砂の女王 ⑧
「すいません何かお呼びたてすることになってしまって」と葉月
「いえいえいとんでもない葉月さんがご自宅に招待してくれるなんて多分最後でしょうから」と答えるのは遠藤勝、美香の旦那である。
「多分ではなく最後ですから、もう来月には日高に帰りますのでもう戻れるところはないので」
「そうですか・・・残念だな本当に・・・本当はまだまだ女子大相撲のために、あぁすいませんどうも【綱を締める女】の作者としては・・・」
「今度は競走馬の方でお会いすることも多いでしょうからその時はお手柔らかにお願いします」
「そうか、そっちの方で会えるのか・・・」
「遠藤さんにはこの前の大会で色々助けて頂いたし感謝してます」
「あれは美香ですから私はパシリですから、横綱と前頭の格の違いは永遠に・・・ってところです」
「よく云いますよまったく」と葉月は笑いながら
カウンターテーブルには葉月が魚市場の朝市で仕入たスズキをメインに手料理が並ぶ。
「葉月さんの手料理を頂けるなんて、料理されるんですね?葉月山さんの時は全くプライベートは見せてくれなかったから・・・・」
「ここだけは自分だけの空間だけにしたっかので、力士辞めてからもしばらくは・・・」
葉月山が椎名葉月で居られる場所がこの自宅だった。葉月山と椎名葉月は別人格などと自分にいい聞かせ、ここだけは椎名葉月でいたかったのだ。その割にはトレーニングルームで相撲の基本動作を夜遅くまで納得するまでやっていたくせに・・・。本当は相撲を一番愛していたそして四股名【葉月山】も、それでももう相撲は終わりにする!そこに意味などないのに・・・・・。
「美香から聞いたけど百合の花さんが買ったって?」
「百合に花に無理矢理買わせました。それに医師の瀬島さんと結婚を前提に付き合っているようですから」
「そうですか、百合の花も葉月さん並みに浮いた噂がなかったですからねぇ」
「遠藤さん知ってますよね?この前、美香さんから横綱美瑛富士関が私との関係を遠藤さんに相談されていたみたいだって聞いて?横綱が本気であることはわかってはいましたが・・・」と葉月
「余計な事を・・・美瑛富士関は本気でしたよ確かに、でも葉月山さんは似合わないって云ったんですよ、本気の恋をしたら横綱は終わるって・・・。年下でましてやあなたは女横綱として昇進したばかり、美瑛富士関に云ったのは葉月山を潰す気かって・・・・
美瑛富士関と私の相撲の実力は雲泥の差だったけど子供だったんだよ美瑛富士関は純粋なぐらいに、本当にあなたのことが可愛くてしょうがなかったんだよ、でもあなたが大人の対応してくれたから短かったけど名横綱でいられた。奥さんは旦那が葉月山に熱を上げていたのは知っていたんだろうそれでもあえて知らないふりをした、それはそれでなかなか肝も据わってた。さすがは横綱の奥さんだよ、あえて葉月山に売ったところなんて・・・」
「やっぱりそうでしたか・・・」
「でも、あなたが美瑛富士関以上に活躍して結果を残したことは奥さんだって悪い気はしないだろう?あなたが去った後は百合の花が住むのなら尚更」
「百合の花は私の後継なんです、そして私ができなかった部屋をもって力士を育ってもらえれば、その才は私よりありますから」
「力士を育てるか・・・女子学生横綱の稲倉映見をあなたが育てた稲倉を見て見たっかったと云うのはあるけど。できないものは仕方ないけどねぇ・・・」
「・・・実は」
葉月は、十和田富士関から提案された稲倉映見の女子大相撲入門の方法を話し、そのことで葉月自身が実業団全国大会優勝のために指導に加われと・・・・。葉月自身二年後は【中河部牧場】の二代目の妻としての生活があるはず、その合間に指導なんて、そもそももう女子大相撲界からは決別して者がアマチュアとはいえ指導するなんてあり得ないあるはずがない!そう自分に言い聞かせている。そうでないと・・・。
「そんな手がありましたか、確かに医師の国家資格を取得した後に考えるのは理想的ではあります。少なくとも最低限の稽古は維持して、卒業後、実業団でみっちり稽古ができれば実業団で優勝することは難しくはないでしょうけど稲倉本人はどう想っているのか?」
「稲倉は学生選手権か日本選手権で勝って同時に医師の国家資格を取った上で考えたいと・・・」
「本人に云いました?」
「いいえ」
「倉橋監督には?」
「いいえ」
「云ってないのですか?」
葉月は、旦那である濱田光から妻には云わないほうが良いと助言を受けたことで迷っていることそして自分の事も・・・。
「濱田光って・・・」
「学生時代、相撲をやられていたことは聞いていますが・・・」
「そうか・・・相撲は強かったよでも途中でやめてしまったんだよ」
「怪我ですか?」
「表向きはね」
「表向き?」
濱田光は高等専門学校から旧帝大と云われている大学に編入をした。当然、相撲は続けたのだが相撲部の監督と大相撲入門で揉めたことがあったのだ。光自身は大相撲に行くつもりはさらさらなく、あくまでも大学相撲の一環として、そんな時、監督と旧知の仲のある相撲部屋の親方と光を大相撲に入れる見たいなことが話になったのだ。最初は軽く受け流していた光ではあったが、相撲部屋の親方の誘いは日増しに強くなる」
