裏切りのその先へ ①
石川さくらは西経大に入学そして憧れの西経女子相撲部に入部。他校からは反則級の布陣と揶揄されるのもしばしばだが流石にリーグ戦などではそうやすやすとは勝たせてはくれなかった。特に石川さくらは他校からのマークがきつく取りこぼす場面も多く後半戦はメンバーから外し一から鍛え直す羽目に・・・・。
それでも本人は腐ることなく黙々と稽古に取り組む姿勢は部員達からは好感を持って接してもらっており、勉強の方も非情に熱心に助けてもらている。非情に有無も云わさない先輩達の勉強の教えがさくらがいまいち相撲に精彩を欠く理由だとか・・・・。まぁ、文武両道を是とする女子相撲部としては当然であるもさくらにとっては相撲より勉学の方にリソースを割かなければならないそんな一年だったのだ。それでも後半はやっと自分なりにペースを作れるようになりそのことは、来年度に期待を持たす。
稲倉映見は四年になり主将に、映見自身は四年を相撲の一つの集大成として臨み、学生・アマチュア・学生リーグの三冠を達成。世界大会では残念ながら頂点には立ってなかったが充実した一年であった。
映見は、五年・六年は稽古には出るものの大会は出ないことを倉橋には云ってあり、目指すべき医師の国家資格取得に邁進することを了解してもらっていた。それに付随しての女子大相撲入門の意志の有無。五年・六年は大会への出場を控えると宣言した時点で女子大相撲入門はあきらめたと云う宣言なのだが・・・。
映見が五年になり、大会は殆ど出ずリーグ戦にレギュラーメンバーの負傷の代役で一回だけ出ただけ稽古も週に二・三回の程度でとてもトップクラスの大会に出れる状態でなく、あくまでも部員達の稽古相手要員と云う位置づけなのだ。
真奈美もそのことに素直に納得している、もし、六年時の学生選手権や日本選手権に出って優勝し女子大相撲入門の権利を獲りたいと云われたら、適切な返答はできなかったと・・・・。その意味では本人から医師国家資格試験に集中したい旨を云ってきたことに「ほっと」していたのだ。
真奈美は映見にそれ以上の事は聞かなかったし聞く必要もないと・・・。
今の西経の横綱は石川さくらである。大学生活にも慣れさくらの本領発揮と云う感じになり映見が一線を退いた真奈美にとっては次は石川さくらなのだ、ましてや石川さくらは女子大相撲入門も公言していることで女子相撲界の注目は稲倉映見から石川さくらへ・・・。稲倉映見本人が女子大相撲の事に発言しなくなったことと、主要な大会への不参加で稲倉映見の女子大相撲入門は消えた・・・それが大方の女子相撲ファン・関係者の見方である。
映見は五年生になり大学付属病院の病棟に出て臨床実習が始まり何人かの担当患者を担当することに、担当患者の中には映見が女子アマチュアで活躍していたことを知る患者も少なくなくつい相撲の話で盛り上がって罹患している病気のことそっちのけで,その結果カンファレンスでの発表などで慌てたりその他諸々まぁまぁ忙しいのだ。
そんな日々でも部の方に週二・三回稽古に顔を出すのは、ストレス発散と運動不足解消。それと、かつてのライバルであるさくらとの稽古相手をすることの楽しみ。西経の女王は二年生ながら石川さくらなのだ。先輩には好かれ後輩には頼りにされるさくらは部の顔である。かつての女王の映見は今や影の存在ではあるが、それでも主将やマネジャー達にとってはどうしても頼ってしまう大事な存在、吉瀬瞳や海藤瑞希などの役割を微力ではあるが映見が黒子のように担っているのだ。
「どう勉強の方は?」と真奈美は小上がりの前で四股を踏む映見に、
「臨床実習が始まってやっと医師らしいことやってますけど指導医の先生がなかなか厳しくて・・・」
「いいんじゃないの、人の命を預かる仕事なんだから」
「そのおかげでもないですけど相撲場で稽古すると変な意味で気合が入ってしまって、特にさくらとの稽古には」と映見
「ほどほどにお願いしますよ、さくらはうちの女王なんで元女王様」と真奈美はクスッと笑いながら
「でも、さくらは凄いですよね、女子大相撲入門を公言して着々と足場を固めていっているあたりさくらの意識の高さって・・・」
「あなただって今は医師の資格を取るために邁進してるわけだし、まぁ気晴らしに後輩たちに稽古をつけてあげてよ、私もあなたの顔を見たいし」
「監督、先生とはうまくいってます」とくすくす笑いながら聞く映見
「おかげさまで、来週申し訳ございませんが一週間お休みしますんで映見元女王!部の方をお願いします」と真奈美は冗談半分頭を下げながらも腹の中では舌を出す?
