裏切りのその先へ ⑧
法善寺横丁、日本料理「古月」での横綱百合の花と元横綱三神櫻(遠藤美香)の対談は予定時間をはるかに超え時刻は午後7時15分。
「今日は昼間の講演会と夜の対談とありがとうございました。丸一日拘束してしまった形にはなってしまいましたがおふたりの相撲愛と云うか私はアマチュアの方が主体でしたから知らないことが多く大変勉強になりました。また機会がありましたら是非ともおふたりの対談をやっていただきたく思います。ありがとうございました」と京子は立ち上がり二人に頭を下げ感謝の意を示す。
「京子さんに講演の依頼をされてお断りすることばかり考えていましたが受けて正解でした。私こそ感謝です」と百合の花
「正直、百合の花さんが受けてくれるかどうか不安でしたが美香さんとの同席ならと言う条件を聞いて、何がなんでも美香さんを同席させなければともう大変でしたよ神経をどれだけすり減らしたか・・・」
「何が大変でしただよ全く!私はどう百合の花をリラックスさせたらいいのかどう盛り上げたらいいのかそればっかりでこの仕事を引き受けてから寝れない日々が続いてだなぁ」と美香
「私ですか?」
「新幹線で百合の花さんとの対談は気が重いとか愚痴ってましたからね」
「でも、百合の花が意外と喋りが上手いんで・・・なんかいじられキャラ見つけたと想ったらなんか私が百合の花にいじられいじめられて」と美香
「いじめてないじゃないですかもう勘弁してくださいよまったく」と百合の花は微苦笑
「まぁとにかく長い間ありがとうございました。この後はおふたりでゆるりと食事をしながら語り合ってくだい」
「この後の対談が面白いのになー、馬鹿だねお前はもう帰るなんて、それにこれから松葉ガニがドンと来るんだろう?それを食えないお前はかわいちょ!」と美香
「すいません、そこは料理長に松葉がに御膳弁当を作っていただきましたので、ちなみにここの支払いは美香さんのギャラから天引きという事で、百合の花さんの講演会でのあの熱唱はさすがにジャイアンリサイタル並みかと・・・なんか観客の方々失神してましたよ」
「それは私の歌が上手すぎてってことだろう?天引きするなら百合の花から引いとけよ私より稼いでいるんだから」
「もうご冗談を・・・」と百合の花
「見たか今の顔、当然でしょうって顔をみたか?「名ばかりの元横綱に云われたくないわ!」って云いか方だもの」
「もう本当に勘弁してください!」と不機嫌な表情の百合の花
「まぁとにかく、おふたりで語り合ってください同席できないのは心苦しいですが・・・」
「何が心苦しいだ日本語おかしくないか?あぁやっと解放されるとか想ってんだろう!」
「理事長の懐刀の意味がなんとなくわかります・・・理事長にものを言えるのは美香さんだけだと云う意味が・・・」
「百合の花、この女さり気なく理事長批判してるぞこれは看過できないなー(大爆笑)」と美香はクスクス笑いながら
「美香さんそんな事云ってると協会から出禁になりますよ大丈夫ですか?」と百合の花もクスクス笑いながら
「ってことで・・・女子相撲の副編が協会から出禁になりました。チャンチャン」
「美香さんは協会の裏ボスですからね理事長とやりあえるのは美香さん以外いないと」と百合の花
「紗理奈はあれで粘着質で寂しがりやだから・・・」
「今言ったこと対談記事に放り込んでいいですかね裏ボス・・・」と京子
「裏ボスを倒したら女子相撲協会がエンディングを迎えるから・・・って早く行けよ関空に」
「あぁ本当に二人でなんか面白そうな話を・・・あぁなんか悔しい!まぁ楽しんでください」と言うと京子とカメラマンは個室を出て行った。
一瞬の静寂。さっきまでの盛り上がりは何処へ・・・・。しばらくすると仲居が日本酒と先付けを運んできた。美香には灘・福寿の純米大吟醸原酒を下戸の百合の花にはノンアルコール飲料
