四股名を受け継ぐ者へ ⑥
葉月の運転するCX-5は一路中津川ICから中央高速を名古屋方面へ向かう、空には黒く厚い雲が、いきなり雨でも降らすかのように・・・。
「よかったの私を乗せて?」
「理事長は協会の車で帰るそうですから」
「でも、紗理奈と何か話すことかあったんじゃ・・・」
「そもそもが理事長と会う何って考えてもいなかったので」
「あなたは東京に戻るはずなのに私の都合で・・・」
「気にしないでください、どうせ私は暇してるんで」と葉月は苦笑しながら・・・。
美紀は偶々、塩尻の友人と会う約束で訪れ名古屋の飛行場から青森へ帰る途中で寄っただけなのだ、もちろんこの講習会の事は知っていたけど寄るかどうかは最後まで迷ってはいたのだが・・・。
「それに十和田富士さんとは一度も対戦どころか話をしたこともなかったので、過去の取り組みのアーカイブを見て十和田富士さんのような相撲の豪快さは私にはなかったので、ちよっと憧れもありました」
「豪快って、それは幕下の時の話ね、あの頃はただがむしゃらにやっていただけだからただ体格に物言わせていただけだったんだよ、それでも周りが評価してくれるもんだからね、本当はもう少し色々技術的なことも頭に入れてやるべきだったんだ。紗理奈とのあの一戦ももう少し考えてやれば勝てたしあんな大怪我はしなくて済んだ、多分ね・・・・」
「理事長のこと恨んでます?」
「現役の時は、そんな感情はなかたんだ仕方がないことって、ところがなんとか三役まで上がって関脇から大関を狙うところまで来た時にもう限界だった。その時には紗理奈はすでに不動の横綱でとてもまともに相撲やって勝てる相手ではなくなっていて・・・なにかその時からもう相撲はいいやと思ったのとあの怪我さえなけりゃってまぁ負け犬が何云ってもはじまらないけどね、ただ引退したらもう相撲には係わる仕事はしないってすでに結婚していた旦那と約束していたし・・・まぁ引退の仕方が誤解を生んだのは紗理奈に悪かったとはおもったけどね」
「怪我をされて以降の相撲は確かに豪快さはなりを潜めてしまった印象でしたがその分相撲が緻密になられて、学生の時は参考にさせてもらいました。あっ、すいませんなんか大先輩に偉そうに・・・」
「いやいや、絶対横綱【葉月山】だったあなたにそう云ってもらえるの嬉しーと云うかなんか気恥ずかしいねぇ」と笑みを浮かべる。
CX-5は小牧JCTから名神へ小牧北ICから名古屋高速へ
車内の会話は十和田富士と妙義山が現役当時の話を美紀が饒舌に喋ってくれた女子大相撲にとって一番苦しかった時代の話は葉月にとっては知らないことばかりであった。その苦闘があって葉月山も存在するのだ。
CX-5は名古屋高速豊山北を降りしばらく走り左折ししばらくすると正面に名古屋空港が見えてきた。
「飛行機の時間18時30分でしたね?」と葉月は車内の時計を見る。時刻は17時ちょうどを表示している。
「あぁ、まぁ空港内をぷらぷらするよ」と美紀
空港正面の一般車用の降車用の車寄せに止める。幸い車寄せには一台も止まっておらず正面玄関に一番近いところに止めることができた。
「荷物降ろしますね」と葉月はドアノブに指をかけた
「葉月さん」と美紀は急に改まった口調で
「はい?」
「稲倉映見の事はどうすればいいと思う?」
「えっ?」
突然の美紀の言葉の意味がまったくわからなかった。車内でそんな話はされなかったし、そもそも美紀さんの口から映見の事が出ることさえも理解のしようがない。
美紀は紗理奈から相談された国家資格取得と大学卒業後、一旦、美紀が監督を務める病院の女子相撲部に身を置き夏の実業団全国大会で優勝し秋に女子大相撲入門に賭けると云う案を紗理奈から打診されたことを説明した。
「紗理奈は彼女に何かを感じたのかね?あの東京での相撲ぷっりはなかなかだった。普通の大学生なら卒業後の春場所からになるけど彼女はさらに二年後だ。実業団から女子大相撲入りしてその後活躍できたのは直近ではほとんどいない、女子大相撲設立当時は別とすれば今のようにレベルが高くなかったし、そもそも女子相撲の競技人口が少なかったからねだから相撲経験があればなれた・・・なんて云うと語弊があるけど・・・」
「美紀さんなんで私に映見の事を・・・理事長に何か云われました?」
「そう云うわけでもないんだけど、ただもし私が稲倉を仮とはいえ少々手に余ると云うか・・・ただそれはもしそうなるとしても二年後の話だし、紗理奈が云っているだけの話だしそもそも稲倉本人に聞いてもいないし大学の監督にも聞いてもいなあくまでも紗理奈の妄想・・・」
「私が稲倉の人生に口を挟む資格はありませんせし、そもそも稲倉は医師になるために医大に入った訳で相撲をするために西経大学に入った訳ではありませんし、常識で考えれば・・・」
「常識?常識って何だい?」
「・・・・・・」
「初対面のあなたにそれも絶対横綱と云われたあなたに云うのもなんだけどもう少し自分と素直に向きあった方がいいんじゃないかい、私も偉そうな事云える立場でもないけど生き方に正解なんかない私だってまさかアマチュアとは云え相撲に戻って来るとは想わなかったし・・・。あなたの過去の事を知らないわけではないけど、結果的にはあなたは女子大相撲に来て正解だった。紗理奈はあんな性格だからあれだけど陰では相当葉月さんを支えていたはずだしあなただって気づいているでしょう?」
