魂のカヌレ ⑥
パリ五区にある「パティスリー・マルレット」オーナーパティシエのカーク マルトッティと秀男は意気投合、留依そっちのけで・・・。
「Professeur!楽しそうですね」と留依は若干不満げなご様子で・・・
「いや、秀男と話をしていると楽しいよ!」
「秀男さんも楽しそうで」
「いやー・・・楽しくて、それにレスリング選手だったって?」
「秀男も相撲レスラーだったて云うから・・・よし対決しよう!」
「Professeur!対決って何考えてるんですがまったく」と留依は飽きれるばかり・・・・。
「秀男、留依は優れた感性を持っているんだ。それと負けず嫌いで何事にも研究熱心だった。ただあまりにも深く突き詰めようとして沼に嵌ると云うか、拓が亡くなって留依は大丈夫なのかって・・・フランスで生活しないかとも言ったんだけどね、でもちゃんと支えてくれている人がいたなんて正直ほっとした」とカークは留依を見ながらにこやかな表情をみせる。
「Professeur!秀男さんは私にとって大事な相棒ですがそれはビジネスの話です!ましてや奥さんがいるんですからまったく!」
「奥さんいるのか、でも先はわからんし」とカークは平然と
「Professeur!!!」
「あぁ・・・留依さん私ちょと散策してきます。せっかくProfesseurと再会したんですから少し話をして・・・ねっ」
「でも・・・」
「二時間ぐらいしたら戻ってきますよ、Professeur、留依とゆっくり話してください、なんかあったらLINEください」
「わかりました。すいません」
「じゃ・・・」と二人に軽く会釈し秀男は店を出た。どうも居心地がむずがゆくてなんとなく外に出たかったのだ。とは言え店を出たものの行くあてもあるわけでもなく、とりあえずはスマホの地図アプリを使いながら街歩き観光。スマホの画面にふと目に止まったのは「セーヌ川」意味は特にないのだがただ何となく・・・。とりあえずは地図アプリを見ながらパリ植物園の脇を通ると入口があるのだがあることに気づいたのだ。
(そうか、植物園は無料なのか・・・・・)
秀男は植物園の中を抜けセーヌを目指すことにした。ただ秀男がイメージした植物園と云うよりも庭園を模した公園と云う感じで、サイクリングをしたりラテンダンスのようなものを楽しんだりイメージとしては上野の恩賜公園と云った感じだろうか?その中を抜ける秀男。
(俺は何しにフランスまで来たのか?)
留依がフランスに行くのは自分をリセットするためとは言ったが・・・。別に秀男自身がが同行することもなかったのではないかと想っていたのだ。
植物園を抜けセーヌ河に掛かるオステルリッツ橋を渡り対岸へ、途中、橋の真ん中で立ち止まり河の流れを見る。ひとつ向こうの下流に掛かるシュリー橋からエナ橋までの約8㎞が世界遺産として登録され役8㎞の沿岸にはエッフェル塔やノートルダム大聖堂、ルーブル美術館など多くの観光スポットが点在する。
>「Professeur!秀男さんは私にとって大事な相棒ですがそれはビジネスの話です!ましてや奥さんがいるんですからまったく!」
(紗理奈がいなかったら・・・・)
力士を廃業してから紗理奈との距離は開いた?と云うより紗理奈が自ら距離を取っていったのかもしれない、秀男自身はそんなつもりは微塵もないのだが・・・。
セーヌ河を渡り切り、そのまま真っ直ぐに進むあてもなく、ルドリュ・ロラン通りの緑の街路樹の下を歩いていく、東京なら高層ビルでも建ちそうだがせいぜい高くても十階それも古い建物が並ぶのも如何にもヨーロッパと云う感じで・・・。
(カフェに入ってなんか飲むか・・・)と歩きながら店を探す。(クリント?カフェと云うよりブランチレストランて感じか・・・)
午後のアフタヌーンティーとシャレこむわけでもないのだが
(うん?)
秀男の目に入ったのはその隣の店
(HAKODATE PASTRY SNAFFLE'S.? どっかで聞いたような・・・・あっ!)
