砂の女王 ①
葉月のCX-5は名鉄小牧線の踏切を渡り,中央公園の駐車場に車を止め降りると園内案内図を見て相撲場の位置を確認して歩きだす。日曜日の夕方の園内の水銀灯に灯が入る。ランニングをしている者、サッカーやテニスなど楽しんでる人などなど、日曜日の夕暮れ時、夏休みの期間中と云うことで子供も多い。
葉月はそんな園内を抜けていく。そして視線の奥に明かりのついた平屋の建物が目に入る。
(ずいぶん立派なのね・・・)
外から相撲場の様子を窺う葉月。中では一人の男性が土俵を竹ぼうきでならしている。がっちりとした体形ではあるが多少お腹は出ていますと云う感じで・・・・。相撲場にいる男性は最初は無視と云うか気づいていないような素振りを見せていたがさすがに葉月が中を熱心に見るものだから竹ぼうきを土俵に置くとガラス窓開け、「何か?」と葉月に声をかけた。
「あっいぇ、ずいぶん立派な相撲場だなって思ったものですから」
「相撲に興味があるんですか?」
「えっ・・・まぁそれなりに・・・」と葉月はおもわず
「といういか相撲やってましたと云うか・・・」
「えっ・・・」
「いや、ここの相撲場で相撲クラブの指導者をしてましてつい体格の良い人を見てしまうと何かスポーツをやっているのかと見てしまって」
「あぁぁ・・・」
(指導者って、真奈美さんの?)
「あぁ、元力士で・・・・」
「元力士!?」
「あぁ、真奈美さんには色々とお世話になりまして・・・」
「真奈美?なんで・・・」
(あぁ、別に隠すことじゃないんだけどまさか旦那さんと会うなんって・・・)
「あぁ、元葉月山の椎名葉月と申します」と軽く頭をさげた
「えっ・・・・。あぁ・・・いやーなんだか・・・すいません気が付かなくて、と云うかなんでこんなところに?」
葉月は昨日郡上の相撲大会に行ったことからここまでの経緯を説明した。倉橋真奈美の夫となった濱田光からすればこんなところに絶対横綱の葉月山が来ることなんかあり得ないし少なくとも映像としてイメージする葉月山とはだいぶ違うと云うか・・・・。
「稲倉さんがどんなところで相撲をしていたのかふと思ってしまって、名古屋空港から意外と近いのでちょっと見て見たいと、ただ真奈美さんの旦那さんと会うなんて想ってもいなかったですけど」と葉月は笑みを浮かべる。
「それは私も同じですけど意外とスッキリした体形なのでわかりませんでした」と光
「旦那さんなら奥様から聞いているでしょうけど日高の【中河部牧場】に嫁ぐことになりまして・・・少し健康のためにダイエットを・・・・」と笑いながら
「中河部牧場と云えば【モンテプルチアータ】だよね女傑とか云う人は多いけどそれは違うね、内に秘めた強さと云うか、確か初年度産駒で桜花賞馬を出したと思たら京都の嵐山Sから菊花賞の優先権取った【マジックトルクティ】なんか菊花賞五馬身のぶっちぎりだからね、確かモンテプルチアータの方にサマーリーフも入っていたよね確かノーザンテーストの子供の?」
「スノーホワイトです春の天皇賞と有馬を勝った」
「あぁスノーホワイトだ・・・・さすがは馬娘」
「・・・相当に歳いってますけどサマーリーフ並みに」
「サマーリーフは椎名牧場の・・・あっ、すいませんつい・・・」
「もう過去の話ですし・・・」
日が陰りいくらか涼しい風が吹いているようにも感じるが・・・・。
「中に入ってもいいですか?」と葉月
「えぇ、もちろん!」
葉月は入り口から素足になり土俵に、久しぶりの砂の感触は足裏を刺激する。大会終了後は自宅のトレーニングルームに入ることもなくなった。相撲に関心が無くなったのではなく、また相撲に気持ちが戻るような気がして・・・・。葉月は鼻で相撲場の空気を吸い込む。少し湿気をおびた空気感と独特の匂いが葉月の心をくすぐるように・・・。
「映見のいた頃は屋外だったんです、それが公園の整備事業で相撲場も屋内式に意外と利用が多いんですよ、今日は体験教室で普段は日曜日は教室は開いてないんですが特別に」と光
「私が始めた頃はこんな相撲場なんかなかったですけどね、神社とか学校の砂場の近くにあったりしてどちらかと云うと日陰の場所と云うか」
「私の頃もそうですよ」と云いながら土俵を竹ぼうきでならしてゆく・・・。
そんな事をしていると裏口から大柄な女子学生と思しき人物が入ってきた。
「用具の片づけ終わりました」
「あぁ、ありがとう沙羅今日は休みなのに悪かったね、て云う訳ではないけど沙羅、サプライズゲストが来てくれたぞ!」
「サプライズゲスト・・・ですか?」
「こちらの方、当然わかるよな?」と光
「初めまして」と葉月はにこやかな表情で沙羅を見る
「・・・・?」
(えっ・・・誰?すごい綺麗だけど・・・でもなんか体格が良すぎる・・・力士?)
