表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女力士への道  作者: hidekazu
それぞれの想い・それぞれの願い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

185/324

花の命は短くも ⑤

 椎名葉月は市川の自宅で引っ越しの準備を少しずつ進めていた。大会終了後協会関係者などと別れの挨拶を交わしながらも意外とあっさりとしたもので特段何かパーティーのようなものもなく、それ以降協会関係者とも会うことはなかった。理事長とは協会の理事長室で話した以外は特に会うこともなく。寂しいと云えばそうかもしれないが・・・。


 力士達とも、特段何か食事をするわけもなく別れと云うのは意外とこんなものかもしれない。協会に残ることを拒否したことは女子相撲界全体からするとやはり理解はしてくれなかったことは確かなのだ。先の大会での優勝ももう遠い話のように・・・・。


処分できるものは少しずつ処分してきた。書斎にある本棚の書籍なども処分したのだがその中になぜか必要のないものが本棚の下にある引き出しにしまわれていた数冊の書籍。黒本と赤本の二冊。西経の受験を意識しだした時に買った二冊。でもそれは全く活用されることもなかったのだから持っている必要性など皆無なのに・・・。20年ぶりぐらいに手に持った時に何か違和感を感じたのだ。


(何か挟んである?)


葉月はページをめくると薄く黄ばんだ洋封筒が封を切らずにそのまま挟んであったのだ。封筒の裏には父の名前が・・・。


(これって・・・)


 葉月は高校時代の事を思い返すがこの封筒の記憶がどうしても思い出せなかった。葉月はその封筒の封を切ることに躊躇していた。赤本に挟んであると云うことは高校生の時、函館の高校で寮生活をしていた時、それは大学進学を断念して女子大相撲に行く選択をしたあの頃のこと、生まれ故郷の北海道に戻る決断をした今に、生まれ故郷を捨てる覚悟をしたあの頃に父が娘に送った手紙。消印は4月1

日・・・。


(それは女子大相撲入門を心の中で決断した高三の春・・・)


 葉月は、ペーパーナイフで封を切る。そこには手書きの一枚の便箋がそして手書きの文字が書かれている。


-----------------父から娘に宛てた最後の手紙------------------



 葉月に手紙を書くのは幼稚園以来だろうか?幼稚園で両親に宛てて書いた手紙、つたない文字と両親の顔を書いた絵が描かれ・・・今、その手紙を見ながら書いている。将来の夢は競馬の騎手って書いてあるね。草競馬の女王って云わていたな・・・・。もし、葉月が騎手になっていたらどんな騎手になっていたのかターフを駆け抜ける姿を・・・、その話をしだすときりがないので・・・。


 勘のいい葉月なら隠したところでしょうがないので端的に云う。



 牧場を中河部さんに買い取ってもらうことにした。負債を生んでしまう前に整理することにした。葉月は西経大学を目指しているのだから自分の想い通りにできるように用意はしているから気にしなくていい。


 お前の事だから大学進学はあきらめると云われるとちょっと親としてはね、先日、女子大相撲の妙義山関が家に来られた。お前の才能を見越して入門の話を・・・お前が相撲に熱中しているのは知っている全国クラスの成績を取っているのだから女子大相撲の関係者が見逃すはずはないと思ったがあの妙義山関本人が来るとは想っていなかった。


 ただ、当然うちの牧場の状態を知っての上であいさつに来たと想うと何か複雑だ。ただお前の先の事を考えたうえで云うのなら、孝之君と一緒になったらどうだ?突拍子もないように聞こえるかもしれないが、お前が馬の仕事をしたいのなら中河部さんに嫁ぐのも悪くないと想う。葉月だって孝之君のことはよく知っているはずだし・・・。


 大学進学をあきらめて女子大相撲に行くなどと云う選択はやめてくれ、お前は私達の顔色を見るところがあるからな、とにかく西経に入って好きな勉強と相撲をやる。それがおまえの目標だろう!それだけは絶対に捨てるなよ葉月!