函館にある洋菓子店 スナッフルスは函館を代表するおみやげとして非常に人気が高い「チーズオムレット」発祥の店。半熟オムレツのようなしっとりとした独特の食感を持ったスフレタイプのチーズケーキなのだ。秀男的には同じ函館にある姉妹店ペシェ・ミニヨンの印象が強い。特に、フランスで歴史あるインターコンチネンタルパリのレストラン「カフェ・ドゥ・ラ・ペ」で、シェフパティシエとして実績を積み、ペシェ・ミニヨンのグランシェフに就任したレダ シュヌフ氏には注目しているのだ。ただ「たたら」とは客層も違うし比べるレンジが違うけど・・・。
秀男は迷うことなく店に入る。ショーケースの中はまんま日本、そして店内に飾られている函館の風景画は日本を強く印象付ける。秀男はチーズオムレットと苺のショートケーキと云うド定番の二種をテラス席でカプチーノを飲みながら・・・。
(なんで俺はフランスまできて日本のもの食ってるんだよまったく)と想いながら食すが意外な発見と云うか、日本のものとは明らかに違うのだ
(食味が重い明らかに、言い方を変えれば生クリーム自体が濃厚なのだ)
それでも、これはこれで嫌いじゃない、フランス人が大好きなクレーム・フレッシュ! 濃厚で滑らか、爽やかな酸味が特徴のサワークリームの一種だがあれを考えればこれぐらい濃厚でなければ、それは乳脂肪分が多いの少ないのと云う単純な話ではないのだ。パティスリー (pâtisserie)というフランスの食文化が日本に渡り洋菓子と総称され独自に発展しいまフランスに凱旋と云うことなのか?
テラス席で子供が満面の笑みでショートケーキを頬張る姿はパティシエの秀男にとってある意味誇らしいと・・・。
秀男は店に戻ると、スタッフが二人は二階にいるとの事で二階のオフィスへ上がると留依とカークは窓際の応接ソファーに座り談笑中。
「どこまで行っていたんですか?遅いから迷子でもなったのかって?」と留依
「迷子って、子供みたいに・・・植物園抜けてセーヌの先のリヨン駅の近くまでね」
「随分歩いたわねなんかありました?」
「函館の「スナッフルス」があったよ色々聞いたらお兄さんが函館の店で働いていてその縁で出店したとか行っていたけど?」
「「スナッフルス」ってチーズオムレットで有名な?」と留依
「日本の洋菓子が流行っているとは聞いていたけどね」
「チーズケーキを中心としたパティスリー・ジャポネは人気だよね」とカーク
「如何にもチーズ大好き国って感じですね」と秀男
そんな食文化の話を三人で盛り上がりながら時は過ぎる。
「今日は「ビストロ」を貸し切りにしたからパーティーだな!翌朝まで飲むぞ!」とカーク
「いいですね!」と秀男も・・・。
「男って・・・」とあきれ気味の留依
「パティスリー・マルレット」から歩いて三分ほどにある「ビストロ・オーボン コイン」店内はフランスの片田舎でも連想させるような・・・。古典的料理に庶民的なワインセレクションは、日本人がフランス料理のイメージとはまた違う、フランス料理は高級で何もレストランやグランメゾンだけがフランス料理ではないのだ。とか能書きをたれながらほとんど居酒屋状態。「パティスリー・マルレット」の従業員達も秀男との会話に夢中、ましてや元大相撲力士なら聞きたいことは山ほど・・・酒も入りオーナーパティシエのカーク マルトッティと秀男の対決は腕相撲!二人も外野もエキサイト!
そんななか留依はカウンターで「パティスリー・マルレット」の統括マネージャーでありカークの奥さんでもあるベリーとワインを飲み交わしていた
「良いの留依、私とカウンターで?」
「なんか、秀男さんが主役というか、ちょっと・・・・」と苦笑いの留依
ベリーも以前はパティシエールとして厨房に入っていたが・・・。
「もう菓子作りは?」
「うん、なんかねぇ・・・店の規模もそれなりに大きくなったし、二人でやっていた時とは違うし」とカークを見るベリー
「でも、相変わらずProfesseurはお元気で、それと商品なんかいい意味で古典と現代の取り合わせと云うか言い方はあれですけど斬新なもの多いなって・・・」
「拓さんとあなたが日本に帰った後くらいから、調子よくなくてねあまり厨房に立つこともなくなってね、常に高い評価を頂いているプレシャーってわけではないんだけど、色々行き詰まりって云うか・・・そんなこともあって今はスタッフ達がメインでカークは熊のぬいぐるみの置物みたいなものよ」と苦笑するベル
「置物って・・・」
レスリング元フランス代表VS大相撲元大関の腕相撲は辛くも秀男が三本勝負でイーブンからの勝ちで大相撲の威厳は守られた。
「家はカーク マルトッティと云う生粋の孤高のパティシエで成り立っているそれは彼も私もそしてスタッフ達もそう思ってた。でも、彼が厨房に立てなくなってもスタッフ達がメインで支えてくれた離れるどころか逆にね、負けず嫌いで頑固なカークが初めてスタッフ達の前で涙して感謝してね、スタッフ達は涙する者もいたけど至って冷静でね、私の方が号泣しちゃって・・・」
「Professeurが・・・」
「拓さんが亡くなったて聞いて、カークはあなたが自分見たいになると想ってフランスに来いって言ったのよ、まぁあなたの事だから絶対に来ないと想ったけど私は」とベリー
「すいません・・・」と留依
「でも、秀男さんならいいんじゃない、カークがあんなにはしゃぐのも珍しいもの、それになかなか才覚ありそうだし、でも惜しいはよね」
「惜しい?」
「色々な意味で」
「・・・・」(惜しい・・・でもあの奥様では・・・「あぁ、違う違うもう!」)
翌日は、留依は秀男とフランス観光。寝過ごして午後からモンマルトルへ、街中ではかつて芸術家たちが集ったゆかりスポットでもあるのか路上で絵の売買をしていたり、けして治安は良いようには想えなかったが・・・「サクレ・クール寺院」をめぐり帰りに「カフェ・ド・ムーラン」でクリームブリュレを注文をし食すとそれにたいし二人は言いたい放題? (あんた達はグルメ評論家か!)
