魂のカヌレ ②
師匠の藤山と鷹の里は国技館にある協会理事長室の隣の会議室にいた。八百長メール問題で公益財団として国技としての大相撲存続に係わる異常事態ではあるが、幹部連中は意外に冷静なのだ。
部屋には理事長である 元横綱玄界洋と他の理事6人がまるで鷹の里を待ち構えているかの状況。
コノ字型に置かれたテーブルは一番奥の上座に理事長と副理事長が座り両脇は理事連中が固める。そして入口に近い下座に椅子が一つ置かれている。
「鷹の里その椅子に座って、それと藤山、お前はもう帰っていいよ」と副理事
「えっ、」
「今日は鷹の里と話がしたかったんでね、それじゃすいませんが私以外の方々もご退席ください」と玄界洋理事長が言うと理事長と鷹の里以外は部屋から退席していった。
玄界洋理事長は少し離れた鷹の里を真正面に見据える、その表情に感情はまるでない。鷹の里も感情を表に出さずあくまでも冷静に・・・。
「鷹の里、お前にとって大事な来場所なのにこんなことになって申し訳ない」
「・・・・」
鷹の里にとって意外だった開口一番、妻のスポーツ新聞への大相撲八百長メールに関しての寄稿記事の話かと想ったのに・・・。
「鷹の里の相撲は三役、いや関脇あたりから変わったな良い意味での無気力相撲とでも云うか・・・」
「・・・」一瞬表情が変わる鷹の里
「ガチ相撲を本望とする君だってすべての取り組みを本気と言うわけにはいかない、十五番あれば捨てる取り組みだってある!そこをわからないように相撲を取るそれが大相撲力士だよ、年六場所×十五日で九十日。それに巡業やらなんやかんやで同じぐらいだとすると二日おきに相撲を取っている計算になる、そんな環境でガチ相撲はないんだよ、八百長メールの問題も部外者から見ればけしからんことだけど大相撲力士達にとってはある意味の必然!違うかね?」
「・・・・」鷹の里の表情が険しくなる
「多少なりとも相撲に詳しいファンならそこは暗黙の了解と云うか納得して見てくれている。大相撲に関心がないものは鬼の首を取ったように騒ぎ立てる。そんな連中に説明したところで納得などするわけはないからね、鷹の里は常にガチ相撲でありそれが人気力士たる所以ってところだろう」
「理事長それは!」
「奥さんはそこをわかっているのかいないのか?」
「スポーツ新聞への寄稿文のことですよね呼ばれたのは?」と鷹の里
「それもそうなんだけど、あの記事は無視をするつもりだったのだけど今度はそうもいかなくてね」
「今度?」
鷹の里の妻である妙義山がスポーツ新聞に寄稿した八百長メール問題に関する痛烈な批判記事は大相撲協会関係者には面白くない記事であることは確か、女子大相撲人気の立役者となり、その相撲ぷっりからいつしか絶対横綱と言う称号をファンから貰い、ガチ相撲を信条に大相撲の亜流からの脱却を目指す女力士としての妙義山は常に大相撲と敵対関係のような態度とってきた。鷹の里と云う大相撲の人気力士の妻でありながら・・・。
理事長の玄海洋は鷹の里を睨みつける、さっきまでの視線とは明らかに違う。
「奥さんが第二弾の批判記事を書いてきてね・・・「鷹の里が横綱になれない理由」だそうだよ・・・」
「・・・・・」
「優勝四回、各賞総なめしていつ横綱になってもおかしくないけど優勝の次の場所が続かない、二敗しているようじゃな・・・ガチ相撲の代償だな鷹の里」
「・・・・」
「奥さんは絶対横綱妙義山、常にガチ相撲、妥協はしない。鬼の妙義山に相応しいよ私からすると羨ましいくらいにね、協会としては女大相撲を本音では認めていない。ただ私が理事長をやってる間は大相撲として黙認する、と云うか黙認させるよ。鷹の里の奥さんならそのあたりの空気を感じてくれると想ったが流石にここのところはね・・・戦前まで女相撲があったこと知ってるか?」
「えぇ、・・・」
