プロ志望 ①
「今日は遠くからありがとうございました」と楢崎
「色々ご迷惑かけてしまって」と頭を下げる武田。その隣には完全に落ち込んでしまったさくらが俯いたまま。
「吉瀬さんは私達よりずっと大人です。今回のことを根に持つとかはないと思いますし選手会には次回も顔を出していただけますよ。来年は西経大も出場してくれるのですから今度のことで出場は辞退しますとかはないと思うから心配しないで大丈夫だから」とさくらの頭を撫でる楢崎。
土曜日の午後1時から始まり3時まで会議5時まで合同稽古でその後ちゃんこを囲んで食事7時解散と云う流れだった。吉瀬は食事を早めに終えると7時前に大学を出て行ってしまった。けして顔には出さず和やかに食事をしていたがさくらとは一切口も聞かないどころか目も合わせなかった。大人げないような気もするが母校を愚弄されたような感覚なのだろう。本人は場の雰囲気を壊さないように気を使っていたようだが・・・・。
二人は最寄り駅の南が丘駅から津へ津から近鉄特急「ひのとり」で名古屋へ向かっていた。
さくらは窓側の座席に座るとシートを倒しハンドタオルを顔にかけて寝たと云うよりも寝てるふりをしている。裕子はその態度に腹が立ったがその気持ちを抑えて今日のことを思い出していた。
石川さくらとは定期的に学校同士として合同稽古をする関係である。そのような関係で偶々選手会の話をしたら行ってみたいと云うのでそれじゃーと云うわけでさくらを同行させたのだ。しかしあんなことになるとは思ってもみなかった。相変わらずさくらはタオルを顔にかけたまま・・・。
(さくらがあんな感情的になるとは思わなかったけど)その時ハンドバックの中のスマホが震えだす。
(島尾監督)
裕子はバックをもって車輛後方のベンチスペースへ移動する。赤いシートに腰をおろし折り返し島尾に連絡を入れる。
「あっ裕子です。すいません電車の車内だったので・・・・」
「今日は悪かったわねぇさくらも連れて行ってもらって迷惑かけなかった」と笑いながら
「・・・・・」
「もしもし」
「あっすいません。・・・・」
「なんかあった?」
裕子は選手会での出来事を説明した。
「何やってるのあの子は」
「今日のことはいずれ監督の耳に入るでしょうからお話ししましたがちよっとさくらの発言には」
「裕子悪かったわねぇ。あの子が急に選手会に出席して見たいなんって云ったもんだから私も悪い話ではないしさくらから云うこと何ってあんまりなかったから許したんだけど・・・・」
「私が西経の相撲部の方が来るって云ったのがまずかったのかな・・・多分云わなかったら来なかったと・・・」
「あなたのせいじゃないわそんなことは気にしないで」
「すいません。私がついていながら」
「裕子、さくら家まで送ってくれるの?」
「えー、時間が時間ですし」
「裕子、鵜沼だっけ?」
「はいそうですが」
「さくらの家の近くに黒川神社ってあるんだけど知ってる?」
「えっ土俵がある神社ですよね?」
「さくら送ってくれたら神社からあなた送ってあげるから待ち合わせしましょう」
「そんなー私は大丈夫ですから」
「迷惑かけたお詫びと今日のことちょっと聞きたいこともあるし」
名古屋で東海道線に乗り換え岐阜へ米原行きの新快速は意外と空いていてクロスシートに腰を下ろし一息つく。窓側にさくら通路側に裕子。
「今日、吉瀬さんと相撲取ってどう思った?」と聞くとさくらは車窓から夜の街明かりを見ながら
「完敗です・・・相撲をさせてもらなかった」と小さな声で
電車のモーター音にジョイント音が一定のリズムを刻む。
「吉瀬瞳さんは、軽量級では女子アマチュア相撲ではトップクラスの選手。世界でもジュニア大会で表彰台に上がるほどのねぇ」裕子は続ける。
「あの人の凄いのは本当は相撲じゃないのよ。私達は西経何ってプロ力士養成学校とか云って揶揄してた。今まで何回も西経の主将には誘いをかけたんだけどなかば馬鹿にされたような態度で断れていたのよ。でも瞳さんは違った」
電車は尾張一宮停車。次は下車駅の岐阜
「瞳さんの方から出席したいと連絡を受けた時正直云うと来てもらわなくてもと思ったけど選手会としては天下の西経が向こうから云ってくるなんって考えもしていなかったから正直戸惑った。色々なこと云ってくるんじゃないかとねぇ。でも今日初めて会って色々討議してあの方は相撲を愛しているんだなぁってそれ以上に母校に誇りを持っているんだと・・・さくら、時間が経ってもいいからちゃんと吉瀬さんに謝罪しなさい。瞳さんには私も含めて選手会全員教わらないといけないことがいっぱいあった」
電車はまもなく岐阜に到着する。
「さくらはどう想っているか知らないけどまがりなりにも瞳さんと接点持てたんだから謝罪して親交を持ちなさい。私達ではアドバイスできないこと瞳さんならしてくれると思うよ本当に」
「・・・・・・」
岐阜駅からバスに乗るのだか゛
「私ここから一人で帰れますから」とさくら。時刻は午後9時を回っていた。
「そう云うわけにもいかないのよ私も」
「何がですか?」
「とにかく家までは送るから」