「・・・・・」
「紗理奈が自分の娘にあの【妙義山】を継がしたように【葉月山】を生きる四股名として残し継承させたいそれにはやっぱり最後はあなたが仕上げることが必要だと想うよ、もちろん本人が女子大相撲に行かない諦めましたと云うのなら別だけど指導しろとかは云うつもりはないよ、二年後あなただってそんな暇はないだろうし紗理奈からあなたが北海道に戻る話も聞いた。結婚の話も、ただアドバイスぐらいはしてやりなよ、まぁこの話はあったとして二年後の話だけどね」と云うと美紀は車を降りリアゲートを開けスーツケースを取り出す。
「空港内まで」と美紀のスーツケースに手をかけようとしたが
「大丈夫だよ、悪かったね東京に帰るのに名古屋に戻る何ってありえないよね」
「いいえ、美紀さん・・いや十和田富士さんと話ができて楽しかったです」と頭を下げると美紀も頭を下げる。
「頭を下げるのはこっちだから・・・たださっきの話、頭の片隅には置いといてよ紗理奈がこんなことを云うのはやっぱりあなたに未練たらたらと云うか、娘の二代目妙義山よりも葉月山なんだよ紗理奈は,それに稲倉はあなたを彷彿とさせる雰囲気を持っている。あのプロアマの大会は彼女がいなかったら間違えなく勝てなかった。もし彼女が女子大相撲に行ったら四股名を継がすべきだ。もうあんたは少なくとも大相撲からは身を引いたわけだから・・・四股名に拘りがあるかい?」
「いえ、四股名を止め名にしなかったのはそう云うことですから、ただ、もし稲倉が大学卒業後に実業団から女子大相撲入りの選択をしたとしても、私は稲倉のために何かするかは約束はできません。美紀さんのチームから狙うのであればそこは美紀さんがやるべきです。理事長には本当に感謝していますが私は、次の事を選択したんです。子供の頃から描いていた競走馬の仕事を・・・ずいぶん遠回りをしてしまいましたが・・・すいません」
「葉月山は今でもアマチュア学生達の憧れであり目標でありお手本なんだよ。アマチュア学生のなかにはあなたが部屋をもって力士を育てるとおもった選手はいっぱいいたんじゃないかい?その期待を裏切ったなんって云うつもりもないしそんことを云うのはお門違いってもんだ。ただ稲倉は別だろうあなたにとって、紗理奈があなたを最初で最後の愛弟子だとおもって大相撲に連れてきたように、あなたが稲倉を女子大相撲に送り込んでやる最初で最後の愛弟子として,葉月山を受け継ぐ者は相撲の上手さ強さは当然として、品格と風格と云うかそのような雰囲気をあなたはもっていた。力士らしからぬ知的な相撲美と云う言葉なんかないんだけど」
「美紀さん私は・・・」
「みんな寂しいんだろ葉月山が女子大相撲の世界からいなくなるのが・・・でもあんたの過去を知ってる者はやっと葉月が望んでいた人生を歩めるって・・・」
「美紀さん・・・」
「これからの女子大相撲は二代目妙義山を中心に盛り上がるだろうし世界ツアーも始まる。男子大相撲の亜流どころか女子大相撲は世界の女子相撲を引っ張っていくことになる。まぁ話が長くなるからこの辺で今日はありがとう」
美紀はスーツケースを転がしながら空港内へ消えていく。葉月も車に乗り込みスタートボタンを押す。
(映見・・・・)
葉月は何気にスマホを取り出し稲倉映見を検索する。昨日の郡上大会の事がトップでで出てくる。石川さくらとの対戦はこれから何回も名勝負が繰り広げられることだろう。観戦していた女子相撲ファンが個人的にネットに上げている。総じてこの二人の女子大相撲入りを期待する者が多い。
その中に映見が通ていた相撲クラブの事が書いてあった。
(相撲クラブか・・・・)葉月は相撲クラブを検索する。そこからルート検索をかける
(意外とここから近いのね)
葉月はCarPlayに羽黒中央公園を設定し車を走らせる。別に急いで自宅に帰らなければならないわけではないし・・・。
>「二十五歳で入門して何年相撲ができる?女子力士のピークはせいぜい三十手前まで、そこまでに幕内に上がるのは至難の業だと思う・・・・」
>「私が少女の時求めていたのはあなたみたいな生き方だったのよ。自分のしたい勉学に励み相撲に熱中して・・・でも厳しい現実には逆らえなかった。映見!本気でそう思っているのならやってみなさいよ!結果はどうあれ自分に納得しきれるのならやった後悔よりもやらなかった後悔のほうが多分一生尾を引く。遅まきながら私がやれなかった馬の仕事をやってみようとそれと女としての生き方も、少し寄り道はしてしまったけど・・・」
大会で映見がアクシデントで入院したあの夜云った二つの言葉、それは本音。
あの時、私は仕方なく大相撲を選んだ行きたくなかった・・・・そのことは何か負け犬のようで・・・。そんな葉月がアマチュア学生達の憧れであり目標でありお手本だと云われていることに素直になれないことに・・・。
県道27号を犬山方面に北上する。時刻は5時半を既に回ってい、日曜日の夕方に行っても何もやってないかもしれないが、ふと映見の原点を見たくなった。見たところでどうと云うことはないのに・・・。