ただ、お前がこの手紙の封を切ることないだろうな。この封書を受け取った時点でお前はこの意味を察するだろうから・・・・。


-----------------------------------------------------------------


 夕陽が書斎に忍び込むようにさしてくる。シーンと静まり返った書斎で初めて読む父からの手紙。あの時の自分にとって最良の選択は自分の目標をすべて捨て女子大相撲に入門することしか選択はないと、それが椎名家にとって最良の選択だとそこに自分はなかった・・・・。たとえこの手紙を読んだとしてもその選択は変わることはなかったろう。


 高三の秋に父に女子大相撲に入門すると云った時、父は「そうか」と一言。怒るでもなくもちろん喜ぶわけもなく。


 葉月はデスクチェアーからオットマンを出し足をのせると軽くリクライニングを胸の上に父からの手紙を乗せる。両方の掌で抑えるようにすると目を瞑りいつのまにか夢の中へ幼少期から家を出て函館の進学校を卒業するまでのことが走馬灯のようによみがえる。


-------------------------------------


牧場を駆け抜ける風は緑の香りを連れて、そこを当歳馬に跨り駆け抜ける自分がそして遠くから嬉しそうにその姿を見てくれる父。


「お父さーん」と左手で手綱を持ちステッキを持った右手を高々と上げ振り回す葉月。いつのまにか夢の中へ・・・・。小2の時の自分。その頃から本気に騎手を目指していた。でもそれは体格的問題からあきらめなければならなかった。


 そして高校進学に際し、葉月は函館の全寮制の女子高に行くことに、札幌の選択もあったが、葉月は女子相撲部のある函館の高校を選択した。進学校であり寮がありそして何より女子相撲部があった。そして卒業後には、西経に行くことが葉月の描いていた未来図。けして女子相撲部は強くはなかったし部員もさして多くはなかったがそれでも葉月にとっては幸せの日々だった。


 高校卒業後のほとんどの生徒は大学に進学する。女子相撲部の部員達も大学に進学するが殆どの部員は、相撲は高校でおしまい。大学において女子相撲部を持つところはあの時代まだ稀有だったのだ。大半は男子相撲部の一員として女子がいると云うのが殆どで女子相撲部としてある大学は、東では東京の青葉大学、西では名古屋の西経、それくらいしかなかったのだ。そんななか葉月は、大学後も相撲をしたいと云うだけではないが進学希望は西経を出していた。担任からは「相撲がしたいために西経に行くのか?葉月の実力からすればもっと上位の大学だって狙えるだろう?」と云われたこともあったがけして西経だってランクが低いわけではないが高校としては西経は滑り止めクラスなのだ。そこを第一志望と云うのはいささか・・・・。


 でもそれとて牧場の経営悪化によって断念せざる状況に、年に数回、実家に帰省するが帰るほどに牧場が傾いていることを否応なく肌で感じていたのだ。それと、高校の近くにあった函館競馬場は6月から7月にかけてレースがあり新馬戦も組まれている。競走馬の生産牧場出身である葉月にとっては見ないわけにはいかないのだ。毎週、土・日は競馬場通いの日々、騎手をあきらめたとはいえそこは牧場の娘なのだ。そんなある日、パドックで馬を見ていると観客の会話が耳に入った。


「椎名牧場、相当よろしくない見たいだなぁ」


「生産者リーディングだって下降線の一途だし、噂じゃ【中河部牧場】に施設そのものを譲渡するって、それはある意味注目だよな、椎名牧場の繁殖牝馬サマーリーフなんかヌレイエフが入っているし中河部は今ヘイロ系のラインの馬がそろっているからその組み合わせって最高だろう?【中河部牧場】にしたら濡れ手で粟だろう?ある意味してやったりってところじゃねぇーの」 


(孝之君のところに譲渡・・・・)


