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女力士への道  作者: hidekazu
女力士への道 ①

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226/324

魂のカヌレ ⑤

 山を駆け下りる秀男、それはまるで疾風のごとく、山の木々の葉を風に踊らせながら・・・。県道207号が近づくにつれ相模湾の波の音と潮風が秀男の心を昂らせる。そして「たたら」の店の前に、調理場から漏れる電球色の明かりに浮かぶ女性の影・・・。今の秀男の生き甲斐は「たたら」であり【留依】なのだ。


 店の裏口から調理場に入る。留依は白のコック服に真紅のエプロンを締めマカロンの生地作りに手を休めることなく、秀男の顔を見ることもなく、ただ一心不乱に・・・・。


「私はこの店を失うわけにはいかない!たとえオーナーパティシエの拓が死んだからとて、私は拓さんの凄さを改めて・・・思い知らされた。悔しいと同時に私がいかにアマチュアだったんだって、プロはどんな状況であろうとお客様に失望させる商品は出してはいけない、だったら最初からだしてはいけないと、秀男さんが私の作った【カヌレ】に販売許可を出さないどころか【マカロン】にも、正直、腹が立った!辞めた大相撲力士に何がわかる!ふざけんな!って・・・でも本当は私の迷いを見抜かれたことに悔しかった!恥ずかしく死にたいくらいに!」留依の唇が震える。


「留依さん」


「拓さんは凄いですね、レシピ通りに作れたとしても年間同じに味を安定させるのは鋭い感性のセンサーを常に最高感度で稼働させていなければ・・・時にはその狂いも自分で修正しないといけない、体調の優れない時もそれを計算して商品を作り提供する。どんな時もけして商品に穴を開けたことはない、ましてや拓さんが求めるクオリティ未満の商品なんか出来上がったことはなかったそれなのに・・・私は甘かった、それを見抜いた秀男さんも」


そんな横顔の留依は緩やかな表情で、拓亡きあと彼女がこんな表情を見せたことはなかったのだ。粉を振るう彼女のリズムは緩やかに軽やかに、時計の針は午前三時三十分。


「店開けるんですね?」


「色々考えました、当然やめることも、でも・・・・」


「私も、色々考えました。でも菓子を作るのは留依さんですしあなたが辞めると云えばそれを咎める資格は私にはないなのに、あなたを強引に「たたら」を再開させてしまった。あなたは負けず嫌いだから絶対やるだろうと、私はしてやったりとそれがあなたの幸せだと、でも私はあなたの心が疲弊していくことに気づかず追い込んでしまった。でも大峰山の展望デッキから双眼鏡で覗いた時「たたら」に灯が入っていたことに、もう居ても立っても居られなくて!」


「しばらくは、カヌレとマカロンだけでやろうと想います。多分売り上げは上がりませんもしかしたら資金が枯渇して自然消滅するかもしれませんそれでも私は構わない!それだったら私一人でもできますし、秀男さんには秀男さんの人生を・・・・」


「私はその程度のお役にしかたてなかったと・・・」


「私のせいで無駄な時間をそれに奥様を・・・」


「紗理奈がなんです」


 留依はデスクの置いてあるレターケースから白い洋封筒を取り出し秀男に渡す。


「たたら」宛の洋封筒の差出人は妻である【山下紗理奈】秀男は留依を見ると彼女は卵白をホイッパーで泡立てている、平然と・・・・。


突然の手紙、無礼を承知の上で投函させていただきました。改めて山下秀男の妻、紗理奈と申します。


 ご存知だと想いますが夫は元大相撲力士、色々あり自主廃業という形になってしまいました。その原因は主として私にございます。夫である秀男が私と別居のような状態で葉山の別荘で暮らすことは今の彼にとって最良の地なのかもしれません。


 秀男が今の葉山での暮らしが合っているのなら私は彼の好きなように生きてもらえばいいと想っています。「たたら」で働いてから彼が生き生きとしてきたことに嬉しい反面、妻としての力不足を痛感しています、留依さんは旦那様を亡くされ痛みと苦しみと私には想像できない時を・・・・。


 秀男は、力士としては向いていなかったのかもしれません!他人を想い自分に厳しく、勝負師としては優しすぎた。


 秀男にとって「たたら」のお役に立っているのなら彼のために扱きを使って下さい。秀男をもう一度輝かしてください、少なくとも今の私には無理なので・・・。


 秀男をお願いします。


 山下紗理奈


(何考えてるんだ彼奴は!)


