裏切りのその先へ ④
部屋のチャイムが鳴り、美紀はドアを開け二人を中に入れる。
「家に連絡を入れましたので」と映見
「そう、なんか無理矢理に泊めさせてしまったみたいで」と美紀
「全然そんな、私こそ・・・」
「じゃーそうゆうことで、部屋の方はフロントの方に云ってほしいのだけど・・・」と美紀は一花に
「フロントの方には云っておきましたので、あとでエキストラベットを入れてくれるそうなので・・・」と一花
「さすがは広報の仕事しているだけあって気が利くのね」
「それでは、私はこれで」と云うと一花は一礼をして部屋を出る
ドアが閉まると一瞬の静寂のあとに街の喧騒が下から僅かに聞こえてくる
「あの、私・・・」と映見は次の言葉を続けようとした時
「ちょと寒いかもしれないけど上に行かない?」人差し指で上を指した
「上?」
二人は部屋を出るとフロントへ
「すいません展望台の方へ行きたいのですが」と美紀はフロントの女性に云うと女性はフロントの側の秘密の入り口を開けるとそこにはエレベーターの扉が・・・・。
(こんなところにエレベーターが?)と映見と美紀は驚いた。
「まだ展望台の方にはどなたも上がっておりませんので」とフロントの女性が一言云うとエレベーターのスイッチを押し扉が開く。「いってらしゃいませ」と声と同時に二人はエレベーターに乗り込み展望台へ上がって行く。
二人は特に会話を交わすわけでもなく、エレベーターは地上90メートルに位置する屋内展望台へ。
【スカイデッキ MIRAI360】は名古屋市内を360度できる展望台。通常営業は午後9時までなのだがホテル宿泊者は午後10時から11時30分展望台に上がれるのだ。二人はエレベーター降り展望台の景色を見る。名古屋駅方面の高層ビル群はまるで不夜城のように明かりが煌々と・・・・。
エレベーターを降り暗闇の展望台は今は二人しかいない。美紀は展望台から街並み見ていた。
「青森にも似たような展望台があるけど夜は上がれないのよ、まぁ上がったところで何も見えないだろうけど・・・」
「美香さんでいいですか?」
「えっ、えぇいいわよ。相撲関係者にはいまだに十和田富士さんなんて云われるけどさすがにね」
「じゃー元十和田富士さんにします」と映見
「元か・・・まぁどっちでもいいよ映見さんが呼びやすい方で」
「それでは、美紀さんで」
「あぁ、それが一番落ち着く」と美紀
二人しかいない展望台はある意味では異質な世界とも云えなくもない。恋人同士なら最高のシチュエーションだろうけど・・・。
「さっきの話ですが葉月さんからの間接的依頼って・・・」と映見
「間接的依頼って変な云い方だけどね・・・・あなたが出た郡上大会の翌日、葉月さんと話す機会があってね、私は葉月山とは相撲はしたこともないしそんなに面識もなっかたんだけど・・・でも葉月山と話してあぁ絶対横綱と呼ばれる力士は相撲だけ強ければいいわけじゃないんだと、理事長の初代妙義山もそうだけど・・・映見さんを女子大相撲界に入ることを口には出さないが葉月山は望んでいる、そう想ったんだ」
「郡上の翌日?」
「本当に偶然だったんだけど木曽で相撲講習会があってそこへ理事長と一緒に来てね、私も監督を引き受けた以上何か参考になる事があればと想って見学にね、まぁ本当は娘の様子を見に行ったって云うのが本音なんだけど」と美紀は苦笑いしながら・・・。
美紀はゆっくり歩きだすと地上100メートルに位置する屋外展望台の階段を上がっていくとその後を映見もついていく。窓がない吹き抜けの空間は、開放感溢れる憩いの空間。直接風を感じながらのびのびと景色が楽しめる展望エリアだが流石に11月下旬の夜の空気は多少なりとも身にしみる。それでも無風状態なので凍えるほどな寒さはない。
「美紀さんは女子大相撲をされていたことをどう思ってらしゃいますか?いきなりすいません変なこと聞いて」
「それは、後悔しているかって意味?」
「いえ・・・けしてそんな」
「私が後悔していると行ったら、女子大相撲への想いは諦めるかい!」