百合の花は白木の冷酒クーラー から瓶をとり美香の錫製のぐい呑みに注ぐ、美香も百合の花のグラスに・・・。
「本当は私も飲めればいいのですが」と百合の花
「気にしないでいいから、本当はね今日は飲まないで百合の花と真剣な話をしようと思っていたんだけど、まぁそんな事云ってなんか威圧するのもあれだから・・・って威圧してるな」と笑う美香
「真剣な話?」
「まぁ、その話は松葉ガニ鱈腹食ってからだ」
ヒノキの桶に入った2匹の松葉がにを仲居が二人に見せる、カニの甲羅に付いている黒い粒は「カニビル」の卵。この黒い粒がたくさん付いているということは、脱皮をしてから時間が経っているという証で身入りの良さを判断するひとつの材料になると云う。
松葉ガニを見ながらほくそ笑む美香。
「美香さんそのいやらしぐらいの笑みはまずいんじゃないですか?」と百合の花
「百合の花、お前だってその顔まずいだろうがお預け喰らってるドーベルマンみたいで」と美香
東の横綱の引き立て役などと言うわけではないが対談の題目「西横綱の心の内」は絶対横綱であった初代妙義山・葉月山に引導を渡した二人だからこその対談だった。
元横綱三神櫻・横綱百合の花はけして弱い力士ではない!でなければ東の正横綱のライバルになる資格もない!でも、そこには「半枚上」の絶対的な差があるのだ。三神櫻が最弱の横綱など云われる筋合いもないのだがライバル妙義山を倒し引退に追い込み三神櫻の時代と云われたのに次の場所以降まったく精彩を欠きなんとか二桁の勝ち星を得るのが精一杯で最後は負け越すと言う前代未聞の横綱になりそのことで「最弱横綱」のレッテルをファンから貼られることになったのだ。三神櫻は常に攻めることを信条にしなければ初代妙義山を倒すことはできない!そして妙義山を倒しそこにあったのは守りの三神櫻。そこに迎え撃って撃退するだけの自信も力もなかった。標的を失った三神櫻に力士として気概はもうなくなっていたのだ。
そのことは、百合の花も同じ。葉月山との名勝負の数々は百合の花力士人生のすべて!その葉月山と言う標的を失った百合の花には桃の山では燃えることはできなかった。葉月山と同等の強さを持っていたとしても・・・。相撲に対する気概も失うように、口には出さなかったが「女子プロアマ混合団体世界大会」を最後に力士としての幕を閉じたい自分がいたのだ。
そんな気持ちの中での桃の山の問題は否応なく精神的に圧し掛かってきた。プロとしてアマチュアに多大な負担を掛けるわけにはいかない体の状態がとか気持ちがなど弱音を吐いている場合ではなくなったのだ。
(これで力士生命が終わってもいい!)
その覚悟がなければ、この大会での優勝はあり得ないどころか決勝進出も危ういと・・・。怪我で途中離脱する事になったが最後は桃の山が死闘を制して優勝!そのことは優勝できた安堵感よりもなにかまた自分を奮い立だす新たな力士が現れたように・・・。しかし、百合の花は長期離脱を余儀なくなったのと百合の花の怪我の治療をしてくれた瀬島隆一との結婚が彼女の力士としてもう少し生きたい気持ちにさせてくれた。でも思わぬ事で力士としての最後の花道の決断を・・・・。
料理は進む・・・かにすき鍋・ゆでかに・かに刺し・焼きカニ、甲羅焼き・焼き牡蠣・かに雑炊・・・・・・。料理は無言の二人に催促されるように次から次へと・・・・。
「百合の花、なんか話しろよ」
「えぇ、それは美香さんこそ」
「今、忙しいんだよ」
「私だって忙しいんですよ」
「百合の花・・・」
「はぁ・・・」
「そのかに刺しもらってもいい?」
「( ゜Д゜)ハァ?」
そんな大人げない会話は、とても元横綱と現役横綱とは思えない低レベルな【かにかに合戦】というところなのか?