最終日は、モン・サン・ミッシェルへ。パリ・モンパルナスから朝一のTGVでレンヌへそこからバスでまたバスに乗り換えやっとモンサンミッシェルが見えてきた。
「ラ・メール・プラールのオムレツ。食べてみたかったんですよ!知ってますよね?」と留依
「えぇ・・・ふわとろの大きいオムレツですよね?」
「そうそう、フランスにいたのにここに来る機会なくて・・・」
「そうなんですか・・・・」
(モンサンミッシェルはゴシック様式やノルマン様式の建築を見るとか修道院内部の回廊とか色々あるでしょうが!オムレツ!?もろ日本人観光客と云うか・・・なんなん!)
そんなかんのありながらモンサンミッシェルを堪能しシャルルドゴール空港へ、楽しかった時間はあっという間に過ぎ去る。帰りのTGVでは留依は完全に夢の中、秀男はそんな留依の寝顔を見ながら・・・。
(紗理奈とこんな時間を過ごしたことはなかったな・・・・)
お互い現役力士に時代は、二人でどこかに行くという事は殆どなかった。鷹の里を廃業してからは、葉山の別荘にある種の引きこもり状態、そんな中でのパティスリー「たたら」そして、拓と留依さんとの出会いは、秀男の人生をまったく違う世界へ誘ってくれたのだ。それはまるで運命づけられていたように・・・。
エールフランス航空 AF274はパリ・シャルル・ド・ゴール国際空港を21時55分離陸、羽田には翌日19時25分に着陸予定、13時間30分のフライト時間だ。
「ビジネスクラスなんて勿体ないのに」と留依は窓側の席から隣の席の秀男に
「アップグレドが意外とリーズナブルだったんで、帰りは少し贅沢しても疲れが格段に違いますから」
「手慣れてますね?」
「葉山に引きこもってから、実は海外にはよく行っていたんです、日本に居ずらいこともあって、ところでフランスへ行った真の目的ってなんです?私にはただ単に自分をリセットしたいだけじゃないですよね?」
「秀男さんの凄いとこと云うか・・・半分は自分のリセット半分は秀男さんの飛躍のためそのためのリトマス試験紙と云うか」
「私の?」
飛行機はシャルルドゴール空港を飛び立ち大きく右旋回し安定飛行に入るとシートベルトサインが消える。
「秀男さんフランスで修行と云うか「パティスリー・マルレット」で働く気ありませんか?」
「やあ、いきなり云われても・・・・」
「勿論、秀男さんの考えその他あることは承知で、私が今のようなある意味夢のようなパティシエールができているのは秀男さんがいなかったら無理だった。経営面での事をお願いしてしまって、そのうえ本当にパティシエにまでさせてしまって・・・私は秀男さんには感謝以外ないんです!何か御礼したいところなんです」
「私こそ感謝です!「たたら」と巡り会わなければ、今頃何をしていたか?」
「それで、私なりに色々考えて「パティスリー・マルレット」で腕を磨くことが間違えなく真のパティシエになるために必要だと・・・私の力で秀男さんにできることはそれしかないって」
「留依さん・・・」
「一応私の考えは伝えました。もう時間が時間なんで」と留依は秀男との間のプライバシーパーティションを閉めた。
(留依さん・・・)
そして、暫くしてプライバシーパーティション越しに留依が・・・・。
「このまま、秀男さんといることに・・・・いることで夢、そして現実が弾けてしまうようで」と留依はほんの僅か声を震わせ・・・「お休みなさい」
「・・・・」秀男は何も言えず。
夜間飛行の、
ジェット機の翼に点滅するランプは、
遠ざかるにつれ、
次第に星のまたたきと
区別がつかなくなります。
お送りしておりますこの音楽が、
美しくあなたの夢に
溶け込んでいきますように。
東京FM「ジェットストリーム」エンディング・ナレーション 曲は夢幻飛行に乗せて・・・・。




