裏切りのその先へ ③
稽古が終わり部員は着替えに更衣室へ、映見は稽古自体には直接参加していないので普段着のままの服装なのだ。映見は座卓に広げてあったノートパソコンや何冊かの医学書をトートバッグにしまう
一花は、稽古の終わったさくらと立ち話。その様子を見る映見は意識していなくて多少は気になる。女子大相撲入りを公言しそれに邁進しているさくらと医師の資格を目指している自分。四年生の時にアマチュア女子相撲三冠を達成しひとつの区切りをつけた映見。笑顔で話をする二人を素直に見れない・・・。三冠を達成した時に取材を受けた時当然女子大相撲の話になる。
「世界大会で優勝できなっかたことは悔しかったですが、学生リーグ・大学選手権・日本選手権の三冠を達成できたことは自分にとって区切りができたのでこのあとは医師になるための勉強に集中したいです」と笑顔を見せた映見だったが女子大相撲の事には一切の言及はしなかったが翌五年生は一回リーグ戦に出ただけで主要な大会には一切出場せず。当然にそのことの意味は、アマチュア選手としての終焉を意味するものと受け止められた。
石川さくらが二年になり本領発揮、学生リーグ・大学選手権の二つは優勝、日本選手権は二位。世界大会無差別クラスは三位とファンからすると不満もあるのだろうが・・・。紛れもなく日本の女子のエースは稲倉から石川になった年でもある。
「じゃ出ましょうか」と一花は映見に声を掛ける。
「映見先輩と二人で何処に行くんですか?」と若干不満そうなさくら
「錦のホストクラブよ」と一花
「えっ・・・」とさくら
「・・・・」(ホストクラブ?・・・なにさくらその顔は)と映見
「ずいぶんな余裕ですね?」と下から目線のさくら
「はぁ?、ホストクラブ・・・一花さん!」
「と云いたいところだけど私そんなに給料もらってないので、ちょっとアマチュア相撲を選手の立場から色々聞きたかったら、それでちょとね」
「怪しい・・・それに意外と給料もらってそうだし5万とか10万とか使ってそうだし?」とさくら
「さくら、一応参考に云っとくけどホストクラブで遊ぶには2万もあれば十分なの何もみんなが5万・10万かかるわけじゃないのよ、私だって誘われて行ったぐらいで・・・って何!」
「ますます怪しい・・・一花さんホスト遊びとか・・・今度、さくらも連れってくださいね」
「さくら、ホスト遊びとか嵌りそうね・・・圭太君可哀想に・・・・」と映見
「そ・れ・は、別です」とさくら
「あんた・・・可愛い顔して・・・」と映見
そんなどうでもいい話をしながら一花と映見は相撲場を出ると正門へ向かう。
「さくらさんと話したけどなんか面白いと云うかちょとイメージと違うと云うか・・・」と一花
「さくらは幼いフリしながら相当腹黒いですから!」と映見
「腹黒いって・・・」
二人は迎車のタクシーに乗り込む
「 MIRAI TOWERまでお願いします」と一花
( MIRAI TOWERって・・・誰と私を会わせるつもりなの?)と映見
タクシーは愛知美術館前の信号で停車。
「一花さん。私に会わせたい人って・・・」
一花はその問いには答えずフロントウィンドウ越しにライトアップされているMIRAI TOWERをみている。映見はその態度にイラっときたがそれ以上は聞かなかった。タクシーは錦通久屋の交差点を右折しMIRAI TOWER下の信号で下車。
映見と一花はタクシーを降り信号を渡ると、MIRAI TOWERの入り口ではなくその脇の小さな入口へ、
「どこへ?」と映見
「このタワーにホテルあるの知ってる?」
「ホテル?・・・あぁ何かで見たような」
「このホテルであなたに会わせたい人がいるから」
「会わせたい人って誰なんですか?」と映見は強い若干強い口調でタクシーで答えてくれなかったこともあるが。
「元関脇だった十和田富士さんよ」
「十和田富士?」
「今日はあなたの人生の分岐点になると想う大袈裟でも何でもなく」
「いったいなんなんですか!」と一花の一言がなにかイラつかせる
「何にイラついているのよあなたは?」
「人生の分岐点になるとか、私は今国家資格取得に人生かけてる!そこに分岐点なんかないです!それに十和田富士さんって十和桜さんのお母さんですよね、なんで今会わなきゃいけないんです会うのならもっと前に」
「そうね、会わすのならもっと前に会わすべきだったなかなか会わすチャンスがなくて、本当は十和田富士さんから話してもらうつもりでいたけど今のあなたじゃこのまま帰ると云いそうだから・・・女子大相撲入門のことでね」
「女子大相撲入門?」
一花はその問いには答えず二人はMIRAI TOWER脇にあるガラス張りのホテル専用エレベーターでフロントへ、フロントの方から美紀がいる部屋へ連絡してもらい「L11-パークビューダブル」へ、一花は何も喋らず部屋の前に立つとチャイムを押す。
ドアが開き中から美紀が出て来た。
「入って」と美紀が二人を部屋に入れる。
美紀は窓側の方へ歩きソファーの前で後ろを振り向く。
「いきなり初対面のあなたを呼びつけるような真似して気分を害してること謝罪するは」と頭を下げる美紀
「えっ、あの?私、別に・・・」映見は美紀がいきなり頭を下げられたことに戸惑ってしまったのだ。
「あなたを生でまじかに見るのは初めてだけど・・・いい雰囲気持ってるわね」と笑みを浮かべる美紀
「あの、私、十和桜関の事の原因を作ってしまった私が大阪で余計な事をしなければ・・・」と震えるような声の映見