「いやー食ったなもうカニはしばらくいいわ」と満足気な美香
「でもあんな素晴らしい松葉ガニいいんでしたのかね?」
「月刊女子相撲は儲かってるからいいんだよ、京子なんかこれからヘルシンキ行って東欧の女子相撲の取材とか言ってたろう?」
「女子相撲の世界ツアーとか嘘みたいな話ですけど本当なんだから・・・」
「百合の花だって怪我さえなければ・・・」
「まぁ妙義山が圧倒的な強さですし、もう私では太刀打ちできませんから」
「外国人キラーの百合の花らしかるぬ・・・」
「それは、昔のことですから」と云うとノンアルの梅酒を一口
「来場所で引退するのか百合の花、部屋付きになるんだって?」
「えっ、・・・」
「天津山師匠に聞いた」
「さすが早いですね・・・」
「天津山と付き合いがないわけでわないし、打診されたんだな天津山に」
「師匠がそろそろ考えてもいいんじゃないかと、勉強させてもらってゆくゆくは自分の部屋を、隆一さんはまだまだやれるだろうとは言いましたけど、このままズルズル力士を続けるのもそれに子供も授かりたいし決断しました。まだ師匠以外には誰にも言っていませんが」
「いいんじゃないか、子作りも考えての決断なら思った時が決断の時だよ!いいタイミングだよ」と美香は仲居を呼びWILKINSONの強炭酸のトニックウォーターを注文した。
「お酒じゃないんですか?」
「百合の花の講演のゲストと対談の話を受けたのはあなたと真剣な話をしたかったから、酒飲んで話すことじゃないから」
「・・・・」(真剣な話って・・・・)百合の花には美香が何を話そうとしたいのか?全く見当がつかない。
「でも百合の花が女親方として生きていくのなら大歓迎だよ!本当は葉月山がやってくれると想ったけどこればっかりはね・・・」
「理事長の唯一の愛弟子ですから」と百合の花
「紗理奈は自分の部屋を持たなっ方のに葉月だけはどうしても・・・入門前・入門してからも他人の部屋にやってきて幕内に上がるまで・・・幕内昇進後はさすがにそんなことはなくなったけど紗理奈の気持ちもなぁ・・・答えは女子大相撲史に輝く絶対横綱【葉月山】だからな・・・部屋を持たなくても女子大相撲の中枢で仕事をしてほしかった。その想いは今でもな・・・」
美香は「ふぅー」と息を入れるとトニックウォーターを一気に飲み干す
仲居から「車の用意できましたので」と言う声が
「そんな時間か」と美香
「大阪に泊まってもよかったのですが」と百合の花
「二人で昼間の新幹線乗るのもな」
「確かに」
二人はミニバンタクシーで関空へ向かう。
「いいのかこんな時間に百合の花の自宅に行って?」
「今日、旦那は青森なんで」
「青森?」
「青森で技術研究会があるとかで・・・・」
「・・・・・」
「どうかされました?」
「・・・体のいいなんちゃらかもな・・・」
「・・・どういう意味ですか?」
「・・・百合の花の旦那モテるだろう?」
「私が選んだ旦那なんで当然かと・・・でも選ばれたのは私なんで・・・それは当然の結果かなって!」と百合の花は自信満々で
「けっ!アホらしい!」
二人は「ANA 100便」で羽田へ、プレミアムクラスのシートに身を委ね・・・・。
「美香さん私達の馴れ初めとか聞きます?」と言いながらちっらと美香を見るとすでに目は閉じていた
(寝ちゃったか・・・)
ANA100便は一路羽田へ・・・。窓に映る透明に近い自分の顔を見ながら
「この世界で生きていく・・・この世界で・・・・覚悟を決めたんだから・・・」と百合の花の独り言
美香の耳が僅かに動いたような・・・・。




