学生力士とは・・・⑤
(私は何にイラついているのだろう?)
吉瀬瞳は津から近鉄特急で名古屋へ向かいそこから自宅の春日井へ。
車窓から見える景色は窓に映る自分の顔。その向こうには四日市コンビナート群が煌々と炎を上げているように見える。瞳は石井さくらが西経の誘いを断り明星に行った時のことを思い出していた。
西経が石川さくらを特待生扱いで高校に入れるらしいと噂にはなっていたが本人がその話をかたくなに固辞して結局は明星に行ったことは高校や大学の相撲部でも話題にはなっていた。
「映見、石井さくらうちの高校断ったらしいけど知ってる?」と大学一年の吉瀬瞳
「そうなんですか・・・」と高校三年の稲倉映見
「倉橋監督は来てほしかったらしいけど・・・・」
「そうですか・・・・」
「あまり関心なさそうね?」
「人それぞれでしょうから・・・・」
近鉄特急は長良川・木曽川と渡っていく。
「西経の吉瀬さんの話を聞いてその方が云っていたことは本当だったんだなぁと今思いました。西経に行かなくて正解でした」
石川さくらに助言したのは映見?と直感的に思った。それは瞳が高校2年の時一つ後輩として入部して半年が過ぎた映見に云われた言葉。
「私、西経の相撲部にはなじめません。好きな相撲も楽しくない」と泣きそうな顔で・・・。
「西経で相撲ができることは間違いなく自分をレベルアップできる。厳しいことは最初から分かっていると思うけど・・・・西経の相撲部において楽しさがって云うのはちよっと違うと思うけど」
「瞳先輩は何のために相撲をしてるんですか?」
「何のため?・・・そうねぇ強くなりたいし相撲がもっとうまくなりたい」
「瞳先輩はプロ志望ですか?」
「私は体格的に厳しいと思っているからプロは考えていないけど・・・」
「だったら西経じゃなくてもよかったんじゃないんですか?」
「えっ・・・・」
「私は将来医師になりたい。でも相撲も続けたい。大学に医学部があってかつ女子相撲部があるのは西経だったんです。だから西経大付属高校に入った。でも今思えば特待生制度で入学してしまったことは間違いでした。一般入試で受けていれば・・・・」
「別にそんなに深く考える必要はないんじゃないの」
「私はプロ志望でも何でもないんです。偶々中学で無敵だっだけで勝敗は二の次なんです。それじゃダメなんですかそんなに勝敗に執着しなきゃダメなんですか私はただ相撲がしたいだけなんです!」
自分は相撲が好きだから相撲ができる環境がある学校を探していくうちに西経にたどり着いた。相撲の成績で云えば映見や石井さくらとは比べるべき成績はなかった。だから一般入試で入ったし相撲部とてレギュラーになるのとか考えていなかったその程度だった。でも今はそれなりに成績も世界大会の軽量級でも表彰台に上がったこともある。好きだからうまくなりたい。そのあとに自然と勝利がついてきた。嬉しかった本当にうれしかった。レギュラー入りして稽古は厳しくなったがそれは当然と受け止めていた。でも映見は違っていた。入部当時からレギュラー入りして拷問に近い稽古も・・・。中学無双の映見は部にとって期待の星と云うのは表の話で本音は格好のストレス発散の標的である。何か弱音を吐けば「中学無双なんでしょ」と・・・・。
近鉄特急は名古屋に到着。時刻は午後8時。大学に戻ってもいいのたが主将には直帰で構わないと云われていたのでそれなのにわざわざ戻るのも・・・。瞳はそのまJR方向に歩いてく。人ごみの流れに身を任し名古屋から中央本線に乗り換える。近鉄の車内で映見へLINEで送ったトークが既読になっていない。すで練習は終わったろうに・・・。ホームの片隅で主将に電話で連絡すると即座に出た。
「吉瀬です。選手会終わって今名古屋です。これから家に直帰しますので」
「ご苦労さん。本当は主将の私が出るべきなんだが来年のことを考えれば吉瀬が出るべきだと思って」
「非常に有意義な会議でした。主将に許可をいただいて感謝しています」
「来年は主将なんだから自分の考えでやってくれお前なら相撲部に新しい風を吹かせられるだろ」
「主将・・・」
「ただ・・・映見はどうするんだ」
「どうするって・・・・」主将の言いたいことはわかっていた。
「今日少し可愛がっておいたよ」
瞳はしばらく無言のまま「そうですか・・・・」とぽつり。
「ずいぶんそっけない返事だな。一年前のお前ならそんな返事はしないだろうに」と苦笑いしながら