「どうします?私にこき使われるます?」と留依は笑みを浮かべる。


「はぁ?」


「奥様にこき使っていいと言うお墨付きを頂いたので」


「あのねぇ・・・」


「凄い奥様であると同時に秀男さんを絶対的に信用している揺るぎない自信。奥様がなぜ葉山での別居状態を許しているのか不思議でした。絶対横綱【妙義山】の名に恥じずってところでしょうか?」


「ちょと・・・あのね」


留依はまるで楽しんでいるかのように、この前までのイラツキが嘘のように、実に穏やかな表情を見せる。


 秀男はそんな留依を見て吐息のような息を吐く、それは落胆ではなく何か緊張がほぐれたような、元来負けず嫌いの彼女ではあるがここ最近は何か刺刺しくそれがケーキ自体に出てしまっていた。不思議なもので自分の感情がそのまま作品になってしまっていたのだ。拓さんはどんなに気持ちが落ち着いていなくてもいい意味できっちり仕上げていた。でも、留依はどうしても気持ちが商品に出てしまっていたのだ。


「秀男さん、カヌレ作ってみませんか?」


「えっ?」


「拓さんがカヌレ作る時、よく来てましたよね、当然、流れとかわかってますよね?」


「作れって、店頭で出す商品ですか?」


「当然ですよ、当たり前じゃないですか!」


「・・・・」


 留依が冗談で云っているのかと想ったが彼女はもちろん本気!秀男は全くの想定外!


「やらないんだったらもう帰ってください!邪魔なんで!」


「邪魔って!?」


「やるんですか!やらないんですか!」


「やゃ・・・・・」


「やるんですね!それじゃ・・・」


「まだ云ってないじゃないですか・・・」


「まずは店内の掃除お願いします」


「・・・・」


「不満ですか?」


「いや・・・・」


「さっさとやるんだよ!女だとおもって舐めたらタダじゃおかねぇーからなこの【鷹の里】!じゃーすいませんがよろしくお願いします」と頭を下げる留依


「あぁ・・・はい・・・」


 ここから秀男の人生第二幕が始まることになったのだ。昼間は「たたら」でそして夜は製菓専門学校夜間部で学ぶことに・・・・。そんなかんので二年間。留依の地獄の指導のかいあってかカヌレはもう秀男の独壇場!店の方はけして利益的には褒められたものではなかったが、自信を取り戻した留依は生ケーキも再開した。とりあえず専門学校を卒業しまかりなりにもパティシエになった秀男は新店舗を任されることにスッタフも雇い順風満帆、それから二年近くが経ち、留依から提案が・・・。


「少し時間的に金銭的に余裕ができたからと言うわけではないんですが、久々にフランスに行って見ようかと、子供達も中・高なんでほっといてもやれるでしょうから店の方も優秀なスッタフ達なら安心ですし、秀男さんよかったら行きませんか?」


