砂の女王 ⑥
最終12レースが終わり葉月はゴール板を見ながら一息といった感じ、で隣は何をする人ぞ・・・・。
「どうでした結果は?」
「はぁ?、とりあえず帰りの新幹線代ぐらいは死守しましたよ!」と光はいまいち機嫌がよろしくない
「いいじゃないないですか赤になってないのなら?」
「税金払ってやるぐらいの払い戻してやろうと想ったのに!」
「よく云いますよ全く」
「だからPATとかしない!」と光
「そんな具体的な・・・・」
「ところで葉月さんは?」
「濱田さんと同じぐらいです」
「何が同じぐらいです・・・べらぼうに儲けた人が云いそうなセリフですよね?」
「もうそんな云い方・・・口座に入れたくないぐらいです」
「・・・・」(かっーーー可愛くねえ!)
時刻は午後9時
「駐車場出るのも時間かかるから少し遅れて出ましょうすいませんが品川まで乗っけて行ってください、10時07か10の名古屋行きに乗りたいので」
それを聞いた葉月はおもわずクスっと笑ってしまった
「なんですかそれなんか感じわるいなー」
「すいませんさっき真奈美さんとの電話の時、濱田なら新幹線の時刻はわかってるからって」
「やめた。今日は葉月さんの家に泊めてもらって明日帰ります!」
「はぁ?、」
「真奈美のやろう・・・」
濱田光は見た目は大人でも中身は子供と云うか要するに面倒くさい中年オヤジなのだ。多分、真奈美はそこに惚れたのだろうと葉月は勝手に妄想しながら・・・。
場内の人並も大分まばらになり二人がいるフロアーも人影はパラパラという感じ。
「じゃー濱田さん行きますよ」
「葉月さんの家にとまちゃだめー・・・ごろにゃん」と光
「ダメです!」
冷たくあしらう葉月ではあるが本当は色々相談したいこともあったが・・・。
二人はエスカレーターで一階へ下り駐車場へ、多少駐車場は出口で詰まってはいるが待たずに出れそうである。運転は濱田にお願いした。
CX-5は競馬場通りから海岸通りを品川方面に流す。
「今度、12月の第一週中山に行く予定なんで遊び行ってもいいですか?」と光はなんの中途もなく云いのける
葉月は一拍間を置き・・・・。
「10月にはもう引っ越すので・・・・」
「えっ、あぁぁ・・・そうかそうですよね・・・日高に?」
「えぇ、いつまでも東京と北海道行ったり来たりと云う訳にもいきませんしある程度残務整理ではないですが目途がついたので・・・」
「そうですか・・・じゃーあの家は売りに?」
「女子横綱の百合の花に買ってもらいました。あの家はできれば女子大相撲の力士に買ってもらいたかったので・・・」
「百合の花か、いい相撲するんだけどいまいち華が薄いと云うか、でも嫌いじゃないですよ彼女の相撲」と光
「華が薄いって・・・私は百合の花が後継だと想ってるんです。彼女のあの気迫がなかったらあの大会での優勝はなかった」
「遅咲きの名馬・・・違うと云う人もいるけどホクトベガなんかダート路線で華が開いた。百合の花ってそんな感じがするんだよねえ、同じく稲倉にも・・・」
「えっ・・・」
本当はそのことで濱田と相談したいと云う想いがあったのだ
「ホクトベガのあの世代って凄いメンバーじゃなかったじゃないですか、トニービン産駒の怒涛の勢いと云うか同世代はあのベガでしたからね」
「ベガか、「ベガはベガでもホクトベガです!!」のエリザベス女王杯ですよね」
「エリザベス女王杯、スタート直後にベガが他馬と接触するアクシデントがすべてですあそこから3着まで持ってきたのはさすがだけど・・・その意味ではホクトベガはついていたのかもしれませんが勝負は勝負ですからね、その意味では映見も運が良かったと想ってるんです」
「運がよかった?この前の大会は運が良かったから勝てたってことですか!」と少し憮然とした表情の葉月
「映見の相撲は完成されているだからもう伸びしろがない、その意味では石川さくらの方が将来性がある。あの大会での高校生起用はそういう意味もあっての起用だった。そうですよね?」
「あの時は確かに・・・」
「映見は中・高とライバルと云えるようなは相手はいなかった。だから基準は国際大会なんだけど国際大会は紛れも多い、それでも勝ち上がって来たけど一回表彰台を外しただけでガタガタになる様を見てまだまだ子供だってね・・・。
二歳馬なんかウマごみに入れてそこで揉まれてもそこを突き破らないと先がない、私はね相撲クラブみたいなものをやってるけどもちろん選手として活躍してくれるのは嬉しいけど、トップクラスの選手を育てようとかましてや力士を見据えてなんってことは考えていない、トップクラスの素地を持っている子供は自分で考えて行動する。映見がある意味完成してしまった選手と云われるのは、相撲の技術的な物が完成しているんじゃなくて素材そのものが高いんです。
旨い食材はそのままが一番美味しいならその食材はそれ以上の旨さにはならない、その食材に手を加えてその上を目指すのかはたまた現状未満に落ちるのか・・・」
「濱田さん・・・」
「ホクトベガがエリザベス女王杯で勝ったのはフロックと云われながらも札幌日経オープン、札幌記念と連勝はしたけど古馬の牡馬との対戦は斤量面で明らかに不利だったし牝馬同士でも同じだった。その後もいい勝負はしてたけど」と光
「そして、川崎記念の圧勝・・・」
「でもまた欲かいて次走から重賞5戦して連に絡んだのは福島記念G3だけそれでやっとダートに本腰を入れた・・・・女子相撲の関係者から映見の女子大相撲待望論なんか人伝に聞こえてくるとなんかね・・・」
光の運転するCX-5はテレ東の天王洲スタジオを天王洲橋を渡る。左手の岸壁には東京湾から戻って来たであろう明かりを点けた屋形船が停泊している。しばらく無言が続く、車は港南二丁目の一つ手前の信号を左折すると品川駅まであと僅か。その時、葉月が突然!
