかけていたのは知ってはいたが結局ちょっとしたことで彼は大相撲どころか学生相撲からも消えてしまい、卒業後何年かしてベンチャー企業を起こしたことを聞いたがもうその頃には秀男自身が大相撲とは縁を切っていて、濱田のことなど頭の片隅にも消えていた。
「稲倉さん。ちょっとお願いと云うか・・・相撲クラブ見学させてもらいたいのだけど?」
「見学ですか?はい!いや大歓迎と云うか濱田先生感激すると想います!」
「ならいいけど、いきなり行って大丈夫かい?」
「基本、見学自由ですし随時体験入部OKですし私も体験入部で、まぁ私の場合はちょっとしたやらかしをしてしまいまして・・・」
「やらかし?」
「まぁ色々・・・」と映見は苦笑い
-----ポルシェの車内-----
「なんで紗理奈のランクル借りなかったのかなー・・・・あぁ!」
秀男は紗理奈のランクルを借りなかったことを深く後悔と云うか・・・。さすがに元女子相撲女王を911の狭い車内に押し込ますわけにもいかず、映見には電車で行ってもらい、秀男はクーラーボッツクスに二時間分のドライアイスを入れシュークリームアイスのデリバリーと云うか・・・・。
濱田光には一度会って見たかったし、当時、大相撲入りを拒んでいる濱田を秀男自身が会って説得する案もあったのだ。
ポルシェは名古屋高速1号から11号へ、そのまま北上して行く、若干の渋滞に捕まりながらも予定時間通りに到着。駐車場に車を置き、フロントのトランクからクーラーボックスを取り出し、案内表示板で確認し相撲場へ、そんな時、映見からLINEで駅に着いたとの連絡で15分後に着きますと、秀男をすでに相撲場に着いた連絡を入れた。しかし、まさか自分から相撲クラブの見学に行きたいなどなぜ云ったのか?
大相撲関係者とはもう殆ど会うこともない、辞めた当初は解説者や指導者としての話もあったがとても受ける気持ちにはならなかったし、角界から去る以上に一人でいたかった。そんな自分とは対照的な紗理奈の活躍は、喜ぶべき事なのだが何か二人の間に溝と云うか深い河のようなものができてしまったようで、パティスリーを開店するにあたってはメディア取材の依頼もあったが一切断った。
ネットでは色々書かれたこともあったが、それも遠い昔の話。その間には、娘が女子大相撲に入門、そしてついに二代目【妙義山】を継ぎ絶対横綱に、元大相撲力士の父である自分がそのことにあまり興奮しなっかたのに、なぜか今、興奮している自分いる。それは、稲倉映見に出会ったことより濱田光に会えることに、大相撲入りを蹴るどころか学生相撲からも消え、後に起業し世界的にも評価されていたのにも拘らず、あっさり身を引き、今は相撲クラブの指導者と云う意味を知りたかった。
そんな自分も、角界を辞め全く違う世界で生き、それなりの人生を歩んできたことに悔いはないしおそらくその先も・・・ただ、最近になって、大相撲をテレビ観戦する自分がいるのだ。角界を辞めて以降一切見ることがなかったのに・・・・。
(今になって大相撲が恋しくなったのか?)