「フランスですか?」


「えぇ、本当は一週間ぐらいと行きたいところですが現地に二泊三日ぐらいで、弾丸ですけどどうです?」


「何か目的でも?」


「拓と私が修行した店に行って見ようかなって、今一度原点に、色々あり過ぎましたし、これから先のためにリセットしようかとどうです?」


「いいんですか私なんか行って?」


「当然ですよ!今の「たたら」があるのは秀男さんがいなかったら無理でしたから、でもちょと、なんか・・・・」


「なんです?」


「カヌレは私より美味しいし挙句には学校行って本当にパティシエになっちうし・・・・」


「はぁ?それはあなたに命令されてですよね!」


「命令って、まぁ熊相手の調教師としては多少はね」


「ハァ? 誰が熊やねん!」


 二人はフランスへ、留依にとってはフランスでの修行以来10年ぶりくらい、秀男は初のフランスへ。


 ただ、今回の旅は単なる観光ではなく留依にとっては何か目的があってのことなのだろうが・・・。


 パリ五区にある「パティスリー・マルレット」けして店は大きくないが常に店内にはお客様がショーケースのケーキを吟味中、外で様子を見ていた二人は店内に入る。留依は販売スタッフに、オーナーパティシエのカーク マルトッティと会う約束をしている旨を伝えると女性スタッフが暫く待つように云われ、二人は店内を散策。


「ここで留依さんは働いていたんですね」と秀男


「拓さんもね、ここで働いていた時は無口でね」


「そうか拓さんも・・・でも私の知っている拓さんは湯水の如く喋りまくってましたけど」


「秀男さんだけは気が許せたんですよ」


 ショーケースに並ぶケーキはどれも宝石のように、秀男はどうしてもカヌレに目がいってしまうのだ。


「物凄く素朴に見えるけど何かこの店の雰囲気には何か不釣り合いのような」


「あとで買って食べましょう」と留依


「留依!」黒いコック服に身を包む大柄な男性、グレーヘヤーの短髪に太い腕は元力士の秀男にも劣らない容姿。両手を広げ留依を包み込む。留依の目に涙が浮かぶ。


「久しぶりだね、留依!君の顔を見て安心した。拓亡きあと君が・・・」


「Professeur(教授)・・・」留依はカークの胸に顔を沈めると一気に感情が爆発する。二人にとっては苦しいフランスの修行時代、何度日本に帰ろうかと想ったことか、それでも日本に戻らなかったのは、拓の存在とProfesseurの存在だった。仕事には妥協は許さなかった、留依の得意のマカロンも初めは失敗の連続そしてその皮を何回アパートに持ち帰って泣きながら食べたことか・・・・。拓も同じくカヌレで辛酸を舐め、深夜のアパートで二人で傷を舐めあうように、そしてそれは絆から愛へ、無口な拓だったが留依の精神的支柱になってくれた。そんな二人にとってProfesseurは厳しい師匠ではあったが、それでも二人にとっては教授であり神的存在であり絶対的な信頼を持っていたのだ。マルレットのスタッフはProfesseur(教授)と呼んでいるのだ。


「留依、こちらの方は?」とカークは秀男を見る


「色々、私を助けて頂いている秀男さんです。一応パティシエです」と留依は涙目ながらも笑いながら


「Juste au cas où... enfin, juste au cas où.(一応って・・・まぁ一応ですけど)」と秀男は流暢なフランス語で、それにびっくりする留依


「何それ!フランス語できるの!?」と留依は想わず日本語で


「大学時代フランス語を少し・・・まぁ最近は個人レッスンを少し・・・」


「なんですと!」留依はそんなことは知る余地もないのだが・・・


 カークも秀男がフランス語を喋れるとわかると秀男に集中砲火と云うか・・・・。


 留依との関係は?留依と一緒に住んでいるのか?結婚するのか?・・・・まったくパティシエとしての質問は出ずと云うかどうでもいい?


「Professeur!」と想わず語気を強める留依


「留依は私に紹介するためにフランスに来たんじゃないのか?」


「はぁ?」


 秀男は苦笑いをするばかり・・・・。


「秀男さん何が可笑しいんです!」


「えっ・・・あぁ・・・」


「いいじゃないか!パティシエだし、それになんか俺に雰囲気似てるし、なぁ秀男」


「いやいやなんかねぇ・・・」とまんざらでも


「秀男さん!!!!!!」とそれは怒号のような

 





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