「あれは、私のバカ娘のまいた種あなたは何も悪くない、ただあえて云えば馬鹿娘に火を点けさせたあなたの行動は、でも私は感謝してるのよ、一度どん底まで落ちぶれた力士への視線は厳しいそれも成績以外の問題で、正直、私は辞めるものだと想ったのよ、でも周りが辞めさしてはくれなっかたみたいで、勝負の世界、崖から落ちそうな力士が必至に地にしがみついていたらその手を足で踏みつけて崖下に落とす。以前の十和桜の相撲はそんな相撲。それが逆の立場になって・・・本当は自分から手を離したかったのに離す前に腕を掴まれて・・・」
「十和田富士さん・・・」
「今度の場所で私の最高位だった関脇に昇進するみたいで、色々あったけどよく頑張ったねって褒めてあげたいの口には絶対出さないけどね」と笑う美紀
「あぁあの・・・」
「時間も時間だし、ストレートなもの言いでなんだけど女子大相撲に行く気ある?そこに医師の資格取得とか考えず単純にあるかないか」
「そんないきなり」
「これから話すことの前提条件にそこがはっきりしないとその先の話が進まないから」
「行けるのなら行きたい女子大相撲に、でも私にそんな余裕は」と映見
それを聞いた美紀はテーブルに置いてあるセピアブルーのラウンド ショルダーバッグ から名刺ケースを取り出しそこから一枚の名刺を取り出し映見に渡す。
「柴咲総合病院 相撲部監督 南条美紀・・・相撲部?」
映見は美紀の顔を見る。
「来年、実業団チームとして活動することになってね」
「スカウトってことですか?」
「スカウトと云えばそうだけど・・・」
美紀は、映見が研修医として働き相撲部に所属したうえで夏の実業団全国大会で優勝すれば女子大相撲入門の道が開けること、後に力士引退後は改めて研修医として働くことを約束すること、実業団で優勝できなかったらそのまま研修医として働いてもらい実業団力士として活動に関しては強制はしない。美紀はざっと概要を説明した。
「あなたにとって悪い話ではないと思う。整形外科志望なら柴咲総合病院は悪い選択ではないと思うは、詳しいことは自分で調べてもらうのが一番いいけど」
「うちの監督からの依頼ですか?」
「いいえ、倉橋監督は一切関与してないは」
「じゃーなんで」と映見は美紀の顔を見ると美紀は映見の後ろにいる一花に視線を送る。
「映見さん、これは葉月さんからの間接的依頼と云うか想いから・・・」と一花
「葉月さん・・・」
映見はあの病室での葉月との会話が即思い浮かんだ。
>「だとしても、ここまで相撲をしてきたのだからどうしても女子相撲の最高峰で相撲をしたい!もちろんこの先の私の相撲がどうなるかはわかりませんがそれでもあの世界に行ってみたい相撲をしてきた女性として、たとえ一年で廃業するようなことになっても私は後悔はしない。憧れであり目標であった葉月山さんがいた世界に行ってみたいんです」
その想いはあの東京での大会以降変わってはいないでも想いと現実は違う。そう思って相撲の稽古はあくまで気晴らしと運動不足に陥らないための趣味としての相撲。その先に女子大相撲どころか勝負としての相撲ももう考えてはいなかったのに・・・・。
「葉月さんいや元絶対横綱の葉月山さんの気持ちを私が勝手に汲み取っての提案だとおもって、この提案は葉月山さんは一切関係ないけど想いは同じのはず!」と美紀
「美紀さん・・・」
「私はもう女子大相撲側の人間ではないしそもそもがもう相撲には係わらないって気持ちで女子大相撲界から去った人間だけど、アマチュアとはいえまた相撲に係ることになったことは何かの運命だと想ってる。本当はあなたにうちの病院に研修医として来ることと相撲部に入ることの確約まで取ろうと思たけっど、それはあまりに性急な話よね、でもあなたのなかに大相撲入門の想いを捨て切れていないことがわかっただけで十分だわ。まだ時間はあるからゆっくり考えて、今日は悪かったわね新崎が車で家まで送ってくれるから」
「あの、もう少し話しできませんか?」と映見
「私は構わないけど、もう10時近いし・・・」と美紀
映見自身そう云ったものの、正直云って女子大相撲入門のことはあきらめたと云うより吹っ切ったなのに・・・。医学部に入った時点で女子大相撲入門は厳しいことはわかっていた。だから相撲は大学で終わりだと。
特例条件のことは知ってはいたがとても学業を維持しかつ医師の国家資格取得を考えた時、大学6年でトップクラスの大会での優勝をすれば条件をクリアーするにはあまりにもハードルが高すぎるのだ。女子プロアマ混合団体世界大会での優勝は映見にとってよりいっそう女子大相撲入門への想いを駆り立てたでも、そこは吹っ切って5・6年は勉強に集中して国家資格の取得にすべてを賭けると、そんな時の女子大相撲入門の話はまったく映見の頭にはなかった。医師免許取得後のチャンスなんて・・・。
「もし、あなたの都合がよければ泊まっていかない?」
「えっ、でも・・・」
「私もあなたと話がしてみたくなった。将来うちに来ることになるかもしれないのなら・・・なおさら」
「・・・・」
美紀の目は映見の目に視線を合わしまるで狙った獲物を品定めをするかのように・・・。
「自宅の方に連絡をしたいので一旦、部屋を出ます」と云う映見は部屋を出ると新崎も同時に出ると扉が閉まる音が・・・。
美紀はその音聞きながら眼下の久屋大通公園を見下ろす、10時近くになり人通りは少なくなっているが公園の中の飲食店などには人が溢れている店も・・・。
(葉月山・・・かっ、)と胸のうちで呟きながら、ふと笑みを浮かべてしまった美紀。自分でもなんの笑みかわからないが・・・・。