「私はそんな意味で!」
何かお互いにむきになってるわけではないのだけど、つい口調が強くでってしまい体も何か熱を持ってしまったような、ただその熱をこの地上100メートルに位置する屋外展望台を抜ける風はその熱を冷ましてくれるかのように・・・。さっきまで無風に近かったのに気持ち吹いてきたような。二人は名古屋駅方面の反対側に立つ。月明りに浮かぶように遠くに見える伊吹山や白山の稜線は駅前の不夜城のようなビル群の景色とは違う意味で幻想的である。
「私や理事長は草創期から女子大相撲に係わってきたからね、キャバレーの泥んこ相撲見たいなもんだとか馬鹿にされてそんなところから始まってあなたには想像できないかもしれないけど、あなたのように医師を目指している者が来るところじゃなかった。でもその偏見をぶち破ったのが今の理事長の初代妙義山。
彼女は国立大の出でね相撲はもちろん強かったけどあまりにも相撲に心酔してねその頃女子大相撲設立の話が現実味を帯びてきてね、彼女は理工系の学部で就職は引く手あまたにも拘らずそれを蹴って相撲部のある中堅企業に就職したんだ。それは来るべき女子大相撲設立の時のために、あの時代女が相撲するのは変人扱いましてや大相撲の亜流の女大相撲何って・・・そんな女子大相撲がここまでになったのは初代妙義山である山下紗理奈がいなかったら絶対に無理だった。現役力士でありながら妙義山は自分の相撲もさることながら女子大相撲の将来を見据えていた、そしてそのことが今の女子大相撲の発展につながった。云うつもりはなかったんだけど、稲倉の女子大相撲入門の話って理事長から云われたんだよ」
「えっ、・・・」
それは映見にとってあまりにも意外すぎる・・・それに葉月さんからの間接的依頼って云っていたのに・・・
「理事長はあなたの相撲もそうだけど何か葉月山とだぶるところがあるんだろうね?勿論、葉月が生きて来た環境とはあなたは全く違うだろうけど・・・その想いは椎名葉月も同じ、そんな時に偶然にも私が病院の相撲部監督に係わることに、そして柴咲総合病院が厚生労働大臣指定の臨床研修施設だからこそできること・・・怖いぐらいの偶然ってあるものね」
「美紀さん」
「女子相撲は私が想っていた世界からはるかに超越した世界になっている。日本はおろか世界各国でましてや世界ツアーも始まって初代女王は二代目妙義山が獲った。男子の大相撲がある種の閉鎖的世界なら女子大相撲と云う概念は世界各国で一つのスポーツ文化として根付いてきた。あの東京での大会は女子大相撲と云う一つの文化構築にとっては賭けだったのよ理事長いや山下紗理奈にとって・・・大袈裟に聞こえるけど、もしあそこで日本が負けていたらまたひとつ国際政治の道具をもっていかれたってところだったかしらね・・・まぁそんな話はいいとしてこの話はあなたにとってプラスであってもマイナス要素は医師としてのキャリアが遅れることぐらいだと」
「美紀さん・・・」
「ただしこの話には絶対条件がある!」
「絶対条件?」
「医師国家試験に合格すること!そんなことはあなたが一番想っていることだろうけど」
「試験に落ちたら女子大相撲には行きませんから」
「そうか・・・それを聞いただけであなたの想いや覚悟がわかったはそれだけで今日来たかいはあったわ」
「いまは国家試験合格に邁進します。女子大相撲の話は忘れて・・・無理でしょうけど」と映見は苦笑しながら
「国家試験に落ちたら私のせいね」と美紀
「本当ですよ全く。落ちたら美香さんのせいですから」と映見
「実業団で優勝しか入門の方法はないけどそれをクリアーできれば女子大相撲の場合幕下からスタートできる。そこで優勝できれば一気に幕内に上がれるその意味では一見もの凄く優遇されているように見えるけど、実業団の選手だってみんなそれを狙っている。
想像以上に厳しいはそれは覚悟して!それと、ご両親にちゃんと理解してもらい納得してもらうことこれは大事な事だから、医学部に入れてもらうことはそれなりのお金なりかかっているわけだし、このことはうちの医院長に云われているので」
