裏切りのその先へ ⑥
のぞみ309号は新横浜を定刻9時00分に発車し一路新大阪へ、平日午前の下り新幹線はビジネス客で満席、その中に月刊雑誌【女子相撲】の副編集長である中島京子が乗車していた。以前は季刊雑誌だったのだが女子大相撲の盛り上がりとそれに比例してのアマチュア選手の増加で紙・デジタル媒体とも好調で尚且つ海外からの購読も多く嬉しい悲鳴ではあるのだ。そんな忙しい副編集長と云う立場ではあるが取材にも出ることは多いと云うより記者として取材して原稿書いている方が性にあってるのだが・・・。
ただ、今回の取材は接待取材と言う言い方はないだろうが、京子の隣には元横綱三神櫻(遠藤美香)が座り多少不機嫌な表情を見せながら・・・・。
「なんで大阪まで行かなきゃならんのかねぇ」と美香
「すいません」と京子
「それになんだい後ろのでかいスーツケースはまるで海外旅行にでも行くような」
「すいません実は対談が終わりましたら関空からヘルシンキに飛ぶことになってまして・・・」
「はぁ~?」
「ですので大阪市内を八時には出ないといけないので・・・・」
「ちょと待った。百合の花の都合だからってお前の都合じゃないか!」
「それは偶々、前日に巡業があってですねそれで初めて百合の花さんが講演会をしていただけるとこんなこと珍しいので・・・でその後夜は百合の花さんと美香さんとの対談をしていただき本当に偶々私の都合がドンピシャと云うか」
「何がドンピシャだい!そもそも百合の花の講演会になんで私がでなきゃいけないんだい!」
「サプライズゲストですから」
「私が出てドン引きしても知らないからな」
「多分、百合の花さんよりおもしろいこと云ってくれると期待しています」
「あのなー私だって暇じゃないんだよ!だいたい!なんだよその目は!」
「夜は法善寺横丁の古月をセットしましたので」
「・・・・」
「松葉の良いの用意して貰うので・・・」とニヤッとする京子
「景気のいい編集部はやり方も・・・お主も悪よのう」とニヤッとする美香
「悪代官の元横綱三神櫻さんには敵いませんが」
「誰が悪代官だって!」
----------------THE TOWER HOTEL NAGOYA レストラン【glycine】----------------
美紀と映見は久屋大通公園側の窓際に座り食前酒ならぬトマトジュースから豪華な朝食が始まる。
鱈の西京焼き・鯵の干物・鴨の葱味噌焼き・湯豆腐 柚子風味・ウユリ根菜花などなど、そしてバーミキュラで炊いたお米「龍の瞳」は大粒で粘り、香り、甘味、歯ごたえとも優れ最高傑作のひとつと云われている。
テーブルに置いてあるバーミキュラの釜に一膳には足らないぐらい残っているのだが・・・・。
「映見さんいいわよ食べて」と美紀
「でも・・・」
「そんな悲しそうな顔されちゃうとねぇ」と美紀
「えっ、私そこまでの表情してませんよ!もう!」
「いいから召し上がれ」
「じゃ・・・すいません」と映見は釜から茶碗に残りを盛り旨そうに食べる。
美紀にとって稲倉映見との出会いは意外性に満ちていた。医大生でアマチュア女子相撲女子の女王と云われ日本はゆうに及ばず国際大会での活躍、一方では女子大相撲に意見を言うような物言いはどこか鼻が突くと云うか何か頭の良い奴にいそうなましてや自分の娘である十和桜に喧嘩を売るような真似をした稲倉とはどんな人物なのか?