「今日ちょっと揉めてしまって選手会で」
「( ゜Д゜)ハァ?」
瞳は石川さくらとの件を話した。
「私は西経相撲部の厳しさは度を越えていると今でも思っています。体力的にも精神的にも追い詰めるやり方はだから主将が大学に上がったら私が変えていけばいいくだらない伝統何って壊すと」
「・・・・・・」
「高校ではそれなりの私の描いていた部の在りかたの形はできたと思っています」
「・・・・・・」
「大学の相撲部に入部し、また主将と一緒になった時今度は大学をと・・・」
「・・・・・・」
「リンチまがいのかわいがりなんってもってのほかだと」
「瞳、そんな話私にしてどうする」
「ただ、最近迷っています。西経相撲部に入る者の多くはプロ志望ないし実業団を視野に入部するものがほとんどです。その中において能力があるものがプロを目指さないと云うのが何かイラつくのです。もっとイラつくのは初めからプロ入りをあきらめている自分が主将になること・・・」
「吉瀬・・・」
「すいません。主将にこんな事云っても何の意味もないのに・・・主将を責めているわけでもなんでもなく今の相撲に思う自分の気持ちがよくわからなくて・・・・」
「吉瀬。お前が高校でしたことは間違っちゃいない。OGの中には厳しさが足りなくなってぬるくなったとか云われているらしいがそれでも成績もそうだが実績も残してそれがちゃんと継承されている。部員数も私がいた時の倍だ。お前がイメージを変えてくれなかったら女子大相撲力士養成部なんって云う影口のままだったろう」
「主将・・・」
「映見は西経相撲部において絶対的な横綱だそんなこと誰も異を唱える奴はいないもちろん私だって・・ただあいつを見ているとあれだけの成績を残し世界でも戦っていながらプロに行かないどころかこの前の試合においては関係者批判だ。奴の云っていることは正論かもしれないがプロを目指す者にしてみればお子ちゃまなんだよ」
「主将の・・・・」
「わりぃ吉瀬にこんな事云ってもしょうがないよなすまん」
「私も主将の想いが少し理解できたような気がします。これで電話切ります。おやすみなさい」
「あぁ今日はご苦労さんだった。それじゃ」
西経は「女子大相撲力士養成部」あからさまに云う他校の選手もいる。だからこそ高校ではそのレッテルを剝がしたかった。西経は女子相撲への志が高い高い故に選手間の競争が激しいそのことがいつのまにか部員同士でありながら相手を精神的に追い詰めるような行為をしてしまいそれさえも容認してしまう空気を入れ替えたかった。でもそのことになぜ今疑問を感じているのか・・・・。
町の相撲大会で勝ったことをきっかけに相撲に興味を持ち女子大相撲に熱中する以上に自分自身もアマチュア力士として熱中。軽量級では県レベルまで行ったことはうれしかったしその先の世界へ行きたい。その思いもあって西経付属高校へ・・・でも現実は違ったあまりにも自分とかけ離れた世界。とても稽古にはついていけなかった高校一年。やめることもできた別に推薦で入ったわけではなかったし・・・先輩からの肉体的・精神的な稽古。それでも辞めなかったのは自分が経験したその先を見たかったから・・・そして二年になり徐々に成績がついてきてレギュラーにそしてジュニア世界大会にも行けて表彰台にも・・・。それでも肉体的はまだしも精神的な稽古と称するリンチまがいの稽古は容認できなかった。
名古屋から高蔵寺行きの各駅停車に乗りドア脇の手すりにもたれかかりながらスマホを見る。映見は未だに見ていない。
「私はプロ志望でも何でもないんです。偶々中学で無敵だっだけで勝敗は二の次なんです。それじゃダメなんですかそんなに勝敗に執着しなきゃダメなんですか私はただ相撲がしたいだけなんです!」
(あの時の映見はあの時の自分。それでも私はその先に行きたかった。映見はその先に行きたくないの?才能も実力もあるのになんで・・・・私、あなたはなんで先に行かないの)と自分に問いかける
(私は・・・私は体格的にも先が見える見えるのに行く必要がない。答えが出ているのに行く必要がない。それが何か!)
一滴の涙が頬を舐めるようにすべる。
(こんな私が世界選手権にまた出場する何って・・・・・)
瞳は思わず拳で走行中のドアを叩いてしまった。何事かとびっくりする乗客達。
(私は何に怒っているの何に!もうそれすらわからない!)