「わかりました。当然のことだと思います」
美紀はゆっくり時計回りに歩き始める。その後を映見もゆっくりと・・・。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」と映見
「なに?」
「このこと監督は・・・」
美紀の足が止まる。
「知らないようよ、多分・・・」
「そうですか・・・」
----------------「木曽町民相撲場」あの時の昼食後-----------------
「紗理奈の依頼に沿えるかはわからないけど、まだ時間はあるしそもそもこの話、稲倉本人はどう思てるのかそれと監督とか?」
「まだ話していない」
「話してない?なんで?」
「この話は、稲倉映見本人には話すけど監督には話すつもりはない、これは国家試験に合格し大学卒業後の話、そこに大学相撲部の監督が関与する余地はないから」と紗理奈
「余地はないって・・・」
「あまり倉橋真奈美に余計な事を考えてほしくないんでね」
「余計な事?別に女子大相撲入門のために監督が新たに稽古や試合の起用を云々て話でもないし逆に安心するんじゃないのか?稲倉にとってこの選択以上はないように想えるし監督だって肩の荷と云うか女子大相撲への道に行くも行かないも卒業後に選択ができる。そのことを監督にいう事に何のためらいがあるのか私にはわからないね?」
「私が葉月山を溺愛していたように真奈美も稲倉を溺愛しているからよ、溺愛しているから他人にいじられたくないましてや溺愛していた愛弟子を他人に委ねるなんて死んでもしたくない・・・私が溺愛した葉月山だってたとえ噛みつかれても・・・
稲倉が美紀さんの相撲部で大相撲入りを目指すのならそこに葉月を関与できる余地を残して欲しいんです。私が時間を割いてでも函館に行ったことの想いを葉月に・・・それで葉月があの時の私の気持ちを理解してくれればそれで私はもう満足します」
「あんた・・・」
「美紀さんをだしに使うようで本当にすいません」と紗理奈は深く頭をさげる
「あんたの目的は、稲倉映見という大器を入れる目的の上に葉月山をこの話に絡ませることが主目的・・・って事か?」
「・・・すいません・・・」と紗理奈は頭を下げたまま
-----------屋外展望台-------------
「監督にはこの話、内緒の方がいいと思います」と映見
「・・・えっ、」
美紀には意外だった。稲倉の方から言うとは想像していなかったから
「監督には、女子大相撲に行く行かないの話はしてないんです、監督は私は医師の国家資格に邁進するって想っているんですそれは私も同じです。実際に稽古にはよくて週2~3回ですし本格的稽古はしていません行かないつもりでいましたので」と映見
「そうなのね」と美紀
「今の監督には石川さくらの指導に邁進してもらいたいんで、私との関係はOG見たいなもので穏やかに」
「穏やかにねぇ・・・・でも最低限の稽古はしてしておいて」
「でも、行くとなれば・・・」
「今のペースでいいわ。うちの相撲部に入って半年あれば大丈夫よ大会は10月だから、とにかくあなたは再来年2月の試験に絶対に合格すること!いい!」
「わかりました」
「それと来年あたたかくなったら青森の方に来て、医院長にも会ってもらいたいし、もちろん病院もついでに相撲場も」と美紀
「相撲場はついでなんですね」と映見はくすくす笑いながら
「うちの病院は相撲部屋じゃないんで」と美紀も笑みを浮かべ
映見の何か靄ついてものが何かスッキリと取れたようにとはいかないが一つの道筋はできた。医師免許資格・研修医そしてもしチャンスがあればの女子大相撲・・・。残りは両親の説得と・・・監督の事・・・。監督が私を溺愛するほどに厳しいながらも私を認めてくれた。だから余計にこの話は内緒にしたいのだ。今は石川さくらの指導に邁進してもらいたい。ここで私が大相撲入りを考え動いていることを知ったら・・・また私に気持ちが戻ってしまうのは目に見えるから・・・。