 葉月にとっては驚きと云うより実家に帰り肌で感じていたことが間違えではなかったことを改めて認識したのだ。その年の全日本女子相撲選手権は団体戦では出場ができなかったが個人戦で二年生の葉月が無差別級で出場し三位表彰台を確保。昨年は一回戦敗退を考えれば格段の成長だが上位二人は小学生時代から注目されて世界大会の常連であったことからどうしても注目はその二人に行ってしまうが。当然女子大相撲関係者の注目は二人なのだが・・・。


 葉月は体育館の更衣室で廻し姿からジャージに着替えて帰り支度をして顧問の教師の元に、しかし意外な言葉が・・・。


「女子大相撲の関係者が葉月に会いたいと云ってるんだけど」


「女子大相撲?」


「女子大相撲に行く気がないなら会ってもと思うけど・・・」と女性の顧問。


 葉月の未来図は西経に進学し経営学など学び女子学生相撲で活躍すること、でも、あのパッドクでの観客の会話が脳裏に浮かぶ。だからと云ってその時点では女子大相撲に行く気はさらさらないし、会ったところでとは想ったが・・・。


「会ってみます。協会の方が私の相撲に注目しているのなら話だけでも」



 葉月は協会関係者に連れられ県立体育館の中にある一室に通された。そしてそこにいたのは、横綱 【妙義山】それが初めての出会いだった。その後は何度か妙義山本人が函館に出向き相撲の技術指導と云う建前で高校に来ることに、本心は椎名葉月だと高校もそして葉月も認識はしていたが・・・。


 そして年明けの一月、正月気分も抜けた時に再度妙義山が訪れた。そして、葉月を相手にぶつかり稽古をする。それは昨年とは違う本気の稽古。相撲場は暖房を入れているにも関わらず温度計は10℃を指している。その中を永遠に続くぶつかり稽古。葉月の体から湯気が・・・。さすがに葉月は音を上げ土俵に跪いてしまった。


「少し休ましてください・・・・これって何のためなんですか、私は女子大相撲に行く気は少なくとも今はありません。私は西経大学に進学して・・・・だからこんな稽古をしても意味がありません」と横綱相手に本音をぶちまけた。


「西経大学?・・・倉橋真奈美か・・・そんなところに行ってと云うより親の苦境も顧みず大学進学か、呑気なもんだな」


「どう云う意味ですか!」


「どう云う意味?そんなことお前がよくわかっていることだろう!お前の未来図や選択肢なんかないんだよ、まぁ頭のいいお前ならわかるだろうけどな」


「・・・・・」葉月は妙義山は睨みつける


「なんだいその顔は、事実を云っているだけだよ、人生は自分の理想では生きていけないんだよ!お前の才能なら女子大相撲で頂点を狙える。お前もわかっているだろうけど日本は別として世界では女子相撲が認知されヨーロッパではプロリーグも創設されているし必ずその流れは日本に来る。未来図を描くって云うのはそう云うことなんだよ。おまえの優秀さは担任の先生から聞いた。それなのに自分のランクより下の西経に行くのは相撲をしたいがため・・・そんな無駄な時間を過ごすなら女子大相撲に来い。もう、ここには来ない。後は自分で考えろ!何が自分にとって現実的なのかよく考えろ」


----------------------------------------


ふと目が覚める。デスクに置いてある小さなアナログ時計は八時三十分を指している。


(あんな夢を見る何って・・・・)




 葉月は小さくため息をついた。あれから二十年近く、葉月の描いていた未来図はいつのまにか妙義山が描いていた未来図に上書きされたが結果的にはそれが理想的かつ現実的な選択だったことは今になれば認めざる得ない。だけど、心残りはあるどっちにしても・・・。


そんな時、玄関なチャイムが鳴る。


(こんな時間に?)


 葉月はパソコンからインターホンのアプリを開き確認する。


(桃の山?なんで?)


 



 


 


 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