裏切りのその先へ ⑨
羽田から市川の百合の花の自宅に到着、時刻は午前0時30分を回っていた。
美香はキッチンから下の稽古場は眺める。
「久しぶりに見るとやっぱり凄いな」
「葉月さんが現役力士の時この家に誰も招かなかった気持ちなんとなわかります」
「・・・・・」
「この家は私にとってある種の聖域。夜明け前に一人ここで四股や摺り足などをするとその音が反響してまるでもう一人の自分がいるようで、その見えない自分とまるで取り組みをしているように・・・」
「今の家主は百合の花って云うのも意味深と云うか葉月山は百合の花だけは最後の最後まで厳しい相撲してたけどな」
「葉月さんにこの家を買わないかと言われたときはびっくりしましたけどそれ以上に私の後継はあなただって絶対横綱は桃の山じゃなくてあなただって引退されて会うたびに・・・」
「葉月山は引退してやっと素の自分を出せるようになったと云うか私だって何か近寄りがたいと云うか、最近だよ葉月と話せるようになったのは、少し周りが期待しすぎたと云うか本人は少し相撲から距離を置きたいと想っただけなのにそれを許さなかった。もう結婚して競走馬の世界で才能を発揮してるんだから今となっては彼女の選択は間違ってはいなかったって事になるけど、葉月山が育てた力士を見たかったと云うのは、関係者のみならずファンも同じだろうよ私もその一人だけど・・・でも百合の花が部屋付きとは云え指導者の道に行ってくれることは嬉しいよ!葉月には?」
「まだと云うか、北海道に行かれてからは私の方からは連絡することは控えようと、色々忙しでしょうし相撲の話をするのもどうなのかなと・・・年明けの春場所が終わったら時間もできるでしょうから北海道でも行こうかと思ってますけど」
「そうか・・・十和田富士覚えてるか?」
「えぇあぁ、大怪我をされて・・・でも関脇までいかれた十和桜のお母さんですよね?」
「そう、今度地元の病院に実業団の相撲部ができてね、そこの監督になってね」
「あぁそう言えば、ネットの記事で読みました。へぇーとは想いましたけど」
「もしかすると稲倉映見が行くかもしれないんだ」
「えっ、映見が?」
「そのことで真剣な話を百合の花としたくてね、講演や対談は楽しかったし百合の花とここまで語り合うことができたのは嬉しかったんだけど本当の目的はそれじゃないんだ」
「本当の目的?」
美香は下の稽古場を見ながら、稲倉映見が青森・柴咲総合病院で研修医として勤務する可能性、相撲部に入部する可能性、女子大相撲に入門する可能性、そのすべてが美香の考えたシナリオでありそのことを理事長である紗理奈に提案したこと、そしてその事を紗理奈自身が青森まで行って元十和田富士である美紀に相談しに行った事。
「一昨日、美紀さんと稲倉が会うことは紗理奈から聞いていたんだけど昨日、行きの新幹線で途中の名古屋駅に二人が東京方面のホームにいてね、私一人だったら別に気にすることではなかったのだけど京子が隣の席にいたからヒヤッとしたけどね、あいつに見られると色々とね・・・・紗理奈からそれとなく稲倉を女子大相撲に入れたいって事をね、その方法としては実業団全国大会で優勝するしかないそれもチャンスは一回できなければもう女子大相撲には入門できない!潔くていいんじゃないか、優勝できなかなかったらそのまま研修医として働けばいいってことだよ彼女にリスクはない、あるとしたら優勝して入門することがリスクかもしれないけどね・・・」
「それで、私と真剣な話をって」
「おまえ,稲倉映見を育てられる自信あるか?」
「えっ、」
百合の花にとって稲倉映見は女子プロアマ混合団体世界大会を戦った戦友であり百合の花が認めた選手である。最後はお互い負傷して戦線離脱みたいな形になってしまったが・・・。映見が女子大相撲に入門したらと考えたこともあったし映見本人からそのことに苦悩してるような事を云われたこともあった。でも医師を目指し医師免許の取得を目指している者に女子大相撲に来いとは言えなかった。それは残念ではあったけどそれは当然な選択でそれ以外の選択などないと・・・・でも美香の話は・・・。