監督に相談すれば「すぐにでも幕内でも通用するお前が大相撲に行かないのはおかしいだろうもったいない」の一点張り。そんな時、決定的な出来事が起きた。
監督と親方から食事に誘われた光。目的はわかる大相撲への誘い・・・。酒も入り、おのずと語気も強くなる。親方の誘いをやんわり断っていた光ではあったが・・・。
「大相撲は考えてないので」と光
「実力のある者が行かないと云うのはどうなのかね?」と親方
「卒業したら起業を視野に考えているので」
「起業?・・・」親方はくすくす笑うような表情を見せる
「何が可笑しいんです」とイラついた表情を見せる光
「頭がいいと大相撲なんかくだらないか・・・ぁっ?」
「・・・・」
「図星か・・・」
「そんなことは・・・」
「好きな力士とかいるんか?」
「鷹の里関です。鷹の里関の相撲理論は科学的根拠に基づいたうえで現役力士での実践的な解説は凄い参考になります。尊敬できる力士です」
「鷹の里ねぇ・・・まぁせいぜい関脇止まりだろうよ!理論だがなんだか知らないけど相撲は結果だから,おまけに奥さんが女子大相撲の力士だっけ?全く大相撲からしたら迷惑以外の何物でもないわ大相撲だとか云うだったら廻し一つでやれよ!(笑)鷹の里も学生横綱は大したもんだがまがい物見たいな女に恋をして結婚してるようじゃ先はたいした事ねぇーよ」とぐい呑みで日本酒を・・・。
「今云った事本気で云っているんですか!」と光は押し殺した声で
「はぁ?、なんだよ、なんか云いたいことでもあんのか?」
「相撲に男・女があるんですか、そんな考え方しかできないのなら大相撲は衰退しますよ!海外の女子相撲の人気を考えれば日本は遅いぐらいです。その足かせは男の大相撲の姿勢にあるんじゃないですか!」
「濱田!」と監督
「ずいぶん偉そうに云ってくれるな、大相撲は男の世界なんだよ!お遊びの女相撲に大相撲なんか名乗る資格はこれっぽちもねぇんだよ!わかったかインテリ気取りのお子ちゃま・・・」と親方は苦笑しながら・・・。
「大相撲なんか所詮下衆の集まりか・・・」と光
「なんだと・・・こっちが気を使って一席設けたのにそこまで云われちゃな」と光を睨みつける親方
「濱田!親方に謝れ!早く!」と監督
「大相撲に行く気はさらさらありませんので、それと鷹の里関さんをその程度の認識でしか見れないのなら、本当に大相撲にとって必要な人材は大相撲なんかに行きませよ!失礼します」と光が帰ろうとした時
「こっち向けや!」と親方
光が振り向いた瞬間、親方はコップに徳利から移した熱燗を光の顔めがけてぶちまけたのだ。
「何すんですか!」と光は今にも手が出そうに
「大相撲はアマチュア相撲じゃねぇ、鷹の里は確かに強いよそして頭もいい、でもなあいつには泥臭さがねぇんだよ!彼奴は横綱まで行ける素材だよだけどな彼奴は優しすぎるんだよ!あの妙義山とか云う奥さんだよ大相撲に偉そうに物言いを云うような態度しやがって、それを鷹の里は代弁者見たいに協会幹部に意見しやがって、そんな奴は大相撲の世界じゃ上にはいけねぇよ!お前もな!」
-------リビングルーム--------------
「色々噂はあったけど相撲部を退部したんですよ、結構大相撲の方からも注目されていたし、行くのかなと思ったけどいつの間にか消えたって感じだったよな。退部と云うより追放見たいな話もあったしいまだに不可解ですけどね。でも、倉橋さんの旦那が濱田とは・・・それに相撲クラブをやってるって面識はないけどなんか嬉しいな」
「濱田さんと遠藤さんは馬が合うと想いますよ」と葉月
「馬だけに・・・」と勝
「おじさんくさいですよ」
「おじさんなんで」
遠藤勝から引退後に何本かの執筆を頼まれ、遠藤のスポーツドキュメント専門サイトで女子大相撲関連と競馬関連の読み物を連載で頼まれ書いているのだ、物書きの仕事などしたことはなかったが遠藤のキツイ指導の元?なんとか読むに堪えるものは書けたと・・・。遠藤自身は葉月が日高の生活に慣れ落ち着いたら、競走馬関連で連載を打診されているが・・・・。
「濱田さんに稲倉の指導に係われば女子大相撲界から去ったことに絶対後悔するって」
「絶対後悔するか・・・でも係わらなくても少なからず後悔しますよ、だったら彼女のために直接できなくても力になってやるべきです。その前に本人がどう思っているのかですが、もし、行くとすれば実業団での優勝一発勝負、それが最良だし体力的・精神的に負担は少ないとは思いますけどね。本当の意味の一発勝負!千秋楽の優勝が懸かった大一番!勝っても負けっても彼女にとって財産になる、それはあなたにも」
「私?」
「初代妙義山が東京から何回も函館に足を運び、あなたに稽古を付けた気持ちがわかるんじゃないんですか?高校生でましてや女子大相撲入門なんか考えたくもなかったあなたに賭けた想い!それを知った時、多分後悔するでしょう女子大相撲界から去った事を間違いなく」
「・・・・・」葉月に返す言葉がなかった。初代妙義山が毎週と云って良いぐらいに函館にやってきて稽古を付けた。それは稽古ではなく葉月からしたらリンチまがいの・・・。あれだけされたら大相撲に行こうと想う奴は100%いないそれなのに私は飛び込んだ。先の展望など見通せない漆黒の夜空、果てしなく深く、そしてのみこまれればもう沈むだけの大波の海へ・・・。
(初代妙義山の気持ち・・・・)