「昭和初期、「若緑」という女相撲の力士が活躍し人気を集めたそうだ。戦後女相撲は消滅し若緑は愛媛で小料理屋をやっていてんだがそこに同時期に大相撲で活躍した第三十九代横綱前田山(高砂親方)との再会、偶々巡業で来ていてその時に高砂親方が彼女を土俵に上げて挨拶をさせたんだ。
若緑は親方から挨拶を頼まれた際、皇后陛下でも上がれない大相撲の土俵には、恐れ多くて上がれない」と拒んでいたそうだが親方は、そんな考え方は時代遅れだと諭し、若緑に強く頼み込んだそうだよ、当日、当然そんなことは前代未聞。高砂親方は観客に向かって、若緑に挨拶を頼んだのは自分であることや、協会で問題になったら全責任を取るといった説明をしたうえで若緑に温かい応援をしてほしいと頼んだそうだよ、すると観客からは歓声が上がり、挨拶は無事に終わったそうだ。
後年になって若緑は「高砂親方の好意は嬉しかったが、土俵の神様に叱られそうだから二度と男相撲の土俵には上がらない」と語ったらしい」
「若緑・・・」
「女大相撲が発足した時は大相撲関係者のみならずファンも冷ややかな目で見てた俺もそうだったけどな、でも世界的には女子相撲が認知され諸外国ではプロリーグまでできて、そんななか日本も女子相撲のプロ化を目指す動きが出てきて今に至るけど大相撲関係者からしたら一つだけ許せないことがあったそれは「女子大相撲」って言う名称だよ。大相撲と相撲は似て非なるものそれだって協会としては黙認してきたんだよ、ところが最近の女子大相撲いや横綱妙義山の大相撲に対する挑発的態度はなんだ!「鷹の里が横綱になれない理由」の根本にあるものは「横綱妙義山である私への当て付けであることは明白!」そんな風に書かれちゃな・・・・」
「・・・・」
「親方衆の大半はいまだに女子大相撲に対してはあまりよくは想っていないことは事実、でも私は協会のトップとして女子大相撲にはそれなりの援助はしてきたつもりだよ、なのに妙義山のとくにここ最近の大相撲に対する誹謗中傷とは云わないが少し度を超えている!『池に落ちた犬を叩け』って感じでね」
「・・・・」
「今度の八百長メール問題はそれなりの決着をする。大相撲解体論などと云う似非評論家もいるがそんなのは微動だにしない!大相撲ファンは本質を分かっているし江戸時代から幾多の危機はあったそれでも微動だにしなかった!スポーツと云う概念が日本に入る以前から大相撲は今の現代まで変わらないでやってきた。
その一方で伝統を守るという事は何も変えずに守ることだと想っている人が多いがそれは違う!常に何かに挑戦しそこから新しものを取り入れ進化しながら伝統を守る。その意味では女子相撲のプロ化は大相撲にとっても良い意味でも悪い意味でも刺激なったし相撲というものが女子相撲ではあるが世界的に認識が広がったことは大相撲としても歓迎すべきことだと想ってるが、妙義山のように大相撲をスポーツにする見たいな発想は大相撲解体論なんだよ!鷹の里の奥さんにいちゃもんつけるような感じかもしれないがこのままだったら妙義山いや女子大相撲は短命に終わるよ!男子大相撲の亜流からの脱却だとか言ってるけどそんなことを云っている時点で終わってるんだよ!」
「理事長・・・」
「鷹の里、お前今の大相撲に幻滅してるか?」
「えっ、」
「私は意外だったんだよお前が大相撲に入門したことに」
「えっ、あぁぁ・・・」
「大学時代の妙義山にでもけしかけられたか?」と理事長
「・・・・」
「図星か・・・」と微苦笑する理事長
大学横綱も取り各部屋は秀男に猛烈アプローチをかけるも本人は大相撲に入門することを固辞していた周辺もあまりの頑固さに諦めていたのだが・・・。
「私は女子大相撲に人生をかける!一度きりの人生だから・・・だから大学生横綱も取ったあなたは私以上に大相撲に人生をかけるべきよ!それと・・・私は・・・あなたと人生を賭けたい!」大学四年の秋、最後と決めた全日本選手権は準優勝だったがそのことに悔いはなかった。就職先も決まっておいたのにも係わらず・・・・あの紗理奈の一言が秀男の運命を変えてしまったのだ。