「映見の事で話しておきたいことがあります!」
「えっ?」
光は車を路肩に止めハザードを点ける。
「映見の事って?」
葉月は女子大相撲協会理事長である山下紗理奈から提案された女子大相撲入門方法を説明した。本来なら、映見自身や大学相撲部の監督である真奈美に真っ先に話すのが筋なのだが・・・。光はその話を無言で聞いてはいたがあまりいい気分はしなかった。医師免許を取得し大学卒業後実業団から女子大相撲入りする、入門条件に実業団全国大会での優勝と云う壁はあるが・・・。
「協会はそこまでして映見を入れたいですか?」と光
「この話は、昨日初めて聞いたんです、それにこの話はあくまでも理事長の妄想であって協会がどうのとは違う話だと・・・」
「真奈美、そのことになんって?」
「・・・まだ話してません」
「話していない?土日一緒にいてましてや宿に泊まったにも関わらず・・・話すチャンスはいくらでもあったでしょう?」
「私も昨日の午後聞いたので、それも十和田富士さんから・・・」と葉月
無音の車内にディーゼルエンジンの重くも軽くハミングしているようなエンジン音
「真奈美は蚊帳の外か・・・」と光はポツッと
「・・・・」葉月にその先の言葉がなかった。真奈美に内緒で事を進めるつもりなどないし、そもそも自分が映見を指導するしないの話だって、それはあくまでも紗理奈の妄想の話であって・・・。
「それでいいんじゃないですか」
「えっ、」
葉月にとって意外だった。光から見れば自分の妻である真奈美を蚊帳の外にして勝手に事を進めるような事しているのに意外とあっさりと云うかまるでそうなることを望んでいるかのように・・・。
「真奈美も映見が卒業すれば一つの区切りをつける時だと思います」
「濱田さん」
「真奈美からすれば映見を育てたと云う自負がある。まして国内はおろか世界でもトップクラスの成績を上げてきた。それであいつの役目は終わりです。その意味では映見に出会えたことは幕引きには相応しいんじゃないんですかね、真奈美が卒業すればもう映見は真奈美のテリトリーに置いておけないわけだし・・・まぁその決断をするのは映見本人のわけだし、それで当の本人はなんて?」
「濱田さんはそう云うこと聞かないんですか?」
「映見は真奈美の部員なのでそれに先の事は自分で決めることですから相談されれば別ですが・・・」
「映見さんは迷ってるようです。私にも相談されましたでもちょっとキツイこと云ってしまって、二十五歳で入門して何年相撲ができる?って別にそんな云い方なんかする必要はなかったのに後でフォローするような事云って、でもそれは私の本音なんです。医師免許を取ったとしてもその後に何年かの研修をしないといけないそうでだとしたら女子大相撲に入門してその大事な時間を無駄遣いするのなら・・・」
「葉月さんはこの20年近くの力士人生無駄な時間を過ごしてしまったとお思いですか?」
「私は・・・・」
やむなくやるしかなかった選択の余地などなかった!夢も希望もそれすら考える余裕もなかった。生きていくためただそれだけだった。力士になり頂点である横綱になることすらも考える気持ちにもならなかった。ただ生きていくためだけに先の見えない悶々とした空間のなかで見えないものと葛藤していた。そんな自分がいつの間にか女子大相撲の世界を引っ張てきいた。そして20年近くが経ち女子相撲は世界的一つのスポーツとしてそして一つのスポーツビジネスとして、そして自分も・・・。
絶対横綱と云われ日本のみならず世界からも尊敬される存在になれたのに私はこの世界から去る、そして、騎手は断念したけど競争馬のビジネスに遅まきながら10代に想っていたことに、やっと・・・
「私にとっての力士人生は時間の」
「あっあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「なんですか!急に今私が!」
「葉月さんすいません最終の名古屋行き出ちゃいました」
「えっ、・・・」
車内の時計は10時10分
「はぁ~全く。なんなんだよ」と光はポツリ
「今のは私の事云ったんですか?」と葉月
「はぁ?・・・ったく」
「なんですか今の云い方・・・なんとなくわかりました」
「はぁ~」
「奥様の真奈美さんのご苦労が!」
「・・・・・・」
光は夜行バスを検索するも空席なし、近隣のホテルなし・・・・・。
「見つかりましたか!」
「・・・・・・」
「泊めてやりましょうか」
(やりましょうかだと!)と想ったが・・・・。
「すいませねぇ、こんな事になるなんって・・・」
「運転替わります」
「いえいえとんでもない、もう私は今日は私、葉月さんのヒモになりますんで!」
「ヒモ?私がなんで濱田さんを養うんですか?それを云うのならパトロンですよね?パパとか呼んじゃいますよ」と笑みを浮かべる葉月ではあったが・・・。
「パパってもうちょと若いならまだしも・・・あっ」
「すいませんね年増な女で!」
「・・・・・真奈美よりは・・・ねっ・・・えぇもう黙ってます」
CX-5は芝浦の入り口から首都高羽田線から京葉道の原木まで、会話弾まず・・・。