「沙羅、わからないのか・・・それはかなりマズいぞ」と光は笑いながら、自分はわからなかった癖に・・・。
「葉月山さんですか?」
「元葉月山の椎名葉月です、いい体格しているわね、高校生?」
「中学二年です。西経大学の倉橋監督にも同じこと云われて」
(真奈美さんも指導に来るの?)
「沙羅、せっかく葉月山さんが来てくれたんだから色々聞いて見たら」と光
「えっ、突然云われても・・・」と沙羅は困惑気味
「いいわよ何でも聞いても」と葉月
沙羅は俯きながら・・・。
「葉月山さんが相撲部屋を持ったら絶対に行きたかった・・・」と沙羅は小さい声で・・・。
「・・・・」葉月は沙羅の問いに持ち合わせている答えをもっていなかった。みんな私に気を使ているのか面と向かっては絶対に云わない。正直、こんなストレートに云われたことはなかったのだ。
「沙羅さんは女子大相撲を目指しているの?」と葉月
沙羅は俯きながら首を縦に振った。
「そうか・・・」と云うと葉月は沙羅の頭を撫でる
「でも・・・先生に葉月さんが女子大相撲に入門した経緯を聞きました、私、全然知らなくて」
「・・・」
葉月は光をふと見る。光は葉月に視線を合わさないかの様に外を見ている。葉月は小さく息を抜く
「沙羅さんは相撲で誰か目標としている人はいるの?」
「稲倉映見さんです。稽古も何回もつけてもらって・・・」
「稲倉に?」
「はい!映見さんが一番調子が悪い時だったですけど全然歯が立たなくて、やっぱりレベルが違うと云うかやっぱり凄い人です映見さんは」と葉月の顔を真正面に見据え。
「そうか、沙羅さんは映見に稽古をつけてもらったことがあるのか・・・いい経験をさせてもらったわね」
「正直云うと先生との稽古ではほんのちょっと物足りないと云うか・・・」と葉月の耳もとで囁くように・・・。
「そんな事云って・・・・先生に云っちゃうわよ」と小声で
「ダメです」
「冗談よ」と葉月は光を見ると腕組みをしながらこっちを見ている
「なんだよ、なんか二人でこそこそどうせなんか俺の悪口でも云ってたんだろう?」
「バレてる・・・」と葉月と沙羅は笑いながら・・・そんな光もニヤニヤしながら
足に伝わてくる砂の感触が葉月を刺激する。力士として戦てきた土俵の砂の上で冷静でいられるわけがない。自宅のトレーニングルームに入らなかったのは絶対にこの感情になるから・・・。
「先生、少し沙羅さんに稽古ではないですけど少し体を合わせたいんですけど・・・」と葉月
(稽古?私に・・・・)と沙羅は葉月の提案に少し驚いた
「私はいいですけど、でも廻しも着替えも用意がないですし」と光
「葉月さん!私の着替えと廻しを使ってください!先生いいですよね?」
「私は構わないけど葉月さんいいんですか?」
「沙羅さんと出会ったのも何か偶然でもないような気がするし・・・」
「わかりました。沙羅、葉月さんを更衣室に案内して私は管理に使用の延長の手続きしてくるから」
「はっあ、はい!」と沙羅の表情が一変すると沙羅は葉月を更衣室に連れて相撲場を出ていった。
光は沙羅に葉月山の女子大相撲に入門した経緯を以前話したことがあったのだ。ある意味での家庭の事情で入門しその後,葉月を残してこの世を去ってしまったことも光は話したのだ。沙羅は特に葉月の過去を調べることには関心はなかったのだが・・・・。沙羅の方から聞いてきたので話したのだがそれは沙羅にとってはショックだったようで・・・・。
「葉月さんにそんな過去があったなんてしらなかった」
「沙羅、葉月さんも色々あるんだよ。絶対横綱には順風満帆ではなれなかっただろうな、ある意味で葉月山は精神的支柱であった家族を失ったことでもう自分しかいなくなったそれが葉月山が絶対横綱になれた原動力だったんだよ皮肉だけど・・・」
「葉月さん・・・」
「沙羅は葉月さんのことを女子相撲界に残らなかったことにある種の裏切りみたいに思っているかもしれないけど葉月山は十分に女子相撲界に貢献してきたし世界にもな」
「でも映見さんだって本当は・・・がっかりしてると・・・」
「映見は葉月山の大ファンだしな・・・でも映見は医師になることが目標だからでも力士で活躍したい想いがあるのはなんとなく感じるけど」
「先生は映見さんが力士になることに反対なんですか?」
「えっ・・・」
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もう、映見はうちの相撲クラブにはいないし、所属は真奈美の大学相撲部だし確かにうちの相撲クラブに来ていたこともあったがその時でさえ映見に力士入門の話はしたことはなかった。それは映見本人の問題だから。
(葉月山さんは映見の事、どう思っているのだろうか?偉大なる葉月山は・・・・)
そんな事を想いながら相撲場を出る光、もうじき日没を迎える時刻は午後6時30分。
(絶対横綱【葉月山】偉大な女性力士ではあったけど私はモンテプルチアータに華麗な手綱さばきで騎乗したあのサイトの写真があなたの本当の姿だと思いますよ)