「本音では奥さん後悔してるんじゃないか?」
「どういう意味ですか?」
「引退後って考えてるか」
「横綱を狙っている力士に引退後の話を聞くんですか」
「短命横綱じゃ困るんだよ」
「・・・・」
「奥さんはお前さんより相撲も統率力もある力士だ。将来の女子大相撲を引っ張て行けるのは妙義山だろう奥さんのために大相撲から身を引け、おまえに角界は似合わないよ、お前なら相撲以外でいくらでも仕事ができるだろうお前の書いた相撲技術解析書なんか俺には書けない、理事連中なんか妙義山も嫌いだが鷹の里も嫌われてるからな」と苦笑いする理事長。続けて
「今度の奥さんの記事止めたのは引退した前頭だった菊の山なんだよ、彼奴も大相撲に幻滅した口だからな今は女子大相撲の担当記者でね、さすがに今度の記事はなぁ・・・ダメージを考えたら大相撲よりも女子大相撲そして妙義山の方がはるかに大きい!そう考えたんだろう。奥さん横綱三神櫻に千秋楽で無様な負け方したからな絶対横綱あるまじき、そう云えば娘さんいくつになった?」
「五歳です、あの負けた日は娘にとっては恐怖だったでしょうけど」
「恐怖か・・・」とクスクス理事長は笑いながらも瞬時に表情が変わると「鷹の里、理事長の私が云うのもあれだけどお前は女子大相撲のために角界を去ったほうが良い、今更八百長なんてできないだろうお前の性格なら、来場所は各部屋、お前をガチで潰しに来る。それはお前の本望だろうけど・・・腰椎あたりでも痛めてるか鷹の里?」
「それは・・・」
「来場所は意識しなくても力士達はガチ相撲になる、怪我人が増えるのは必至だろうな。鷹の里!覚悟できてるのか?」
「私も妻ほどにないにせよ大相撲には云ってきた口ですから、でも体は正直です理事長の見立て通り椎間板ヘルニア一歩手前です。今のままなら昇進しても短命横綱でしょうね」
「来場所が最後の花道ってことかい?」
「妻にけしかけられて大相撲に入門はしましたがそのおかげで大相撲力士として夢のような時を過ごすことができたことには感謝してもしきれない、妻は横綱しかも絶対横綱の鬼の妙義山なんで自分なんか頭が上がりません」
「鷹の里が辞めたら「鬼の目にも涙」ってところか」と理事長
「どうでしょうかね「鬼の空念仏」ってところでしょうかね」と苦笑する鷹の里
鷹の里の表情が一瞬だけ緩んだが・・・。
「理事長、女子大相撲を認めてやってください!大相撲協会が女子大相撲にいい気分ではないのは承知しています。妙義山の日頃の言動は目に余るものがあるのは事実です。そのことは私にも責任の一端があります。私が協会に意見を言う事で妙義山を助長させたのかもしれません来場所は腹をくくります。力士生命を賭ける真剣勝負で・・・ですから紗理奈には・・・」
「何気に先手打たれたか・・・」と理事長の表情が何気に緩む
「先手?」
今度の寄稿文はあからさまに夫である鷹の里が横綱に昇進できないのは妻である自分自身に対する当て付けだと決めつけての文章なのだ。実に子供じみた・・・。協会幹部は妙義山に対して抗議をし状況次第では法的処置もじさないと云う意見が多数を占めたのだ。ついでに鷹の里も消えてくれればと云う幹部もいることも事実。協会に意見する鷹の里にも古株連中には目障りなのだ。
「辞めて指導者・・・って感じじゃないよな?」
「そこは少し考えて、ただ協会には残るつもりは・・・・」
「奥さん納得しないだろう?」
「どの道行っても納得はしませんよ、すいませんお世話になった相撲協会を裏切ることなのかもしれませんが・・・」
「鷹の里は優しすぎたな力士としては・・・」
「妙義山が男だったらと想いますが」と苦笑いする鷹の里
「よかったな妙義山が女で」とクスクス笑いの理事長
「おっしゃる通りで」
鷹の里、最後の場所は中日八日までは快進撃を続けたものの後半失速し十勝五敗で力士生命の幕を閉じた