岐阜から約20分。標高は329メートル、天然林が9割以上を占め、野生動物や野鳥が多く生息している金華山の麓にさくらの家がある。父は県庁勤務の公務員、母は専業主婦。五年上の兄は東京のプラントメーカーに就職し今は両親と三人暮らし。
裕子はさくらを家まで送り、さくらの母に挨拶をして別れるとそのまま島尾と待ち合わせ場所である黒川神社へ。一度奉納相撲の手伝いで来て以来である。
島尾には事前にLINEを送ってあるのですでに待ち合わせ場所の参道入り口にいるかもしれないが裕子はなんとなく奥におる相撲場に行ってみたくなった。
誰もいない境内。水銀灯の明かりだけが境内を照らしている。土俵が見えてくるとその前に人影が・・・。
(誰・・・)と思った瞬間スマホが鳴る。相手は島尾。
「もしもし」
「やっぱりここに来るんじゃないかと思った」
「そこにいるの監督ですか?」
「そうよ」
島尾は相撲場からちょっと離れたベンチに腰かけていた。
「こんばんわ。今、さくらを家まで送ってきました」と軽く会釈を
「悪かったわねぇ今日は色々となんか嫌な思いさせてしまって」
「気にしないでください。色々ありましたけど今日は今までの選手会でい意味も悪い意味も勉強になった会だったし・・・」
「吉瀬ってどんな感じだった」
裕子は少し考えて
「正直、西経の人には来てもらうのはどうなのかなーと思ってました。大高親善試合もある意味本当に仲間内の対抗試合の意味合いが強かったしそこに西経が来るって云うのは・・・・建前上はお誘いしていたけどいままで返事がなかったわけで・・・そこに吉瀬さんの方からお話があってそこから違うんですよ彼女は・・・」
「正直、私は彼女は試合でしか見たこともないし喋ったこともない。私は西経のOGだから気にはなってた。相撲は勝っても負けても至って冷静で感情を見せないと云うかただ彼女のやった部の意識改革はある意味の伝統を壊した。高校の話ねぇ。」
島尾はベンチか立ち上がり土俵下まで行ったら急に四股を踏み始めた。
「監督?」
島尾は黙々と四股を踏む。きれいにまっすぐ足が上がる。水銀灯の明かりの下の島尾。
「綺麗・・・」と思わず声を出してしまったほどに幻想的な後ろ姿。
島尾が振り向くと裕子はの表情が・・・・
「どうした裕子?」
「監督、本当に綺麗です」
「はぁ・・・顔がか」
「四股です」
「四股って・・・それは喜んでいいことなのか?」と笑いながらまんざらでもない様子。
「本当に綺麗でした。現役の選手と云ってもいいぐらいに」
「現役ねぇ・・・」と云いながらベンチに座りなおす。
二人以外誰もいない境内。そして相撲場。満天の星の輝きと山から聞こえてくる動物の鳴き声。二人は正面の土俵を見つめ何を思うのか?
「監督、女子大相撲とかに未練とかあります?」
「未練?そんなのあるわけないじゃない。私は大学の相撲部に入った最初の一年で潰れたんだから」
「ちょっとさっきの四股踏み見た時になんかそう思ってしまって・・・」
「相撲部一年目でその答えが出た。ただそれだけ・・・・」
「でも教師の傍ら相撲部の監督やっていると云うのもなんか相撲に縁があったんじゃ」
「英語教師で相撲部の監督ってそんなの聞いたことないけどねぇ」
「監督は西経に行って正解でしたか?」
「何それ・・・・」
「すいません。たださくらがあんなに西経に敵意とは云わないけど・・・」
「正解だったかそれとも間違いだったかと聞かれれば間違いかな・・・」
「えっ・・・」
「西経は単なる相撲同好会ではなく本気の部活。その先には女子大相撲がある。私は同好会ぐらいの気構えしかなかったそんな奴は耐えられない。私はさくらは西経に行くべきだった正直思ってる。勝気な彼女は西経でもまれた方が良かったと思う。彼女なら耐えられるでしょう多分」
「明星だと甘いってことですか?」
「明星では彼女と対等に勝負できる選手はいない」
「でも男子相撲部の選手とやってるって」
「男子と女子とではやっぱり違う。本当は同性同士で対等に相撲が取れる部員がいればいいんだけど」
土俵の向かい側にキラッと光る二つの目。狸か猪か?
「監督、西経に出稽古とか云ったことあります?」
「西経に・・・・」
「えぇ、今回のことでさくらは西経を愚弄したようなことを云ったのだから謝罪も兼ねてって」
「ちよっと気乗りしないけど・・・」
「選手会として吉瀬さんに連絡して見ますよ。次期主将の吉瀬さんならもしかしたら迎えてくれるんじゃ」
「でもあまり・・・・」
「監督、さくら単独で出稽古行かせて揉んでもらったらいいじゃないですか私が付き添いで行きますから・・・でもその前に西経が受け入れてくれるか別ですけど」
「なんか行きたいのはあなたに見えるけど?」と訝しい表情で裕子を見る島尾。
「禁断の花園って感じなんですよねなんか・・・」
「禁断の花園って・・・どっからそんな風に思えるのだが」と島尾は呆れた表情で
時刻は午後11時を過ぎていた。雲一つない夜空に満天の星。そして山の方から聞こえる動物たちの鳴き声。他人から見たらこの二人は異様に映るのだろうか?
二人は目の前の土俵を見ながら何を思う?