「この話を知っているのは、紗理奈と十和田富士の美紀さんと稲倉映見本人それと・・・葉月だ」
「葉月さんも?・・・・倉橋さんは?」
「紗理奈が倉橋さんには云わないほうが良いって」
「でも、倉橋さんは映見の監督ですよ」
「この話は稲倉卒業後の話だからって」
「でも・・・」
「紗理奈と倉橋さんの間には二人しかわからないことがあるんだろうそこには突っ込まないことにした。それより葉月だよ問題は!ちよっと勝と喧嘩してね・・・」
「旦那さんと?」
勝が葉月に稲倉の指導に何かしらの関与をするべきだと提案したこと、そして倉橋真奈美の旦那と接点があるという事・・・・、別に葉月が他の男とどうだとかと言うつもりはまったくないが、勝が葉月に稲倉の件で葉月に関与するように提案したことが面白くないし、今更葉月山に指導の真似事見たいな真似をさせてやろうと云う想いが許せなっかた。
「どいつもこいつも葉月山のことになると・・・お前だいぶ前に紗理奈に稲倉を女子大相撲に入れて指導したいとか云ったんだって、東京の大会での後に?」
「えっ、あぁ言ったことがあるかも知れませんが・・・」
「それが、現実になるかもしれないってことだよ。医学部でなければ各部屋からのスカウト合戦ってところだったろうけど、今は誰も見向きもしない誰も女子大相撲に行くなんて想いもしないだろからね、十和田富士さんと稲倉がどんな話をしたかしらないが、名古屋のホームで見た二人の雰囲気からするとそれなりの答えが出たのかなって、稲倉とは連絡取ったりしてるの?」
「最近はほとんど、彼女も色々忙しでしょうしわたしも色々ガタガタしてたし、でも何か出し抜いたみたいで」
「勘違いするなよ!」
「・・・・」
「女子大相撲に行きたい者がいるのならきてほしいしそのチャンスを用意してやるのが協会の責任、でもそれをモノにするのは本人の問題だよ!実業団全国大会で優勝しなければ女子大相撲の世界には来れない・・・・。でも来れたのならそれに等しい指導者に指導してもらう私の目には百合の花以外はいないからだよ!覚悟を決めたんだろうが!稲倉映見を生かすも殺すもお前しだい!まぁ私も相撲界から一旦は逃げた口だからな偉そうな口叩ける身分じゃないけどな・・・」
「美香さん・・・」
「百合の花、下に下りてもいいか?」
「えぇ、もちろんです」
二人は半地下の稽古場に下りる。素足になり砂の上に立つ。
壁に掛けてある額縁には色紙に心と云う文字が朱色で書いてありその上に短刀が入っている。鈍い光を放つその短刀は真剣なのだ。二人はその前に立つ
「心の上に刃やいばを載せて生きていく。必死に生きてきた私の人生を、この一文字が表している。夢は、忍び続けた人生の末に訪れるかどうか」と百合の花
「大鵬さんの言葉か・・・・」
「葉月さんそのもの生き方だったと想いますその夢は叶ったと・・・・そんな方と私は優勝争いをしてきたことは私の財産ですし葉月さんが現役時代は口には出してくれなかったけど、土俵の上で相撲のみならず生き方そのものを・・・・」
「私は葉月山は好きではなかったんだよ、常に強気で頭が切れてどこか人を威圧するような視線でね、誰にも負けたくない相撲も自身の生き方も・・・幕下までの彼女はね」
「そんな無茶をしていたような相撲をしているような印象は・・・」
「どこか一匹狼と云うかそんな力士だったよ、周りを意図的に敵にするような」
「私には厳しかったかな・・・でもそれが葉月山を倒すというモチベーションにはなっていましたが、私も三役以後は口も聞きませんでしたが私が横綱になってからは色々私に食事の誘いとか受けましたが一切断って・・・・引退されてからですよ,気兼ねなく話せるようになったのは」
百合の花の両足の指が砂を噛むとその部分だけシャベルで削り取るように凹んでいる。
百合の花が引退し部屋付きになると聞いた時、稲倉を任すとしたら百合の花しかいないと・・・。ただその前に実業団全国大会で優勝しなければ、百合の花の手元には渡せない。紗理奈が葉月山にそうであったように何故か百合の花に固執していた自分がいるのだ。美香も紗理奈も指導者としての道を選ばなかったのは正解だった。もし、師匠として葉月山や百合の花を指導していたのなら間違いなく潰していただろう、盲目的愛情の先には・・・。美香は百合の花の足元を見ながら「ふー」と息を吐くと吹き抜けの天井を見上げる。