しかし、美紀が想像していたのとは真逆と言うほどではないにせよ、意外と感情的で子供っぽいと云うか・・・でも東京でのあの大会の彼女は勝負師のごとくそれは大阪でのトーナメントの一件も、ぱっと見何事にも冷静にそして感情をみせないクールな人物像を妄想していたのに・・・。
「美味しそうに食べるはね映見は」
「本当に美味しいものは心の底から人を幸せにしてくれるって本当ですね」
「美味しいものを食べた時って恋に夢中になっている時に似ているって誰か云っていたわ」
「言い得て妙ですね」
「映見は彼氏いないの?」
「小学校時代からの同級生で同じ尚且つ相撲クラブで・・・今、彼は東京で就職してなかなか会える機会はないんで・・・」
「そうか・・・でももしうちに来たらますます会えなくなるわよ」
「その時は、彼とちゃんと相談します勿論別れる気はないですけどようは女子大相撲に入門できれば東京ですから」
「実業団全国大会で勝てればね、その前に国家資格取れないと話にならないんだけど」と美紀
「それはもう背水の陣で・・・はぁい。ところで美紀さんこの後は直接青森に?」
「うぅんこの後東京で娘とね、娘が女子大相撲に入門してから東京で会うことはなかったからね食事して久々に一緒にホテルの泊まるのよ」
「そうですか、十和桜さん来場所は関脇ですよね!」
「だいぶ遠回りしたけどね」
「・・・・」映見は一瞬引きつった表情を・・・・
「ちょっと、私そんなつもりで言ったんじゃないんだからもう」と美紀は笑いながらテーブルに置いてある南部鉄器で淹れたお茶を映見の湯飲みに注ぎ自分の湯飲みにも注ぎ入れる。
「でも、十和桜はあなたに言われなかったら自分を見つめ直すチャンスはなかった娘がやったことの代償はとても大きかったわ女子相撲界に与えた影響はもちろんだけど彼女自身もね、本来なら協会から除名もんよ!なのに・・・辞めて責任を取らせるのは簡単、でも本当に責任を取らすという事は原状回復させること相撲人生を賭けて・・・あなたの前で云うのもあれだけど十和桜は少なくとも信頼は取り戻したとは想う。ただ傷跡は永遠に消えないそれは死ぬまで背負うもの少なくと力士である以上はね」
「美紀さん・・・・」
「あなたが女子大相撲に来ることを十和桜は切に望んでいるでしょう?娘にこの話は言っていないけど・・・」
「十和桜さんはお母さまの前でなんですが相撲がすごく上手くなったと云うか、力ずくの相撲だけじゃなくて、技もそれに・・・あぁ」
「相撲が上手くなってってそんな事云われてるようじゃまだまだね十和桜も」
「美紀さん私そんなつもりで!」
「冗談よ全く。でもあなた対戦することが現実的になったら手ぐすね引いてニヤッとするんじゃない?」
「はっ、はっははぁぁぁぁ辞めようかな女子大相撲に行くのは」
「そんな事さらさら想ってないでしょう?」
「あぁぁあぁ・・・でも対戦はしたいです!最低でも幕内に上がらないと対戦できないんですから」
「映見、あなたとここで会えたのは奇跡的偶然が重なりあった通常ならあなたは自分の目標を捨てなければ女子大相撲の入り口さえ辿り着くことはできなかった。その意味では私もアマチュアといえ相撲の世界へ戻ることはなかった。あとはその先に進めるのかは自分自身の決断!そこに偶然はないわ!まずは、医師の国家資格の取得それだけに集中してわかった!」
「はい!それがスタートラインですから!」
「うんそれでいいわ。私も覚悟を決めるお互いに」
(もう女子大相撲とは縁を切ったはずだったのに・・・紗理奈に嵌められたか)美紀の口元がふいに緩む。
「どうしたんですか?」と映見
「うん・・・なんで「龍の瞳」の最後の一膳をあなたに譲ったのかって、ちょと後悔してる」
「えぇぇぇ・・・・」
------------のぞみ309号 車内------------------
美香は今月号の月刊雑誌【女子相撲】タブレット端末で読んでいた。そのなかに柴咲総合病院相撲部の実業団チームの設立の記事がサラッと書いてある。青森では話題になっても全国的には一つ実業団のチームができましたぐらいの話なのだ。トピックで云えば元関脇十和田富士が監督に就任したことももう少し話題になってもいいのだが・・・。
「十和田富士さんがまた相撲界に戻って来たことに理事長はどう思われているんですかね?」と京子