秀男は、クーラーボックスを肩にかけ前方に見える相撲場を目指し歩いていく。近づくにつれ体がなにか熱くなる感覚に、何か血が沸々と・・・。
相撲場から一人の男が出てくると入口の前に立ち、まるで秀男を出迎えてくれているように手を膝の前に合わせて。彼は秀男が近づくと軽く会釈をする。
「初めまして濱田光と申します。映見から連絡を受けてます、まさか【鷹の里】さんに会えるとは想ってなかったので」と光は笑顔を見せたが・・・。
「初めまして、山下秀男と云います。元力士をしてまして、今はパティスリーを経営しております」と無表情で軽く会釈をした。
秀男は窓越しに相撲場の中を覗きながら
「中に入っていいですか?」
「えぇ勿論です」
秀男は中に入り靴を脱ぎソックスを脱ぎそれを下駄箱に入れる。肩にかけていたクーラーボックスを下駄箱の脇に置き、両足を土の上に乗せると秀男は大きく深呼吸をする。
(この土の匂いそしてこの足の感触・・・・)
力士を引退して、相撲に係わることは一切排除してきた。別にそれは紗理奈への当て付けでもなくただ単にもう相撲とは縁を切るために・・・大相撲に幻滅はしなかったが自分には水が合っていなかったのかも知れいない、濱田光が親方に言った「大相撲なんか所詮下衆の集まりか・・・」が再度頭を過ると無意識に握りこぶしを作ってしまっていた秀男。
「引退されて部屋を持たれなかったことは意外でした。理論派の力士であり成績も、鷹の里関に期待された一ファンとしては残念でした。きっと」と濱田の若干興奮気味の言葉を遮るように秀男は針で刺すような云い方で・・・。
「大相撲なんか所詮下衆の集まりか・・・」と秀男は土俵を眺めながらポツリとつぶやくように・・・。
「えっ?」秀男の背後にいた光は何故そんな事云うのか理解できない。
「大学相撲、なんでやめた?」
「えっ?なんで?・・・あっ!?そうでしたね藤山親方への・・・」濱田の脳裏にあの熱燗を光の顔めがけてぶちまけられたあのシーンが鮮明に蘇る。
「高校・大学とけして才能は飛びぬけてはいなかったけど、密かにあなたの相撲には注目していたし親方にも入門めいたことを進言した。でもあなたはちょっとした言い合いで相撲の道を自ら絶った!大学卒業後のあなたの活躍をふり返れば、あなたの選択は正解だった。なのにあなたは相撲の世界に戻って来た!それが何か私の気持ちをイラつかせる!よく戻れるものだなーっとそれがアマチュアのそれが少年少女のクラブであってもそんなことを想う自分にはもっと腹が立つ!」
初対面の濱田光にいきなりこんな言い方もないものだが、それ以上に何を今更こんな事を云っている自分が理解できなかった。パティスリーの経営者としてある意味での成功を収め充実の人生を送っている。妻は女子大相撲の理事であり初代絶対横綱【妙義山】そしてその娘は二代目【妙義山】として絶対横綱を張り日本の女子大相撲はおろか世界でも活躍、そのことに素直に喜びを感じていながらも何か相撲の世界から自ら決めて断ち切ったことに今になって何か虚しさを感じている自分に腹が立って腹が立って・・・。
「引退してから大相撲はおろか娘である【妙義山】の相撲でさえ真剣に見たことはないんだよ、そのことに別段何も想わなかったんだけどね・・・。妻も子供達もまるで腫れ物にでも触るように相撲の事はね、自分なりの大相撲論とかあったっし女子大相撲論も、でも色々あってなにかピンと張っていたものが切れたと云うか、最後の場所も中日を過ぎて・・・」
「鷹の里さんがパティシエになっていたと何かネットで見た時に、正直、驚きよりも落胆と云うか、部屋だって持てただろうに、大相撲の世界は私には無理だった。もし、大学時代、鷹の里さんに声をかけられていたら大相撲の世界に行っていたかもしれません。でも、幸か不幸か会うこともなかった」
「巡り合わせの神様があなたは大相撲の世界よりもビジネスの世界へ導いてくれた。そう言うことだよ」
「神様は鷹の里さんを大相撲の世界へ導いたと・・・」
「どうかな?家の女神様は、まぁ神様と云うよりも山姥って感じだけどね、昔話の金太郎の育ての親って山姥って知ってる?」
「あぁ・・・そう云えば東京国立博物館で【山姥と金太郎】って云う絵を見た覚えが。確かかわ・・」
「河鍋 暁斎。幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師、日本画家で、自らを「画鬼」と称したある種の鬼才って感じかな、でも驚いたな、東京国立博物館で【山姥と金太郎】の絵を見ているなんて、絶対に絵画とかに興味がなっかたら出てこない」
「私だって驚きましたよ!あの理論派力士【鷹の里】さんが絵画とかに造詣が深いなんて・・・」
「大学時代、博物館とか美術館とかよく回っていてね、なんでだろうね?相撲に熱中していたかたわら、一人でふらっとね」
「なんか、わかります」
「あなたと大学時代、会わなくて正解だったな、あなたにとってもわたしにとっても・・・」
「鷹の里さん・・・」
「鷹の里じゃなくて山下秀男だから」
「秀男・・・」
「呼び捨てか!・・・まぁ、なんか仲良くできそうな気がする」と秀男の頬が緩む
「私もです!お互いに妻が女子相撲関連ですしそれも気が強くて、さすがに家の妻も妙義山さんには及びませんが」
「・・・・( ゜Д゜)ハァ?」
秀男にとっても光にとっても、相撲に係わっていた時に会わなかったことは何か運命めいたことのように感じていた。そして、今、相撲場で会っているという事実に・・・。