「どうかされました?」と百合の花
「紗理奈がどうしても葉月を稲倉の事に絡ませたいらしくてね」
「絡ませる?」
「葉月山の四股名を稲倉に・・・生きる四股名として、何も決まっていないのに妄想だけ先走って、稲倉を大会前に指導させたいって・・・葉月は桃の山を入門前に挫けさせるためにリンチまがいの相当手荒い稽古をしたらしいよ、それでも桃の山は女子大相撲の世界に飛び込み今や二代目妙義山だよ。もし、葉月が実業団全国大会前に稲倉を挫けさすぐらいのリンチまがいの稽古をしてそれでも勝って入門してきた時に葉月も真の意味で女子大相撲との決別!そして葉月山と言う四股名が再度蘇る。稲倉が実業団全国大会で優勝できなければ、四股名【葉月山】も死んで永遠に蘇ることはない!」
「美香さん・・・」
「稲倉が来るかどうかは別として来場所は真の意味での世代交代なんだな百合の花が辞めてしまうのは個人的には残念だけどなぁ」と美香
「すいません美香さんには厳しいながらも色々な媒体で応援と云うか、一度だけ私宛に頂いた葉月山攻略の手紙は私の宝です。あれが葉月さんを引退に追い込んだ・・・それと同時に美香さんの相撲技術の奥の深さと云うか緻密さをおもい知らされたと云うか・・・」
「紗理奈だったら呼び出して実技含めて指導するかもしれないが私は口だけだから、でも百合の花は私の意図しているところをきっちり攻略どころか私の考えつかなかったことまで実戦して見せた。でも葉月引退後はちよっとな」と美香
「女子プロアマ混合団体世界大会直前の【女子相撲】の特別号での「日本女子相撲の精神的支柱であり今度の大会において鉄壁の防波堤は百合の花でなければならない」あの重い一文を読んで絶対に負けられないって・・・」と百合の花
「あの相撲は凄かったよ、状態は最悪だったろうに・・・稲倉や石川にとって百合の花の存在がどれだけ勇気づけられたか、石川さくらは早々と女子大相撲入りを公言してるし、妙義山のいる海王部屋の師匠が倉橋監督とは接触してるし近いうちにご両親のところに行くって言ってた」
「そうですか」
「あとは稲倉映見か・・・なぁ相撲しないか?」
「相撲?」
「こんないい場所あるんだから手押相撲とか?」
「手押し相撲って・・・一応私現役の横綱なんですけど」
「じゃハンディつけよ、私は最初の一回だけ「張り手」OKね」
「( ゜Д゜)ハァ?「張り手」ってなんです?」
「「張り手」は張り手だろうが、ここのとこ色々イライラがね・・・」
「どう云う意味ですか?」
そんな百合の花の問いを無視して近くに置いてある竹ほうきの柄で二人が入れる円を書く
「はい!円の中に入って!」と美香
(なんでこんなことに・・・そもそも手押し相撲に張り手なんてないじゃないですかまったく)と心の中で呟く百合の花
「念を押すけど私は一回だけ張り手OKだからね」
「わかりましたよ!」
「じゃやるよ!」と美香と百合の花は手合わせ
美香が百合の花を見てニタっと・・・
(なんですかその顔は!?)
百合の花は両手の平を前に出す。美香は右手だけを百合の花の左手に合わせ左は張り手の体勢?
「えぇ?」
百合の花は美香が張ってくるとおもったのに美香は思いっ切り顔を近づけ張ってくるような姿勢を見せながら百合の花が仰け反るような体制になった時にしたから掌を合わせ押すとあっけなく勝負は美香の勝ち。
「美香さん張り手するって云ったじゃないですか!」
「それはやるかもしれないと云っただけでやるっていってないよ、そもそも手押し相撲に張り手なんかあるわけないじゃん」
「( ゜Д゜)ハァ?」
「百合の花、お前の詰めの甘い相撲はそういうところなんだよ真っ正直だからお前は・・・でも私は好きだけどね」とニタっと笑みを浮かべる美香
「勘弁してくださいよ本当に・・・・」
時刻はすでに午前3時、何をやてるのかこの二人は・・・・・。