「戻ったたってアマチュアだからね女子大相撲じゃないから」
「美香さんこの件で理事長とお話されました?」
「いや、最近色々忙しくて会う暇なくてね」
「そうですか・・・昨日編集長にちょと云われたことが気になっていて」
「なに?」
「話題的には元関脇の十和田富士さんの相撲界の復帰は県内的には話題になってますし娘さんの十和桜関の関脇昇進だって、でもその陰に隠れて気づかなかっと言うか美香さん柴咲総合病院が厚生労働大臣指定の臨床研修施設だって知ってます?」
「それが・・・」
「知らなかったんですけど、研修医はどこの病院でもいいわけじゃないって」
「そりゃそうだろうよそれで」
「稲倉映見は再来年医大を卒業してからの進路ってもしかしたらその選もあるんじゃないかって編集長が」
「稲倉映見ねぇ、本来なら今年女子大相撲に入門していてもおかしくはなかったけどね、最近は試合には出ていない見たいだしそれが答えだろ、相撲を続けるのなら柴咲総合病院で実業団として相撲ができるのならそれは理想的ではあるけど・・・」
「倉橋監督に聞こうかとも想ったんですがなんか気が引けて・・・」
「卒業後の進路は稲倉本人の問題だろうそこに相撲部の監督の話は関係ないんじゃないか?それに相撲がしたいがために青森の病院に研修医として行くと云うのもね」
「持ったないと言うか、正直言って協会も何か特例でもすれば」
「そんな事やったら・・・そんなに女子大相撲に行きたかったら大学中退して医師も諦めてそれぐらいの覚悟で行くべきだろうそこに稲倉のために特例見たいなことをすれば桃の山の再燃だよ、事実は違うけど同じような事になる。運がなかったそれだけだよ」と美香は車内から流れる景色を見る
車内放送の音声は間もなく名古屋に到着の案内が流れる。のぞみ309号は名古屋駅16番線ホームに入線していくと通路に下車する乗客が並びだす。
「本当は稲倉本人に直接聞いて見たいのが本音なんですが流石に真奈美の頭ごなしには聞けないので」
美香は何気に窓越しに東京方面15番線ホームを見る。東京方面の列車が出て行った直後だがすでに次の列ができている。通路に溜まっていた乗客が流れだす。美香は15番線ホームをぼーっと・・・・
(十和田富士さん!なんで今!)
十和田富士の隣には稲倉映見が・・・。美香は慌てて京子を見てしまった。京子はいきなり振り向き何か表情が違うことに違和感を感じたのだ
「どうしたんですか急に振り向いて?」と京子
「えっ、あっあぁ・・・品川の事務所の電気消してきたかなって」
「はぁ~旦那さんが私の事務所で缶詰めになって原稿書いているって云ってませんでしたけ?書き終わったら昼の便で羽田から台北に行くとか?」
「そうだっけ」
「そうだっけって、だから羽田に近い美香さんの事務所で缶詰めになって原稿書いてるって」
「あっあぁ・・・ちょとデッキで電話してくるわ」と席を立ち一瞬向かいホームを確認すると列に並んでいる十和田富士と隣にいる稲倉が話をしている。京子は席を立ちデッキに行こうとした時発車のベルが鳴る。
「あぁーいいわもう、この時間じゃ事務所出てるだろうしゴメンゴメン」と言うとゆっくり背伸びをするようなしぐさをするそれは向かいのホームが見えないように・・・。
「そろそろ痴ほうが始まりましたか元横綱三神櫻も」と京子はクスクス笑いながら
「京子、今の言葉忘れないからな」と美香
「あぁぁ怖わ」
のぞみ309号は定刻より一分遅れで名古屋を発車。向かいのホームでは相変わらず美紀と映見が談笑している姿は流れる景色から消えていった。
美香は思わず深いため息をついてしまった
「どうしたんです深いため息なんかついて?」と京子
「これからあの百合の花と講演会ってなんか気が重いんだよ」
「なに言ってるんですか今更、百合の花さんからのご指名なんですから美香さんが出てくれるのならっていう条件でやっと落としたんですから頼みますよ!失敗したら法善寺横丁の古月はなしで講演会終わったらさっさと新幹線で東京に帰って貰いますので!」
「はぁ~」
「主催はうちなんで、失敗したら美香さん出禁ですから!」
「出禁って・・・おまえ・・・」
「よろしくお願いします!」
「・・・・」
のぞみ309号は一路新大阪へ