「小上がりで勉強してもいいですか?」と映見
「いいわよ別に・・・」
「小上がりでさくらの稽古見ながら気に入らなかったら顎で呼んで説教するとかいいですか監督みたいに?」
「はぁ?、私がいつそんなことした!」
「と云う妄想です!」
「さくらはあなたのおもちゃじゃないんだから頼むわよ冗談抜きで」
「冗談ですよ・・・それよりも瞳先輩に会いに行くんですねタイでしたっけ?」
「えぇ、旦那も行くって云うから、二人で海外に行くなんて20年ぶりだからね、それに女子大相撲協会からの招待と云うか依頼もあってね私も一応アマチュアの方では重鎮的な立場もあるんで向こうのアマチュア協会の方とも会うことになってるしね、私も色々あるのよ」
「じゃ、監督の代理としてやらせていただきます。はい」
「それから、女子大相撲協会の新崎がさくらの稽古を見たいって事で水曜日来るから、別に接待とかする必要はないけどよろしくね」
「わかりました」
稲倉映見の立場は選手から退いたOG的な立場になっていた。稽古をするのもストレス発散の意味合いもあるがそれ以上に後輩達のためにと云う想いも強いのだそのことに嘘偽りはない。その中でもさくらとの稽古に力が入るのは、元女王としてのプライドそして・・・女子大相撲入門を公言していることへの無意識の嫉妬・・・・。
--------女子大相撲協会西日本支部広報 新崎一花 自宅---------------
「水曜日に西経の方に」と一花は電話で・・・。
「十和田富士さんも名古屋空港十六時着の飛行機で来るから悪いけど迎えに行ってくれ、稽古終わったら稲倉と十和田富士さんを宿泊先で会わせて稲倉に概要だけ云えばいいいから」
電話の相手は女子大相撲協会 理事長 山下紗理奈
「いいんですか真奈美さんに無断で・・・」
「あんまり真奈美に余計なこととかしてもらいたくないんでね、これは医学部卒業後の進路の話だよ、研修医としての一つの選択先の話だよ」
「どうしてそこまで・・・・」
「女子大相撲入門を諦めかけている彼女にチャンスを提供する才能のあるアマチュア選手を見す見す逃すのは女子大相撲にとっても女子相撲界にとっても損失だからね」
「葉月さんですか?」
「・・・・・」
「すいません!口が過ぎました・・・」
「いいよ一花の云う通りだから」
「理事長・・・」
一花はあの時の木曾での実技講習会は行ってはいないが葉月と理事長が訪れたこと、そして偶然とはいえ元十和田富士が来ていたことそして葉月が十和田富士さんを名古屋空港まで送ったこと・・・。
「私が部屋を持たなかったのは弟子を持ったら感情が入り過ぎると想ったからだよ。だから部屋は持たなかったんだ。だからその代わりとして女子大相撲の発展の事だけを考えた・・・そんなところだよ、でもゲストで呼ばれた北海道での大会で葉月を見てね自己流で荒削りな相撲だったけどこの子は女子大相撲でも世界でも通用するって・・・最初はね気さくに談笑ではないけどサラッと入門の誘いではないけどそんな話もしたんだ。
でも彼女ははなから女子大相撲に来る気はなかった。そんな話をしているちに私もちょっと熱くなってね、でもまぁしょうがないかってね想って帰ろうとした時の葉月の一言がどうしても気に入らなかったんだ」と紗理奈
「一言?」
「私は西経の倉橋さんの下で相撲をして全うしたいって云われてね、そのことにイラついてね・・・いま思うとくだらないと想いつつも有能なみんなアマチュアはやめてしまう確かにあの頃の女子大相撲は過渡期だった、今思えばだけど」
「その過渡期に葉月さんが・・・・」
「女子大相撲界は運がよかった・・・そんな云い方はある意味葉月を愚弄していたんだよ」
「でも、今は感謝してらっしゃいます。ただ女子大相撲のために力士以外での活躍を望んでいらした理事長にはつらいことでしょうが」
「結果はどうであれ、稲倉の去就が決まったら理事長を辞める」
「えぇ、」
「本当は葉月が去るときに私も去りたかったけどそうもいかなかったしね、私の仕事としては稲倉を女子大相撲に入れる、勿論それは稲倉が望むならだけど・・・そしてそのことに葉月を間接的でも関わらせてあげたいんだ。あれだけ稲倉にこだわっていたんだから」
「理事長・・・」
「私にとっての相撲人生は葉月山なんだよ!桃の山でも自分自身である妙義山でもなく・・・彼奴の事だから断るだるけどな・・・。まぁそんなところだけど今回はあくまでも偶々、十和田富士さんと会わせる機会があって事だけでいい。そこらあたりは十和田富士さんもよく理解してくれているから」
「会ったとして稲倉に秘密にするように云いますか?」
「真奈美からしたら断りなしに会わせたことは面白くないだろうけど、それもあるんだけど十和田富士さんにいらん憶測が立つのも困るだろうし、そこのところはあなたに任すわ」
「わかりました」
「今回はあくまでも卒業後の研修医の選択肢の提案って事でいいわ」
「わかりました」
----------東京 【辰巳館】------------
初めてできた女子大相撲のための相撲会場。それは女子大相撲の悲願であった。紗理奈は土俵下の控え力士が座る場所に胡坐をかき土俵を見る紗理奈。
年二回の興業も三回に増え、世界ツアーも始まり初代総合優勝は見事、娘の妙義山が輝いた。アマチュア女子相撲も大会も増え、それは紗理奈が思い描いた事・・・・でも。
非常灯・誘導灯の明かりだけが点く深夜の館内。そんな紗理奈の心に空いた穴はジグソーパズルの欠けたピースのように・・・。
(お前がもう競走馬の世界で生きていることは重々承知してるよ!でも・・・お前にはもう未練はないのか!)




